千薫だと言い張ります。
「千聖さん!ドラマの仕事が決まりましたよ!」
事務所のレッスンスタジオで練習中、私のマネージャーが飛び込んで来た。
私個人の練習中ならまだ良かったのだが、今はPastel*Pallettesとしての練習中だ。
もう少し気は遣えなかったのだろうか。
全体練習として曲を通していたのに、突然の乱入者に驚いて皆演奏が止まってしまった。
皆にちょっとごめんなさい、と断ってからマネージャーを廊下へ連れ出す。
「……お仕事が決まったのは嬉しいですけど、私個人のお仕事でしたら今後は1人の時にお願いしてもいいでしょうか?」
「す、すみません……」
「お仕事の詳細は練習の後かメールで送ってください。それでは練習に戻りますね」
しゅんと項垂れるマネージャーを残してレッスンスタジオに戻れば、私が戻るまで休憩にしていたのか楽器を置いたメンバーが駆け寄って来る。
「千聖ちゃん、ドラマのお仕事おめでとう!」
「どんな役ですか?やっぱり、ブシとかクノイチですか!」
「皆を待たせてしまうから詳しい話は聞いていないの」
「そっかー。詳しいことがわかったら教えてね!」
「楽しみっすね!」
皆私個人の仕事だというのに我が事のように喜んでくれる。
嬉しさ半分、折角良い緊張感で練習できていたのに邪魔をしてしまったという申し訳なさが半分だ。
手をぱんぱんと叩いて休憩の終わりを告げ再びの曲を頭から演奏することにする。
練習が終わりスタジオを出るとマネージャーは終わるまで其処で待っていたらしく、お疲れ様ですと笑顔だ。
その時間にできることをしようとは思わないのかしら、と呆れながらも先程の話の続きを聞く。
ドラマは今流行りらしい、女の子が乙女ゲームの主人公に転生するもの。
私は主人公ではなく、主人公を虐め抜く悪役令嬢。
悪役等はあまり演じたことがなく、オーディションをせずに決めてもらえるような演技は見せられていないはずだ。
珍しい役柄ね、と呟けばマネージャーから疑問の答えが返って来る。
私に打診したプロデューサー曰く、時々私が見せる目が悪役令嬢にぴったりだと思ったとのこと。
一体どんな時の目かしらね、と微笑んでおくが一応心当たりはある。
どうしてこんな簡単なこともできないのか、とスタッフに対して思った時にそれが目に出ていたのだろう。
そしてそれを運悪くと言うべきか運良くと言うべきかプロデューサーに見られて、役が決まったと。
何を思っても人前で顔に出てしまうようでは女優としてまだまだ未熟だ。
もっと気を引き締めなければいけない。
それにしても。
「……つまわらないわ」
台本を受け取り、帰宅して食事等を済ませてから自室でざっと目を通してみた。
王道と言えば王道。ありきたりと言えばありきたりな内容だ。
その流行りの転生ものに詳しいわけでもないが、これで関心を集められるのだろうか。
いや、主人公には新人女優、その相手役には売り出し中の若手アイドルを起用しているとのことだ。
話題性で関心は集める心算なのだろう。
私は私に与えられた仕事を全うするだけ。
私が認められることが、ひいてはPastel*Pallettesに注目を集めることにも繋がるのだから。
**
その日は仕事もなく、スタジオでのレッスンはなしにして家での個人練習をすることにした。
そうしてしばらくしてから、失敗だったと後悔する。
人目があればひたすらに練習に打ち込みもしたかもしれないが、自室に1人だと少し休憩の割合が多くなってしまっている気がする。
はぁ、と息を吐きだしてベッドに倒れ込む。
あれから撮影が始まり、1話、2話と進んでいる。
しかし経験が足りないのか練習が足りないのか、未だに役を掴めずにいる。
嫉妬と嫌悪に狂って嫌がらせを繰り返す女性の心理が、わからない。
そんなことをしても想い人に引かれ嫌われるのは目に見えているし、嫌がらせをするより自分を磨く方が現実的だ。
困ったわ、と枕に顔を埋めるとピンポンとチャイムが鳴る。
