おとぎ話に出て来るお姫様のように可愛い幼馴染がいた。
僕はその子のことが大好きで大好きで、いつも一緒に過ごしていた。
お父さんとお母さんから「好きな人とはずっと一緒にいられるようにケッコンをする」という話を聞いて、幼い僕は彼女と1つの約束をした。
僕が王子様になったら、ケッコンしてください、と。
その時頷いてくれた彼女の綻ぶような笑顔を今でも鮮明に思い出せる。
……今の僕は、王子様どころか召使いが精々だろうけど。
「おい西!テメェ早く来いよ!」
「チンタラしてんなよのろま!」
「ご、ごめん……」
放課後、自分のものを含め4人分の荷物を持ってクラスメイトの後をよたよたと追う。
基本的に資料集など以外は教科書を学校に置いて帰ることは許されておらず、1人分の荷物でも結構な重さだ。
それをひょろひょろとまではいかないが僕1人で持つことは無理があるのだが断ると何を強要されるかわからない。
大人しく荷物持ちとして彼らに付き従っている。
「おいおい、そんなに遅ぇと俺らが帰る頃には夜になっちまうぜ?」
「勉強もしないといけないのに俺らの時間奪うなよなー」
「ってお前帰っても勉強しねぇだろ!」
「ハハハ!まぁな!でも遊ぶ時間が減るだろうがよー」
花咲川学園は進学校ではないにせよ、柄の悪い生徒が集まりそうな学校ではない。
しかし柄の悪い生徒が皆そういった学校に行くわけでもなく、そこそこ勉強ができればこうして同じ学校に入学し、同じクラスになってしまう。
まぁこの3人は中学の頃からこうして僕を従えているわけだが。
必死に勉強して別の高校に行くという選択肢もあったが、それはどうしてもできなかった。
家から近いということもあるが、彼女がこの学校を受けると知っていたからだ。
「……ねぇ、広がって歩かれると通り難いのだけれど」
僕の少し前を騒ぎながら幅を取って歩くクラスメイト3人を、周りの生徒は迷惑そうにしながらも関わらないようやり過ごしていた。
僕もそれが正解だと思う。
だがあえて正解ではないことをする凛とした声に俯きがちだった視線がぱっと上がる。
「白鷺千聖……さん」
「あら、知ってくれてるのね。嬉しいわ」
「あはは……ごめんねー。ちょっと盛り上がっちゃってさー」
「……此方こそ、水を差してしまってごめんなさいね」
素直に幅を縮める3人にふわりと微笑むと白鷺さんはその横を通り過ぎて行く。
それは僕の横も通るということで。
その僅かな時間、僕に向けられる目は先程まで微笑んでいたとは思えない冷たい目だった。
「いやァ、やっぱ可愛いよなぁ」
「女優が同じ学校ってヤバくね?こうやって見れたりするし」
「会えるならワンチャンありそうだよなー」
「でも芸能界ってイケメンとかお偉いさんとか多いじゃん。もう食われてね?」
「ありそー!」
「食われてるなら付き合うとかじゃなくて体だけとかもオッケーしてくれそうじゃね?」
「あーそれいーわ。最高じゃん」
彼女を汚す下卑た話。
聞きたく、ない。
それでも僕は何も言えない。
じっと下唇を噛んで耐えて、嫌いな奴らの鞄を持ち続ける。
有名人に会えたことが余程嬉しかったのか、彼らは帰宅するまで彼女の妄想話をやめず、ようやく解放されて僕が家に帰る頃には気持ちがくたびれ果てていた。
彼女に会えた嬉しさは、冷たい目と、本当はそうなのではないかと想像すると苦しくなるクラスメイトの卑しい話で掻き消されてしまっている。
クラスメイトの話の真偽はさておき、あの表情から察するに彼女は僕のことなどもう幼馴染とすら認識しないだろう。
どうしてこうなってしまったのか自分でもよくわからないが、何かの選択を、僕は間違えてしまったのだ。
