千薫です。
『それでもやっぱり、私はあなたが好きなの……』
離れた唇から紡がれる愛。
相手の少年は呆然として、言われたことの意味がわかっていないようだ。
偶然が重なって出会った少女に惹かれていく最中、最高の親友だと思っていた幼馴染の女の子に告白されれば、そうなるのも無理はない。
それは、いい。
「っきゃ~~~~!!千聖ちゃん、このシーン、本当にキスしてるんだよねっ!?」
「こーゆーのってやっぱり緊張しちゃう?撮影の前はギョーザ食べないとか気にしちゃう?」
「チサトさん、素敵です!」
「み、みなさん、落ち着いて……千聖さんも困ってるかと……」
問題なのは、私が出演しているドラマを私の目の前でPastel*Pallettesのメンバーが見ているこの状況だ。
休憩時間なのでメンバーが何をして休息を取ろうと口を出す権利はないのだが、日常のシーンならまだしも恋愛面の、しかも自分がキスをしているシーンを見られるのは僅かに居たたまれなくなる。
気まずさを覚える程ではないのは、幼少の頃からテレビに出ていて目の前でそれを流されたり、雑誌のインタビュー記事を同級生たちが見たよ、と掲げて来ていた賜物だろう。
「見ての通り、本当にしてるわ。する以上、相手に不快な思いをさせないのも仕事だから、勿論気を付けているし」
「ほぇー。女優さんって大変なんだねー。あたしはその時食べたいもの食べちゃうなー」
「ドキドキして、相手の俳優さんのこと好きになっちゃったりしない?」
「あっ、私知ってます!ツリバシコウカです!」
「いや、吊り橋効果ではないような……」
「私はそういうことはないかしら。役の感情に添うようにはしているけれど、仕事と割り切っているから」
「でも……なんか憧れちゃうなぁ。こういう恋、してみたいかも」
「へぇー。彩ちゃんってアイドル恋愛オッケー派?タイミングさえ合っちゃえば彼氏作っちゃうんだ!」
「そ、そんなことないよ!今はお仕事一筋だし、応援してくれるファンの人たちに精一杯応えたいし……!」
あわあわと慌てる彩ちゃんを見てみんなが微笑む。
いつも通りの光景だ。
時計をちらりと見やってそろそろ休憩時間が終わることを確認し、それを知らせる。
「ほら、休憩時間はお終いよ。練習に戻りましょう」
「はーい」
「最後に1ついいですか!」
「何かしら?」
「チサトさんがキスしてる時の横顔、とってもとってもキレイです!どうしてでしょう?」
モデルの仕事をしているイヴちゃんはどうすれば自身がより良く撮られるのか、写るのか気になるのだろう。
動きがある私の『映る』とは多少違いがあるかもしれないが、言えることは1つだ。
ふふ、と思い出し笑いを1つして、答えを口にする。
「とにかく練習、かしらね」
**
通された部屋の隅に荷物を放り、扉を後ろ手で閉めると部屋の主は少し顔を引き攣らせた。
失礼なことだ。取って食べようというわけではないのに。
「薫」
歩み寄って頬に手を伸ばせば意図は伝わったらしいが視線を彷徨わせられる。
「えっと……今日もかい?」
「えぇ。嫌かしら?」
「嫌とかではないのだけれど……その、多くないかい?」
「いつでも練習に付き合ってくれると言ったのは薫でしょう?」
「それは、そうだけど……」
添えた手を後頭部にずらして引き寄せてもいいが、下手をしたら歯がぶつかって痛い思いをさせてしまうかもしれない。
私も仕事柄、顔に怪我をしたくはない。
優しく微笑んで促せば納得したのか観念したのか、ベッドに横になって身長差が障らないようにしてくれる。
この前はきちんと、役通り、立っている相手を想定して練習をしていたが、そのシーンはもう終わったのでやる必要はないのだけれども。
好きなようにしろ、と言いたげに目を瞑って横たわる薫の顔の傍に手をついて顔を近づける。
静かな吐息がかかる程の近距離で薫、と呼べばびくりと体を強張らせるが瞳は閉じられたままだ。
そのまま近づいて、まずは合わせるだけの軽いものを。
ちゅ、ちゅ、と繰り返し。
薫の緊張が解けて来てから、薄く開いた唇に舌を滑り込ませて。
私の年齢や、アイドルという肩書や、あったとしてもドラマではないことから、全く必要ではないキスをする。
しかし慣れないのか、呼吸するタイミングがわからず息が上がっていく薫に此方が合わせてみるが、すぐに手で体を押され限界を伝えられる。
いったん離れれば深呼吸を始め、ムードなど壊されてしまう。
「王子様はキスがお下手ね」
「……仕方ないだろう、する機会なんてないんだから」
「結構な回数してると思うけれど」
「千聖は初めから上手かったけどね」
「そうかしら?初めてだったからよくわからないわ」
「……私のペースで、していいかい」
「どうぞ」
先程も薫のペースに合わせていたのだけれど、という揶揄いは、珍しく積極的なことに免じて口を噤んでおくことにした。
交代をするようにベッドの空いたスペースに私が横になり、薫が先程までの私の体勢になる。
目を閉じて待てば唇に触れる感触があり、それは酷く遠慮がちなものであったが自分から行くことはしなかった。
深ければいいというものでもなく、相手がそうしたいと自分に対して思ってくれることが大事で、嬉しいのだ。
何回も何十回も、啄むような短いキスを繰り返して、それが止まった所で目を開ける。
距離は近いままで、すり、と頬を撫ぜられたことに胸の奥が熱くなる。
「この前の、ドラマ、さ」
「あぁ。あなたも見たのね」
「まぁ……その、何て言うか」
「……なぁに?またよくわかってもいないシェイクスピアの言葉を探してる?」
「そうじゃなくて……」
うんうんと唸り始めそうな程に躊躇って、躊躇って。
視線は最初と同じく漂わせたが、結局言うことにしたようで口を開く。
「少し……妬いた」
「……そう」
愛情を量るわけではないが、偶にはこうして嫉妬されるのも嬉しく感じてしまう。
相手にとっては面白くないことに違いないので喜んでばかりはいられない。
両腕を伸ばして抱き寄せ、あやすように背中とゆっくりたたく。
「あれはお仕事よ」
「わかっているとも」
「私は、あなたが好きよ」
「……私もさ」
腕の力を緩めると視線が合い、顔を見合わせて笑う。
それからまた、練習ではない秘め事を。
機嫌が悪くないので幸せそうなものを。
書いておきながらよくわかってはいません。