「す、好きですっ!もし、もし良ければ……私と付き合ってください」
伝えるつもりは、実を言うとなかった。
いつも遠くから見ているだけで、素敵だなぁなんて憧れて。
今日だって、偶々会うことができただけなのだ。
此方が過剰反応してつい名前を叫んでしまったというのに、彼女は嫌な顔をせず声をかけてくれた。
上手く言葉が出ず陰ながら応援してます、ということをつっかえつっかえ、大分時間をかけて言う間もにこやかなままで。
ありがとう、それじゃあ、と去ってしまいそうになる姿につい、欲が出てしまった。
その笑顔を私だけに向けてくれないかな。
こうして偶々ではなく、会いたいからという単純な理由だけで会えるようにならないかな。
私だけの、大切な人になってくれないかな。
独占欲が告白という形となって飛び出たことには自分でも驚いた。
周りに人がいないことは救いだろうけれど、言ってしまったことは取り消せない。
あとは返事を待つのみで、先程までのような笑みを向けてくれることを祈るばかりだ。
しかし、振り返った彼女の笑みは困ったように眉尻が下げられたもので。
「……すまない。子猫ちゃんの望みは叶えてあげられないんだ」
あぁ、駄目だった、と理解するにはそう長くかからない。
わかっていた。そうならないよう祈ってはいたけれど、あまり接点もない私なんかのことを選んでくれるはずがない。
わかっていてもこみ上げそうになる涙をぐっと堪えて笑顔を作る。
「そ、そうですよね!薫さんは、みんなの王子様ですから!誰かだけの王子様になんて、ならないですよね……」
「っ…………ごめんね」
「謝らないでください!急に変なこと言って、すみませんでした」
「……嗚呼、子猫ちゃん、泣かないでおくれ。可憐な君に涙なんて似合わない」
「だい、じょうぶです」
薫さんがほっぺにちゅーでもしてくれたら、驚いて引っ込むと思うんですけどね、と溢れそうになる涙を引っ込めようと冗談を言ってみる。
上手く頭が働かずこの場にそぐわない冗談を言ってしまった気はする。
断られたらそれはそれで追い打ちだし、してくれたなら嬉しさでどちらにせよ泣いてしまいそうだ。
告白に続き、なんてことを言ってしまったのかと内心慌てるが、王子様は少し考えて、私の頬に手を添えると反対の頬へと口付けをしてくれた。
***
「あなた、うちの後輩を泣かせたらしいわね?」
ぎくり、と思わず紅茶に伸ばしかけていた手が止まってしまった。
彼女の部屋で、紅茶の置かれた机を挟んで正面にいる千聖は怒っている風ではなく、此方の反応を窺っているようである。
知っていることがそれだけならば、隠し通せてしまえるだろうか。
「……あぁ、あまりの私の儚さに誰しも感涙してしまうのは間々あることさ」
「往来で告白して来た子を振るのは間々あることなのね。ふぅん」
「いっいや、それは全然……滅多ないよ」
「頬へのキスはその滅多ない人たち全員にしてあげてるのかしら?そんなサービスされたら確かに感涙してしまうかもね」
「ち、千聖……?」
知られたくなかったことが知られてしまっている。
千聖はにっこりと笑顔だ。
だが話している内に怒りの色が滲んでいることに気づかない程付き合いは浅くない。
かといって怒っている状態の彼女を真っ直ぐ見詰められる豪胆さは持ち合わせておらず、視線を落とす。
「……すまない」
「あら。別に怒っていないのに、何に謝っているの?」
「頬に、キスをしたこと」
「謝らなくていいわ。気にしてないから。ただすこぉし気に入らないだけよ」
「それを怒っていると言うんだよ……」
「問題なのは、あなたがそれを隠したことよね?折角話しやすいよう話を振ったというのに」
「それは……千聖の機嫌が悪くなると思って」
「隠される方が嫌なものよ」
「……じゃあ、次があったら、言うようにするよ」
「そうね。そうして頂戴」
千聖が圧のある笑みを消して紅茶を啜ったことに一安心して、自分も先程飲み損ねた紅茶を一口含む。
心なしか渋みが増した気がするが、気の所為だろう。
「……まぁ、聞いたら聞いたでもしかしたら気に入らないかもしれないけれど」
「それどっちにしても駄目じゃないか」
「……あなたが、その変なキャラ作りをやめればいいのよ」
変なとは失敬なと思いはしたが千聖は至って真剣だ。
芝居以外での外での私が独特だとか変わっていると言われているのは知っているが、素になることによって何か変わるだろうか。
その変わっている状態でもファンは有難いことにいるのだ。
自分で言うのもあれだが、変ではなくなれば余計に彼女たちを魅了してしまうのではないか、と思うのは自惚れだろうか。
それに。
「……私は、私があまり好きではないからね」
「……私は素のあなたの方が好きよ」
「それは光栄だね」
「光栄だと思うなら、誰の前でも格好つけずに大好物のお雑煮の餅でも伸ばして笑ってなさい」
「それは……ちょっと恥ずかしいな」
「いつもの言動の方が恥ずかしいと思うのだけれど」
「君はいつでも辛辣だね」
みんなの王子様と言われる自分が、こうして誰かを1番としているのは許してもらえるだろうか。
涙を瞳いっぱいに溜めた黒髪の少女の姿が紅茶のカップにぼんやりと浮かび私を責めているような気がして、ミルクを注いで濁らせた。
好意を寄せられるような魅力のある人はとっくに誰かのものになっている。
個人的には相手が幸せならそれで良いのですが引きずり続けます。