なんとか無事に南の島へ上陸したその翌日。
寝子ちゃん直伝の快眠法によって、昨日に起きた海での嫌な記憶をキレイさっぱり忘れた俺たちは、各自水着を持って海岸間付近まで来ていた。
流石に溺れて気絶した俺はまだ若干トラウマが残っているものの、他のみんな──特にトマルちゃんは海で遊ぶ気満々だ。保護者として彼女には付き添ってあげなきゃだし、浅瀬で楽しむ程度なら問題ない。
──と、思っていたのだが。
なっ、なんで如月さんがこの島に!? 部長に振り回されるだけの夏はイヤだと思ってはいたけど、遠征先でまさかこんな奇跡が起きるなんてッ! |
めっちゃスタイルのいい美人部長と、いつの間にか増えた眼鏡っ娘系ヒロインと共に
……うそだろ。いつもの実行部隊メンバーと一緒に組織を追ってこの島まで来たっていうのに、そこに学園の生徒やかなめちゃんがいたなんて、聞いてないぞ……!? |
同組織の仲間だということがたった今判明した三人のハーレムメンバーを引き連れた
かなめっ!? そ、そんな、どうして彼女がここにいるのッ!? 巨大な魔法エネルギー反応を感知して調査に来たのに、まさかそんな危険な場所にかなめがいるなんてワタシ聞いてない!! |
あっ、如月さんだ。 |
このままだと岩石封じで退路を断たれるどころか、大量発生した吹き出しで圧死してしまう恐れがある。
と、とりあえず逃げよう……。
◆
「はぁぁ……な、何で、あんなにいっぱい主人公が……?」
場所は海の家の間を道路で挟んだ向かい側のコンビニ。
トマルのことは寝子ちゃんに任せつつ、彼女らと弥生くんの飲み物を選びながら、俺は憂鬱になっていた。
「まさか水着に着替えるまえから疲れることになるとは……」
まだマトモにビーチに足を踏み入れてすらいない。海に来たのに砂浜の砂を踏みしめるよりも先に疲労感に襲われることになるとは思わなかった。
なんだアレは。特に意味もなく主要キャラクターが全員集合するソシャゲの夏イベントか何か?
あそこに進くんとシーさんもいたら、危うくテトリスの餌食になるところだったぜ。あと弥生くんと寝子ちゃんも離れた位置にいてくれて助かった。
「……はぁ」
また嘆息が漏れた。なんだろう、嫌な予感がする。このリゾート地、もしかして全員集合の劇場版の舞台だったりしない?
普通に遊びに来ただけなのに、いきなり島の危険度がアマゾンの奥地を軽く超えやがった。主人公こわい。
「……あれ。かなめ?」
ムッ、なにやつ!
やっぱりかなめだ。ジスタがハガキの懸賞で旅行券を当てたから、付き添いの形で訪れたわけだが……まさか彼女に会えるなんて。 |
うぎゃあああぁぁぁぁぁ!! 進くんだぁぁぁっっ!! また主人公だァァァァッ!!
「ひぃぃィィ……ッ!」
「かっ、かなめ!? 急に腰抜かしてどうした!?」
◆
──と、まぁいろいろあって俺は現在、海岸付近の人気のない岩陰に避難していた。
「ふぅ……つかれた……」
あまりゴツゴツしていないとこに腰を下ろしてため息一つ。まだお昼前だってのに何でこんな疲弊しなきゃならんのだ。
トマルは連れの二人が一緒にスイカ割りだったり浅瀬での水鉄砲合戦だとかで遊んでくれているけど、当の保護者本人である俺が「ちょっとトイレ」といってこんな場所に隠れているのはどうなんだ?
