風の王国第二王女の苦労記   作:ロシアよ永遠に

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『幼き夢は、今の悪夢』

11年前

 

私は、お父様、お姉様と共にローラント領の漁町パロに、私のお目見えも兼ねて視察に来ていた。

この時は長い長い天かける道を歩くというのは、当時4歳の私には途轍もない重労働だったのを鮮明に覚えている。

しかし、いざこのパロに着いてみれば、ローラント城にはない、町人の温かな歓迎が私を出迎えてくれた。

そして、今まで見たことのない港町特有の活気が、幼い私の好奇心をくすぐっていたことも鮮明に覚えている。

獲れた魚介類を競りに賭ける漁師。

他国からの輸入物資の取引をする業者。

港に駐留する巨大な貿易船。

そのどれもが、本以外で見る現物だったのだから。

 

「わぁ…!すっごくおっきな船です!」

 

「ふむ、この時期のこの時刻…マイアへと向かう船だな。」

 

「まいあ?」

 

「ここより遙か西にある、草原の国フォルセナの領地にある都市よ。自由都市って言うくらいに貿易が盛んで、とっても賑わってるらしいわ。」

 

「ほえ~。」

 

齢5歳と思えないほどに、この頃からお姉様は才女ぶりを発揮していた。とても勤勉で、空いた時間には書庫に出入りしてるほどに。

 

「うむ、さすればリースよ。そのフォルセナを統べる王は知っておるか?」

 

「もちろん!昨年の世界大戦を終結に導いたリチャード国王です。その功績から、各国では英雄王と呼ばれていますね。」

 

「そう、それ故に近頃は彼を慕い、世界中から仕官する強者が多いと聞く。時にリリィよ。ローラントでは槍があるように、フォルセナで盛んな武術は何か分かるか?」

 

「ふぇっ!?え、えっと…その……ま、魔法、ですか?」

 

今となって思えば、随分と恥ずかしい答えを出していたと、過去の自分を叱ってやりたかった。

 

「ふむ、それはフォルセナの北にある魔法王国アルテナだ。フォルセナは剣術が盛んなのだ。故に、国を守る兵士を騎士と呼ぶのだよ。少し、教養が足りぬなリリィよ。」

 

「はぅ…。」

 

やっぱり、お姉様のようには行かないものだと、幼いながらに悔しかった。

…いや、ただ単純にお父様に褒めて欲しかったんだろう。

ともすれば、この頃から私は、自身にコンプレックスを抱いていたのかも知れない。

 

「まぁ、堅苦しい勉学はさて置くとしよう。私はこれから町長と会合がある。お前達は町の中を散策すると良い。」

 

「よろしいんですか?」

 

「うむ、ただ、天かける道や海には入らぬようにな。それを守れれば、自由にすると良い。」

 

そう言い残して、父上は町長と思しき人と共に間借りしている宿屋へと入っていった。

残されたのは、私とお姉様の2人。護衛のアマゾネスも、パロという町の治安を信頼してか、町の入り口で警備しているだけ。私達に気を遣ってくれているらしい。

 

「じゃあリリィ。私は雑貨屋さんを見てくるけど、貴女はどうする?」

 

「ん~、散歩する!」

 

「余り遠くへ行かないようにね?」

 

「はぁい!」

 

やはり初めての町ということもあって、私は舞い上がっていたのだろう。お姉様の警告も話半分に、人々が賑わう市場へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市場は、私にとってまるでおもちゃ箱のように輝いていた。

船によって運ばれてきた交易品が、石造りの広場に所狭しと並べられ、それを買い求めんと人々がごった返していたのだ。

新鮮な魚介類

異国の野菜や穀物

保存が利くように燻製にした肉

城では見ることが出来ない、初体験の数々。

お小遣いに50ルクほど貰っていたから、何かしらを買ってみたいという気分に駆られながら、私は市場をまるでスキップを踏むように足取り軽く歩いて行く。

 

「いらっしゃいいらっしゃい!今日は野菜が安いよ!」

 

「お値打ち品はコイツ!滅多に出回らない代物だ!早い者勝ちだぜ!」

 

客を引き付けんと、誰も彼もが声を張り上げ、そして轟かせる。それが幾重にも重なって、市場が活気づいていた。

 

「お!もしかしてお嬢さんが、今日来るって言ってたリリィ様かい?」

 

とある出店の店主が、私を呼び止めて来た。

見るからに気の良い、中年の男性だ。

 

「はい!リリィと申します。よろしくお願いします。」

 

