彼とお付き合いを始めてからもう4ヶ月程。
勢いに押されたというのもあったし、みんなに言った通り声がすごく格好良くて思わず了承の返事をしてしまっていた。
そんな始まりではあったが、彼のことを知れば知る程好きになっていく自分がいた。
悪戯っぽく笑った顔が可愛くて。
時々される軽いイジワルにきゅんとして。
2人きりの時に囁かれる甘い言葉に蕩けてしまいそうで。
恋って、こんなに素敵なものだったのだと、彼に出会って知ったのだ。
みんなも、バンドの活動も大事だけれど、それと同じくらいに彼のこともかけがえのないものになっていた。
自分の名前を彼の苗字で考えて、それはまだ早いかと思いつつ何だか嬉しくてぬいぐるみを抱き締めながらベッドの上でばたばたと暴れてしまうくらいに、頭の中は幸せ一色だった。
今日はバンドの練習日なので友達との会話もそこそこに下校し、時間を見計らってスタジオへ向かう。
受付で名乗ると予約していた時間にはまだ少し早かったが前の時間帯に使っていた人はいなかったらしく、入っても大丈夫とのことだったので有難くそうさせてもらった。
一息ついて練習の準備を整えている間に他のメンバーもやって来る。
「お、ひまり早いな」
「えへへー、まぁね」
「待たせちゃってごめんね」
「まだ時間じゃないからいいでしょ。……どっちかっていうとモカが時間に遅れそう」
そんな話をしている間に携帯が聞き慣れたメロディを鳴らす。
彼からのメッセージ受信を知らせるメロディだ。
まだ皆準備を終えていないし、ぱぱっと返信すれば迷惑にならないだろうとメッセージを開く。
「え……」
表示されたのは、突然の『別れよう』という言葉だった。
信じられなくて彼からの言葉を凝視するが、送られて来た言葉は変わったりしない。
上手くいっていたのに、どうして。
『どうして』
私に何か悪い所があった?
みんなに惚気るのが嫌だった?
浮かぶ疑問を全てぶつけたかったが、震える指でまず打てたのはその4文字だけだった。
すぐに返したからかまだ彼も携帯を開いていたのだろう。
間を置かず返信が来る。
『飽きたわ。他に気になる奴できたし』
『そんな……。それって誰?同じ学校の子?』
同じ学校なら、まだ理解ができる。
クラスで席が隣同士で親密になったり、学校行事で深く関わるようになったり。
理解ができるだけで、飽きた、他に好きな子ができた、というのは到底受け入れ難いものではあるけれど。
でも、それよりも許せない答えが、返って来た。
彼からの返信を見て、頭に一瞬で血が上るのを感じた。
それがわかるくらいには何処かで冷静なのに、お腹の中が煮えたぎるようにじりじり熱くて。
彼の好きな子に詰め寄る足音が、やけに響くように聞こえる。
「つぐ」
「なぁに、ひまりちゃん。どうしたの、怖い顔してるよ……?」
「私の彼と、会ったこと、ある?」
「あ、うん。あるよ。うちのお店に来てね。前に写真見せてもらってたからひまりちゃんの彼氏さんだーって思って、ちょっと話したの」
「……その後は?連絡先交換したり、会ったり、」
「してないよ?どうして?」
「……じゃあ、何で」
彼からのメッセージが開かれたままの携帯をつぐに向ける。
「何で私じゃなくてつぐなの……!」
『お前の幼馴染のつぐみって子のが良い』。
彼の答えは、残酷だった。
携帯越しに色々問い詰めるより、この場にいるつぐに訊いた方が早いと思ったが、それはそれで頭の中がぐちゃぐちゃで、何を訊けばいいのか纏まらない。
何で、どうして、だけが頭の中を埋め尽くす。
「どういうことなの!!」
感情に任せて吐き出した言葉は誰かに受け止めてもらえることもなく空しく消える。
あぁ、泣き出してしまいそうだ。
別に泣きたくないわけではないけれど、今泣いてしまったら、うやむやになってしまう気がして、何とか堪える。
「どし、たの」
声に振り返ればまだ到着していなかったモカが強張った顔で部屋に入って来る。
着いてみたらこの状況というのは当然困惑するだろう。
振り返る際に視界に映った巴と蘭もそんなような顔をしている。
「アタシたちもわかんないから、説明してくれよ、ひまり。どうしたんだ?」
「何か、あったの」
言葉に詰まって、他の3人にも同じように携帯を見せる。
巴は険しい顔。
