赤紫色の見識   作:ムラムリ

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http://pokest.moo.jp/25/
に投稿した作品。
4話構成で残りは6/16 12:05, 6/17 19:05, 6/18 07:05に投稿予定。


1.

「不平等だけは平等だよ」

 そう、いつしかほざいた貴方は見るも無残に殺されたでしょうか。

 幼い頃から聡かった貴方の言葉は、今思うと生まれながらにして強く在れた勝者が世の中を斜めに見ただけのものにしか見えません。

 そんな言葉は、言えるだけの余裕がある者しか言えないのです。もう会う事も無いでしょうが、私は貴方がその言葉に則って不平等に不幸が訪れる事を切に願って止みません。

 

 今年も夏がやってきました。毎日が日本晴れをせずともそれ程の日光を輝かせる太陽は私達、所謂虫という部類に入る者達が育つにはとても快適です。

 私達は寒くては育つ事は出来ませんし、またこの地では冬を越せずに夏から秋に掛けて一気に成長し、そして一生を終える種も居ます。

 夏はそんな私達にとってはとても重要な季節なのですが、それはまた、最も危険な季節でもありました。

 私達の天敵である炎を扱える種族達もまた活発になりますし、私達が成長するのを狙って来る鳥達も多く訪れます。

 そしてそれらよりも最も危険なのが人間でした。

 私達が強く繁殖しては私達自身困る事が多い。それは分かってはいるのですが、それを理由にして駆除という名の殺戮が毎年発生します。

 不利な相性であり、そして純粋な力量も虫という種族の中では比較的長く生きている私よりも遥かに強い獣達を数多く引き連れて、的確に私達虫を殺していくのです。

 私が強い雄と産んだ数多くの卵を壊され、そして、息子、娘を灰にされた事ももう、二度や三度ではありません。

 それに立ち向かった番はその後、同じく灰となりました。

 沢山の獣に狙われるから沢山の卵を産むのです。そして沢山の卵を産むから沢山の獣に、そして人間にも狙われるのです。

 どちらが先で、どちらが後なのか私には分かりません。

 ただ、どちらが先でどちらが後でも、そうして沢山の命の中で運良く生き延びて新しく命を繋げるような生き方は、続けるには辛いです。

 ――もし、神様というものが存在したのならば私は切に問いかけたい事があります。

 私達は、貴方に気に食わない事でもしたのでしょうか?

 

 

 ウワンウワンと、成長を遂げたスピアー達が羽音を響かせながら森の中を飛んで行く音で私は目覚めました。日がまだ明けない早朝、私にとっては行動し易い時間です。

 寝ている間に自分に掛けていた鉄壁の効果が多少落ちていて、私は全身に力を込めるように鉄壁を掛け直しました。

 フシデからホイーガになれた時に私の父が言った事です。

「その姿になった時だけに、自分の体を固くする、鉄壁という技を覚えられる。

 ただ、厄介な事にな、強くなってもそれは覚えられないんだ」

「どうやって覚えるの?」

「とにかく、どんな手段を使っても自分の体を固くするんだ。

 鳥達に突かれようとも、鳥のクチバシが壊れてしまう程の固さをイメージしたり。

 木や岩に何度もぶつかって、自分の体を鍛えたり。

 そうしていると、いつしか覚えている」

「強くなるのと何が違うの?」

「それはお父さんにも良く分からないんだ」

「ふぅん……。それで、覚えると何が良いの?」

「お父さんのお腹、触ってごらん?」

「……むっちり柔らかいね」

「だろう? サナギのその姿の時より、このペンドラーという肉体は柔らかくなってしまうんだ。

 でも、その技を覚えれば大丈夫。ふんっ! と力を入れて鉄壁をすれば、この通り、カチンコチンになれる。

 そうなれば、鳥なんてもう全く怖くない。全力で突っ込まれてきても、鳥のクチバシの方が砕けて、逆にお父さん達のご飯に出来る」

「へえ……」

「眠る時だって鉄壁を掛ければそう強い警戒をしなくて良いし、良い事だらけさ」

 努力しても、それを覚えられる兄妹達は一部だけでした。ペンドラーに成った時には生き残った兄妹はそう数多くなく、そして今、私以外に兄妹の誰かが生きているかはもう分かりません。

