時刻は夕方を過ぎて夜。
俺は着替えとタオルを持って、旅館の廊下を一人で歩いていた。
当然の如く主人公たちは全員宿泊する旅館が一緒だったようで、今は大広間でワチャワチャしている。
彼らが眠っている間俺とサメさんが戦闘をしていた事実を知っているのは、それを見ていたトマルと後から教えた弥生くんと寝子ちゃんだけだ。
誰もかれも眠る前の記憶が曖昧になっているらしく、またこの島でやるべき事もそれぞれ違うため、混乱を避けるべく必要最低限の人にだけ真実を伝えた。
そんなこんなで現在はあのロボットのパイロットから情報を
トマルは寝子ちゃんと水無月先輩にしっかり見てもらっている。俺の我が儘で。
彼女は数時間前に襲われたばかりだ。過保護と言われようとも、常に俺が傍にいるべきだということは重々承知している。
だが、どうしても一人の時間が──頭の中を整理する時間が欲しかった。
あのロボットパイロットから聞かされた真実を頭の中で処理しきれていなくて、正直に言うと精神的に参っていた。
それほどまでに告げられた事の重大さが俺に響いてしまっている。いま自分に起きている状況は、はいそうですかと簡単に受け入れられるものではなかったのだ。
「……誰もいないな」
脱衣所に訪れても人の気配はしない。
それもそうだ。
他のみんなは既に汗を流したあとだし、そもそも俺が訪れたのは普通の女湯のほうではない。
「混浴風呂、つっても案外シケてんだな。誰もいない」
普段ほとんど使われていないらしい混浴風呂。
おまけに男女問わずみんな温泉に入り終わったあとの時間帯となれば、ここはもはや俺だけの空間だ。
大きな風呂でのんびりしながら、頭の中をゆっくり整理することにしよう。
「……んー。いいお湯」
体を洗い終わって岩で作られた湯舟につかると、身体中から悪いモノが抜け出ていくような開放感に浸ることができた。
温泉を一人で独占するってのは気持ちがいい。なんだか王様になった気分だ。
「──うぇっ?」
俺がぐぐーっと腕を伸ばしながらくつろいでいると、背中を預けている岩の向こうから声が聞こえた。
どうやら先客がいたらしい。もしかしたら脱衣所にも着替えが置いてあったのかもしれないが、疲労のせいか全く気がつかなかった。
まぁ大丈夫だろう。混浴風呂専用ってことで、体に巻いたまま湯舟に入ってもいいという専用のタオルも買っておいた。ちょうど桶に入れて持ってきている。
ささっと体に巻いて再びお湯に浸かる。これで向こうの人に俺の体を見せてしまう心配もない。
「ぁ、あの、誰かいるんですか?」
また向こうから聞こえてきた。男の子の──というか、めっちゃ聞き覚えのある声。
弥生くんじゃん。探しても見当たらないと思ったら、こっちの温泉に入ってたのか。
「あー、私。かなめだよ、弥生くん」
「えぇッ!?」
返事を返した瞬間、バシャーンと大きな音が向こうから響いてきた。
もしかしたら転んでしまったのかもしれない。心配なのでそっちへ向かう。タオルも巻いているし問題ないだろう。
「や、弥生くーん? だいじょぶー……?」
「わぁっ! ちょっ、タンマ! まってくれ如月!?」
様子を見ようと向かい側へいくと、焦って腰にタオルを巻いている彼の姿が。
あぁ……すまん、少年。配慮が欠けていたな。許しておくれ。
◆
気を取り直して。
| ──な、何でこんな事に……? |
お互いにタオルを巻いて準備万端ということで、隣に並んでお湯に浸かっている。ちょうどポチャンっと小さな吹き出しが目の前に落ちてきた。
「温泉、気持ちいいね」
「あ、あぁ……うん……」
隣にいる俺から必死に目をそらしながら、うわずった声で応答する弥生くん。年相応の少年って感じでかわいい。
まぁ俺みたいな貧相な体つきでも、流石にタオル一枚のみで体を隠してる女子が隣にいるってなると、年頃の男子は緊張してしまうのかもしれない。
「ごめんね、引き留めちゃって」
「べ、別に。……それより、話って?」
無論、男の子をからかうためだけにこうして隣にいるワケではない。
弥生くんは俺が心を読めることを知っているし、いろんなことを包み隠さず話せる仲だ。
