例えばこんな傘木さん   作:ブロx

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後編

 

 

 

「お願いしますッ!!!部活に復帰させて下さい!!!」

 

 ―――音楽と人は生き物だった。

一年も経てば少しは変わっていてもおかしくない。生きていれば人の耳は段々変化するし、心もまた昨日と明日が異なるように。

 

「希美の奴、本気なんです! …何とか許可を出してくれませんか」

 

―――でもここまですっかり変わっているとは、正直私は思いもよらなかった。

 

「晴香に言って。私、副部長。ただの中間管理職。以上、終わり」

 

「あすか先輩の許可が欲しいんです!!!」

 

「あー…。希美ちゃんはもおー………」

 

 他の生き方は出来ない。

けじめは付けなければならないし、虫の良い話なのも分かっている。

 

 でも私はこの新しい吹部が素敵だと思ってしまった。

この前の大会で聞いた音楽が、今ではなく未来を臨んでいる音がとてもとても素敵で自由だと。

 

――今更でも、ここで自分も一緒の時を過ごしていきたいと。

 

――去年辞めるんじゃなかったと、心の底から思える位には。

 

「次は部活が終わった頃に来てみよう、希美。大丈夫?」

 

「…面倒かけてごめんね。夏希」

 

「良いって事さ」

 

「私、復帰出来たらこの部の為に頑張るよ。支える」

 

「嬉しいけど。誰だって自分の為にでしょ? ここまで来て履き違えない」

 

大人びた横顔で、同い年の吹部の二年生の女の子は口にした。

 

 

 

 

 

 

「う~ん、第三楽章は………。フルートはちょっと分が悪いかも」

 

勉強とフルートの自主練の合間に、私は『リズと青い鳥』の原作と曲を見聴きしてはフルートを吹く。

 

 部活に復帰しますと音楽サークルの先輩に言った時、じゃあそのCDは餞別に譲ると言われたからなのか。私はこの曲が妙に気に入ってしまっていた。

 

「ようし、ここはオーボエを立てて、第四楽章で羽ばたくぞー。頑張れフルート!頑張れ、青い鳥!」

 

 空は羽を伸ばす為にある。

羽が無い人は、せめて地面に大の字になって伸びるだけ。空に手を伸ばし、いつかは、きっといつかはと願いながら。

 

「……。ちょっとオーボエのパート、吹いてみようかな」

 

青い鳥の飛翔。その姿を見送る事しかできない只の人間。

 

 大切な友達を手放したリズは馬鹿だ。でもこれは音楽。私だって、リズを表現出来る。いつも通り、私はフルートを吹いては湧いたイメージを音符にして白紙の譜面に起こしていた。

 

「……どうか明日に間に合いますように。ずっとずっと、この同じ空の下で。…ずっと信じ続けてるっと」

 

・・・・・。

 

「……どうか、今が今で終わらないように。空があんなに高いとは、思いたくないのですっと」

 

 ――あ、まずいこれ。

リズがすんごく女々しい音色になっちゃってる。青い鳥がいる空を、飛べないくせして諦めない観念しない。気持ち悪いくらい、このままじゃドツボに嵌るかもしれない。

 

「――、今日はやめよう」

 

 気晴らしをしているのに気を滅入らせてどうするの。私は自由に空を飛び続ける事が出来るフルート(青い鳥)。楽器は人間じゃあない。

 

「私は、フルートが好き」

 

だから上手くなりたい。そう信じ続けてる。

 

 

 

 

 

 

「のぞ先輩!駅前に出来たタピオカ屋でタピりましょうよ~!」

 

「お、良いね~!タピる?タピっちゃう?」

 

「あ、ずるい! 私達も行きまーす!!」

 

「レッツラゴー!」

 

「タッピエンドゴ~!」

 

「レッツエンドゴー!」

 

「MAX!!!」

 

「え?何それ何それバズりそう」

 

「お兄ちゃんが昔叫んでました」

 

「もしかしなくてもお兄ちゃん未来人じゃない?」

 

「かもかもです~!」

 

