赤茶けた岩山が、まるで壁のようにそびえている。頂上付近の斜面に、黒々とした洞窟がポッカリと口を開けていた。僕を背に乗せて、白竜アルビオンはその洞窟に滑り込むように入っていった。
洞窟の中は青白い光に満たされて、ほの明るかった。見ると地面や壁に苔のようなものが生えていて、それが青白く発光していた。
アルビオンから降りて、奥へ進む。アルビオンも後ろからノシノシとついてきた。
奥は行き止まりで、広い空間になっていた。石ころで作った大きな輪の中に枯れ枝や枯れ草が敷き詰められたものが、いくつかある。きっとあの赤黒い竜たちの寝床なのだろう。
片隅には、彼等の食べ残しがうずたかく積まれてある。ほとんどが牛とも馬ともつかない動物の骨だったが、中には人骨もあった。それも一人分ではなく、複数……。
『予想通りだな』
アルビオンがテレパシーで語りかける。確かに彼の予想通り、その人骨はどこかの兵士か何かだったようで、プロテクターのような物を装着していた。胸甲部分には、あの竜たちが噛み付いたと思われる痕が、くっきりと残っている。しかし貫通はしていない。防御力はなかなかのもののようだ。
だけど、そんな頑丈な物をまとっていながら何故殺されてしまったのかといえば、恐らくは首を食いちぎられたからなのだろう。現に、いかにも後から捨てられましたって感じで、ヘルメットを被った頭蓋骨が転がっていた。
遺体から身に付けている物を剥ぎ取るのは気が引けるが、僕だって生きていかなくてはいけない。竜の牙にも耐えられる防具なら、是非とも欲しいところだ。僕は白骨化した見知らぬ兵士たちに手を合わせ、南無阿弥陀仏と何度か繰り返してから、作業に取り掛かった。
兵士たちは全部で五人。防具は破損している部分があったが、無事な部分もあり、それらをかき集めると幸いにも破損してない防具が一式揃った。防具だけでなく、その下の服も頂戴した。これも幸いなことにサイズが同じだった。
武器も見つかった。大型の拳銃と、長さ1メートルほどのライフル。そして全長60センチ、刃渡り30センチほどの斧。斧刃の反対側は小振りのハンマーになっている。いくつかはインテリアのつもりなのか、あの青白く発光する苔を被せられて、壁際や寝床のそばに置かれてあった。遺体が白骨化するほどの長期間、苔からにじみ出る水気にさらされたせいか、それ等は見るからに使い物になりそうもなかった。だが無事な物もあったので、そちらを持っていく事にした。
他に何か使える物はないだろうか? そう思って骨の山を漁ったが、これは徒労に終わった。
斧と拳銃を腰のベルトのホルスターに吊るし、ライフルを肩に掛けた僕は、そこで反対側の隅に置かれてある大きな物に気付いた。
それは、殺されて間もない竜の死体だった。首が食いちぎられている。そして両足は、刃物か何かで切断されていた。最初に僕を襲い、アルビオンに足を斬られたあの竜だった。
『もう動けないってんで、今夜の晩飯にでもするつもりだったんだろうな』
アルビオンが興味なさげに解説してくれた。
『坊や、向こうで待ってな』
「どうするんだ?」
『俺だって飯を食わなきゃ生きていけないんでな。もったいないから俺がいただく事にするぜ』
「……わかった」
僕は足早に、洞窟の入り口へと向かった。
ふと振り返ると、アルビオンは鼻先の“剣”で死体から肉を切り取り、前足で掴んで咀嚼している。僕はこの星に来てからのあれやこれやで感覚が麻痺してしまったのか、
(行儀のいい食べ方だな……)
と、奇妙な感心をするだけだった。
洞窟の入り口から、ボンヤリと異星の景色を眺めていると、アルビオンがテレパシーで呼び掛けてきた。
『掘り出し物があったぜ』
と嬉しそうに語りかけるので行ってみると、彼は前足で僕の前にその『掘り出し物』を置いた。
それは、鞍だった。
地球で馬に使う物よりもだいぶ大きい。僕は直感的に、これは竜に使う物なんじゃないかと思った。
『ご明察だ。こいつは
アルビオンに請われて、僕はテレパシーでやり方を教わりながら、何とか鞍の取り付けを終わらせた。
手綱はないが、
『だろうな。こいつは天井の出っ張りに引っ掛けて飾ってあったんだ。さぞかしお気に入りだったんだろうぜ』
アルビオンは僕の疑問を読み取り、そう答えた。
◆
相方の食事が終わると、次はこの星の言語の勉強だ。と言っても、アルビオンがレデアルス語の情報を、テレパシーで僕の頭に直接送り込むだけ。しかし当たり前だが、それは未知の体験であり、僕の知らない言葉とそれが意味するものの両方を一度に脳に送り込まれる感覚に耐えきれず、気を失ってしまった。
翌朝、僕は枯れ枝の寝床の上で目を覚ました。アルビオンが運んでくれたようだ。軽い頭痛に悩まされつつも彼の背に乗って、洞窟から飛び立った。
アルビオンは森の中に着陸すると、今度は武器の使い方をレクチャーしてくれた。
拳銃もライフルも、鉛玉ではなく熱エネルギーの弾丸を発射する物だった。地球ではSF映画でしかお目にかかれないアイテムだ。
