今日からドラグナー   作:阿修羅丸

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緋色の空と白い竜

 禍福はあざなえる縄の如しという諺がある。僕の状況を言い表すのに、適した諺だ。

 たまたま買った宝くじが当たり、一千万のお金が手に入ったので、それで両親の借金を全て返済し、余ったお金で旅行に連れていってやった。父も母もとても喜んでいた。

 でも二人の笑顔の裏には悪意があった。

 旅行先の観光地にある吊り橋を渡っていた時、二人は周囲に誰もいないのを確認してから、突然僕に襲い掛かって来た。完全に不意を突かれた僕は、あっさりと吊り橋から百メートルくらい下にある谷底へと、真っ逆さまに落ちていった。

 きっと僕に生命保険を掛けていて、その保険金目当てだったのだろう。

 吊り橋から落とされた時に見た、二人の悪意に満ちた笑顔は、とても人間とは思えないくらい醜悪なものだった。

 そして僕は遥か下の谷川へと落下していき──乾いた地面で、したたかに背中を打った。

 柔道の背負い投げをくらった時のような衝撃が、全身に響いた。

 だけど変だ。下は川だったから、乾いた土の感触なんてするはずがないし、百メートルくらいの距離を落ちたにしては早すぎるし、何よりあの高さから落ちて、生きていられるはずがない。

 僕は乱れた呼吸を整えて、ゆっくりと起き上がった。

 

「……ここ、どこ?」

 

 思わずつぶやいた。

 辺り一面、赤茶けた地面が広がる荒野なのだ。所々に緑色の草が生えているのが視認出来た。

 頭上を見上げると、空と雲しかなかった。

 しかしその空はちっとも青くない。朝方や夕方のようなオレンジ色で、だけど太陽は高い位置にあった。

 さっぱり訳がわからなかったが、どうもここがさっきまでいた観光地ではないことだけは、確かなようだ。それどころか──正直考えたくもないけど──地球ですらないかも知れない。

 とにかく、こんな日差しの強い所にいつまでもいたんじゃたまらない。遠くに見える赤い山の麓に緑色の帯が見える。きっと森か林があるのだろう。僕は上着を脱いで頭から被ると、そこを目指して歩き出した。

 腕時計をチラチラ見て時間を確認したので、はっきりとわかる。そいつに襲われたのは、歩き出してからきっかり三十分過ぎてからだった。

 地面に目線を落として黙々と歩いていると、その地面を大きな影がよぎったのだ。ずいぶん大きな鳥だなと思って空を見上げて、ゾッとした。影の主は鳥なんて生易しいものじゃなかった。コウモリのような翼と、蛇のような長い首と尻尾を持った巨大な生き物だった。僕が知ってる生き物の中で一番よく似ているのは、ドラゴンだった。

 上空を旋回していたそのドラゴンもどきは、僕がビックリして足を止めた隙に急降下してきた。

 間近で見ると本当に大きい。赤黒い鱗で覆われた体は、ダンプカーくらいはありそうだ。

 そいつは二本しかない足で僕に襲い掛かって来た。鈎爪をかわせたのは、完全に幸運だった。だけど幸運は長続きせず、僕はドラゴンもどきに胴体を掴まれ、空高く持ち上げられた。

 更にそこへ、もう一頭ドラゴンもどきが現れた。今度は全身が真っ白で、頭には前方に向けて真っ直ぐ一本の角が生えているように見えた。その角は平たく、まるで一本の剣が鼻先から伸びているかのようだった。尻尾の先端も同様に平べったくて、鋭く尖り、短剣のようになっている。そして今僕を掴んでいるドラゴンもどきと違い、足が四本あった。

 なんだってそんなに詳しくわかったかと言うと、そいつがこちらに接近してきたからだ。僕という獲物を横取りするつもりなのか、赤黒い方に襲い掛かり、長い首を鞭のようにしならせ、鼻先から伸びる剣のような角で正確に敵の足を付け根から切断した。

 そしてその白いドラゴンは、切り取られた足ごと落下する僕を、器用に前足でキャッチして、ゆっくりと地面に着陸してくれた。

 赤黒いドラゴンはどこかへ飛び去っていった。発泡スチロールをこすり合わせる音に似た叫びを上げながら。

 

『大丈夫か?』

 

 それを眺めていた僕の頭の中に、そんな声が響いた。

 思わず辺りを見渡すが、誰もいない──白い竜以外は。

 

(まさか、こいつが……?)