 後輩達と話すのは嫌いじゃない。

時には悩みを聞き、時には他愛のない話をするのは悪くない。

 

部を辞めて一年、部に復帰して一年。 気付けば私の高校生活は、もう最後の年になっていた。

 

「みぞ先輩もタピりに行きませんかー?」

 

「? タピるって…何?」

 

「知らないんですか~?タピオカドリンクを飲む事ですよ~」

 

「タピオカ……」

 

「お!興味ありって感じですね~?」

 

「…希美も行くの?」

 

「うん!みぞれも行く?」

 

「――うん」

 

 はにかんだような笑顔。一体何がそんなに嬉しいのか、無邪気な顔。こんな子があんな音を出せるのだから、世の中よく分からない。

 

…オーボエを吹く為に生まれてきた。それがこの鎧塚みぞれという同級生。

 

「最近は温タピも流行り始めてるんですよ~」

 

「何それ何でもありじゃんタピオカ」

 

「甘い飲み物は体温を下げますからねー。その点ホットドリンクなら無問題!!」

 

「いやいや問題しかないっしょ。甘ったるい物温めたらもっと甘くなってもっと体温下がるし」

 

「え~?そうですか~?」

 

「生姜紅茶でも飲んでな」

 

「え~~!?生姜紅茶って苦いんですよ~~!?」

 

「みぞれはさ。自分が特別だって思ったことある?」

 

同級生と後輩達と一緒に下校してる最中、会話と輪の端っこで。私は自然に聞いていた。

 

「…特別?」

 

「うん」

 

「特にない、かな」

 

「特別になりたいって思ったことは?」

 

「ない」

 

「ふーん。そっか」

 

 期待していた通りの答えが返ってきた。彼女らしい、面白味も外連味も無いいつもの言葉。こんな子があんな音を出せるのだから、世の中よく分からない。

 

「希美は、」

 

「じゃあさ。 普通でいいって思ったことは?」

 

「……」

 

・・・・・。

 

「…普通?」

 

「普通って事は、そのまま放っておいたら、ずーっとそのままだって事だよ。――だからそれが嫌なら……どこかで普通でなくならなければならない。 思った事ない?」

 

「…よく分からない」

 

「あはは。そっかそっかー」

 

―――上手くなりたい。誰よりも。

 

「でも希美は、特別だと思うけど」

 

「ありがと」

 

―――上手く吹きたい。いつか空に届くように。

 

 

 

 

 

 

「うーん……。どうしたものかな…」

 

 来るものが来た高校生活最後の大会。 今年の自由曲が『リズと青い鳥』に決まったと聞いて、私は何か運命を感じていた。…去年から聴いているこの音楽で、皆で金を。なのでちょっと問題が生じてしまっていた。

 

とっくの昔から日課になった、互いのパートの音をフルートで吹いてみる。

 

「ん~……、これじゃリズも青い鳥も互いを尊重しすぎ。もっと自由に言えばいいんだよ。大空じゃなくて私の傍に居てって、私の家は空じゃなくて貴女が居る場所なんだってさぁ」

 

 いつも一人で吹いてる音楽ではなく、皆で吹いて合奏する音楽。勝つ為の表現力。その為の意識に自分を変える必要があったのだ。

 

 ――息抜きではなく。このストーリー(音楽)には悲壮感があってしかるべき。

高く評価される音楽には、金賞を取る為には必要な要素。つまりはそういう事。

 

「……空に遠く響くように、私はここで貴女を想い続ける。何処に居ようと、たとえ空の上に往こうとも。……さよなら。貴女と一緒に過ごせた日々は、今も私の宝物っと」

 

『でも希美は、特別だと思うけど』

 

――駄目だ。いいや、駄目だ。これじゃあ面白くない楽しめない。

 

「………」

 

音を楽しめない。

 

「だってこれは音楽だよ?ただでさえ哀しいこの曲を聴いた感想が哀しいねだけで終わってちゃ、聴き甲斐がないでしょ。わたしの全てを込める音楽が、こんなもので終わっていい筈が――」

 

――うん?