いや、仕方ないことではあるんだけども。
主人公たちはビーチに集結しちゃってるし、いまも吹き出しの嵐が巻き起こってるから、俺があそこで平和に過ごすには目を閉じて吹き出しを『認識しない』よう心がけないといけない。
そうなると日光浴だったりパラソルの下で寝たりとか、そういうことしか出来なくなってしまう。
ほんっっとに面倒だなぁ、この力……。
トマルや付いてきてくれた二人にも申し訳が立たない。
浮かない顔だな、人間。 |
うわでた。
なんでサメがこんな浅瀬に来られるんだよ。
鮫だからな。当然だ。 |
あ、そっかぁ……。サメってすごいな。
じゃあこの際それは置いといて、何でわざわざこんなところまで来たんですかね。
お前を見かけたものでな。昨日の港で我に生肉を捧げただろう。いまは持っているか? |
「持ってねえよ……アンタ海の守護者なんだろ? 物乞いかよ」
おかしなこと言う。アレは友好の証ではなかったのか? 人間。 |
「そうだよ友好の証だっつったろ。だのになんでまだ『人間』呼びなんだ。俺の名前教えたでしょうが」
人間は人間だ。個体名など知らん。そもそもだな、こうして荒波の化身たる我と会話できているだけでも光栄なことなのだぞ? |
「さっきからシャークシャーク言ってるだけじゃん……」
なんだと貴様ッ! |
こんなくだらないやり取りを、助けてくれたお礼の生肉を持って港へ向かった昨日の夜からずっと続けている。よくもまぁこんな頻繫に会いに来るもんだ。
ていうか、まさか今朝も陸に上がって宿までモーニングコールに来るとは思わなかった。アレは心臓が飛び跳ねたし、こうして浅瀬まで浮上してきてるのも相まって、このサメと一緒に居ると頭が痛くなってくる。
……それから、このサメこと『シー・ワズ』に対しては、俺は
どうせ他の人間とは意思疎通ができないんだしバレたって問題ないだろう。
そもそも港で再会したときシーさんに『初対面の時と別の喋り方をするな。気持ちわるい』って言われちゃったんだし、もうコレでいい。俺も楽だしな。
そんなわけで、この世界では初めて男の口調のまま接することができる人物……間違えた、サメ物ができたのだった。
「そっちが俺のことを名前で呼ばないんだったら、俺だってアンタのこと種族名で呼んでやるからな。やーいサメさん! シャークシャーク!」
「シャッ!? シャァ……クッ!」
なんだと! 人間風情が海の守護神たる我を種族名で呼称するとは生意気な……! |
図体がデカいわりに案外器の小さいお方だった。底が見えた気がするぜ。
だいたいお前はこんなところで一人で何をしているのだ。仲間は皆ビーチで遊んでいるのだろう。なにゆえあちらに行かない? |
……痛いとこ突いてきやがって生意気な。フカヒレのくせに。
ぶっとばすぞ。 |
「ごめんなさい。……昨日、港でも話したでしょ。俺には特定の人物の心の声を、実体として捉えることができるんだって」
コレは能力というより呪いみたいなモンで、吹き出しへの物理干渉に俺の意志は介在していない。
目に映れば実体化してしまうのだから、あそこまで大量の吹き出しが発生する場所にいたら回避だけで疲れてしまう。
なにより。
「もし俺が触れたソレで誰かが怪我したりとかしたらヤダし。こうして俺が大人しくしてりゃOKなのよ」
「シャーク……」
難儀なものだな。──ところで、そのオーケーとはどういう意味だ。 |
マジで? OKの意味を聞かれたのなんて生まれて初めてだ。
男口調の解放といい、このサメ俺の色んな初めてを持っていきやがる。
「いいよ、とか大丈夫、とか……。あぁ、サメさん風に言うなら了解とか承知したとか、そんな感じかな」
「シャァ……」
ふむふむ、と頷くサメさん。
長いことこの国の海を泳いでたせいなのか、英語はオーケーなんて簡単なものですらサッパリなようだ。
なんだ意外と可愛いところあるじゃない。
──むっ? 誰かがこちらへ来るぞ。 |
サメさんの吹き出しがコツンっと頭に落ちてきた。
内容を確認してから立ち上がって振り返ると、向こうから走ってくる人影が一人。
あれは──弥生くん?
「如月ーっ! 大変だァーッ!」
息を切らして駆けてきた弥生くん。
何事かと思って声を掛けようとした、次の瞬間。
「み、みんながねむ──うっ、ぁ……」
「やっ、弥生くん!?」
俺の目の前に来た彼は、何かを伝える前に突然眠るように気を失ってしまった。なんとか受け止めて支えてあげられたから良かったものの、危うく岩に激突して怪我をしてしまうところだった。
な、なんだ。何が起こってる……?
おい人間、周囲の様子がおかしいぞ。ビーチが『静か過ぎる』 |
……ま、まさかマジで劇場版クラスの敵が襲ってきてる、とか……?
ぁ──砂浜に残したトマルが危ないッ!!
「緊急事態だ! いくぞサメさんッ!!」
「OK!!」
俺は弥生くんを安全な場所に寝かせてからすぐさまサメさんの背中に
待ってろトマル──ッ!!
サメにdrive!