フォルセナを出発し、大地の裂け目出口からデュランと別れてマイアへ。そこから定期船に乗って約1週間。私はようやくアルテナの玄関口であるエルランドに到着した。相も変わらぬ寒空を通り越した気温は、温暖なフォルセナの気候になれた私の肌に容赦なく突き刺さる。
「…懐かしいな。今は昔…9年以上も前か。」
あの時は自暴自棄になってしまっていたために冷静ではなかったが、今思えば9歳という年齢で広大な零下の雪原を越えてこの町まで良く辿り着くことが出来たものだと、あの時の幸運を末恐ろしく思う。
今の年齢でも一歩間違えれば命を落としかねないのだから、努々油断せずに向かうことにしよう。
手頃な道具屋で、耐寒具や携帯食料等を買い足し、エルランド到着時刻が昼過ぎなのもあって今日は宿で一泊しておく。
明日は早朝から急ぎアルテナに出発し、夜までに到着しなければならない。一応天候の変化などで到着できなかったときの事を考慮して野宿出来るものを用意しているが、使わないに越したことはない。
明日は早いのだ。
だから早めに就寝し、日の出と共に出発だ。
正直、日々の鍛錬がここまで恩恵を授けてくれるとは思わなかった。
日々の鍛錬で鍛え上げられた足腰は、難なく雪の道を踏み進み、想定よりも速いスピードで歩いていける。そうして辿り着いたのは零下の雪原の中盤…丁度アルテナとエルランドの中間地点の橋だ。遠く見れば、遥か白みがかった先に巨大な城壁がうっすらと見えてくる。
あれがアルテナだ。
携帯食料を齧りながら、この分だと夕方までには到着できそうなペースだと計算する。だがやはり何が起こるかは解らないので、ペースを落とさず、体力を一定温存しながら再び歩み始める。
今のところ、モンスターに出くわしたのは数回程度だが、そこまで気にするほど強くもなく、一個まんまるドロップを消費する程度のものだった。
そして、
エルランドを出てから10時間。
その懐かしき巨大な門は、今私の目の前に聳え立っていた。
「止まれ。」
城下町入口で、やはり門番に呼び止められた。
「その装い…フォルセナの騎士が何の用だ?」
やはり防寒具を着けていてもバレるものはバレるようだ。
ここで事を荒立てては任務に支障が出る。私は大人しく静止し、懐からリチャード陛下より賜った書簡を取り出す。
「私はリチャード陛下より理の女王への親書を預かってきたフォルセナの正騎士。理の女王にお目通り願いたく。」
「フォルセナの…?なにか、身を立てる証はあるのか?」
「証…か。騎士という装い以外はないが…。私が元アルテナの民と言っても信じてはもらえないか?」
とりあえず…カードとして私の出自を伝えることで、多少なりとも不信感を薄められれば重畳なのだが…。
「お前が…元アルテナの?」
「ブライアン…と名乗れば良いか?9年ほど前に家出した身だが。」
「ブライアン…家出……あ!魔法が使えない落ち零れ!」
やはりこう来たか。予想はしていたが、改めて言われると正直クるものがある。
しかし今の私はフォルセナの騎士。私情を捨て、任務を果たさなければならない。
「今の私はフォルセナの騎士。魔法云々は関係ないだろう?」
「はっ!逃げ出したお前が騎士?魔法が使えないお前にはお似合いだな!どうせ騎士って言うのは剣しか仕えないロクデナシの集まりだろ!」
「…私個人を言うならばともかく、私の属する騎士団を貶めるのは辞めて頂こう。これ以上は国家侮辱になる。」
「…ちっ、通してやる。…だがちょっとでも妙なマネしてみろ。お前の恋い焦がれた魔法で拘束してやる。」
「ほう…それはそれは楽しみだな。」
努めて冷静でいられた。これもリチャード陛下の激励の言葉が心に染みているからこそのものだろう。改めて感謝しなければ。
横目で睨み付けてくる門番のとなりを抜け、城下町に一歩踏み入る。
するとどうだ?