 父母もどこにいるのか分かりません。

 この森はとても広く、皆、強くなってからはより良い場所を求めてどこかへと行ってしまったのです。父母も、冬を越した後はどこかへと行ってしまいました。

 

 空を飛ぶスピアーの一匹を呼び止めて、私は聞きました。

「おはようございます。何か変わった事などはありましたか?」

 彼はぶっきらぼうに言いました。

「いーや、別に」

「そうですか……昨日、体のどこかを傷つけたのか鳥が木の洞に隠れているのを見つけたのですけれど、残念です」

「あー、一つだけあったわ。この頃、人間の臭いがする奴が森にやって来たらしいぜ」

 丁度今思い出したような見え見えな演技をしながら、スピアーはそう言いました。

「どんな姿ですか?」

「何かはっきりと姿を見た奴があんまり居ないみたいだから、どんな種族だかははっきり分かってないみたいだけどさ、どうやらあんたみたいな色をしているらしい」

「私みたいな? ……でも、虫ではないでしょうね」

「だろうな。虫であんたみたいなド派手な色した奴と言ったら後はアリアドスとかハッサムとかか? その位だろうが、どちらも完全に姿を隠すとかそんな事余りしないものな。

 アリアドスだったら姿を隠していてもおかしくないだろうが、蜘蛛の巣なんてここらではデンチュラのものしか俺は知らない。

 ……で、その鳥ってのはどこに居るんだ?」

「先にその私と似た色の誰かがどこの辺りで見つかったか、教えて下さい」

「チッ……川の方だよ。川が二股に分かれる場所の近くで見たって奴が居た」

 きっと私が先に情報を伝えていたら、場所を聞く為にもう少し何か要求されていた事でしょう。

「では、こちらも。弱っている鳥はオレンの樹からやや南西に行ったところにある、大き目の木の洞に居ます」

「分かった」

「見たのは昨日の夕方ですからね、私はその時お腹が空いてなかったので手を出しませんでしたが、飛べそうになかったのでまだ居ると思いますよ」

「ありがとよ、皆の腹を久々に肉で満たせる」

 彼が飛び去ってから、私は呟きました。

「鳥は鳥と言っても、鋼の鳥ですけどね」

 私の自慢の角でもエアームドとか言うあの鋼の肉体を貫くのは難しいのです。それからもう一つ付け加えると、鋼の鎧を破ってもそれを支えて飛ぶ為の肉体は軽さと強さを兼ね備えていて、余り量も多くなく、そして美味しくもありません。

 騙された方が悪い、騙された方が悪い。

 そう思いながら私は、私みたいな色……赤紫色の姿をしているであろうの誰かを探そうと思いました。

 人間の臭いがする、という時点で余り良い気はしません。姿を中々見せないと言うのも相まって、もしかして人間がこの森の私達、虫をより多く駆除する為に送り込んだ者ではないか、と思えました。

 

 のしのしと歩く私を襲う者は早々居ません。時々、流れて来た者の中で足の力を自慢とする鳥や炎を纏う鳥が私を糧にして来ようとする時がありますが、常に鉄壁を掛けている事にまでは気付く事は多くなく、返り討ちに出来ます。

「彼女に近付いちゃ駄目よ、とてつもなく硬くて、私達のクチバシや鍵爪なんて弾かれてしまうんだから」

「えー、どうして?」

「分からないわ……。ペンドラーって普通あそこまで硬くないのだけど……」

 そんな会話も聞こえてきました。

 正直なところ、そんなにも知られてしまった事は私にとっては余り良い事ではありません。木の実や蜜でも飢えは凌げますが、この巨体を支えるにはやはり肉が良いのです。特に雛の肉は美味しいです。

 私が声の聞こえる方を振り向くと、声はぴったりと止まりました。

 まあ、今はそこまで私のお腹も空いていません。雛がまだ飛べなかったとしても見逃してあげる事にしましょう。

 そのまま歩いていくと、今度は小さな獣達がガサガサと逃げる音が聞こえてきます。

 昨日食したのは、そんな獣の一匹でした。こんな巨体の私が身を潜めて獲物を狩るのは余り得意ではないのですが、私は毒針を放つ事が出来ます。

 様々な技を覚え、そして忘れてきましたが、何だかんだで狩りに役立つのはこんなつまらない、ポッと毒針を飛ばすだけの技でした。

 この巨体を生かす技は、残念ながら狩りには役立ちません。何をしようと私のこの巨体と毒がある事を強く示すこの色は目立ちます。それに虫という部類の中では珍しい事に強靭な脚を持つとは言え、小回りが利く訳でも無いので木々が鬱蒼と茂る森の中を軽やかに駆け抜ける事も難しいです。