宅配便か何かだろうと母に任せることにしてそのままでいると、次は扉のノック音。
「入っても大丈夫かい?」
聞こえて来たのは付き合いの長い友人の声だ。
どうぞと返すと扉は開かれ、薫がやぁ、と片手を挙げて入って来る。
「どうしたの?何か用でも?」
「用、という程のことじゃないんだけどね。花音から君が悩んでいるようだと聞いてね」
「……そう」
確かに、花音には僅かに愚痴を零してしまっていた。
あの柔らかな雰囲気につい甘えてしまうのかもしれない。
それでも薫には知られたくなかったと、溜め息が追加で出てしまう。
台本を読めばすぐに役が降りて来る彼女には、私の気持ちはわからない。
「……邪魔ならすぐに帰るから、そんな怖い顔しないで欲しいな」
「……して、ないわ」
「それならいいんだ。君には何より、笑顔が似合うからね」
「人を見下す笑みでも似合うなら、今度の役には何よりだわ」
1人でやるよりはと思い、薫には座って見ていてもらうことにする。
台本は頭に入っているので薫に渡し、軽い身振りをつけて台詞を読む。
シーンが切れるまでじっと見つめられたまま、悪役令嬢になりきって。
「……もし良ければ、私も参加していいかな」
「どのシーンかしら」
「そうだね……この、主人公とのシーンにしようか」
てっきり悪役令嬢と婚約者のシーンかと思ったが違うようだ。
薫は立ち上がると片手で台本を開き、本読みの準備を整える。
まずは、薫の台詞からだ。
「ロゼッタ様、どうしてこんな酷いことをするのですか……」
「どうして?そんなの簡単よ。あなたが目障りだから」
「そんな……」
「いいわよね。そうやってか弱いです、って態度を取っていれば周りの男が守ってくれるんだもの。何人も男を侍らせて、さぞいい気分でしょうね」
「っ彼らも私もそんなつもりじゃ……!」
少し読んだだけでわかる。
もう薫は主人公の役を掴んでいる。
酷い虐めを受けている苦しみも、ゲームの世界であっても人の婚約を壊してしまうなんてと自分の気持ちに蓋をする優しさも。
全て自分のものにした上で、今このシーンの主人公を演じている。
台本に目を通しただけで、これなのだ。
私はどんなに台本を読み込んでも、他のキャストと演じても、まだわからないというのに。
どうして。
どうして、薫にはできて、私にはできないのか。
どうしてそんな才能を持ちながら、高校での演劇に収まっているのか。
その才能の僅かでも、私にあっても良かったではないか。
「他の男はどうでもいいわ。でもね、彼だけは許さない。あなたに彼を奪われるくらいなら、……あなたを殺すわ」
「……この辺でいいだろう」
返されたのは台詞ではない、薫自身から発された言葉だ。
毒気を抜かれてえ?と説明を求める音が自然と出る。
「最後の台詞の時、君は確かに悪役令嬢ロゼッタだった。感覚を掴めたのではないかな」
「どう、かしら」
薫が言うのならばそうなのかもしれない。
ただそれは恋ではなく、あなたの才能に嫉妬した私の感情だった。
恋は純粋で美しいものだと、思っているわけではないがそう見えるようにするのが私たちの世界の仕事では多い。
悪役令嬢は行為こそ醜悪だが、根底では婚約者を想っての行動のはず。
それが私個人の醜い妬みと混同してしまっていいのか。
歯切れの悪い言葉を返した私に薫は台本を手渡す。
「シェイクスピア曰く、いかに美しいものでも行為によっては醜怪になる」
「……どういう意味なの」
「美しさと醜さは紙一重、とか、まぁ、そんな感じ、かな」
「……また意味もわからず言ったわね?」
笑って誤魔化そうとする薫につられて私もふふっと笑いが零れてしまう。
意味があっているのかはわらかないが、薫の意を借りるとするならば、好意からのことでも醜い感情を晒してしまっていいのだろう。
自分への嫉妬なんて露程も気づかず、私の為に駆けつけてくれて笑う彼女にごめんねと心の中で謝罪し、それでも消えてくれない炎も糧にして、私はこれからも芝居と生きていく。
意味がわからない。
つまり…そういうことさ。