「はっはっ!リース様も大概だが、リリィ様もお堅いねぇ!もっとくだけて下さいよ!」

 

「で、でも王女として、お淑やかでないと…」

 

あくまでも私は王女だ。それを忘れない立ち振る舞いをするようにと出立前、じいに口を酸っぱくして言われていた。確かにいくら幼いとは言え、国のトップの血族なのだ。それに相応しい立ち振る舞いは弁えなければならない。

だが、

 

「そんなもん、後から幾らでも身に付くさ。リリィ様やリース様に年相応の子供らしさがあっても、誰も何も言わねぇよ。」

 

気付けば周囲の露店から同意の声が上がっていた。

子供らしさ、と言うのは今一つわからなかったけど、それでもここの人達が私を受け入れてくれている事が何よりも嬉しかった。

 

「よし!初回サービスだ!リリィ様!これ、昼御飯に食べな!」

 

そう言っておじさんが私に差し出してきたのは、後から知ったのだけど、ハンバーガーという、所謂手軽に食べられるファストフードと言うモノらしい。

ふんわりとしたパンに、輪切りや程よい大きさに切られた野菜を、ジューシーなハンバーグを特製のソースで挟んだ食べ物だ。

その食欲をそそられる食べ物に、私のお腹の虫は、甲高い音を立ててその鳴き声を上げる。

 

「あぅ…。」

 

顔を赤らめる私に、おじさん達は顔を見合わせ、ややあって示し合わせたかのように大きな笑い声が、まるで爆ぜたかのように始まった。

 

「こりゃいけねぇ。リリィ様が腹ペコで倒れたともあっちゃ、パロにの名が廃るぜ!」

 

「よし!じゃあコイツも持っていきな!」

 

「これもだ!」

 

「これでも食って、大きくなりな!」

 

ハンバーガーに加え、一人の商人さんが売っている食べ物を私に押しつけるように渡すと、それを皮切りに我も我もと、売り物を私に持たせてくる。

あれよあれよという間に、私の視界は渡されたプレゼントて埋め尽くされていた。

これだけの物を買うお金がないことを伝えて返そうと思ったが、皆が初回サービスの一言でお金と返品を受け取ろうとしなかった。

4歳と言う年には積載過重だろうという量を持って、私はよろよろとよろけながら、やがて埠頭へと辿り着いた。

 

「はぅ…お、重かった…。」

 

グッタリと項垂れながら荷物を置いて、私は堤防に腰を下ろした。

堤防にを打ち付ける波の音

そして腰まで伸びた私の髪を梳くように吹き抜ける潮風が、疲れた身体を癒してくれる。

ローラントの風とは違う、潮の香りを含んだその風は、やはり鮮烈に私の心に刻まれていく。

ここの人々は、とても温かい。

初めて会ったばかりなのに、こんなにも私を受け入れてくれている。もちろん、お父様、お母様やアマゾネス隊のみんなの評判が、=私となっているのだろうけれど、それでも温かく接してくれることが何より嬉しい。

だったら私は、皆が積み上げてきたこの温かい関係を絶やさず、汚さない様に、私自身が務めねばならない。年を重ねるごとに、そんな自覚が生まれてきていたのは後の話なのだけど。

 

「…あれ?」

 

数メートル離れた埠頭の端に、長い茶髪の人が座っていた。

何をするでもなく、私と同じように堤防に座り、ボーッと海を眺めているだけ。

ただその瞳は、当時の幼い私から見てもヒドく濁ったものだったのを良く覚えている。

私の少し上のお兄さん、と言うべき年齢のその少年は、魔導師のローブを身に纏い、紅蓮のように燃えるような朱のマントを羽織っていたのが印象的だ。

 

「お兄さん?どうしたのですか?」

 

気付けば、私は彼に話し掛けていた。

年上の男の子、とあって物怖じしそうなものなのだろうけど、不思議と怖いという感情は浮かばなかった。

いきなり話し掛けられたことで、少し驚いたようだが、ややあって彼はゆっくりとこっちに顔を向けてきた。

 

「……別に。」

 

一言、ただボソリと波の音に消え入りそうな声量。

それだけ言うと、再び遥か水平線へと視線を戻していた。

そんな彼の横顔を、当時の私は興味深そうにじっと見ていたに違いない。

なぜなら、城には大人の男性はいても、同年代や少年と言った年齢の男の子はいなかったのだ。

だから、所謂男の子初遭遇だけあって、幼心からの好奇心を抱いていた。

 

「っ!?」

 

「お腹、空いてるんですか?」

 