戻れるなら現状も変わったのだろうかとあり得ないもしもの話を浮かべて、否定して、悲しくなる。
**
「ただいま……」
相変わらず僕が遅いと先に帰ってしまった3人の家それぞれに荷物を届け帰宅すると、僕の部屋には客人が立って僕を待ち構えていた。
すらっとした身体に紫のポニーテール。そして男の僕よりもイケメンと言われるであろう整った顔。
昔の面影が残るのは髪の色くらいであろう、もう1人の疎遠になっていた幼馴染だ。
喋ってみると、話し方すら変わっていて少々驚く。
「お邪魔させてもらっているよ」
「久しぶりだね、薫」
「そうだね……最後に来たのはいつだったか」
「小学3、4年くらいじゃない?……白鷺さんが忙しそうで、自然と僕らも遊ばなくなった、かな」
「……随分他人行儀な呼び方だね。昔はちーちゃんって呼んでたのに」
「いや……流石に今は呼べないよ」
クラスで他人の荷物持ちをするような冴えない男と芸能界で活躍する女優。
昔仲が良かっただけで馴れ馴れしい呼び方を続けられる程メンタルは強くない。
言わずともわかっているのだろう。まぁそれについては置いておくよ、と流される。
「私が今日来たのは、君のことを聞く為さ」
「どういうこと?」
「智昭。君はこの先どうなりたいんだい?」
「だから、意味がよくわからないよ」
「王子様になって、千聖と結婚するって言ってたじゃないか。今のままでは到底叶わない」
「そんなこと言われても……って、何で薫がそれ知ってるんだ……!」
幼いながらに自分は本来王子様なんて柄じゃないとわかりきっていた僕は、恥ずかしくて両親にもその話をしていない。
可能性があるとするなら、白鷺さんが薫に言ったか、白鷺さんの親に言い、白鷺さんの親が薫の親に話し、そして薫の親が薫に話すという流れだろうか。
その場合確実にうちの親にも話されているので、いつの時点かはわからないが生温かい目で見られていたかと思うと羞恥で死ねそうだ。
言った後で自己完結してしまったのだが、僕の疑問にやれやれと薫は頭を振る。
「そんなことを聞いても仕方ないとは思わないかい?それに、先に質問したのは私だからね」
「そう、だね」
「……この前、千聖に会って君のことを聞いてね。他人の鞄持ちをさせられていたと悲しそうだったよ」
「……白鷺さんが僕を見る目は、悲しいなんてものじゃなかったよ」
「君は、千聖が動いてくれないと何もしないのかい?」
グサリと、ナイフで胸を刺されたように、薫の言葉が深く刺さった。
忙しそうだからと遊ばなくなったのも、女優と一般人なんてと離れたのも、自分だ。
自分で勝手に決めつけて、諦めてしまった。
叶えたかったことを思い出のように時折浮かべることで自分を慰めて、納得した振りをした。
「千聖は、待っていると思うんだ。君が王子様になって迎えに来るのを。そりゃあ、本物の王子になんてなれないだろう。でもそんなことは君も千聖もわかっていたはずだ」
「薫……僕、」
「……皆まで言わずともいいさ。私はもう失礼するよ」
手ぶらで来たのか荷物を特に持つ様子もなく薫は扉を開ける。
「シェイクスピア曰く、天は自ら行動しない者に救いの手を差し伸べない。幼馴染として応援しているよ、智昭」
「……ありがとう、薫」
感謝の言葉を口にすれば笑みを返して薫は部屋から出て行く。
薫のお陰で少しばかり勇気が出た。
今更と思われても仕方がないが、もう見られないと思っていた、昔のような笑顔をもう1度見られれば。
気持ちが変わっただけの小さな一歩だが、その先に彼女と歩む未来がありますように。
自分でも何を書いてるかわからなかった。
他のほとんどのキャラにも言えますが千聖も薫も勉強中です。