 

「少女は自由であるべき。リズとは違う! ああいや、リズももっと自由であるべきなの!ああしたいこうしたい。ある筈でしょ。冷たく突き放す愛もあるさなんてそんな決断リズには――!」

 

――なんかおかしい。

 

「ここはこう、ここの音はこう!違う違う、悲壮じゃなくてここは郷愁とまた逢う日までさようならっていう二人の想いが重なって――」

 

――私は、さっきから何を言っている?

 

『でも希美は、特別だと思うけど』

 

「これじゃ互いが互いを邪魔してるんだよ。これならいっそ青い鳥の羽なんてリズが。―――いっそオーボエの音なんてフルートの音にかき消されてずっと這い蹲ってれば良いのにさあ」

 

『――でも希美は、特別だと思うけど』

 

誰よりも自由な筈なのに。下手な慰めが、心から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 中学高校合わせて六年間。その間に技は磨かれてきた。表現の方法は増えに増えた。まるで空を飛ぶように。

 

けど、こんなものは誰だって持つ事が出来る。優る事だって簡単に。――彼女のように、まるで空を飛ぶように。

 

「圧倒されたわ。流石はダブルリード・パートリーダー」

 

「指が動きませんでした…。みぞれ先輩」

 

「あの来南先輩と美貴乃先輩の直弟子……。でもまさかこれ程だなんて」

 

「その音好きです。みぞれ先輩」

 

―――じゃあ私のフルートって、一体何?

 

 私が生涯をかけようと、命とすら見立てているこれはたった一人の人間にすら負けちゃう程度の、ちっぽけな物?小さすぎて見えない程?

 

「鎧塚先輩。――オーボエ、凄かったです」

 

「…ありがとう」

 

『でも希美は、特別だと思うけど』

 

――翼なんて、私には最初から無かった。

――青い鳥のような特別には、死んでもなれなかったのだ。

 

 

 

 

 

「みぞれはさあ。――今まで手加減してくれてたんだね」

 

「………え?」

 

「だってそうじゃん。さっきのオーボエ、凄かったもん。泣いちゃった子だって居たし。 わたし馬鹿だよねー。羽を広げた空の上からリズ、人を見てると思ってたらそれは夢の中の出来事で。―――目覚めてみたら私は地べたを這い蹲ってたままだった。今も昔も」

 

「…希美。あの、」

 

「―――何で青い鳥は少女になれるの?」

 

「……、?」

 

「ずるいじゃん。 あの子には元々翼を広げて飛べる事が出来るし、リズの傍にも居られる。人として。でもリズには翼が無い。空の上では生きられない。 ―――わたしさ?リズは自分がこれ以上惨めになりたくないから青い鳥を空に帰したって思うんだよねー。人は空を見上げることしかできないから。逆立ちしたって、死んだって一緒に飛べっこないから」

 

「………」

 

「そんなリズを、青い鳥は自由にこう思うんだよ。…明日はリズの家に寄ってみよう、明後日はもっと遠くへ行ってみよう。土産話を聞かせよう、自由自在にあるがままの私を見てよ。……ずるいなあ、青い鳥は。ほんとずるい」

 

「違う。希美…、」

 

「自分勝手にどっかに行く。リズの気持ちも知らないで勝手気侭に空の上を泳いでる。

―――青い鳥はさあ。あの羽もがれてリズと一緒に一生地べたを這い蹲ってれば良かったのにねー。ずっと」

 

「聴いて希美っ」

 

「?」

 

 素直な気持ちが溢れて粉々になる時に。

目の前の少女は、いつも通りの顔を崩してこちらを見た。

 

「――私、希美がいなかったら何も無かった。楽器だってやってない、吹奏楽にだって興味を持てなかったしオーボエにだって、触れもしなかった」

 

「…あー、……そう」

 

「あの日希美が話しかけてくれたから。友達になってくれたから、今の私が有るの。希美が私の全てなの」

 

「ああごめん、それよく憶えてないんだよ」

 

―――だって私が貴女の全てなら。じゃあ何で私は貴女よりも自由じゃない。

 

「そんな昔の事、みぞれもさっさと忘れな? 下らない事に現を抜かしてたらそれこそみぞれの音楽の損失に――」

 