いつの間にか真横にいた私に驚いたのか、少し飛び退いて、また距離を取られてしまった。

 

「お腹、空いてたら、一緒に食べませんか?一杯貰ったんですけど、持って帰るのも、食べるのも私じゃ難しいから…。」

 

そう言って、屋台のおじさん達から渡された食べ物の1つである串焼きを差し出す。

甘辛いタレを絡めた鶏肉を炭火で焼いたことによって、香ばしい食欲をそそる香りが漂っている。

その匂いに刺激されたのか、私とは違うお腹の虫がキュルルル…と2人の間に響いた。

自覚があったのか、目の前の男の子の顔は羞恥で見る見る赤くなり、ゆでたタコのようになってしまった。

 

「い、今のは違…っ」

 

言い訳しようとする彼の口に、串焼きを押し込んでやった。

渡されてからそこそこの時間が経っていたので丁度食べ頃の温度になっており、彼はなされるがまま、鶏肉を咀嚼し始める。

 

「…どうですか?美味しいですか?」

 

「…悪くは、ない。」

 

やはりお腹が空いていたのか、スイッチが入ったかのように、唯只管に串焼きの肉を頬張るお兄さん。

そんな彼がどことなく嬉しかったのか、私もハンバーガーをパクリと一口齧る。

空腹が良いスパイスとなったのか、いつもと違う美味しさが、私に充足感を与えてくれた。

外で食べる食事もさることながら、同年代の、お姉様以外の子供と食べる食事が新鮮さを加味していたのかも知れない。

串焼きを食べ終えたタイミングで、次は肉饅頭を差し出すと、これまた遠慮気味に受け取って食べ始める。

今思えば、年下の女の子に食べ物を貰う、と言うのが、男のことで恥ずかしく感じていたんじゃないかと思う。

10分ほど食べ続けて。

3~4品、お互いに食べ終えて、彼は「ありがとう。」とややぶっきらぼうにお礼を言ってくれたのが何となく嬉しかった。

 

「お兄さんは、パロに住んでるんですか?」

 

「…いや、今はどこにも住んでいない。旅をしている。」

 

「へぇ…!凄いですね!まだ子供なのに!」

 

旅、と言うものが、幼い私からしてみれば、大人のすることと認識していたので、童心ながら輝いた目で彼を見ていたに違いない。

そんな私に、彼は「お前も子供だろ。」と言いつつも、何処か得意気だった。

それに気を良くした彼は、ポツポツと、自身のことを語り始めてくれた。

 

「俺は…元々アルテナに住んでいた。」

 

「アルテナって…フォルセナの北にある魔法王国の、ですか?」

 

「…よく知っているな。そのアルテナだ。」

 

照れ笑いしながら、お父様、予習感謝します、と内心で礼を言っておく。

 

「俺は、アルテナで魔法の修行をしていた。アルテナでは、魔法の適性が高いと将来を約束され、王国で好待遇を得られるんだ。」

 

だが、と彼は言葉を繋ぎながら、やや声のトーンを落とす。

 

「俺に、魔法は使えなかった。初期魔法である、ホーリーボールやダイヤミサイルはおろか、水のマナの恩恵が強いアルテナであるにも関わらず、アイススマッシュも使えない。…所謂落ちこぼれだったのさ。講師のホセに怒られなかった日は無かったほど、な。そんな俺に向けられるのは、侮蔑や同情、そして、魔法適性のある両親からは失望と軽蔑。それに耐えながらも、毎日練習した。来る日も来る日も。…だが、それは成実すること無く、ただ徒労な日々を過ごしていたに過ぎなかった。」

 

「だから…家出?」

 

「家出…か。ハッ…まぁ言い得て妙だな。世間から見れば家出なんだろうさ。周りの目が嫌で、ただ逃げ出しただけの。」

 

私の指摘に彼は自嘲気味に笑うと、自身の右手の平をジッと見つめる。魔法の出せない自身の身体に、ただ苛立ちを飲み込むように。

 

「アルテナに生まれて、魔法も使えないなら、どうなろうと構わない。だから世界を回って…こうやって放浪の旅をしているのさ。その先で野垂れ死ぬなら…まぁそれまでだったって事だろうな。」

 

「魔法が使えなかったら、お兄さんは意味ないんですか?」

 

「そうだ。俺にとって魔法が全てなんだ。そうだった…はずなのに…。」

 

やはり、魔法を使えない悔しさが、彼の中に溜まりに溜まっていたのだろう。言葉にすることで、それが顕著に溢れ出し、やがてそれは氾濫する川のように、涙として溢れ出てくる。

