そろそろ夏休みが目前ということで、学園はつい昨日一学期のテストが終わったところだ。
あとの登校はすべてテストを返却するだけの楽な授業だけである。ばんざい。
テスト明け特有の素晴らしい開放感に包まれながら生徒たちが放課後を過ごす中、俺はおじさんの先生に頼まれて空き教室の整理を手伝わされていた。埃っぽいし片付ける物も多くて大変だ。
けどこれを手伝い終わったらアイスを奢ってもらう約束になってるので頑張る。物で釣られる安い子ではない。俺は逆に先生を利用してこのクソ暑いなかアイスを無料で手に入れたのだ。策士と呼べ。
「あー、如月おつかれさん。もういいぞ」
大きな段ボールを奥に置いたところで先生に声を掛けられた。
そのままアイス分の百二十円を受け取ってその場を後にし、学園に併設されているコンビニでカップアイスを買って近くのベンチに座った。我慢できないしもう食べちゃおう。
バニラアイスの蓋を開けてスプーンを手に取り、待望の一口目を口に運ぶ。
すると程よい甘さと刺激的な冷たさが舌の上で踊り、思わずブルっと体が震えた。
「んふ~、うまい……」
あっ、美味しそうなアイスだ。 |
じっくりアイスに舌つづみを打っていると、目の前にポテっと柔らかそうな吹き出しが落ちてきた。
主人公の誰かがいるのかと思って周囲を見渡してみる。
するとちょうどベンチの後ろに人影を発見した。くせっ毛が特徴的な女子生徒がいる。
とりあえず挨拶しておくか。
「こんにちは」
「ぁ、はい、こんにちはです」
ペコっとお辞儀をするくせっ毛女の子。礼儀正しい子だな。
よく見れば胸部に大きな果実をお持ちのようだが、ガン見してセクハラだと訴えられたらかなわないので、視線を自分のアイスに戻した。
すると、いま挨拶した女の子が俺の隣に座ってきた。なんだなんだ。
「あの、突然なんですけど、そのアイスって美味しいですか?」
「え? ……ぁ、あぁ、まあ……うん」
突然アイスの感想を聞いてくるなんて距離感の詰め方がおかしいというか既に顔が近い近いなにこれ。
急に吹き出しと共に現れたと思ったら、隣に座って美少女の顔で迫ってきていい匂いを嗅がせてくるのヤバイでしょ。やめて中身は童貞男子なんですそれ以上近づかないでドキドキしちゃうから。
なんなんだこの不思議っ子は。さてはこのアイスが食いたいのか。
「……ひとくち食べる?」
「ふぇっ。いいのですか」
くれって言ってるようなものでしょその瞳は。親の食べ物欲しがる子供か。
まあいい。これは俺が汗水かきながら働いて手に入れた最高級のアイスだが、一口くらいなら分けてやってもよい。一口だけだぞ!
わぁ~い、とっても優しいひとだ。お言葉に甘えちゃお。 |
なんだかピュアな雰囲気を感じるなこの子。心の声が穏やかだ。
「あーん……」
「あむっ。……んん~! おいひ~っ!」
コンビニで売ってるアイスを食べただけこのオーバーリアクション。
こんな風にされると一口あげた俺もちょっとだけ嬉しくなってしまう。
「……もうひとくち、食べる?」
「えぇ~!?」
聖人かな? こんな素敵な人がこの学園にいたなんて知らなかった。 |
めちゃくちゃ俺のこと持ち上げるじゃん。大袈裟な。
「はむっ。んふっ、ふわぁ……うま……」
泣いちゃってるわ。美味しさのあまり感動して涙で頬を濡らしちゃってるわ。
アレか。貧乏だから滅多にアイスとか食べられない子とかそんな感じの子か。
……ますます何の主人公なのか分からなくなってきた。
この世界のアイスを食べたのなんて何年ぶりだろう? バニラアイスがこんなにも美味しいモノだなんてすっかり忘れていた。 |
重そうな内容のわりに軽そうな吹き出しと穏やかな字体。
見た限りでは弥生くんとか水無月ちゃんのようなシリアス世界観の人間ではなさそうだ。
彼女の物語の内容を考察しながらウーンと頭を捻っていると、少女は突然立ち上がった。
「あのっ、ウチは
「わたし? えっと……如月、かなめ」