 森より、草原の方が私が狩りをするには適しているのかもしれない。

 そう思った事もありますが、一度この森から出てみれば、あんな視界の開けた場所に堂々と立って居られる程私は自信家ではありませんでした。

 幾ら体を固くしたところで火炎放射など一発でも喰らってしまえば、私の体など一気に燃え尽きてしまうのですから。

 

 川の近くまで、特に何事もなくやってきました。

 平和な一日の始まりです。強い獣を捕らえようと、もしくは鍛えようとやって来る厄介な人間も今のところは見かけませんし。

 河原では水系の獣達がゆっくりと過ごしており、その中には私に背を向けて河辺で座っているラグラージが居ます。彼は河原に住む者の中で最も強い方です。

 全身のヒレは周りの物事を隙無く感知し、そしてその腕の一振りはきっと、硬くした私の甲殻にさえ皹を入れる事でしょう。

 その彼に私は近付きました。

 草木を掻き分け、河原に足を一歩踏み入れたところで、彼は私に背を向けたまま聞いてきました。

「久しいな、何の用だ?」

「この頃、人間の臭いがする獣が河原の付近に現れたと聞きまして」

「あー、俺の旧友だ」

「そうですか……」

「何か気になる事でも?」

「……今年の夏も暑いですね……。私達、虫の種族達も活発ですし」

 それだけ言うと彼も察してくれたようで、ピクリと頬のエラが動きました。

「……、あいつはそんなんじゃねえよ。寧ろお前等に近い。

 そっとしといてやってくれ」

「…………」

「…………」

 それ以上は答えてくれなさそうでした。ただ、言葉を完全に信じる事はしませんが、嘘を言っているようにも聞こえませんでした。

「まあ、言葉通りに受け取っておきますよ」

 それに返事はありませんでした。

 私は後ろを振り向いて、戻る事にしました。

 

 住処の近くまで戻ると、多少喉が渇いていました。しかしながら、私の住処の周りにはそう狩り易い獣が住む事は流石にありません。

 木の実でも食べようかと思い、オレンの生る方へと向かうと、しかしそこには一匹のミネズミが見えました。木の上で、私に背を向けながら沢山生っているオレンの中から出来るだけ質の良いものを選ぼうとしていました。

 私が居ない間にでもと、思ったのでしょう。

 単体で行動する事はほぼほぼ無いそのミネズミです。私の見えない場所に見張りでも居るのだと思えましたが、幸いにも私には気付かれていないようです。

 喉の渇きを癒すと共に、今日のおやつにでもしましょう。

 私は長い首の角度を微調整しながら、口を小さく開けました。

 距離はやや遠め。そして私は今、風上に居る。

 小さく吸って、吐いて、吸って……、吐いて……。狙いは定まりました。吸って……吸って……一瞬息を止めて、ふっ、と毒針を飛ばします。

 音も無く飛んだその毒針は、オレンの実を夢中で頬に入れようとするその背中に刺さりました。

「ビ……ィ……?」

 痙攣した後落ちていくそのミネズミに後は走って、逃げられる前に踏みつけるだけです。

 がさがさっ、と茂みを駆け抜けていく小さい足音が聞こえました。

 無能な見張りを恨んでください。そう心の中で思ってから、一思いに踏み潰しました。

 

◎◎◎◎◎◎◎◎

 

 暑い昼を日陰で寝てやり過ごし、夕方、うるさいテッカニンも少しは音を控えるようになってから私はまた起き上がりました。

 今年もいつも通りの暑い夏です。虫という部類に入る私達が成長するにも、子を産むのにも、その子が育つのにもとても良い日々が続いています。

 しかしながら今年は、私は子を作るつもりはありませんでした。

 探せば同じペンドラーでなくとも魅力的な雄は居るのでしょうが、何度も子を喪い、そして昨年はそれに加えて番までを喪う経験をしてしまえば、一年経とうともそんな情事に盛る気力は余り湧いて来ませんでした。