今まで身を刺すような寒さだった周囲が、まるで春の…フォルセナの気候に近い何とも程良い気温へと変化する。
これこそが極寒の地でアルテナが栄える所以、理の女王の魔力の恩恵だ。町と城に結界を張り、その内部を温暖な気候に保っている。
城下町を抜ける中、過ぎゆく人々の視線はやはり物珍しいものを見る目だ。騎士という装いがアルテナでは見かけないものなので仕方ないだろうが…。
城の門番にも似たようなやり取りを済ませ、魔法の講習の際に良く入っていた城内へと足を踏み入れる。
懐かしい中庭を抜け、その先にある玉座の間へ。
「良く戻りましたね、ブライアン。貴方の帰国を歓迎します。」
「はっ!理の女王様におかれましてはますますの御健勝で!」
玉座に座っているのは、アルテナを統べる理の女王…。その佇まいから慈愛を感じるほどにその表情は柔らかいものだった。
「9年前に行方不明となった貴方が、よもやフォルセナの騎士となってアルテナを訪れてくれたことには、正直驚きましたよ。」
「数奇なる運命の巡り合わせによるものでございます。良き人々に巡り会えました。」
「そうですか。貴方の旅が実り多きものであったことは何よりです。」
微笑む姿も、女王…と言うよりも母と言った方が良いほどに慈しみと情愛に満ちていた。
とても魔法至上主義の王国のトップとは思えない。きっと私の両親を含めた魔法至上主義に囚われている人間の思想なのだろう。
「しかし、ピーマンが食べられないのを矯正させられそうになっただけで9年も家出はやり過ぎですね。」
「…は?ピーマン?」
「貴方が失踪した理由について御両親に聴取したら、そう答えられました。騎士になって克服出来ましたか?」
ニコニコと尋ねてくる女王の言葉は、裏も紛れもない本心から来るものだろう。
だが私の両親の言葉を鵜呑みにしてしまっているからこそのそれは、到底私にとって許容できるものではない。…恐らく両親は、魔法至上主義であることを伏せるために嘘を吐いたのだろう。悪いのは私で、両親は何の不自由ない生活を与えていた、と。自身の保身のために。
「お言葉ですが女王陛下。その理由には虚偽があります。」
「虚偽?」
「私は家出の理由が好き嫌いだなどという安易なものではございません。」
もはや自身の立場のために自身の子供を悪者にする等という両親には愛想が尽きた。
ならば、縁切りとして子の私が引導を渡してやるとしよう。
「私がアルテナを脱した理由…それは…」
「と、貴方方の息子は申していますが、申し開きはございますか?」
先の私が国を脱した理由を伝えて数十分後。
私の横には、最後に見た時よりもやや老けた両親が、同じように女王陛下に傅いていた。
2人のその顔には汗がダラダラ溢れており、見苦しいとしか言えなかった。
「ま、全くの事実無根でございます。私共は魔法云々で我が子を虐げるなど…。」
「そうです!あの日の晩だって、その子は夕飯のメニューに癇癪を起こして飛び出して…!」
言い訳とは…益々見苦しいな。
私は横目で苦しい言い訳を並べる2人に冷めた視線を送る。
「ほら!ブライアン!何嘘を吐いているんだ!お前が我が儘を起こして家出したんだろう!?」
「両親に罪を被せるなんて…親不孝よ!」
「今すぐ女王陛下に嘘であったことを説明しろ。そうすれば家に戻ることも考えてやらんでもない。」
…良くここまで嘘八百を並べられるな。それに、罪を被せているのはお前達だろうが。
「…そうだな。…もう終わりにしようか。」
「そ、そうだ!ようやく認めたか!」
「認めるわけないだろうが…!終わりにする、と言うのは、こんな茶番に終わりを告げる、と言うことだ。」
怒気を孕んだ私の言葉に両親は表情が固まり、そんな両親を流しながら私は理の女王に1枚の紙を渡す。
「これは…?」
「私の知る、両親を含めた魔法至上主義者のリストです。両親を呼ぶと解った時にこのような展開を予想していたので。」
「で、出鱈目だ!そんなの、何の証拠にも…!」
「ならない、か?だが今の私と貴方の心理状態を鑑みて、どちらが信憑性が高いものか理解できるでしょう?」
「き…貴様…!9年間育ててやった恩を仇で返すのか!?」
「確かに、9年間養っては貰いました。しかし育てて貰ったワケではありません。養うのと育てるのは違うものだと言うことをお忘れ無く。」
養うと言うのは、生活や生存を維持させる事を意味する。育てるはそれに加えて教養や、愛情が備わってくる。
つまり、私が両親から受けていたのは『養い』に近しいものであって、『育み』ではなかった。
もちろん、生まれたときは愛情があったのかも知れない。だが少なくとも、私が魔法を使えないと解ったときから、育みは養いへと変わってしまったのだろう。
「御両親。」
熱くなってきた玉座の間に、透き通った、まるで清涼のような声が響いた。
「どうやら…虚偽は貴方方の方だったようですね。」
「女王!?いや…それはこの子の妄言で…!」
「お黙りなさい。」
静かな…静かな怒り。
決して怒鳴らない。だが普段穏やかな理の女王から怒りの圧が玉座の間を支配した。
「親が子を虐げるなど言語道断。あまつさえ、自身らの過失を子供に押し付けるなどと…!」
「あ…いや…それは……!」
「個人の魔法至上主義主張は勝手です。私が許せないのは、同じ子供を持つ親として、貴方方がしてはならないことをしたからに他なりません。」
国のトップから言われては、もはやぐうの音も出ないようで、2人は俯いて何も言えなくなっていた。
「処分は後ほど伝えます。退室なさい。」
項垂れたままの私は両親の背を見送る。その背は途方もなく小さく、そして哀れだった。
「父上、母上。」
そんな2人を私は追い掛けて呼び止めた。
チラリと、こちらに目線を向ける彼らのその目は、何らかの弁護を求めているかのような眼だ。それが私にとって決意を決定的にした。
「産んでいただき、ありがとうございます。お蔭様で私は護りたいものを見つけました。これは9年間に掛かったであろうお金と、少ないですが手切れ金です。」
ドサリと、かなりのルクが詰め込まれた皮の袋を床に投げやる。
手切れ金、それを意味するところを理解した両親は顔を青ざめていく。
「こう見えて私はフォルセナの正騎士。給金をこの時のために貯めておきました。これで貴方方と私は赤の他人。今後関わりないように。」
見下していた相手からの情けと侮蔑の視線。それが堪らなかった私の
ようやく…私の中で何かが澄み渡った。少し清々しい、そんな気分になれた。