蘭が学校に来なくなった。
1日2日ではないので少し風邪をひいてしまったというわけではないようだ。
ならばもっと大きな、病気で入院だとかなのかと言えば、そうでもないようで。
先生に訊いても、蘭はお休み、ということしか言わない。
あたしたちが何度メッセージを送ってもそれらが読まれることはなく、返事が来ることもない。
どうしたのだろうかと当然心配になる。
ひとまずみんなで集まり話し合って、どうして学校に来なくなってしまったのか、あたしたちのメッセージを読まないのかを考えて。
考えてみて、心当たりは1つくらいだった。
蘭が学校に来なくなる前日の、スタジオでの練習。
新曲の練習をすることになったのだが、どうもトモちんと蘭が噛み合わなかった。
よく聞く、『方向性の違い』みたいな。
いや、其処まではいかないかもしれないけれど。
「だから、其処はもっとバシッと決めて欲しいんだけど」
「アタシはこっちのが曲に合ってると思ってこうしてるんだよ」
「逆にバランス悪くなってるでしょ」
「はぁ?お前こそサビもっとパーンって歌えないのかよ」
「は?何パーンって。意味わかんない」
「パーンはパーンだろ」
「パーンって感じの曲じゃないし」
どちらもより良くしようと思ってのことだとわかってはいる。
だから下手に止められなくて、つぐもあたしもひーちゃんもオロオロアワアワ見守るばっかりで。
練習が終わる時間になってもそんな感じだった2人は片付けから会話することもなく、別れの際にも言葉を交わすことがなかった。
簡単に言ってしまえばそれが未だに気に食わなくて蘭はへそを曲げてしまっているのではないかという推理だ。
当人のトモちんは居心地悪そうにしていたが、他に全く心当たりがなかっただけであたしたち3人はいくら蘭でもそんな子供じゃああるまいし、と思っている。
様子を見るのはやめて蘭に会いに行こうと決めたのはそれから1週間後のことだ。
校舎内で集まってから、みんなで一緒に蘭の家へ向かう。
チャイムを押せば蘭のママが迎えてくれ、蘭に会いに来ましたと言えば微笑みが曇る。
広間に通されてから言われた通り待ってみるが、再び現れた蘭ママの後ろに蘭の姿はない。
「……ごめんなさい。会いたくないらしいの」
「そんな……」
「ちょっとだけでもいいんです。蘭に会えませんか?」
「……折角来てもらったのに申し訳ないけれど、」
「蘭、あたしたちの連絡も見てくれないんです。何でか聞いてたりしますか?」
「…………今のあの子には、きっと何もかも怖くて嫌なものに見えるんだと思うの。だから、そっとしておいてあげて」
「でも……何か悩んでるなら力になりたいし、話だけでも聞きたいんです!」
心配だ。力になりたい。またみんなで笑いあって、いつもの夕焼けを眺めたい。
それは此処にいる全員の本心だろう。
そして蘭ママもそれがわかっていて、しばらく悩んだ末に扉越しに、少しだけなら話してみてと言われた。
ただ、もし駄目だと思ったらすぐに帰って欲しいとも。
あたしたちはその『もし駄目だと思ったら』の時がいまいちわからなかったが、蘭と話せそうだということで少しだけ元気が出て蘭の部屋の前まで移動する。
小さく、2回ノックをして、恐る恐る第一声をかけるのはひーちゃんだ。
「蘭……?」
返事はない。
部屋にいることは間違いないのでみんなで顔を見合わせて頷き、言葉を続ける。
「学校のプリントとか色々持って来たよ。みんなもいるから出て来て一緒に話そうよ」
「蘭ちゃんに会えなくてすっごく寂しかったから、顔が見たいな」
「らーん。モカちゃんだよー。でーておーいでー」
「モカ、そんな動物じゃないんだから……」
「えへへ……蘭がいない間に商店街のパン屋さんに新商品が出たんだよー。一緒に食べよー」
「……蘭、この前は悪かったよ。バシッとでも何でも演奏するからさ、またみんなでバンドやろうぜ」
少しの、間。
蘭が言葉を投げ返してくれるのではないかと期待してだ。
それに応えるように壁の向こう側から声が発されたようだが、小さくて聞き取れない。
それでも反応を返してくれたことが嬉しくてみんなで微笑み、つぐが何て言ったの?と聞き返すと。
「五月蠅い!!!」
隔てられていなければ、あたしたちに突き刺さりでもしそうな声で、言葉だった。
全員聞き取れはしたのだろうが意味が理解できず、笑みが消えて呆然としてしまう。
いきなり大勢で押しかけて嫌だったのだろうか。
それとも、やっぱりトモちんとのことをまだ引き摺っている?
呆然とした中で初めに我に返ったのはひーちゃんで、諭すような言い方ではあるが眉を少しだけ潜めて蘭を咎める。
「みんな蘭が心配で来たのに、そういう言い方は酷いと思うな」
「……勝手に来て恩着せがましい」
「……蘭、本当にどうしたんだよ」
「何かあったなら、どんなことでも蘭ちゃんの話聞くよ。だから、このままでもいいから話して欲しいな」
3人が声をかける中、あたしだけは声を発せずにいた。
1番、蘭の態度に驚いたのもあるかもしれない。
でもそれだけではなくて、何だか、これ以上は踏み込まない方が良いような気がしたのだ。
これが蘭のママが言っていた『駄目だと思った』時なのかもしれない。3人は思っていないのだろうけれど。
帰った方がいいのではないかと小声でみんなに提案しようとして、しかしそれよりも先に蘭の声が返って来る。
「話して何になるの?全部なかったことになるの?無理だよね。そんなのあたしだってわかってる。せめて忘れられればいいのにそれすらできなくて毎日毎日にやけた顔が浮かんで最初から最後まで頭の中に流れて気持ち悪くて嫌で嫌で堪らないのに呑気なあんた達の顔見ろって?」
攻撃的な声音は先程と変わらない。
先程よりも饒舌で、でも何の話なのかあたしたちにはわからないだけ。
「蘭、何の話をしてるの……?」
「ちゃんと説明してくれないとわからないよ」
「ちゃんと?1から10まで説明しないといけない?怖かったことも抵抗しても全然敵わなかったことも体が裂けそうなくらい痛くて泣き叫んでも誰も助けてくれなかったことも何度やめてって言ってもやめてくれなかったことも気持ち悪い熱くてどろどろした感覚も?みんなは良いよね、そんな思いしてないんだから!!」
直接答えに結びつくような言葉はない。
しかし、あたしたち全員、もう蘭に何があったのか答えを得ていた。
得ていて、全員駄目だと思っているのに体が固まったように動けなくて、続く蘭の言葉を聞き続ける。
「何で、何であたしなの!!偶々ならあたしじゃなくても良いはずなのに!何で!あたしじゃなくて、他の人なら良かったのに……!」
言葉は次第に意味を成さない音の叫びになった。
その叫びに呼ばれてか蘭のママが飛んで来て、あたしたちに目配せをすると静かに蘭の部屋へと入っていく。
帰れ、ということなのだろう。
叫び声に背中を押されるままに蘭の家を後にして、しばらく経っても誰も何も言えずにいた。
とぼとぼと4人で帰るあたしたちを照らすのは憎らしい程に綺麗な、いつも通りの夕焼け。
クッションなり何なりを投げつける予定でしたが壁越しではあまり意味が。
クルミも夕闇に連れて行かれたようなものですね。