『そうだ』

 

 僕の胸の内の疑問に、声が答えた。

 

『俺はテレパシーが使える。これで大抵の生き物と意思疏通が出来るのさ』

 

 そんな説明の後、白い竜の口角がキュッと上がった。笑ったのだ。妙に愛嬌のある笑みだった。

 その表情に、僕は奇妙な親近感を覚えた。

 

「助けてくれてありがとう」

 

 テレパシーが使えるということは、わざわざ喋る必要はないのだろう。だけど、僕は言葉で感謝の気持ちを伝えた。

 

『なに、いいってことよ。お前のような奴を探していたところだったんでな』

「僕の、ような?」

『お前、この星の人間じゃないだろう?』

「……ということは、やっぱりここは地球じゃないのか?」

『ああ。ここは人間どもがレデアルスと呼んでいる星だ。二千年くらい前によその星から人間どもがやって来て住み着くようになった』

「よその星から? なら、ここからまた別の星に行くことも」

『そいつは無理だな。千年前に惑星間戦争で痛い目に遭ってから、宇宙へ上がる技術は封印された』

 

 白い竜の返答に、僕はガッカリした。

 

『仮によその星に行けたとしても、お前さんの言ったチキューとかいう星がどこにあるのかわからんのでは、どうしようもないだろうな』

 

 確かにそうだ。宇宙は気が遠くなるほど広いらしいし……となると、僕が地球に戻れる可能性はほぼゼロに近いのか……いや、待て。そもそも、僕はどうやってこのレデアルスという星に来たんだ? それがわかれば戻る方法の手掛かりになるかも──。

 

『つまらん希望は持たない方がいいぞ、坊や』

 

 僕の考えてることをテレパシーで読み取ったのか、白い竜が口を挟んだ。

 

『たぶんお前は、気まぐれゲートを通ってここに来たんだ』

「気まぐれゲート?」

 

 ずいぶん俗っぽい呼び名に、僕は間の抜けた声を漏らした。

 

『俺がそう呼んでるだけだ、正式名称は知らん。ただ、突発的に次元、もしくは空間の裂け目のようなものが発生し、その裂け目に呑み込まれたやつは遠い場所へと吐き出されてしまう。次にいつ、どこで発生するかはわからんし、わかったとしても、チキューに戻れるどころか、水も空気も光もない場所に出るかも知れんぞ』

「……そうか」

 

 僕は吐き出すようにつぶやき、その場に力なく座り込んだ。

 もう地球に戻る術はない、と見ていいようだ……それがわかった途端に、何だか気持ちが折れてしまった。

 

『落ち込んでるところをすまんが、のんびり考え事をしている暇はないぞ』

 

 白い竜がオレンジ色の空を見上げた。僕も釣られて同じ方角を見上げると、赤黒い点が五つ浮かんでいる。そしてその点はどんどん大きくなり、やがて竜の形になった。さっきのやつの仲間のようだ。逃げ去る時のあの声は悲鳴ではなく、仲間を呼ぶためのものだったのだろうか?

 

『あの程度の連中なら返り討ちにするのは造作もないが、お前さんはどうする? 隠れる場所はないぞ? 安全な場所があるとすれば、俺の背中くらいか』

「……あんたの背中に、乗れってことか?」

『他に何がある。言っておくが奴等はお前の息の根を一瞬で止めてからなんてお行儀のいいことはしない。生きたまんまでもお構いなしに、足からバリバリ食うかも知れないぜ? それが嫌なら……』

 

 白い竜は敢えて最後まで言わず、ただ僕の前に前足を差し出した。

 僕はその前足をステップ代わりに、彼の背中へと飛び乗った。

 背中はデコボコしていて、腰を据えるのにちょうど良かった。前方のコブは掴まるのにちょうど良かった。

 

『さて、いっちょやるか。俺は背中が死角でな。死にたくなかったらしっかり見張って、俺に教えるんだ。なに、声に出さなくても、頭の中で念じてくれればわかる』

「わかった」

 

 僕が返事をすると、白い竜は翼を広げて空に舞い上がった。

 赤黒い竜たちがそれを見て、高度を上げた。背中が死角らしいので、そこから攻めるつもりなのだろう。

 だけど、彼等の目論見はあっさり外れた。白い竜が口から巨大な火の玉を吐いたのだ。直径が明らかに僕の身長170cmを越える、大きな火の玉だ。それを、敵の動きを予測して今いる高度よりも更に上を狙って発射したため、上昇していた敵の一頭がそれをまともにくらって、上半身を爆散させた。下半身と尻尾だけになった残骸が、血の緒を引きながら落下していく。

 敵はこの強烈なオープニングヒットに度肝を抜かれたようだ。まとまって行動していたのが散り散りになり、一頭ごとの動きも、僕の目から見ても動揺していた。

 その隙に白い竜は翼を羽ばたかせて突撃。一頭の首を鼻先の“剣”で刎ね飛ばした。

 そこへ別の一頭が襲い掛かる──死角の背中から!