蘭はショックを受けたような顔。
モカはより一層顔を強張らせた。
「……つぐは、好かれるような身に覚えはないのか」
「ない、よ……。お店で以外話したことないし」
「だったら、ソイツ今此処に呼んで訊いた方がいいんじゃないか?つぐは別の場所にいさせてさ」
「……待って」
こうやって私が感情的になっても冷静に話を進めてくれるみんながいるなら巴の提案通りにしようかと考えている所に、モカが待ったをかける。
「……つぐ、嘘吐いてる」
「何言ってるのモカちゃん。私、嘘なんて、」
「この前、ひーちゃんの彼氏と一緒にいたじゃん。……ショッピングモールの後、多分相手の家まで行ってたじゃん」
「何、それ……。何で……!」
「ひまり、落ち着け!」
つぐに掴みかかろうとしたが巴に羽交い絞めをするような形で阻まれる。
振り払おうとしても、拘束は解けない。
つぐはというと、そんな私を冷めた目で見ている。
それだけで、モカの言葉は本当で、つぐが嘘を吐いていたのだと思い知る。
「……人の後をつけるなんて、モカちゃん悪趣味だね」
「じゃあ、つぐみ、本当に……」
「見られてたならもう嘘吐いても仕方ないしね。連絡先も知ってるし、お店以外でも会ったよ」
「……つぐも、彼のこと、好きになったの?」
「え?そんなことないよ?」
「え?」
「え?」
え、の応酬。馬鹿にされているようで余計に腹が立って来る。
好きじゃないなら、どうして連絡して、会って、家まで行くのか。
「じゃあ何で彼に手出したの!」
「私が悪いみたいに言わないで欲しいな。向こうから誘って来たんだよ?」
「断ればいいでしょ!!」
「私ちゃんと訊いたよ?ひまりちゃんがいるのにいいの?って。でもいいって言うから、じゃあいいやって」
いいって、何?
そう言われて、じゃあいいやって、何?
平然と言ってのけるつぐに言葉を失っていると黙っていた蘭が口を開く。
「じゃあ、前につぐみが他校の人の彼氏に手出したって絡まれてたのも、本当は、」
「あぁ、あれね。後ろで笑っちゃいそうだったけど、助けてくれてありがとう、蘭ちゃん」
私の彼の他にも、同じようなことをしていたらしい。
また口を閉ざしてしまった蘭ににっこりと笑いかける、……元幼馴染は、救いようがない。
「……もう、つぐの顔なんて見たくない。Afterglowもやめて」
「わかった。時間足りないなぁって思ってたし、丁度良かった」
顔を見たくないのも本当だけれど、少しでも、私にこんな思いをさせたつぐにダメージを与えたくてバンドをやめろと言ったものの、つぐには全然それが堪えないようだ。
もうとっくに、私たちのことも、バンドのことも、どうでも良かったのかもしれない。
「じゃあ最後に1つだけ」
帰る準備を終えたつぐがくるりと振り返る。
「ひまりちゃん、初めてだからってすっごく痛がって面倒だったって、言ってたよ。好きなら少しは我慢しようよ」
「っ早く出て行って!!」
落ち着きかけていたのに、羞恥と怒りでまた一瞬で血が上る。
巴からの拘束は解かれたが、掴みかかりたい相手は私の言葉通りに、もう部屋を出て行ってしまった。
堪えていた涙も溢れ出してその場に崩れ落ちる。
行き先のなくなった感情は、他へと矛先が向かってしまう。
「ひまり……」
「モカも蘭も、何で教えてくれなかったの」
「それは、」
「教えてくれてたら違ったかもしれないのに!信じてたのに、こんなのって、」
「……ごめん。あの時は相手の誤解だと思ったんだ。つぐみが知らないって言うから、信じて……」
「あたしは、どうすればいいのかわからなくて、……ごめん」
「……アタシたちも、もう今日は帰ろう」
こんなのは八つ当たりだ。わかっている。わかりきっている。
私も、蘭も、モカも、巴も。
それでも受け止めて、私を責めないでいてくれる。
その優しさが逆に居たたまれなくなって、巴に促されるまま言葉もなくスタジオを後にした。
家に帰ってお風呂に入っても気持ちは落ち着かなくて、巴から届いたメッセージも読まずに放置してしまう。
無気力にベッドのに寝転びながら、これだけはしないと、とつぐと大好きだった彼の連絡先を削除して、携帯を放り投げた。
昨日までの幸せな日々に、戻りたい。
よくある話。
大勢出すと呼び方打ち間違えてないか不安になります。