「かなめサン、ですね。ウチのことは寝子でいいです」
「あぁー……うん、寝子ちゃん?」
「はいっ」
葉月寝子と名乗った少女はふんわりと優しい笑みを浮かべる。
「かなめサン、よかったらこの後なにかご馳走させてください。アイスのお礼です」
「えっ。ぃ、いいよ別に。家でトマルちゃん……ぁ、妹が待ってるから」
「ならば妹サンも一緒に。ぜひ。ぜひっ」
──と、こんな感じで少女の”圧”に屈服した俺は、家で折り紙をしていたトマルちゃんを引き連れて、学園近くにある彼女の家のボロアパートへと向かったのだった。
◆
くせっ毛の不思議っ子こと葉月寝子ちゃんのお家にトマルちゃんと一緒にお邪魔した。
部屋の中は外観から予想した通りの内装で、一言で表すとすれば『質素』というのが一番合ってると思う。
年頃の女の子なのにポスターやら雑誌やらも置いてないし、見る限り家具も最低限のものしかない。当然テレビもパソコンも見当たらなくて……辛うじてスマホは持ってた。傷だらけの充電ケーブルに接続されてる。アレ使ってて大丈夫なのかしら。
人をお招きしたのなんていつぶりだろうか。なんだか普通の女子高生みたいでうれしい。 |
モノローグを見るに彼女は普通の女子高生ではないらしい。しかし喜んでくれたのならよかった。
簡素な内装とはいえ女子の家に入るのは滅多に機会がないことなので必要以上に緊張して正座しながらソワソワしていると、台所の方から寝子がお盆を持ってやってきた。
それからテーブルの上に置かれたのは、何かが入ったガラスのカップで……なんだこれ、紫色のプリン?
「おまたせしました。こちらライトニング・バードの卵で作ったプリンです」
なんて?
「らいと……なに?」
「ライトニング・バードの卵で作ったプリンです」
「ライトニング・バード……」
『Yes』
そんな鳥いましたっけ。名前だけ聞くとめっちゃ強そうなんですけど。
怪訝な顔でトマルちゃんの方を向くと、彼女は首を横に振った。だよね、いないよね。
ウチが対 |
まてまてまて。ちょっとまて。一旦落ち着け。情報量が多すぎる。
マジで一度に受け入れられる範囲を逸脱してる。頭の中がいまハテナでいっぱいなの。ちょっと待ってね。
……一旦このライトニング・バードのプリン(?)を食べて落ち着こう。
「あむっ。……うん」
なんというか……個性的な味だ。
いや、勘違いしないでほしいのだが、決してマズいわけじゃない。むしろ美味しい。
でも舌触りといい風味といい、味わえば味わう程『未知』を感じてしまうのだ。
食べたことのない味と匂い。妙に獣くさい風味だけど、不思議とプリンという料理として成立している。
なんだ……何なんだコレは……。
「トマルちゃんサン、お味はどうでしょうか」
『Yes』
「ほっ。よかった」
トマルちゃんも頭のアホ毛が元気に動いてるし、味は気に入っているようだ。
……いや、しかしこの少女は一体何者なんだろうか。
さっきは人型決戦兵器とかビーストとか言ってたけど、もしかして危険な世界観の住人だったりするの……?
それにしては魔法少女の水無月ちゃんみたいに心が摩耗している様子もなさそうだし、あきらかに貧乏ではあるが普通に生活できている。
知らねばならない。主人公と関わるとなれば、相手には悪いがどのような背景があるのか知っておかないと、こちらも対策案を講じることができないから。
今はトマルちゃんもいるわけだし、あまりにも危険そうなら付き合い方も考えないと。
「あの、変なこと聞くけど……もしかして一人暮らし?」
「そうです。両親はウチが小学生の頃に
ぁ、あれっ、秘密とか隠さないタイプ?
「びっ、ビーストっていうのは……?」
「時空を超えていろんな世界で人々を喰らうわる~いバケモノです」
本当に包み隠さず全部話しちゃってるよこの子。
……邪推するようだけど、この子ってもしかして一人で戦ってるのか? 味方がいないから、口止めもされてない、とか?
