目を閉じる。
自分の身体を構成する魔術回路を意識する。
すると、体内のマナが流れるのを感じることが出来る。
次に掌に向かってマナの流れを調整する。
掌が温かくなってきたのを感じたら、次は属性を。
一番馴染むのは、やっぱり風。
流れるそよ風をイメージすると、掌に何かが渦巻く感触。
風の魔法、その最初期の基本。それは自らがマナによる風を生み出すこと。それを練習していた。
これくらいなら、今まで反復していたから、難なく熟せる。
でも今は、
(渦巻く…刃を…。)
掌の風を鋭く、
薄く、
そして大きく。
掌の風は徐々に大きくなる。
風巻くそれは私のイメージ通り、まるで風の刃の様に掌に生み出されていた。
これは文献に記されていない、今のところ私オリジナルの術式。
本来中~遠距離戦用の攻撃手段である魔法、それを近距離戦に用いようというのだから、記していないのは当然かも知れない。
『オリジナル風魔法 ヴァーテクス』
渦巻く風の刃から、『渦』という意味を込めてこう名付けた。
刃が生成されたことを確認し、目の前の訓練用カカシに狙いを定める。
「えぇい!」
身の丈ほどに膨れ上がった渦で、カカシを袈裟切りにするように振るう。
すると、
まるでバッサリポッキリといとも容易く真っ二つに出来た。
「うん…良い感じです。」
槍はイマイチだけど、魔法ならある程度は使える。だったらそれを活かさない手はない。
試行錯誤の末に新しい術式が完成した充足感と幸福感に打ち拉がれていると、背後からとんでもないことに重圧が私にのし掛かってきた。
冷や汗が流れる。
身体が動かない。
それどころか足が笑っている。
「リ~リ~ィ~…?」
「はうっ!?」
ガッシリと肩を掴んできたのはお姉様。その顔は笑顔満面…なのだけれど、
目は笑っていなかった。
訓練の備品であるカカシを壊してしまったことで、お姉様にこっぴどく怒られてしまった。
それはまぁ…確かに、備品を壊すのは褒められたことではないし。
彼此正座で一時間。足が痺れて少し立てなかったのはここだけの秘密。
でも説教されたすぐでも、まだ試したい術式があったりするけど、流石にまたカカシを壊したら、お姉様の血管がとんでもないことになりかねない。
ヴァーテクスは槍よりも広範囲で、且つ切断力が腕力に左右されない。どれだけ風を鋭く出来るか、それだけだから。
「…となると、次は遠距離で広範囲をカバー出来る魔法ですね。」
あーでもない、こーでもないと思案する。なかなか術式が定まらず、もどかしい。
だけどそれが楽しい。自分の力で未知の世界を拓いていくのが。
むふー、こうなったら本を執筆できるくらいの数を組み上げて、世に広めちゃう勢いでやってみても良いですね~。
だけど風のマナストーンは近くの風の回廊にあるから、その奔流を感じやすいけど、他のマナストーンは近くにないからその流れを感じ取れない。…やっぱり近くまで行かないとダメなのかなぁ。
となると、旅に出なきゃだし、そもそもそんな許可、もらえないだろうし…。
…まぁいずれは世界を見て回りたいと思うわけでして。
そんなこんなでオリジナル魔法の術式を脳内構築していると、なんだか急激に
「お腹が…減りました。」
…
……
………
「よし、ご飯にしましょう。」
急激なマナの使用はお腹が空きます。今の私はいわば薪の切れた暖炉。燃料が切れたことで、その火は最早風前の灯火となり、その熱が下がってきたことで思考が散漫になる。このままでは押し迫る空腹の突風によって、ローラントの崖下に真っ逆さまになってしまいます。
よし、食堂を目指そう。
となったら善は急げと言う言葉があるように、足早にアマゾネス隊食堂へ。太陽を見れば、既に真南を超えている時間帯。道理でお腹が空くわけです。
「おやリリィ様、今日は遅い昼食ですね。」
食堂に到着すると、料理長が厨房から覗いてくる。
「えぇ、ちょっと魔法の訓練をしてたら熱が入っちゃいまして…、今からでも大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。席についてお待ちください。」
お昼の繁忙期を過ぎたみたいで、既に食堂はガラガラ。よし、これならゆっくりメニューを選べるし、早くお昼が食べられそうだ。
席について、紙媒体に記されたメニューに目を通す。
焼き魚や煮込み料理など、定番の定番はカバーしてある。どれもこれも食欲をそそられるけど、焦るんじゃない。私は唯、お腹が空いているだけなんだ。
牛、豚、鶏、魚…。
そして焼き、煮る。
うーん…どれもこれも悩ましい…。今の私は何腹なのか…それが悩みどころです。
うんうん悩んでいると、メニューの隅に付箋で
『本日のおすすめ、あります。』
と付け加えられてる。…つまり、今日限定メニューもある、と言うことなのか…。
「すいません。」
「はいよ、ご注文お決まりですか?」
「今日のオススメって…なんですか?」
「今日は良い鳥肉と魚が入りましてね、ちょっと変わった調理法でお出ししてるんですよ。」
変わった調理法…
なんだろう?興味と食欲がメラメラと燃え上がるように湧いてくる…!
