『正夢と、夜這い的な何か』
「はぁ…。」
静かな夜の帳の中、私はちゃぷんと、私は顔半分を湯に沈めた。
温かな湯で身を清めるだけ。心もさっぱりするはずが、何処かモヤモヤする。
原因は言わずもがな、『彼』だろう。
彼が来てからと言うもの、私の生活はしっちゃかめっちゃかだ。何かにつけて、気付けば私のすぐ近くにいるし、着替えようものなら、鍵をかけてても部屋に入ってきて、自分の勧める下着を差し出してくる。その度にぶん殴って部屋から追い出しているのだけど、毎日のように懲りずにやってくるのだから、呆れを通り越して感心する。
かと言って、お姉様には同じようなことはせず、むしろ紳士的に接している。エリオットにもしっかり敬意を見せているし、アマゾネス達やお父様の評価も上々。今や城内で彼にギャアギャア言うのは私だけであり、そのやり取りも、皆にはただの照れ隠しだと思われているのだから、尚のこと始末が悪い。
「はぁ…もう上がろ…。」
考えていても仕方ない。
湯船から立ち上がった私は、モヤモヤを残しながら脱衣室へと浴室を進んでいく。
その二部屋を隔てるドアノブに手をかけようとしたとき、それは独りでに開け放たれる。
そしてその先に居たのは。
「いけません、リリィ様!まだ身体をしっかり洗えていません!さぁ!私が身体を隅々まで、余すところなく、これでもかと言わんばかりに洗って差し上げます!」
腰にタオルを巻いて、スポンジ片手に真剣な眼差しで私を見詰める
対する私は、彼がよもやお風呂にまで入ってくるとは思わなかったので、一糸纏わぬ生まれたままの姿。
しっとり濡れた髪も、
膨らみの乏しい胸も、
ちょっと気になる腰周りも、
何もかも。
そんな彼は、私の身体を一瞥する。
男の人に、自身の裸体を見られたことのない私は、顔が真っ赤に染まっていくのが自覚できた。
貧相な体つきをこうも見られてしまっては、もう恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい程だ。
「失礼しましたリリィ様。」
そんな私の意を察してか、彼は優しく私を見詰めながら微笑んだ。そうか、ようやく自身の行動が異常だと気付いてくれたのか。これで明日から平穏がおとずれ…
「リリィ様の身体は、私にとって完成された芸術でございます故、思わず見惚れてしまいました。大変、美しゅうございます。そして芸術品は、磨き上げねばくすんでしまう。さぁ、石けんという名のワックスで、私が一級品に磨いて差し上げます!」
そう言うと彼は、手をワキワキさせながら、ゆっくりと私に手を伸ばして……
「ひゃあああっ!?」
彼の手から逃れるべく逃げた私は、自室のベッドの上で跳ね起きていた。
「はぁ……!はぁ……!わ、私の、部屋?」
見慣れたベッドに、インテリア。
所々にラビのぬいぐるみ。
ちょっと内容の偏った本が並ぶ勉強机。
間違いなく、私の部屋。
「…はぁ……ふぅ……ゆ、夢……?」
随分と、リアルな夢だった。
特に、ブライアンさんのあの手の動きとか、現実かと見まごうほどにヌルヌルと動いて…。
「どうかされましたか?」
「いえ、何かすっっっっっっっごいリアルで、身の毛もよだつ位の嫌な夢を見たんです。」
「それはそれは…災難でございました。見た所、寝汗をかいておられる様子。お召し物を交換なさいますか?」
「そう、ですね。確かにべっとり貼りついて気持ち悪いかも…。」
「では、替えの下着と寝衣をご用意いたします。」
「えぇ、よろしくおねがいしま……へ?」
シュルリと寝衣のリボンを解いた所で、何かがおかしいことに気付いた。
私は誰かと寝ていた訳ではない。
なのに、一体誰が私と会話していたのだろうか?
「どうしました?リリィ様。」
嫌な予感がする。
いや…
いやいやいやいや…
そんなはず無い
鍵をかけていた
ここには誰も、侍女すら入れないはず…
にも拘わらず、
「な、なんでブライアンさんがここにいるんですかぁ…!?」
さっきの夢に彼が出て来ただけに、思わず声がうわずってしまった。
それに何故、何の躊躇いも無く、タンスの中の下着と寝衣を探す彼が、私の部屋の中に居るだろうか。
「無論、この真夜中にリリィ様の悲痛な叫び声が私の耳に飛び込んできたからに他なりません。」
「ど、どうやって入ってきたんですか!?鍵が掛かっていたはずです!」
「リリィ様の危機とあらば、マナの聖域であろうとも馳せ参じる。それが狗としての矜持ですので。」
「答えになってるようでなってません!」
「リリィ様、汗を吸ったお召し物を着続けておられては、風邪を引いてしまわれます!今すぐ交換いたします故…」
「いやぁぁぁっ!!」
服を脱がしに掛かってくる彼の行為は、もはや強姦魔のそれだけど、きっと下心はないんだろう…たぶん。
でもでも!男の人に裸を見られるのはやっぱり恥ずかしいし…、それに…男の人に、私の身体は…。
「むしろ、このまま湯浴みに参りましょう!私が身体を隅々まで、余すところなく、これでもかと言わんばかりに洗って差し上げます!」
「それ、夢でも言ってたセリフぅ!!」
あれ、夢じゃなかったんですか!?
