「パン~、パン~、モカちゃんのパ~ン~~」
今日はバンドの練習もアルバイトもない日だ。
大好きなパンを買ってごろごろする、そう決めていた。
帰りのホームルームで眠ってしまい、今日は練習やアルバイトなど大事な予定がないことを幼馴染たちは知っていたのか特に起こしてくれることもなく、本来帰っている時間よりは大分遅れてしまっているが問題はない。パン屋さんさえ閉まらなければ問題ないのだから。
自作のパンの歌を口ずさみながら学校を出て、足取り軽く商店街のパン屋さんへ向かおうと、していたのだが。
「……むー?」
途中で見知った顔を見つける。
見間違えるはずもない、幼馴染のつぐだ。
今日は生徒会の仕事があると言っていたが、もう終わったのだろうか。
パーカーにスカートというラフな私服であり、用があって一時的に出て学校に戻ろうとしているのではないことはわかる。
それに、隣には知らない男子が並んでいる。
何処かで見たような顔の気もするし、何処にでもいそうでもあるし。
発する「む」の数を増やして頭を一寸回転させて、ようやくピンと来た。
前に写真で見た、ひーちゃんの彼氏だ。
つぐと同じで制服ではなく私服で、2人で楽しそうに歩いている。
ピコン、と閃いて誰が見ているわけでもないのにポーズと軽く決めて。
「これは……美人名探偵モカちゃんの出番かな?」
後ろ髪を引かれる気はするがパンを買うのもごろごろするのもいつでもできるし、優先度は此方のが高いだろう。
2人の視界に入らないように迂回して後ろを陣取る。
尾行開始だ。
あ、尾行なら牛乳とあんぱんが欲しいところ、という葛藤をしつつも後をつけ、2人が入って行ったのはショッピングモールだ。
実は悪い予想をしていたのが、なんてことはなく普通に買い物をしている。
恋人のように手を繋いでもいない。杞憂だったのだ。
つぐがひーちゃんの彼氏と何処で知り合ったのかはわからないが、友達として関係性を築いているのかもしれない。
それで、ひーちゃんへのプレゼントを彼氏が選ぶのに、女の子の喜びそうなものがわからないからつぐに頼んで一緒に買いに来た、みたいな。
ひーちゃんの誕生日はもう過ぎているが、イマドキの恋人たちは何ヶ月記念日、なるものも祝ったりするようだし、ひーちゃんたちにはひーちゃんたちの記念日があるのだろう。
まずはつぐの買い物をするのかレディースのショップで似合うかどうかと服を当てつつ、店内を見て回っている。
それが済むとテナントの1つである喫茶店へ。
流石に此処であたしも入って確実に行ったら気づかれてしまう。
喫茶店に入ってすぐに出るなんてこともないと考え、時間潰しを兼ねてショッピングモール内のパン屋さんへ行くことにする。
パン屋さんが違えば置いてある種類も違い、生地の味も違う。
みんな違って、みんな良い。パンいずゴッド。
平日だからかまだパンは種類があってどれを買おうか迷ってしまう。
あまり時間をかけるとつぐたちが喫茶店を出てしまい、鉢合わせてもしかしたら気まずい思いをさせてしまうかもしれないのでなるべく迅速に。
もう尾行をする必要もないかもしれないのだが、気分的にあんぱんと牛乳は選んでおいた。
事務所(お家)に帰るまでが美人名探偵モカちゃんのお仕事なのだ。
戻って喫茶店の隣の店の棚の陰から2人が出て来ないかと窺っていると数分で2人が出て来る。
間に合ったようだ。
そのまま2人はショッピングモールの出口へと向かって行く。
見ている限り買ったのはつぐの服だけ。
ひーちゃんへのプレゼントを~というモカちゃんの予想は外れてしまったようだ。
名探偵としてまだまだ精進しなければならないなー、とあたしも後を追う。
2人を最初に見かけたのが商店街方面からだったのでてっきり其方へ戻るのだと思っていたが、逆方面へと向かって行く。
羽丘女子学園より南にある、住宅街。
その内のとある戸建ての家に2人は入って行って、思考も足も止まってしまう。
友達の家に行くのは普通だ。あたしだってよく蘭の家に行く。
ひーちゃんの家にも、トモちんの家にも、つぐの家にも、行く。
でも、男子の家には、行くのだろうか。
ずっと幼馴染の5人でいたので、男友達なんていないに等しいあたしにはわからない。
仮に幼馴染の1人が男だったらどうだっただろうかと考えて、やめる。
そうだったら行っているとは思う。
でもそれは幼馴染だからであって、今考えても無意味なことだった。
あたしだったら彼女のいる友達の家に1人では行かないけれど、それはあくまであたしだったらであって他の人に押し付けることも違うし、家には彼の親もいて後ろめたいことなど何もないかもしれない。
何をするでもなく呆然と立っているには長過ぎる時間が経ってもつぐは出て来なくて、近所の人であろう犬を散歩させているおばさんがただ立っているだけのあたしを変な目で見て去って行く。
とりあえず、帰ろう。
踵を返すとパンの入ったビニール袋ががさりと音を立てて、存在を主張して来る。
牛乳もあることだし、帰りながら食べてしまおう。
紙パックの牛乳を片手にあんぱんをかじる。
美味しい、けど、心の底から美味しいと思えない。
悪い予想をしていたとはいえ、軽い気持ちだったのだ。
そんなことにはならないと信じていたのだ。
それなのに、自分の中で疑いが残ることになってしまった。
買い物をしているだけだと思った時に帰っていれば良かったのかと考えるが、結論は出ない。
この件をひーちゃんに伝えた方がいいのかも、わからない。
あたしが勝手に後をつけて誤解しただけなら、ひーちゃんに余計な心配とつぐに濡れ衣を着せてしまうことになる。
もし、誤解じゃなければ、それはそれでひーちゃんが傷つくことになる。
このまま、あたし1人が悶々とするだけで済むのなら、それでいいだろうか。
あたしが知らないだけでひーちゃんはつぐと恋人が仲が良いのを知っていて、皆に「つぐと彼がこの前遊んだ時にねー!」なんて話してくれる日が来れば、気が楽になっていい。
ただの逃避だろうか。駄目だろうか。
見て見ぬ振りをするのは、悪いことだろうか。
当事者たちは勿論、蘭にもトモちんにも、心配かけたくないというのは、あたしのワガママだろうか。
「……大丈夫って、信じるしかないよねぇ」
最善策も見つからず、気づかぬ内に解決していることに賭けることにして、残りのあんぱんを口に詰め込む。
それから数日後、練習の為にスタジオへとやって来て、受付で何処の部屋かを訊く。
もう他のみんなは来ているらしいので速足で移動して扉を開けると。
「どういうことなの!!」
凍り付く空気に、あたしは自分の間違いを知るのだった。
スタジオのAとかBとかを部屋と呼んでいいのか悩んだ挙句考えるのをやめました。