穏やかな昼下がり。
珍しく休みの合った彩ちゃんと慣れ親しんだ喫茶店でランチをしていたのだが、その店内に置かれたテレビから流れて来る音声は穏やかなものではない。
『俳優の○○氏が結婚をしているにも係わらず、女性とホテルへ入っていく写真が週刊誌に……』
『○○氏はこの記事を否定しており、名誉棄損でこの週刊誌を発行している出版社を提訴する姿勢を……』
この俳優さんは昔Pastel*Pallettes全員で呼ばれたバラエティ番組で共演したことがある。
優しく誠実そうな人であったが、そんなことはなかったらしい。
自身の顔がしっかりと写り込んでいるのに否定するなんて相当苦しいものがあると思うが、法的措置をチラつかせてその話を引っ込めてもらおうという意図でもあるのだろうか。
意図はさておき、そもそも私はこういったことにはならないように今度とも気を引き締めていかなければならない。
正面の彩ちゃんも報道を聞いて苦々しい顔をしている。
「うわぁ……信じられない。この人こういうことする人だったんだ」
「そういう風には見えないのにね」
「ね。不倫なんて最低だよね」
「彩ちゃんには西さんがいるから、縁のない話ね」
「えへへ……そうだね」
Pastel*Pallettesは5周年の節目を迎えた後、事務所の意向で解散となった。
その後もそれぞれ活動は続けている。
私は女優として。彩ちゃんはタレントとして。イヴちゃんはモデルとして。日菜ちゃんはソロデビューをし、麻弥ちゃんはドラマーとして様々な場所で演奏をするようになった。
それから1年程で、彩ちゃんはよく聞く言葉で言うと一般の人と結婚をした。
お相手はPastel*Pallettesが結成された当初からずっと応援してくれていて、ライブには必ず来てくれていたファンだった。
メンバー全員が苗字、もしくはフルネームを憶えているくらい、熱心な人だ。
握手会で全員の列に並んだ様子を見て誰が1番好きなのかと世間話がてら訊いたことがあったが、箱推しなので、と照れたように答えたこともよく憶えている。
電撃結婚で注目を集めた彩ちゃんは、2年経ってもラブラブな様子で今も『丸山彩』として大活躍しているのだ。
「智昭くんはねー、本当私のこと愛してくれてるし、私も智昭くんのこと大好きで仕方ないの!」
「結婚式の時の彩ちゃん、とっても幸せそうだったものね」
「ずっと泣きっぱなしで智昭くんのこと困らせちゃったけど、それも良い思い出かなぁ」
「泣いてても綺麗だったわよ。羨ましいわ」
「……千聖ちゃんは?いい人いないの?」
自身の幸せな話ですっかり苦い気持ちは吹き飛んだらしい。
嬉々として恋愛話を始める彩ちゃんに少しだけ苦笑を返す。
「好きな人はいるけれど、結婚となるとまだまだかしら」
「そうなの!?詳しく聞きたいな……!」
「ふふ、内緒よ」
「えー!気になるよー……絶対、絶対誰にも言わないから!」
「女は秘密が多い方が綺麗と言うし、諦めて、ね?」
渋々諦めた様子の彼女に結婚式を挙げる時は呼ぶわと返せばそれには勢いよく頷かれる。
やはり、彩ちゃんは元気いっぱいなのが似合う。
どんなことがあってもひたむきに、ずっと頑張ってもらいたいものだ。
**
彩ちゃんとのランチから、しばらくが発った。
私は今日もあの日と同じ喫茶店にいる。
テレビから聞こえる声が喧しくてチャンネルを変えて欲しいと思うが、そんな権利は客である私にはない。
今はどうせどのチャンネルでも、情報番組であれば同じ内容を取り扱っているに決まっているし。
数日前にスクープされた、彩ちゃんの不倫報道で。
『元アイドルでタレントの丸山彩さんがイケメン年下俳優との……』
『2人でホテルから出て来る様子を記者がカメラで捉え……』
『いやー、まさか丸山さんが不倫なんてねぇ。何事も一生懸命で応援したくなる人柄だと思っていたんですが……』
行きつけとはいえ、今回ばかりは店選びを間違えてしまった。
此処も落ち着いてはいるが、もっと静かな、……テレビのない店を選ぶのだった。
私の家に呼びたいのは山々だったが、外で会う方がリスクが低かったのだ。
出された料理にほとんど手を付けない相手に店を出ようか尋ねようとした所でタイミング悪く携帯に着信が入る。
携帯を手に取り電話に出るか悩んでいるとどうぞ、と声に出されごめんなさいね、と断りを入れ、切れてしまう前にと電話を受けてから席を立つ。
店内は広くない為、店員や客の邪魔にならないよう少し開けたスペースの隅に寄って、此処でようやく携帯を耳に当てた。
「もしもし?」
『もしもし、千聖ちゃん?』
「えぇ。……大変そうだけれど、私に何か用?」
『えっと……知ってると思うんだけど、写真をね、撮られちゃって……。家には帰れないし、ホテルは人がいっぱいいるし……。友達の家に泊まらせてもらってるんだけど、ずっとは難しくて……。だから、しばらく千聖ちゃんの家に泊まらせてもらえない、かな……?』
「ごめんなさい。私の家そんなに広くないから、とても人様を泊められるようなスペースは……」
『寝られれば廊下でもいいの!お願い!!』
1人暮らしを始めてから家に呼んだことはなかったけれど、まさか本当にそれ程狭い部屋だと思っているのか。
「力になってあげられなくてごめんね」
『……ううん。こっちこそごめんね』
「いいのよ。良ければまたご飯にでも行きましょう」
『……うん。ありがとう、千聖ちゃん』
通話を切って席に戻る。
お待たせ、と声をかければぼうっとしていた彼が我に返る。
「忙しいだろうに、ごめんね。気を遣って連れ出してくれたんでしょ」
「……忙しくはないから気にしないで」
「……格好悪いよね。毎日幸せで舞い上がってたら、好きだったのは俺だけなんてさ」
「あなたは悪くない。悪いのは……裏切ったのは、彩ちゃんなんだから」
名前を出せば此方に向いていた視線が下げられる。
愛していた人に裏切られ、傷だらけなのだ。
かさぶたすらできていないその傷に塩を塗り込むのは躊躇われるけれど。
「西さんは、これからどうするの」
「……どう、しようね。何も、考えられないんだ」
「そうよね。ごめんなさい。でも、1つだけ言ってもいいかしら」
「うん」
「関係を修復しようとしてもし駄目だった場合、彩ちゃんは今回の件を引っ張り出されて、別れることを取り上げられると思うの。それはあなたも彩ちゃんもまた傷つくだろうし、お互いにとって良いとは思えないわ」
「別れた方が、いいのかな」
「……彩ちゃん、前にね、不倫なんて最低って言ってたのよ。そう言っていたのにしてしまったなんて、その人以外考えられないって相手に出会ってしまったんじゃないかしら」
「……色々、考えてみるよ」
「……聞きたくないことを言ってしまったのなら、ごめんなさい」
「俺と彩ちゃんのことを思って言ってくれてるってわかってるから。ありがとう、千聖ちゃん」
僅かにではあったが、今日会ってから初めて笑みを見せてくれた。
そのことに安堵して私も微笑んで。
「私で良ければ話を聞くから、何でも言ってちょうだいね。……あなたの力になりたいの」
打算的で、目的の為なら手段を選ばなくて、それでいて人間的な千聖が好きです。幻覚ですが。