「オススメなら、鳥と魚、どっちにします?」
どうしよう?変わった調理法って言うのには惹かれるケド…、もしハズレだったらどうしよう?
えぇい、悩んでちゃダメだ。
魔法の訓練と一緒だ。
失敗を恐れてちゃダメだ。
今の私には、
もし失敗したとしても、過ちを気に病むことはない。ただ認めて、次の糧にすればいい。それが、大人の特権なんだから。
「じゃあ…鳥で。」
「はいよ!ちょいとお待ちください。」
お腹は括った。あとは野となれ山となれ。
そう開き直っていると、食堂に見知った…と言うか、見慣れすぎた人が入ってきた。
「おや、リリィ様。今の時間に昼食ですか?」
「えぇ。…魔法の訓練に集中しすぎてしまって。」
「鍛練を怠らぬその向上心、感服いたします。御一緒しても?」
「ダメと言っても、近くに座るでしょ?」
「流石リリィ様、私のことを解ってらっしゃる。」
心底嬉しそうに彼…ブライアンさんは、私の向かいに座る。
私は無言で手元のメニュー表を渡すと、ペコリと会釈してメニューを読み解いていく。
ややあって…
「すいません。オススメを1つ。」
「鳥と魚、どちらにします?」
「鳥と魚…そういうのもあるのか。…では魚で。」
「畏まりました。」
どうやら意図せずして今日のオススメをどちらも拝むことが出来るみたいだ。
厨房では何やら油で揚げる音が木霊しており、どうやらオススメのどちらか…もしくは2つとも揚げ物のようだ。
う~ん…その音、実に食欲をそそってくる。いつもの食事は、出来上がった物がテーブルに運ばれてきて、それをお淑やかに食べるばかり。こう言う調理過程から料理を味わう、と言うのも大切なんじゃないかな。
「随分と楽しそうですね、リリィ様。」
「え?そう見えますか?」
「えぇ、料理が楽しみで楽しみで仕方ない。そう窺い知れるほどに。余程お腹を空かしておられたのですね。」
は、恥ずかしい…。
空腹と、調理の音でテンションが上がっていたみたいだ。
「まぁ、お気持ちは解ります。私も正直かなりの空腹でして…。」
「仕事、ですか?」
「えぇ。少しばかり城周辺のパトロールをかねて、モンスターを間引きしてきた次第です。」
「…なるほど。」
間引き。
モンスターが増えすぎたことで彼らの食料が枯渇し、人間の界隈に現れないようにすることだ。かと言って全滅させればそれはそれで生態系が狂いかねない。増やしすぎず減らしすぎず…それが大切。
「お待たせしました。」
話し込んでいるうちに料理が出来たみたいだ。
2つのお盆を持った料理長が、それぞれを目の前に配膳していく。
「リリィ様が鶏南蛮定食、ブライアンさんがホイル焼ね。」
鶏南蛮
何の鳥の肉かはさて置き、
甘酢の甘味、酸味、そしてタルタルソースのコクの三位一体。一口食べればそこはもうマナの聖域。
ご飯
言わずと知れた銀シャリ。ほかほかの内に召し上がれ。
味噌汁
主役を脇で支えるニクい奴。私は味噌汁になりたい。
白菜の浅漬け
コイツと味噌汁があれば、充分ご飯が進む。けど脇でひっそり存在感を示す、裏方の主役、
私が頼んだ鳥のオススメ。
見た所、鶏の唐揚げ?それをタレに漬けて、その上にマヨネーズをかけた様な料理。サラダを添えて、小鉢には野菜。スープは黄土色。そしてローラントの料理では珍しい白米。
「以前、とある国の地方で食べたのを再現したんです。鳥肉が多量に入りましたし、実験的にオススメにしたわけです。」
「私のこれは…鮭か?」
ブライアンさんの主菜には、アルミホイルで丸めた何か。それを開けば、香しいバターとキノコの香りがフワリと広がる。底面に敷き詰められたタマネギ、その上に鮭の切り身。更にその上にキノコをたっぷり乗せて、ホイルで包んで蒸し焼きにしたみたいだ。
「良い鮭が入りましたので。すこし変わった調理法でお出ししてみました。」
ブライアンさんのも主菜のお皿が変わっただけで、他は私と同じくご飯とスープ、それに野菜の組み合わせ。
余りお米は食べ慣れてない。けどどうしてだろう?
