「あ、あれ?奇遇だな。今帰りか?」
下校するのか部活に行くのか、生徒で賑わう廊下。
後ろからかけられた声は俺へのものではないと判断したかったが声の近さで俺に向けられたものだと判断して振り返れば無理に作った笑顔で返答を待つ金髪ツインテールの女がいる。
奇遇も何も放課後に帰宅部の俺が玄関方面へ向かっていれば帰るに決まってるだろう馬鹿かと吐き捨てたくなるが人の多い場所で泣かれたりでもしたらうざったい。
最低限のことだけ返せばいいだろう。
「……そうだけど」
「じゃ、じゃあさ、一緒に帰らねえ?方向も同じなんだし」
「寄るとこあるから」
「邪魔じゃなければ用が済むまで全然待つし」
「邪魔」
「そ、そっか。じゃあまた今度な」
本当は寄る場所などないのだが、快く諦めてくれたようで駆けてこの場を立ち去る後ろ姿においおい廊下は走るもんじゃないぞともう一声かけたくなるが、そいつとすれ違いで此方に来るクラスメイトに口を噤む。
ヒールでも履いていればツカツカと音を立てているだろう足取りで迷いなく此方に向かって来る様子に彼女の機嫌がよろしくないことを察してだ。
本来、廊下は走らないという注意は役割の範囲内なので風紀委員の彼女がしそうなものであったが、自他に厳しい彼女がスルーしたことには少なからず驚いてはいる。
「西さん」
「なに」
「可愛い後輩をいじめないでください」
「いじめてないけど」
「市ヶ谷さん、泣きそうでしたよ」
「えー。俺特に泣かすようなこと言ってないんだけど」
「あなたにとってはそうでも、市ヶ谷さんにとっては泣く程のことなのかもしれないでしょう」
「そんなこと言ったら俺自分の意見何にも言えなくなっちゃうよ」
「少しは言い方を考えればいいんじゃないですか」
「だってアイツ気持ち悪いからさー」
「そういう所です。……職員室に用があるので失礼します」
「すぐ済むなら一緒に帰ろうよ」
「すぐには済みますが、」
「おっし。じゃあ職員室行こう」
明確な了承は得ないまま歩き出すが何も言わずについて来ることを了承としよう。
用と言っても教師に何かを提出するくらいのものだったらしく、職員室に入った氷川は数分で出て来てそれでは帰りましょうか、と2人して玄関に向かう。
それで、と切り出された言葉には心当たりがなく、ん?と訊き返してしまうが、それには眉を顰めて市ヶ谷さんのことですと返された。
自分から切り上げようとした割に彼女の中ではまだ話が続いていたらしい。
いや、むしろ用があるから切り上げようとしたがまだ共にいるのならば続けよう、ということなのか。
「仮にも幼馴染に向かって気持ち悪いはないんじゃないですか」
「何で幼馴染だって知ってんの」
「市ヶ谷さんから聞きました。生徒会室で色々聞いてますよ、あなたのこと」
「うーわ、本当無理。気持ち悪」
「気持ち悪いって言うのやめましょう。それに、何処に気持ち悪い要素があるのかわからないのですが」
「俺がいない所で勝手に人のことべらべら喋ってる所」
「……相談が主ですよ。昔は仲が良かったのに今は冷たいと」
相談事を当事者に話してもいいのかとツッコもうか迷ったが俺からのものではないしいいだろう。
其処ら辺は意外と大雑把なんだなと氷川にばれないよう笑いを零す。
「何か理由でもあるんですか?」
「理由ねぇ。嫌いだから?」
「仲が良かったのに嫌いになった理由は?」
この女、結構グイグイ訊いて来る。
先程は触れなかったが可愛い後輩と言っていたし、氷川はアイツに対して好意的なのだろう。
だから何とか力になりたいといった所か。
気持ち悪い、と表すことすら注意されるのだから聞いていて気持ちのいい話ではないのだろうが、唸ってもふざけても誤魔化されてくれないものだからどうでもいいかと言ってしまうことにした。
氷川も双子の妹と上手くいっていない時があったと聞いたことがある。
俺のように100%嫌悪ではないにせよ、人を鬱陶しいと思ったことがあるなら多少は理解してもらえるだろう。
「まず前提として、昔も仲良くしたつもりはない。知ってる顔がいるし暇だから話しとくか程度」
町内の子ども会だとか、そういう無理矢理行かされて家に帰ることもできずただ暇な集まりでの、終わるまでの暇潰し。
それをアイツが勘違いしただけ。
勘違いがどう転んだのかは知らないが、それからはもう馴れ馴れしく近寄られて迷惑だった。
俺がゲームを始めたと知れば大して上手くもないのにフレンドになろうとやって来て。
誰から聞いたのか俺の連絡先を知れば料理などの写真だけ送り付けて来るという意味不明なことを何度も何度も繰り返し。
「最終的には俺が通学してる時に後ろから追い抜かして来て、話したくないから声かけずにいたら追い抜かした時の速さからは考えられないくらいノロノロ歩いたり、気づかない振りしてこっちが抜かしたら亀かよって速さで歩いてたのにまたすごい早足で追い抜かして来たりしたから気持ち悪、って関わりたくなくなった」
「それだけで、ですか」
「氷川も自分に置き換えて想像してよ。好きでもない異性が気引きたくて自分の周りうろちょろしてるんだぞ。気持ち悪いだろ」
「そう考えると確かに、まぁ」
「それに俺何とか待ちって嫌いなんだよね。話しかけられるの待ってる奴には絶対に話しかけたくない。言いたいことあるなら言えやって思うし。自虐して『そんなことないよ』って言われるの待ってる奴とかも、そういう奴にはそのまんま肯定してやる」
「わかるような、わからないような……」
「氷川もあんまり空気読んだりしなさそうだから、自虐してる奴にそうですねとか言いそう」
「そんなことないです」
ムッとされたが今のは言い方を悪くしただけで、相手に忖度せず自分の思ったことを言ってくれそうだ、というだけだ。
そういう奴の方が面白いし遠回しに自分の言いたいことを押し付けて来る奴よりずっと良い。
褒め言葉だよとフォローしたがそうは受け取れないらしくそっぽを向かれたまま同じ帰り道が終わってしまう。
「じゃ、俺こっちだから。また明日な」
「……あの、先程の話、市ヶ谷さんには」
「好きにすれば?」
「……わかりました」
話すにせよ話さないにせよ、氷川が上手く立ち回ってくれてアイツが二度と目の前に現れなければいいと僅かに期待して。
紗夜が好きなので寄りかけるのは仕方ない。
後日「~と言っていたので好かれたいのであればまずそういった行動をやめることから始めた方が良いと思います」とか大真面目に言って紗夜には有咲のメンタルをボコボコにして欲しい。