あっ、こんなこと言っても分からないか。せっかくできたお友達だし、ちゃんとわかるように説明してあげねば。 |
もうお友達になってたらしい。
「えっと、ウチのおじいちゃんは異世界の研究とかしてて、それでビーストのことも調べてたんです。それで──」
長々と説明されたことを要約すると、以下のようになる。
1.息子夫婦をビーストに殺されて復讐に燃える博士は、ビーストを滅殺するためのロボットを作った。
2.寝子ちゃんは博士の意志をついで、ロボットこと『ヴァルゴ』に乗って日々戦っている。
3.生まれもっての不幸体質でバイトが長続きしないため、異世界で助けた住人からの恩賞(異世界の食べ物)で生計を立てている。
4.ロボット開発で破産したあげく持病が悪化して入院生活を続けているおじいちゃんの医療費もろもろのせいで『貧乏』──とのことだった。
「……うん」
設 定 が 多 い 。
「大変だね、寝子ちゃん……」
「あはは。いろいろ試行錯誤しながら生活してます」
まあいつもロケットパンチ一発で倒せちゃうから、戦いは楽なんだけど。問題は素材の味がクソマズい異世界の食べ物を、どうやって美味しく食べられる料理にするか……だ。 |
モノローグから察するに、おそらく寝子ちゃんの物語は戦いがメインなのではなく、報酬として貰った異世界の食べ物料理の試行錯誤で四苦八苦する、グルメが主な日常系の物語なのだろう。
たぶんロボットに乗ったバトルシーンとか一コマで終わるタイプのやつだ。
(……なるほどなぁ)
異世界料理で舌がバグってて、貧乏だからコッチの世界のアイスやお菓子なんかの間食も買えない。
それなら俺のアイスを食べてあんなに感動してたことにも納得がいく。
アイスを食べたのなんて何年ぶり──という言葉に誇張はなかったワケだ。
……なんか、ほっとけないな。
ビーストって敵と戦う際も、パワーバランスが崩れててほとんどワンパンの圧勝みたいだし、危険はなさそうだから安心。
なによりこの歳でアイスを食べて涙を流すほど感動するなんて、なんかもうこっちがいたたまれない気持ちになってくる。
異世界料理にも苦戦しているようだし……うん、俺も手伝おう。
せっかくお友達だと言ってくれたのだし、これも何かの縁だ。
一人暮らしで鍛えた俺の料理スキル、異世界の食べ物にも通用するか試してやるぜ!
「ねぇ、寝子ちゃん。よかったら今度わたしの家に食べにこない? 夕飯とかご馳走するよ」
「えっ!? な、なんと……それは……」
目が輝く寝子ちゃん。
しかし少しだけ俯き、遠慮がちに上目遣いで俺を見てくる。
「み、魅力的な提案ですが……お世話になりすぎるのも、悪いというか……」
「それなら交換条件とか。ウチでごちそうする代わりに、私にも異世界の食べ物料理を試させて欲しいなって思うんだけど……どう?」
「そっ、そんなことでいいのですか!?」
作った異世界料理を俺も食べれば交換条件は成立すると思う。
もっとも、異世界の食べ物が寝子ちゃん一人分くらいしかないのなら、それは頂けないし諦めるけども。
「いえいえ全然っ。すぅぅぅっっっごく在庫あまってます。ウチだけじゃ食べきれなくて腐らせてしまうところだったんです。助かります、ぜひお願いします」
「ほんと? じゃあそういうことで」
そう言って俺が右手を差し出すと──
……め、めっ、女神──ッ!! |
「かなめサンだいすきぃぃーっ!!」
「わっ!?」
寝子ちゃんが勢いよく飛びかかってきて抱擁してきた。
彼女よりも一回り身体が小さい俺はものの見事に包まれてしまい、寝子ちゃんの豊満なメロンの間に顔が挟まれてしまった。ヤバイしぬ。刺激が強すぎる。これが本物のおっぱい…………マ°っ(消滅)
「あわわっ。抱きしめすぎたせいでかなめサンが酸欠に……! すみません、すみませんっ」
『No』『No』『No』『No』
おっぱいで殺されかけた俺の代わりに、ボタン連打をしながらポコポコと寝子ちゃんをたたいて怒ってくれてるトマルちゃんを見ながら、俺はそのまま幸せな顔で気絶した。
おっぱい、万歳────
葉月寝子:寝子の名前のとおり授業中はいつも寝てる