ドン引きする中でも、彼はどんどん服を脱がせようとする。
抵抗はすれども、やはりクラス3のロードの身体能力は高いもので、クラス1のランサーの私では抵抗にすらならない。
瞬く間に、私はベッドに押し倒されてしまう。
「ふんぬぅぅぅぅ!」
「必死に抵抗するリリィ様…メニアック…と言うものですね!」
「め、めに…?」
「ですが、そんな貴女の表情すら、私にとっては愛おしい…。」
「ふぇっ!?」
急に顎に手を添えられ、逸らしていた私の顔を、彼の正面に向けさせられる。鋭くも優しい眼差しが、私を射貫く様に見詰める。
「貴女に仕える私は…貴女の総てを知りたい……貴女の悦ぶ顔も…何もかもを……。」
「ん…!」
次は、そっと頬に手を添えられる。
男性特有の硬く、逞しい手。
それだけじゃない。
いくつものマメが潰れ、そして新しい皮膚になったことによる、特有のゴツゴツとした掌が、私の頬をそっと撫でる。くすぐったくて、何故か身体の芯が疼く。
「私を…闇から掬い上げてくれた貴女の…総てを。」
「ブライアン…さん…。」
「そして…護りたいのです…貴女の、騎士として。」
私を、護るため。
その為に、こんな手になるまで修練を重ねて…。
一体どれほどまで努力を重ねれば、こんな手になるのだろう。
どれほどの思いで剣を振るってきたのだろう。
総ては…わたしの…?
「で、でも…私の…プライベートと言いますか、そういった類も護ってくれたら…嬉しい…と言うか…。」
きっと頬が真っ赤に染まっているだろう。何とか視線だけでも逸らさないと、この真っ直ぐな瞳は見ているだけで吸い込まれそうで、身体を熱くさせてくる。
そして虚勢を張らなければ、堕とされてしまう程に、私には余裕がなかった。
「お任せくださいリリィ様。」
そんな私の虚勢を、彼は優しく、余裕たっぷりに答える。
その余裕が、ほんの少し腹が立つけど。
「今まで以上に、私はリリィ様の身の回りのお世話をさせて頂く所存です。」
「…へ?」
今まで…以上?
これ以上ないくらいにプライベートを掻き回して、なのにこれをパワーアップさせると、そういうこと?
これ以上のストーキングが待ち受けているとでも…?
そう考えると、今までときめいていた私の情熱は、見る見るうちに氷点下へと冷めていく。
「どうしましたリリィ様。表情が消えておりますが…?…しかし、デフォのリリィ様もまた…」
なにやら今度は向こうがときめいているけど、そんなの知ったこっちゃ無い。
するりと私は彼から抜け出すと、窓を開けて指笛を鳴らす。
そんな間も、彼は自分の世界にトリップしているようで、1人で悶えている。
何処までも私の表情は無かった。
そして、ややあって『彼女』は、私の部屋の窓際に降り立った。
「キュクル?」
「フラミー。何処か遠くへやって来てもらえる?」
首を傾げる私の友人に説明するように、私の後ろでフィーバーしている彼を背中越しに指さす。
ややあって理解したらしく、窓からその野太く、そひて白い腕を差し込むと、ガッシリと彼を握りしめた。
「ぬぁっ!?何をする!?この…獣畜生め…!私の至福の時を…!」
ようやくこちら側へ戻ってきた彼は、フラミーに掴まれたことを理解したのか暴れ始める。
が、四肢をガッシリと拘束する形で掴まれていたため、その抵抗も虚しいままだ。
「じゃ、ブライアンさん?」
「リリィ様…これはいわゆる拘束プレイですね?なるほど、リリィ様はそう言った趣向を…」
「幻惑のジャングルあたりで。」
そう言うとフラミーは二対の翼をはためかせ、西の方へと高速で飛び立っていった。
「…はぁ。」
フラミー(+α)を見送って窓を閉めると、ようやく静かになった部屋で溜息を一つ。
「汗、流そう…。」
…まぁ彼なら問題だけど、問題ないだろう。
ほんの少し、残念な気持ちを抑えながら。