ある日の事。
それは如月かなめ・弥生守・トマルの三人で、葉月寝子から譲り受けた異世界食材を使った昼食を食べた後に起こってしまった。
かなめの料理スキルによってそれなりに”食べられるもの”になった異世界料理で満腹になった守は昼食後特有の眠気に誘われてしまい、それを察したかなめの許可もあって彼は如月家のリビングのソファで眠りについた。
年齢が幼いトマルも例外ではなく、お腹いっぱいでおねむになった彼女は思考能力が低下し、ソファで寝ている守の傍に潜り込んで自分も寝てしまおうと考えた──のだが。
そのとき、事件は起こった。
「……っ?」
横たわっている守の上にぽてっとうつ伏せに寝転がったトマルは、お腹に妙な感触を感じた。
硬い、ナニか。いったい何だろうか。
こんな邪魔なものがお腹の下にあったら眠るものも眠れない。
そう考えたトマルは眠そうな顔のまま上半身を起こし、おそらくはスマホか何かであろうその硬い物体を除けるべく、守の上に被さっているブランケットを剥ぎ取った。
そこには──
「……ッ!?」
知識としては知っていたが、実際に目にしたのはこれが初めてだったのだ。服越しではあるが、その雄々しい姿にはさしものトマルちゃんといえど怯んでしまう。
ついには恐怖のあまり、頭のてっぺんにあるアホ毛がプルプルと震えてしまっていた。
「、……っ……!」
どうしてこんな事に──その理由をトマルが知ることはない。
守は現在、かなめと出会う前の鬼畜凌辱抜きゲー時代の主人公だった自分の過去を、夢で追体験しているのだ。ゆえに否が応でも生理的な反応としてアレがソレになってしまい、こうしてトマルの前にテントが設営されてしまったわけなのである。
「とぅっ、とぅ、トゥルットゥー……♪」
ご機嫌にアカペラで歌いながら台所で洗い物をしているかなめは、リビングで繰り広げられている大事件には気がついていない。
「……ッ!」
トマルは迷った。頭を抱えた。いったいどうすればいいのか分からなかった。
彼女は幼い頃に悪い大人たちに拉致され、以降とある組織に改造されて数多の戦場に駆り出された人間兵器だ。痛いことも苦しいこともなんとか飲み込んできたが、自身の心を守る代償として表情を失くしてしまった。
そんな自分が、ほんの僅かにでも再び笑えるようになったのは、戦いからは縁遠い場所へ連れ出してくれたかなめのおかげだった──と、少なくともトマル本人はそう思っていた。
だからこそトマルは、かなめを愛している。
親か、姉か。人生経験があまりにも足りていないトマルは彼女をどう形容したらいいのか分からなかったが、少なくともトマルにとってかなめはたった一人だけの『家族』であった。
だからこそ、かなめに近づく危険はなるべくどうにかしたい。
葉月寝子という少女はあの大きな乳房が厄介だが、普通に接する分には問題ない。最近は一緒に遊んでくれることもあってか、トマルも少しづつだが懐いている。
しかしこの弥生守という男はどうなのか、トマルはまだ判断しかねていた。
先ほどまでは一緒に寝ようとするくらいには気を許していたものの、他人の家でここまで男の子をご立派にしてしまっているのを見たあとでは考えも変わるというもの。
「……んっ」
指でつっついてみた。しかし起きる気配はない。完全に熟睡しているようだ。
見て分かる通り弥生守は悪いヤツではない。
しかし危険な香りがしないと言われれば嘘になる。
トマルは数多の戦場を駆け抜ける過程で、相手の人間性について”匂い”で敏感に感じ取れるようになっていた。
匂いを嗅いだ限り、現在の弥生守は安全だが過去の彼は危険人物そのもの。信用するのはまだ難しい。
……ちなみにこの絵面は『幼い少女が高校生男子の股間周辺で匂いを嗅いでいる』という衝撃的なモノになっているのだが、その場にいる誰もその事には気がついていない。仕様がないことではあるのだが。
「トマルちゃーん? アイス食べるー?」
冷蔵庫の中を確認しているかなめに声を掛けられ、ハッと我に返るトマル。そう、思慮に耽る時間などほとんど残されてはいない。
かなめには危険な目に遭ってほしくない。他人の家でおっきくしちゃう男と関わるのは少々危ない気がする。
しかし、だからといってこの弥生守を早急に排除するのは早計というものだ。彼が
どうしよう──とそうこうしているうちに彼女が台所からこっちに来てしまった。
『No』『No』
「んっ? どうしたの?」
アイスを持って近づいてくるかなめの前に立ちふさがる。
そしてソファの傍らに置いてあった守のスマホを使い、文字を打って彼女に見せた。
【25センチ】
「……? なにが?」
【ヤバイ】
「と、トマルちゃん……?」
スマホ使うの難しい。なんて打ったらいいんだろう。
ともかく守のアレを見てかなめがショックを受けてしまうのは本意ではない。
まずとにかくかなめに警告して、守のアレが鎮まるまで足止めしないと。
『No』『No』
「うーん……ぁ、もしかしてアイスいらなかった?」
『No』
アイスは欲しい。
でも受け取ったらかなめは居間の座椅子に座って、自分のアイスを食べ始めてしまう。
するとどうなる? 座椅子の位置からは、横を見ればソファで寝ている守がよく見える。まずい。
隠すにしたって大きすぎてブランケットが意味をなさない。このままでは──!
しょうがない、こうなったら強硬手段だ。
【目を閉じろ】
「えー、なになに。サプライズでもあるの?」
『Yes』
「なんと、トマルちゃんが……? これは楽しみだなぁ」
ウキウキしながら瞼を下ろすかなめ。
その隙にトマルはソファに赴き、守のうえに跨って彼の頬を思いきり引っ張った。
ぐい。ぐいぃーっ。
いたい痛いイタイ。なんだなんだ。なにごとだ。 |
かなめが目を閉じていることで、何者にも観測されない吹き出しはすぐに消え去る。
涙目で起床した守の目の前に、文字を打ったスマホを見せつけた。
【ソレが治まるまでトイレで大人しくしてろ】
「ん……と、トマル? なにを急に……──ぁっ」
察しがよく守はすぐに気がついた。
なによりトマルが
【ちゃんと小さくなるまで戻ってくるな ばか】
「わっ、わかった……! 分かったから早く上から退いてくれ……っ!」
自分よりも二回りほど小さい少女が股の上に座っている状態は、守を罪悪感で殺しかけるには十分すぎる威力であった。
人権などないレベルで自分を虐げてきた者たちへの復讐の為に凌辱の限りを尽くした弥生守にも、罪悪感を抱けるほどの良心と常識は残っていたようだ。
変な夢見た……しかも、よりにもよって如月の家にいるときに──うぅ、死にたい……ッ! |
その後は守が急いでトイレに駆け込み、サプライズの内容が思いつかなかったトマルがとりあえずかなめにぎゅーっと抱きつき、かなめが『何だこのかわいい生物は~!』といってトマルをもみくちゃにしたことで今回の事件はうやむやになった。
結果として守とトマルだけの秘密が生まれたわけなのだが、ソレがモノローグを通じてかなめにもバレるのは、また別の話である。
次回から本編に戻りますわ!!!!