風の王国第二王女の苦労記   作:ロシアよ永遠に

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『だが断って、そしてバテる』

「ならない。」

 

その一言が、私の、そして王女の意思だった。

竜帝

かつてこの世界で戦いを引き起こした張本人。

だが奴は、黄金の騎士ロキと刺し違えてその命を落としたはず。にも関わらず、なぜこうして眼の前にいるのだろうか。

私そんな疑問を浮かべ、そして、竜帝と名乗った男の気配に気圧され、私の後ろに隠れる王女。

そんな私達の心境を他所に、竜帝は言葉を続けた。

 

「見れば解る。お前の出で立ち、強さ。騎士だな?」

 

「私は紅蓮の騎士ブライアンだ。」

 

「ブライアン。何故お前が至高の領域に踏み入れないのか教えてやろう。それはお前がただの人間だからだ。闇の力を持たぬからだ。」

 

どうやら奴は闇の力を以てして眷属を増やしているようだ。新手のキャッチセールスのように、嬉々として自身の眷属の素晴らしさとやらを宣伝している。

 

「我が眷属になれ、ブライアン。そうすれば一国を滅ぼす力を手にする事ができる。強くなれる。」

 

「本当に、眷属になれば…強くなれるのか?」

 

「ブ、ブライアン!?」

 

強くなれる。

何と言う甘美な響きか。

その蜜のように甘く、そして微睡むかの如き言葉に、私はその言葉を口にした。

竜帝は私が乗り気と考え、ニヤリと口元を釣り上げる。もう少し、あとひと押しだと確信めいたように。

 

「あぁ、そうだ。我が眷属となれば、強大な力を得て、何もかも思うがままだ。さぁ、言え!我に忠誠を誓うと!」

 

 

 

 

 

 

「だが断る」

 

 

 

「ナニッ!?」

 

「誰が貴様の眷属になどなるものか。私が命を捧げる方は、既に我が心に何よりも硬く誓いを立てている。」

 

あの方以外に私の心なる忠誠の主足り得ない。ましてや、世界を滅ぼさんとしたであろう輩の眷属になど、誰がなってやるものか。

 

「ならば貴様等を屠り、その屍を我が駒としてくれよう。そして今一度、我が覇道、この世界に轟かせてくれるわ!」

 

「悪いが。」

 

私は剣を抜き取ると、その切っ先を竜帝へと突き付ける。

 

「私は生きて帰らねばならん。そしてそれはアンジェラ王女も同様だ。」

 

「ほう…先程の魔力の奔流…なるほど。アルテナの王女か!クククッ…益々眷属に欲しくなったぞ!」

 

「貴様如き下郎に、王女に触れさせはせん。」

 

「ならば我が力の下、無様な屍を晒すが良い!!」

 

そう言って竜帝は身を丸めると、まるで地の底から響くような唸り声と共に、その体を震わせる。

それと比例して、やつの身体から滲み出るのは、先程とは比にならない程の重圧…いや、殺気。

私は今迄幾度となくこれを浴びてきたから問題はないが、私の背に隠れる王女はそれに圧されて体を震わせていた。

無理もない。

故に、命のやり取りなど、一国の王女がすべきではないのだ。

 

「王女、お下がりを。」

 

「あ、アンタはどうすんのよ?」

 

「無論、ヤツを討ち果たすまで。」

 

「あ、相手はあの竜帝よ!?」

 

そう、竜帝。

かつてフォルセナ軍と戦争を繰り広げた竜の軍団の首領。

その力は、フォルセナ最強の騎士であるロキによる捨て身の相討ちで何とか倒せたほどの相手。そんな奴が相手なのだ。王女の懸念も無理はない。

だが、ここを突破せずして生き残れない。だからこそ立ち向かうのだ。

 

『クククッ…その小娘の言うとおりだ。我が前にしてたった一人で挑もうなどとは…片腹痛いわ!』

 

竜帝はその姿を変えていく。人であったその形は、見る間に肥大化していき、氷壁の迷宮の天井ほどまで届かんばかりの首を持った巨大なドラゴンへと姿を変えた。

 

『さぁ、その体を物言わぬ躯へと変え、我が手先へと変えてくれる!覚悟はいいか!小童!それとも、戦えぬ王女を守りながら、我を討ち果たせるか?』

 

「『任務を遂行する。』『王女を守る。』両方やらなくっちゃあならないのが、『騎士』のつらいところだな。

 

 

 

 

覚悟はいいか?私はできている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方

 

漁町パロ

早朝にその港へと寄港した船から、一人の青年が町へと足を踏み入れる。

長い船旅だった。

吹き抜ける潮風が歓迎とばかりに、長く伸ばしたその茶髪を撫で上げていく。

 

「やれやれ、やっとこさローラント領かよ。」

 

船旅で凝り固まった身体をほぐしながら、青年…デュランは一人ごちる。

思えばこんな遠方まで一人で来たのは初めてだ。基本的に騎士団の任務はフォルセナ領内、若しくはその領界で収まっていたのだ。それがよもや船ではるか南東のローラントまで行くことになろうとは、予想だにしなかった。

 

「で、長い船旅の次は登山か…。気が滅入るな。」

 

パロの敷地から一歩出れば、遥か天を臨むローラント山岳地帯。目指すはその上部に位置するローラント城。そこに至るには山道である『天かける道』と言う、長い道程を経なければならない。正直、見上げるだけで嫌になりそうだ。

 

「っと!こんなとこで尻込みしてたら、いつまで経ってもアイツにゃ敵わねぇ!これも訓練だ!」

 

へたりかけていた心を奮い立たせるべく、デュランはパンパン!と甲高い音を立てて、両頬を数回叩く。鋭い痛みと共に、腑抜けていた心が抜けていくのを感じた。

一人での外国への任務。それは国王陛下からの信があればこそ。そして自分はそれに応えねばならないのだ。

 

「行くぜローラント!うぉぉぉおおおおおお!!!!」

 

天かける道の勾配に対し、まさかの全力疾走。

気合十分体力十分。

そして最初からの全力全開。

誰がどう見ても途中でバテる構図しか思い浮かばない、デュランの初任務。その文字通りの山場に足を踏み入れた。


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