朝は、あぁ、起きてしまった、なんて思いと共に目を覚ます。
時計を見れば10時前。
今ならば良いだろうと早々に体を起こしてリビングに向かう。
午前10時は、安心だ。
丸1日ではないが、父は大体休日でも仕事に行く。
母はこの時間帯買い物に行っていていない。
姉は……少し前に、1人暮らしをすると言って出て行ってしまい、もういない。
私だけが家にいる状態。
何も嫌なことはない、何も怖いことはない時間だ。
顔を洗って歯磨きをして、私の仕事と割り振られているお風呂の掃除を済ませてから適当に朝ご飯を探す。
テレビをつければ料理番組がやっていて、それを流しながら焼いただけで何も挟まない、何も塗らないトーストを齧る。
栄養なんてあまりなく、エネルギーにしかならない朝ご飯。
作ろうと思えば美味しいものも栄養のあるものも作れるが、そんな時間はない。
そう思っていたのに、1つの番組が終わってもまた新たに始まる番組をトーストを食べ終わっても見てしまい、気づけば12時過ぎだ。
まずい、と思いすぐ立ち上がるが遅かった。
玄関で鍵の開く音、ドアの開く音がし、次いでリビングのドアも開かれる。
おぉ、ひまりか。おはよう。
挨拶を無視し、トーストを乗せていた皿を手早く片付け自分の部屋へと向かう。
父が何か言う声が聞こえたが内容までは聞き取れない。
聞き取れても、何か返す気はない。
テレビなんて見ずにさっさと部屋に戻って来れば良かったという後悔で胸がいっぱいになる。
本当は、家にいたくない。
だから平日は部活動の後にアルバイトを入れて、なるべく遅く帰っている。
しかし休日は希望者が多く、思い通りにシフトを入れることはできない。
今日のアルバイトも17時から22時までだ。
それまで時間を潰すにしても、外で過ごすにはお金がかかる。
夏は暑いし冬は寒い。当然だ。
図書館などの空調の利いた施設でやり過ごすにしてもお腹は減る。
自由にできるお金がないわけではないが、出費は抑えたい。
バンド練習のスタジオ代だってかかるし服などだって買いたい。
高校を卒業したら、姉のように1人暮らしをする為にも、今の内に少しでも貯めないといけない。
その為に、家にあるご飯を食べそれ以外の時間はこうして部屋に閉じこもっている。
あと2年程の辛抱だ。頑張れる。そう、自分に言い聞かせ続ける。
私の部屋に鍵はついていない為、誰も入って来ないようドアの前に荷物を積んで開かないようにしてから勉強を始める。
何処の試験にも受からず進学という1人暮らしの名目を失うわけにはいかない。
15時半過ぎまでそうして過ごしたら着替えて荷物を退かし、アルバイトに向かう。
外からかける鍵がこの前壊れてしまい、まだ新しい鍵が届いていないので心許ないが私自身は心配な場所に行けるのだから大丈夫だろう。
多少の不安がありつつも荷物を持って声をかけられないようそっと家を出た。
アルバイトが終わると何処に寄り道するということもできず真っ直ぐ家に帰る。
23時以降に外にいれば補導されてしまうし、大して時間に変わりはないのでそうするしかない。
家に帰って、そのまま部屋に行ってしまいたかったがご飯もお風呂も済ませたい。
リビングに入ると父がソファに座ってテレビを見ていて、母はキッチンで洗い物をしている。
テーブルにはそれぞれラップをかけて、きちんと私の夜ご飯が用意されている。
それは、有難い。
おかえりなさい。先に食べるならお皿洗っちゃうけど。
「うん。そうする」
黙々と箸を動かし食事を済ませて流しに食器を運ぶ。
洗ってくれると言っていたので水に漬けておけばいいだろう。
次はお風呂だと一旦自分の部屋に行き着替えを取る。
替えの下着も、とタンスの引き出しを開けてみると、無造作に突っ込まれた幾つかの下着に違和感を覚える。
確認したくない。でもこのままにもしていられない。
震え出した手を伸ばしてその1つを摘まみ上げれば、嫌なにおいが漂う。
隙間から見えるクロッチ部分にはぬらぬら光る白い粘液が付着していて、短い悲鳴と共にそれを投げ捨てる。
私がいない間に、部屋に入ったのだ。
部屋に入ってこんなことをして、何食わぬ顔で今はリビングでテレビを見ている。
嫌だ。嫌だ。気持ち悪い。
先程食べたものがせり上がって来るのを懸命に堪えて他の下着も摘まんでは放る。
いっそのこと全部捨ててしまいたいけれど、同じ数を買い揃えるお金もないし今日明日身に着ける下着だってなくなってしまう。
せめてと接していない下着だけを避難させ、接していたものは全部洗濯に出すことで自分を無理矢理納得させる。
放った下着はハサミを入れることすら嫌なのでそのままゴミ箱行きだ。
吐いてしまうのは堪えても溢れ出る涙は堪えられず、膝を抱え声を殺して泣く。
どうしてこんな思いをしなければならないのだろう。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
いっそのこと、もう家を出てしまおうかと思っても、それも現実的ではない。
出ても行く当てがないのだ。
しばらくは友達の家に泊めてもらうにしても、あと、2年。
保証人の要らなそうな部屋を借りるにしても、お金が足りない。
アルバイトを増やすか、違うアルバイトを探すか。
今のアルバイトの時間を増やしても、生活費として足りるだろうか。
割の良いアルバイトなんてものは今私がしている嫌な思いをするだけのものだろうと想像に容易い。
ふと、幼馴染たちの顔が浮かんだが、頭を振ってそれを消す。
相談すれば心配してくれるだろう。力になってくれるだろう。
気持ちの悪い父と助けてくれない母はどうなっても構わないが、その時私はいつも通りの、普通の女の子でいられているだろうか。
それを考えて、結局泣くだけで何もできない。
心と呼吸を落ち着かせる為に2年、2年と何度も何度も繰り返して。
部屋の外から母がお風呂はー?と叫んで尋ねる声がする。
答えることはせず無事だった下着たちを違う場所へ隠し、放った下着をまた摘まみ上げてはゴミ箱へ落とし、袋の口を縛る。
違う袋には洗濯に出す下着たちを纏めて入れ、着替えと袋2つを持ってお風呂に向かう。
1つは洗面所のゴミ箱の中へ。もう1つは洗濯籠に中身をぶちまけて上から脱いだ服を重ねる。
この間にもまた部屋に入られはしないかと不安が過ぎるが、どうしようもない。
寝ている間はまたドアの前に荷物を積んで、早く鍵が届くのを祈って過ごすのだ。
洗面台の鏡に映る私は、酷い顔をしている。
顔は酷くとも、体は変わらない。
まじまじ見て、我ながら気持ちが悪いと改めて思う。
男性が目で追って来るこの大きな胸も、安産型だねなんて褒め言葉の振りをしたセクハラの対象になるお尻も、大嫌いだ。
また胃からものがこみ上げて来るのを鏡から目を逸らし口元に手を当てて堪え、浴室に入った。
病める時も健やかなる時も嫌なことを分かち合って生きような。
「」は脱字ではないです。