食欲がスゴい勢いでボルテージを上げてきている…!
「い、頂きます。」
備えられたフォークを手にして、先ずはその存在感をありありと示している鶏南蛮という料理。縦に六等分切り分けられたその一切れをフォークで掬い上げる。
トロリとしたたるタレと、その上に乗っかるマヨネーズ。タレの味が未知の存在なので、正直ドキドキする。
「……はむっ!」
意を決し、一口頬張る。
一切れを二分の一ほどで噛み千切ると、タレが染み込んでふんわりした衣と、鳥肉独特の弾力が顎を刺激してくる。
けれど決して固くはない。寧ろ丁度良い位で、噛めば衣の中から鳥の旨みが詰まった脂が口いっぱいに広がる。
そして…
鼻を突き抜けるのは甘味と酸味。
甘く、そして酸っぱいそれは、衣に絡み付いたタレだ。甘さと酸っぱさが見事に混ざり合って、私の中に新世界を築いていく。
そこに追い打ちをかけるように上にかかっていたマヨネーズのコク……いや、マヨネーズじゃない。マヨネーズがベースなんだろうけど…なんだろう?シャキシャキとプリプリとした食感もあるけど…。
「それはタルタルソースです。シンプルに、タマネギの微塵切りと、パプリカ、あとはゆで卵をマヨネーズと、あと鳥に絡めてある甘酢を入れました。」
なるほど。
シャキシャキはタマネギとパプリカ、プリプリはゆで卵の白身と…。
でもこの甘酢とその…タルタルソース?この組み合わせは凶悪だ。食欲をそそる酸味を甘さとタルタルソースのコクで調和して、程よい酸っぱさに押さえ込んでいる。最初の一口を飲み込むや否や、残った二分の一を間髪入れずパクリと咀嚼。
うん、
うん。
鶏南蛮、いい。
鳥も良いけど、このタルタルソースも抜群に良い。
私はこのままではタルタルソースの愛好家でスペシャリスト…略して『タルタリスト』になってしまいそう。私は一向に構わないのだけれど。
口の中が鶏南蛮一色に染まるなか、視界の片隅に白く光るそれが入る。
白いご飯。
普段はパン食ばかりなのでこれは珍しいのだけれど、主食がご飯と言うこともあり、フォークですくって口に運ぶ。
(~っ!?おぉぅ…!?)
なんだこれは?
今何かがガチャリと填まる音がした。
まるで…まるでパズルのピースがズバリと合ったかのような。口の中でエインシャントが乱射されてる。
美味しい…
美味しすぎる…!
ご飯を飲み込んだ私は、再び鶏南蛮を齧ると、それを追い掛けるようにご飯を頬張る。
至福の時だ。
普段食べないお米だけど、これはご飯が進む。
かき込みたい衝動を乙女の理性で抑えながら、一心不乱に頬張る。
…おっと、
少し頬張りすぎた。
口の中で鶏南蛮とご飯がフュージョンする中、あのスープが目に飛び込んできた。
少しはしたないけど、このスープで流し込んでみよう。
ズズッ…!
(ほわぁぁぁ…!)
今まで味わったことのない類のスープ。
しょっぱくて…でも塩辛くない、丁度良い塩気。何故か抜群にご飯にフィットする。
「それは味噌汁です。大豆を発酵させた味噌と言う調味料を溶かしたスープになります。」
ミソシル…恐るべし…。
…この分だと、この影でひっそりと小皿で存在感を示している野菜も…。
シャク…。
美味しい…!