どちらもスコープが付いているが、このスコープが高性能で、倍率もピントも自動で合わせてくれる上に、手ブレもほとんどない。ヘルメットに付いてるゴーグルと、内蔵式ケーブルで接続すれば、視界がスコープからの視点に切り替わる。つまりいちいち覗き込む必要がない。
銃自体も発射の反動が小さく、僕はほんのわずかな練習ですぐにコツを覚える事が出来た。
逆に斧は、材質こそ地球の物とは違うかも知れないが、刃が赤熱化して対象を熔断するとか高周波で超振動させて切れ味を上げるとか、そんなSFじみたギミックもない普通の斧だった。
武器の練習を終えると、僕たちは森を出た。
山を越えると、その向こうにも荒野が広がっている。アルビオンは山に沿うように飛行した。だだっ広い荒野より、森や山の近くの方が、人が住んでいる可能性は高い。
僕は鞍の正面に付いている半円状の手摺を握り、バイクに乗るような姿勢で、高速で流れていく眼下の景色を眺め、風の感触を全身で味わいながらも、今背中を預けてくれている相方について考えていた。
彼はこの鞍や武器についてやけに詳しい。ひょっとしたら、以前にも誰かを乗せて
『その通りだ』
アルビオンがテレパシーで答えた。
『俺は元々、
アルビオンはそこで、一瞬だけ間を置いた。
『──要するにお前が行く宛がないのを良いことに復讐に利用しようとしてるってことさ』
「お互い様だよ」
僕はそう返した。
「僕も、この星で生きていくために君を利用しようとしてるんだ。付き合ってやるよ」
『すまんな、坊や』
そう答えるアルビオンの声には暖かみがあった。
それからも山沿いに飛行を続けていると、不意にアルビオンが荒野の方へとルートを変えた。
『早速仕事にありつけそうだぜ』
その言葉の意味がすぐにわかった。
土煙を上げて、巨大な生き物が荒野を疾走している。二階建ての家くらいはある大きさで、地球の猪に似た姿だ。だけど口許から伸びる牙は下に向かって伸びている。そして荒野の土と同じ赤茶けた毛皮が、その巨体を覆っていた。
その猪もどきは、レデアルスに棲む『恐獣』と呼ばれる生物の一種でメガーボアという名前だと、アルビオンが教えてくれた。
彼が仕事と言ったのは、そのメガーボアが一台の車を追いかけていたからだ。大きさはマイクロバスくらいだが、タイヤがない。SF映画とかで見るホバークラフト式の乗り物のようだ。
アルビオンは翼を羽ばたかせて、メガーボアに接近する。僕も鞍のホルスターからブラスターライフルを引き抜いて、肩に構えた。
スコープでメガーボアの後ろ足辺りに照準を合わせる。これなら多少狙いがずれても、前を行く車には当たらないだろう。飛行時の揺れでまだ照準が上下にぶれる。僕は思いきって、割りと下の方に敢えて狙いをずらして、引き金を引いた。
外れても足止めくらいにはなるだろうと思っていたが、放たれた青い光弾は後ろ足の付け根辺りに炸裂し、メガーボアは轟音と土煙を上げて倒れた。
ブラスターライフルは一度発射すると、次弾のエネルギーチャージと銃身の冷却のため、5秒ほどのタイムラグが必要となってくる。その5秒間をカバーすべく、僕は腰のホルスターからブラスター拳銃を抜いたが、これは使わずに済んだ。距離を詰めたアルビオンが、鼻先の“剣”を倒れたメガーボアの心臓に突き立てて、とどめを刺してくれたのだ。
恐獣に追い立てられていた車が停止した。
間近で見ると、幅広な胴体と小さな運転席、四つのホバー推進器が付いていて、まるで亀みたいな形だ。
その亀みたいな乗り物の運転席のドアが開き、運転手が出てきた。顎髭を生やした中年の男性だ。日に焼けた浅黒い肌と、茶色がかった黒い髪をしていた。服装はレデアルスではよくあるゆったりとしたもので、上下とも枯草色で統一されてあった。しっかりした足取りで、着陸したアルビオンに近付いてくる。怪我はしてないようだ。
僕はライフルを鞍の、拳銃を腰のホルスターにそれぞれ戻し、アルビオンの背から降りた。
「大丈夫ですか?」
僕の口から、自然とレデアルスの言語でそんな問い掛けが飛び出して来て、僕はアルビオンのテレパシー能力の凄さを実感した。
「ああ、助かったよ……流れの
「はい。僕はハセオ。こちらは相棒のアルビオンです」
「俺はラムダン。あの山の麓のプレタ村の者だ。助けがほしくて
「助け?」
「村の近くに恐獣が出たんだ。それも一匹や二匹じゃない。デカいのから小さいのまで、いろんな奴等がウジャウジャ湧いて出やがったんだ。そいつらに村が襲われてな、通信機が壊れちまったんで、直接救援を求めに行くところだったんだ」
彼の口振りからすると、群れで行動するタイプというより、本当にいろんな種類の恐獣が押し寄せているということか。
「ハセオといったな。頼む、恐獣退治を引き受けてもらえないか? もちろん報酬は用意してある」
請われた僕は、テレパシーでアルビオンに判断を求めた。返答は、『引き受けろ』だった。僕としても、困ってる人を見捨てるのは気分が悪いし、そもそも昨日から何も食べてない。断る訳にはいかなかった。
「わかりました、引き受けましょう。もっと詳しく話を聞かせてもらえますか?」
「ああ。村に案内するから、ついてきてくれ」
ラムダンさんはそう言って車に戻り、僕もアルビオンの背中に乗って、彼の先導の元、プレタ村へと向かった。