 ただ、何もしないつもりはありません。

 そう思ってふと、昨日見かけたエアームドはどうなったのか少し気になり、そちらに向かう事にしました。

 

 その場所に近付くに連れて臭いがしてきましたが、それは獣の血の臭いではありませんでした。虫の血と肉の臭いでした。

 返り討ちにされたのでしょうか、と思いながらその場所まで辿り着くと案の定、死んだスピアーの死骸が数多くありました。

 もう既に様々な鳥に啄まれた後で、残っているのは食すには適さない、その両手の槍位でしたが。

「……あんたがこいつらを差し向けたのか?」

 ややひび割れた、そのエアームドの声が茂みに隠れた木の洞から聞こえてきました。

「良い栄養補給になったでしょう?」

「そうじゃな、自分の体の使い方も知らん若造共が沢山やってきて、良い餌だったわ」

「この暑さでその鋼の体は辛いでしょうに。

 それにきっと傷を負っているのでしょう?

 そんな状態で良く倒せましたね」

「あんな成長したての若造など敵にもならん。

 それにな、知っとるか? 虫の中でな毒のある虫程美味いんじゃ。

 私には毒も効かないしな、それを味わえるとなったら痛みも吹き飛ぶわ」

「……私もさぞ美味しいのでしょうねえ」

「そうじゃろうなあ」

 明らかに誘っている言葉でしたが、私はそれに乗りました。

 木の洞へと、その前にある茂みに一歩踏み出すとぷつりと何かが千切れる音がして、そして私の頭上からそのエアームドの鋭い羽根が多数落ちてきました。

 私は目を閉じて、それがカンカンと音を立てて地面へと何も出来ずに落ちていくのを待ちました。

「な、なんじゃと?」

 無傷のまま目を開いた私に対して明らかに焦った声を出しながら、木の洞から飛び出て逃げようとしたそのエアームドを私は逃がさずに踏みつけます。

「ぎゃあっ!」

 エアームドはじたばたとしましたが、鋼の体を持つとは言え飛ぶ為に肉体を軽くしているその鳥に、大地を力強く駆け、そしてこの巨体を支える為にある私の脚をどかす事など出来ません。

 そんなエアームドに、私は静かに語り掛けました。

「どうして私が昨日、貴方に何もしなかったのか分かります?

 気付かなかったからでも、

 手強そうだと思った訳でもありません。

 ……相性が不利だろうとも、

 

 鋼の鎧を持っていようとも、

 

 貴方がもし完治しようとも、

 

 それでも、

 

 貴方の事を、

 

 脅威だと、

 

 まーーー、ったく思わなかったからです。

 ……腹は多少空いていましたが、貴方の肉は美味しくありませんしね」

「ひっ……」

 私は足をどけて、顔を近づけます。

 その片翼は少し曲がっていました。

 そして、さっきまでの声とは全く似つかない怯えた顔と近くで目を合わせながら私は続けました。

「……毒のある虫程美味しい、ですっけ?

 とても有用な知識をありがとうございます。

 お返しに私も一つ、知識をお披露目しましょう」

 ふぅ、と一息吐いてから続けました。

「……確かに私の毒は鋼の肉体を持つ貴方には効きませんね。

 ただ、一つだけそんな貴方にも毒を効かせる方法があるのですよ」

 角でコンコンとその腹を叩きながら言いました。

「その鋼の体を貫いて、

 その身を巡る血流に、

 体を維持する内臓に、

 直接、

 たっぷりと注ぎ込むのです。

 前に戦ったエアームドはその後、口からそれはもう、たあーーーー、っぷりと、血を吐き出しながら自らの作った血の池に倒れ伏して、後はビクンビクンと痙攣するだけでした」

「や、やめてくれぇ……」

 ひぃ、ひぃ、と汚らしい呼吸をするエアームドから顔を離して、私は言いました。

「ええ、一度だけは許してあげますよ。私は寛大ですからね。

 ……ただ、条件があります」

「な、なんだ」

 また顔を近づけ、更にずい、と一歩踏み出します。顔を必死にのけぞらせて怯えるそのエアームドに角を押し付けながら、私は言いました。

「貴方の翼、出来るだけ下さい」

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