程よい塩気、さっきのミソシルとはまた違った方向性のしょっぱさ。唯の塩の味だけではない。少しピリッとして、そしてコクがあって…。そして野菜の歯ごたえが楽しい。料理長が言うには、浅漬けというピクルスみたいな物だとか。
その味に思わずフォークが動き、ご飯で追いかける。
鶏南蛮、ご飯、味噌汁、浅漬け、ご飯、鶏南蛮…
その究極のループ…ハメ技に私は延々とコンボを喰らう。
これが食物連鎖…、
これが自然の摂理…、
これが森羅万象…、
私は今日、何かの悟りを開いた…気がする。
「リリィ様、本当に美味しそうに食べますね。」
「…ハッ!?」
半分ほど食べたところで、ブライアンさんの声によって我を取り戻す。見れば、ニコニコとこちらの食べる様子を見詰める彼の姿。
一心不乱に食べていた私を、もしかしてずっと…?
「はうぅ…!」
穴があったら入りたい。
男の人にじっと見られてるのに気付かないなんて…
「あぁ、別に恥ずかしがることはございませんよ。良い食べっぷりなのは実に素晴らしいことです。」
フォローになっているのかどうか解らない彼の言葉に、私は更に羞恥の沼に沈んでいく。
「ふむ、リリィ様を辱めてしまったお詫びと言っては何ですが…」
「ご、誤解を招くような言い方!?」
「私のホイル焼…とやらをリリィ様に一口献上いたしましょう。」
そう言うと彼は、鮭の切り身をフォークで切り分けると、それをすくって私の前に突き出してくる。
そこからブライアンさんは微動だにしない。
ホイル焼
てこでも動かん
食べるまで
ぶらいあん
とでも言わんばかりに。
こうなると彼は頑固だ。
意を決して、差し出されたその桃色の切り身をパクリと口に含む。
これもまた美味しい…。
程よい鮭の塩気に振りかけられた胡椒。それから口いっぱいに広がるバターの風味とキノコの香り。そして敷き詰められたタマネギの甘味、…あとなんだろう?何かもう一つ味の決め手があるような…。
「コンソメにございます。コンソメを煮詰めて顆粒にした物を、味付けとして振りかけました。」
なるほど、それで何処か奥深い味わいが…。
ホイル焼…鶏南蛮とは違う方向性でまた美味しい。
「…私だけ貰うのは不公平ですね。」
ホイル焼は美味しかった。
だったら彼にも鶏南蛮を味わって欲しい。
そう思い立った私は、一切れすくい上げるとブライアンさんに差し出す。美味しい物は共有した方が良いに決まってるもの。
「ほら、ブライアンさん。」
「あ、いえ…私は…その……。」
「…食べないん、ですか?」
「い、頂きます。」
懇願して見るもので、割とブライアンさんは私がお願いしたら聞いてくれる。…この調子でストーキングも止めてくれないかな?
「…ふむ、鶏南蛮も実に美味ですね。」
「でしょ?ご飯が進むんですよ。」
「ふむ、確かに…これは白米が欲しくなる味だ。」
「ふふっ…私、鶏南蛮初めてだけど、のめり込んじゃいそうです。」
そんなこんなで、私とブライアンさんは鶏南蛮とホイル焼を半ばシェアしながら、マッタリとした昼食に舌鼓を打ったのだった。
「美味しかったぁ…。」
「えぇ…実に美味でした。」
食後に出された東方のお茶のホッとする渋みに癒されながら、満腹の充足感に身を委ねる。
少し遅い昼食だったけど、こんな満足感は今までそうそう味わった事がないものだ。こうしてブライアンさんと面と向かって二人っきりでご飯を食べたのって…確か初めて会ったとき以来、かな?
パロで出会ったあの時が懐かしい。
「お下げしますね。」
「あ、はい、ご馳走様でした。」
「ご馳走になりました。」
料理長がお膳を下げていく。その最中、カラリと皿の上でフォークが滑った。
何故か…何故かそれが気になった。
フォーク…フォーク……ぁ……!
(わ、私……もしかしなくても、とんでもないこと…しちゃった…?)
思い出せば顔が熱くなってくる。
そう…私は、『自分が食べていたフォークでブライアンさんに鶏南蛮を食べさせてあげていた』のだ。
逆もまた然りで、そしてそれがどういう事か気付かぬまま、何度もシェアして完食した…。
つまり、
(わ、わた、わたし……こっこれ、か、かかか間接キ…)
瞬間、世界が真っ白になった。
意識がぼぅっと薄らいでいくなか、ブライアンさんの呼び声が木霊するのが解る。
次に気付いたときは、部屋で寝ていたのだが、この事を思い出す度に、しばらく羞恥で悶える変な癖が付いてしまったのはここだけの話だ。