 

「上から来る!」

 

 声に出す必要はないとわかっていても、僕は咄嗟に叫んでしまった。

 突然視界が回転した。白い竜が体を引っくり返したのだ。そして回転の勢いを利用して、迫る敵の腹を尻尾の先の“短剣”で切り裂いた。

 白い竜は勢いそのままに、すぐ元の体勢に戻ってくれたので、僕は振り落とされるのだけはまぬがれた。

 残る敵は二頭。奴等は挟み撃ちするつもりらしく、二手に分かれた。左右にではなく、上下に。これならどちらか一方が必ず死角を取れる。

 ここで僕は、ある考えが浮かび、それを頭の中で強く念じた。

 

『俺も同じことを考えていた』

 

 そんな返事が響くのと、白い竜が急降下したのは、ほぼ同時だった。

 背中が死角なのは敵側も同じで、こちらの下方に回り込もうとした竜は逆に僕たちにその死角をさらすことになった。白い巨体が覆い被さり、後ろ足の爪が翼を引き裂いた。そして翼を失った敵を、上空から迫る最後の一頭に投げつける。それが見事にクリーンヒット。負傷して飛行能力も失った仲間にしがみつかれて、敵は高度を維持出来ず、錐揉み回転しながら落下していく。

 そこへ白い竜がもう一度火の玉を口から発射した。敵はかわすどころかその攻撃に気付きもせず、まともに直撃を受けて爆散した。

 敵を撃退した僕たちは、悠々と地上に着陸する。

 僕は必死にしがみついていたコブに、ぐったりと体を預けた。戦いは五分かそこらの短い間だったが、怪物に食い殺されるか、振り落とされて地面に叩き付けられるか、そんな緊張感に一秒も余すことなくさらされて、すっかり疲れてしまったのだ。

 

『お疲れさん』

 

 白い竜が労いの言葉を掛けてくれた。

 

『そのままでいいから聞いてくれ。さっきも言ったが、俺たちは背中が死角だ。それをカバーしてくれるライダーを俺は探していた。お前さん、もう帰る術もなく、行く所もないだろう? どうだ、俺の専属のライダーになっちゃくれんか』

 

 突然の勧誘に、僕は迷った……いや、迷った振りをしていたのかも知れない。彼の言う通り、僕には地球に戻る術がなく、このレデアルスという星で生きていくしかないが、僕のことを知っている人間は、この星には当然一人もいないのだ。言葉だって通じるかどうかわからない。文字通り進退これきわまるというやつだ。それなら、しばらくの間だけでも、この白い竜と行動を共にした方が、まだマシかも知れない。

 

 ──だけど、その後は?

 

 そんな不安が頭をよぎった。

 

『心配しなさんな』

 

 竜のテレパシーが、それに答える。

 

『言葉なら俺が教えてやる。生活のことも心配いらんさ。この星の文化に慣れる必要はあるだろうが、さっきのような連中があちこちにいて、それを退治してくれる奴等はどこの国でも引く手数多ってやつだ。竜騎兵(ドラグナー)はこのレデアルスじゃトップクラスに儲かる商売だ』

 

 ドラグナー。

 聞き慣れない単語の後、竜に跨がり銃らしき武器を構えた兵士の姿が頭に浮かんだ。きっと彼がイメージをテレパシーで送ってくれたのだろう。竜に乗って戦う戦士。地球のファンタジー小説やゲームに出てくるドラゴンナイトが一番近いようだ。僕がそれになるのか……そう考えた途端、さっきまでの恐怖はどこへやら、ちょっとワクワクし始める。

 だけど、ここで一つの疑問が浮かんだ。

 

「さっき、僕みたいな奴を探していたと言ってたよな? それはどういう意味なんだ?」

『見てたぜ。お前さん、初めて見る怪物の攻撃を、かわしただろう』

「たまたまだよ、運が良かった」

『その幸運が欲しいんだよ。今の戦いでも役目を果たしてくれたし、作戦だって考えてくれた。どうせ背中を預けるなら、そんな幸運と冷静さを兼ね備えたやつがいい』

 

 なんだかやけに高評価だ。こんな状況でも──あるいはこんな状況だからこそ──ちょっといい気分だ。

 いずれにせよ、他に道はないのだ。そうでないなら、待っているのは野垂れ死に。だけど、死に方くらいは自分で選びたい。

 

「わかった。付き合うよ」

『ありがたい。それじゃあよろしく頼むぜ、坊や。俺の名は、アルビオンだ』

「僕は山野(やまの)馳夫(はせお)。山野が名字で、馳夫が名前だ」

『わかった、馳夫。それじゃあ早速だが、一っ飛びするか。近くにさっきの連中の巣穴があるはずだ。ひょっとしたら、そこにお前さんに合う服や装備があるかも知れん。アイツ等、光り物とか好むからな』

 

 白い竜アルビオンは、そう言って翼を広げ、彼方の山々へ向かって飛び立った。

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