 空の上を見るように、私は顔を見上げ話を切り上げる。

でもそこには小綺麗な顔。…まるで水槽と雨の中にいる様な、――世界は水没した住人の様な彼女。

 

特別・鎧塚みぞれが、私に向けて両手を羽のように広げていた。

 

「希美はいつも勝手」

 

・・・・・――。

 

「いつも私の話を聴いてくれない。いつもフルートの事音楽の事ばかりで、自分がどれだけ凄いか。自分がどれだけ頑張っているか分かってない」

 

「…みぞれだっていつもオーボエ吹いて、他の事なんて眼中にないじゃん」

 

「だからあの日、黙って勝手に部を辞めた。私に何も言わずに」

 

「みぞれに言わなくちゃいけない理由がある?」

 

「希美は友達」

 

「誰にだって、譲れない何かはあるでしょ。…誰にも言わない伝えない自分だけの大事な何か。それがあれだったんだよ」

 

「私にとっては。希美と過ごした想い出は、私にとってはそれ」

 

「……想い出?」

 

「――大好きのハグ」

 

音無く広げた青色の両腕に。私はすっぽりと包まれてしまっていた。

 

気付けなかった。

 

「希美と話す会話が好き。希美と一緒に過ごした昔が好き。希美と一緒の合奏が好き」

 

―――気付きたくなかった。

 

「希美の笑い声が、好き」

 

「………」

 

 逃がさない。そう言っているのか。

でもそれにしてはあまりにも優しい腕の力だった。

 

「希美の――」

 

「みぞれの音楽が好き」

 

・・・・・。

 

「みぞれの音楽に対する姿勢が好き。みぞれの奏でる音が好き」

 

「………」

 

「みぞれの、オーボエが好き」

 

 ふっと出た言葉が、誰の物でもない誰かの心の中を深くのぞき込ませる。

そこには夢も未来も音すらも留めてない、認めてほしいという想いしか泳いでいなかった。

 

…空を飛ぶには、程遠かった。

 

「――みぞれ。私のフルートってさ、」

 

「……?」

 

「一体何なのかな」

 

こんなちっぽけな心を満たす為に音楽は。私のフルートはあるのか。

 

 ―――負けたくない。強大で尊いこの気持ちと心は、別に楽器を吹かなくとも、何処かで手に入れる事の出来るちっぽけな物なんじゃないんだろうか。

 

 鳥のように大きく羽ばたいて往ける特別な友達に、視線を揺らさず私は分からない答えを聞いてみたかった。

 

「……私には分からない。多分、他の誰にも」

 

「…そっか」

 

・・・・・。

 

「でも私のオーボエは、希美と一つ。だから楽器は無くても別にいい」

 

真っ直ぐに私を貫いて。いつも通り、自由な彼女は口にした。

 

 

 

 

 

 

「――ここのパートなんだけど。ここはリズが青い鳥の為を思って決断した感じ。だよね?」

 

「うん、私もそう思う」

 

「だけど青い鳥だってリズの為を思って飛び立ったんじゃないかな。このままじゃ二人、先に行けないって」

 

「いっその事もっと話し合えばよかった?」

 

「そうかもしれない。物語は青い鳥が旅立つ所で終わってるけど、私はこの先二人はずっと一緒だと思う」

 

「どうして?」

 

「リズも旅立つかもしれないから。多分だけど」

 

「リズと青い鳥はこの同じ空の下、何処かでまた逢えたのでした。めでたしめでたしってこと?」

 

「うん。きっと」

 

「そっかー。 そっか」

 

――たとえ身の置き所は違っても、彼女達の心にはいつも同じ風が吹いている。ずっと。

 

「リズと青い鳥は友達だから」

 

「リズと青い鳥は友達だから」

 

・・・・・。

 

「――ハッピーアイスクリーム!!」

 

・・・・・。

 

「私の勝ち、だね!」

 

これが私の歩む先。そう心の空に泳がせて。

 

鳥のように、私はくるりと友達に振り返るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      例えばこんな傘木さん

 

    『見えるんだけど見えないもの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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