 

「お兄さん。」

 

「…なんだよ。」

 

「魔法が使えないなら、これからどうやったら魔法が使えるか、聞いてみたら良いんですよ。」

 

「…聞く?そんなの、誰がわかる?俺自身でも解らないのに…。」

 

「でも、お父様が言ってました。困ったときの…えっと…なんだったかな……そう!聖都のヘンデル…だったかな…そこの野菜…に聞いたら良いって。」

 

「はぁ?ヘンデルの野菜に聞く?…何をバカな……いや、待てよ?…聖都ヘンデル…これがウェンデルとすれば…野菜は…司祭?ウェンデルの光の司祭か。」

 

「そ、そう!それです!光の司祭様!」

 

この時の私を思い出す度、やはり自身の浅学ぶりに頭が痛くなってくる…。

 

「滅茶苦茶な間違いだな…。…だが、光の司祭か。少しは光明が見えた気がしなくはない、か。」

 

「じゃあ、家出の次の目的地は、ウェンデルですね!」

 

「家出言うな。…まぁ目的地はそうだが…。」

 

目的地が決まったところで、彼は言葉を濁す。

どうしたのだろうと私は少し首を傾げるが、ややあって、あぁ!と思い付く。

 

「もしかして、お金が…。」

 

「くっ…殺せ…!」

 

そのセリフ、色々危なそうですけど。

 

「…ん~、じゃあこれ、お兄さんにあげます。」

 

自身の指にはめた指輪を外して、彼の手に持たせる。

装備品としての価値は余りないけど、装飾品としての価値ならありそうなそれは、質屋で売ればそれなりの値段で売れると思う。これで船に乗って、ウェンデルの最寄りの港までの路銀には充分なるはず。

 

「いや…流石にこれは…。」

 

「いいの!困ってる人がいたら、助けるようにってお父様に言われてるんです。」

 

あとこれ!と、未だかなりの量が残る町人からのプレゼントを彼に押しつける。

 

「お腹も減るんですから、これを食べて、元気を出してウェンデルに行って下さい!」

 

我ながら、私らしからぬ押しで言ったものだとつくづく思う。

困惑する彼は、目を点にしているのがヒドく印象的だった。

 

「しかし…食べ物に加えて、こんな価値のある指輪、受け取ってしまっては…。」

 

「私が良いっていってるのに?」

 

「俺なりの良心の呵責だ…。」

 

まぁそう思うだろう。

幼い私は後先考えず、彼のために良かれとしたことは、彼を困惑させていた。

 

「…じゃあ、約束です。」

 

「約束?」

 

「司祭様に会って、助言を頂いて、それで貴方自身のために何かを成して、それを私に教えてください。それが指輪のお金です。」

 

「…何かを?」

 

「そうです。何でも良いです。アルテナに戻るも、他の何かでも。ヤケになるでもなく、何かをやり遂げて。いつか私にそれを教えてくれるなら。」

 

我ながら上手い具合に落とし所を見つけたと思う。

キョトンとしていた彼だが、やがて渡された指輪をしっかり握りしめ、出会った頃とは見違えるほどに強い意志を宿した瞳に変わっていた。

 

「あぁ。勿論…。この指輪の代金どころか、利子が付くくらいに、俺の武勇伝をいつか聞かせてやる。」

 

「えへへ、約束、ですよ?」

 

「あぁ。約束だ。」

 

幼き日の約束。

それが今なお色褪せず、鮮明に覚えている。

これが、彼と、そして私の分岐点。

 

「リリィ~!!何処なの~!?」

 

「あ、お姉様が探してます…。」

 

堤防から立ち上がった私は、スカートに付いた砂利を軽く払い、足取り軽く駆け出す。

 

「あ…!」

 

「それじゃお兄さん!良い旅を!!」

 

何か言わんとする彼を背に、私を探すお姉様に向かっていく。

これで、彼が生きる意味を見出してくれれば。

そんな思いを片隅に、指輪の件をどう説明しようかと思案する私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それがまさか…

 

あんなことになるとは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、前話の数ヶ月前。

 

 

 

 

 

「リリィ様。私、紅蓮の騎士ことブライアン!11年前の約束を果たし、貴女の(しもべ)となり、そして狗となるため、是非ともお側に置いて頂きたく志願いたします!」

 

「採用。」←ジョスター王

 

「何でえぇぇぇぇぇっ!?!?」

 

本当に

どうしてこうなった

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