理解不能な発言を1回自分の中で咀嚼する為に絞り出した言葉は考える時間をくれ、だった。
にこやかに待ってるわと答えた弦巻から逃げるようにその場を去り向かったのはいつものホテルだ。
荷物を持って来ておいたお陰でそのまま向かえ、移動中に連絡も済ませられた。
待っている間は手持ち無沙汰なので部屋に置かれているコーヒーを淹れて飲み、何とか心を落ち着かせる。
2杯目を飲んでしまおうかと考え始めた頃に部屋の扉は開き待ち人がやって来る。
「おいアンタん所のお嬢様はどうなってんだよ。頭おかしいんじゃねーのか」
「こころ様への侮辱はやめてください」
「嫌だね。俺は本人がいようと言いたいことは言う」
「はぁ……コーヒーのおかわりは」
「いる」
空のコーヒーカップにインスタントの粉と湯が注がれる。
2人分備え付けられていたスティックタイプのコーヒーはどちらも俺が飲むことになってしまったのでクーは自分用に紅茶を用意しソファに腰掛ける。
「……昨日、明日は手酷くお願いしますと言ったのに、守ってくださりませんでしたね」
「知ってたのか?」
「こうしてあなたに呼び出される時以外、こころ様の傍にいるのですから当然でしょう」
「だったら其処も含めて言っとけよ……」
「いつもあなたに良いようにされている仕返し、ということで」
其処絶対仕返しする場面じゃなかっただろ。
教えてさえいてくれていれば即答で振る方向でいたというのに。
「じゃあこっ酷く振る方向で変わりないってことでいいの」
「他にありますか?」
「ねぇな。じゃ、帰るわ」
手をつけていなかった2杯目のコーヒーは程よく冷めていた。
ぐい、とカップを煽って一気飲みすると床に置いておいた荷物を掴む。
其処でかけられたのは意外そうな声だ。
「今日は、いいんですか」
「いーよ。昨日言われたことできてねぇし。それとも何。期待した?」
「馬鹿なこと言わないでください。話すだけなら連絡で済むものを、と呆れただけです」
「そうかい」
土日の休みを挟んで週明けの月曜日。
昼休みに弦巻がやって来たが、時間に追われて言いたいことが伝わらないのでは困るのでまた放課後、裏庭に来いと追い返した。
帰りのホームルームが終わり裏庭に行くと弦巻はもう待っていて、嬉しそうにぶんぶんと手を振られる。
これから振られるというのに元気なことだ。
こうして平日毎日姿を見させられるのも最後かと思えば晴れ晴れとした気持ちになる。
嬉々としていることを悟られない為にあくまでも仏頂面を維持して弦巻の前で立ち止まる。
「智昭、これ、今日の分よ!」
早速渡された封筒は受け取るべきか迷ったが、今まで受け取ってしまっていたのだから今日受け取らずとも何も変わらないと思い有難くもらうことにした。
この様子を見ているであろうクーはムッとするかもしれないが見逃してもらおう。
「サンキュ」
「どういたしまして!それでね、この前の返事を聞きたいのだけれど……」
「あぁ。考えたよ」
「本当?それじゃあ、」
「お前みたいな奴と付き合えるわけねーだろ」
「……え?」
「お前さぁ、鏡見たことある?そんなブッサイクな面でよく出歩けるよな。俺なら無理だわ。それだけでも恥ずかしいのに人様に告白とか……冗談は顔とその散切り前髪だけにしろよ。もしかしてそれ含めて自分のこと可愛いとでも思ってんのか?痛過ぎだろ。そんな痛い奴と付き合えとか罰ゲームかよ。死んだ方がマシだわ」
「な、何でそんな酷いこと言うの……?」
「泣けば何とかなるとでも思ってんのか?胸糞悪ぃ。ただでさえ見るに堪えないのに余計きったねぇ顔になるんだからどっか行け。そんで二度とそのブサイクな面見せんな」
「っ、可愛く、なれば、付き合ってくれる……?」
「そういうしつこい所も駄目だわ。しつこい人間は嫌われるって教わらなかったのか?つーかお前口臭ぇんだよ一生息止めてろ」
堪えていたようだがポロリと大粒の涙が瞳から零れた。
堰を切ったように流れ出る涙を止められず、弦巻は走り去っていく。
ようやく弦巻から解放される。
これで良いかは……連絡をして訊けばいいだろう。
話すだけならば呼び出すなと金曜に言われたばかりだ。
何処にも寄ることなく帰宅し、夕飯等を済ませた後クーにあれで良かったかとメッセージを送る。
しかししばらく経っても返事は来ない。
疲れて寝ているか、まだ仕事で取り込み中なのだろうと深く考えず布団に潜り込んで意識を手放す。
そして、火曜日の昼休み。
「ともあきー!」
何事もなかったかのように俺の席まで乗り込んで来る、笑顔の弦巻が現れた。
それだけでも十分驚くというのに俺の体に腕を回して抱きついて来る。
「ともあき、大好きよ!」
ざわ、と教室が騒めく。
最悪だ。コイツ外堀を埋めに来やがった。
此処で弦巻を無碍に扱えば俺は今まで貢がせた挙句ゴミのように捨てたクソ野郎とでも言われるのだろう。
曖昧な態度を取れば俺とも弦巻とも大して接して来なかったお節介女や面白半分の男が弦巻の味方のような顔をして謎の上から目線でアドバイスをしたり茶々を入れたりし、俺が好意を示せば男女関係なく冷やかされるという迷惑極まりない3択。
そういうしつこくて他人のことを考えない自己中心的な所が心底嫌だというのに微塵も伝わっていないらしい。
嫌悪が過ぎていっそ憎悪になりそうだ。
よろけて机に頭でもぶつけろと念じながら弦巻を振り払う。
「テメェ、そのブサイクな面二度と見せんなっつったよなぁ?」
「……でも、やっぱり智昭のこと好きなんだもの」
全くその気のない奴と甘ったるい噂を流されるよりかはクソ野郎と言われ遠巻きにされる方がいいと無碍に扱うことを選んだが効いていない。
昨日は泣いていたのにどう育てばそんな頑丈な精神が出来上がるのか。
弦巻を育てた人間全員を恨めしく思う。
昨日の夜から今に至るまでクーから返信がないのもコイツをよしよしと慰めていたからであったらもう黒服どもも同罪だ。
「お前が俺を好きだろうが俺には関係ない。俺はお前が嫌いで嫌いでぶん殴りたくなるよ」
「諦めるつもりはないわ!」
「汚ぇ声で喚くな五月蠅ぇ消えろ」
「……これ、今日の分なのだけれど、」
体を離すとそっと机の上に封筒が置かれる。
こうなってまで金を渡そうとするとは恋は盲目というのかとち狂っているというのか。
「用が済んだならもう行けよ。邪魔だ」
「……もう、笑ってはくれないのね」
「作り笑いで落ちる間抜けがいるってわかってたら最初からしなかったんだけどな」
「……またね、智昭」
懲りずにまた来ると意思表示をして、弦巻は教室から出て行く。
残された俺に注がれる視線には睨みで返し、まだこんな日々が続くのかと溜息が漏れる。
未だに返信はないが今の様子も見ていたであろうクーに放課後ホテルに来るようメッセージを送り、封筒が置かれたままの机に突っ伏した。
次で最後です。