ひとりで脳内を整理しようと考えてはいたけど、彼がいるなら相談しながら話した方が俺も冷静に状況を把握できる気がする。
しかし、これは俺の事情だ。
話を聞かされる弥生くんには申し訳ないとも思っているので、少年へのちょっとしたサービスのつもりで距離を詰めて肩を密着させつつ、俺は話を始めた。
謎のロボットのパイロット。
奴に喋ってもらった情報はいくつもあった。
俺たち人間とは違う別の次元にいる『上位存在』と名乗る生命体の存在、とか。
そんなバカ共が人間たちを拉致して、自分たちの作った別次元の箱庭に閉じ込めて、物語の役割をその人間に与えている、だとか。
ともかく俺たちは上位存在とかいう奴らに弄ばれていたらしい。
劇の中の人形。ゲームの中のキャラクター。
そういった役割を、俺たちの記憶を奪ったうえで植え付け、鑑賞して楽しんでいる。
……突拍子もない、馬鹿げた話だ。
ただまぁ、時間を止める男の子だったり、巨大メカに乗って戦う少女だったりと、この世界では不思議なことが割とありふれていた。
ここが悪趣味な神様モドキたちの作った世界なら……理解できなくはない。
──俺が呑み込めていないのはそこじゃない。
「……ねぇ、弥生くん?」
露天風呂だから夜空がよく見える。
弱々しく光る星を見上げながら、小さく呟いた。
「合体人間だって。わたし」
「……」
彼からの返事はない。湯舟に浸かっているせいか顔は赤いけど、気まずそうに反対側を向いてしまった。
「ちょっと前までは二人の人間だった……って言われても、ピンとこないよね。なんだか頭がこんがらがってきちゃった」
「如月……」
「ゴメンね。これ、ホントにただの愚痴だけど。もう少しだけ付き合って」
弥生くんの優しさにつけ込み、聞きたくもないであろう俺の心情を吐露していく。
彼には悪いけれど、そうでもしないと頭がダメになってしまいそうだったから。
この世界で和風月の名を持つ者は、物語の主人公に設定された人間。
この世界には元々、不可視の壁というものが存在していて、物語同士が深く交わることはなかった。
その壁というモノを破壊してしまった存在というのが
如月■■。
皐月かなめ。
大まかなキャラクター像だけが先に付与されて、肝心の『物語』がまだ設定されていなかった俺。
名も設定も決まっていたが『物語』自体がまだ始まっていなかった皐月。
そんな俺たち二人の『主人公』が
上位存在たちにとって、ソレはあってはいけない事だったらしい。
如月■■と関わったあとで、皐月かなめの物語がスタートした。
如月■■という、大まかな人物像と『男』という設定しか決まっていなかった俺が介入する形で、彼女のストーリーに交わってしまった。
結果、皐月かなめの物語に主人公が多すぎることで、ストーリーは破綻し、世界のシステムをバグらせた。
そして上位存在たちは焦り、修正を試みた。
バグの大本である俺と皐月を一つに融合させ、俺と皐月をなかったことにして、新しい物語を始めようとした。
「……その結果が、これなんだよね」
細く白い自分の両手を見つめる。
これは俺のモノではない。
皐月かなめという少女の手だ。
この
彼女の容姿に、俺の肉体。
ついさっきまで『転生して女の子になった元男』という、上位存在によって作成された新たな設定を信じ込まされていた、如月■■という名もなき男の哀れな末路がこれなのだ。
「……やっぱり信じられないか?」
「ううん、実感がないだけ」
「そうか……」
元は鬼畜凌辱ゲー主人公の弥生くんが、かなりの本気を出してあの男から聞き出したことだ。
怯えたように必死に話していたあの男の様子から察するに、今回告げられた真実はすべて本当のことなのだろう。
上位存在達が修正しようとしてもバグは治らず、システムの一部である本来は不可視のはずの『ふきだし』に干渉できるようになっていた如月かなめ。
それが数多の物語──主人公たちと関わり、バグを加速させ、上位存在どもはこの世界への干渉が難しくなってしまったという。まったくガバガバなシステムだ。上位存在が聞いて呆れる。
「これからも
「……かもな」
「ふふ。人気者だね、私たち」
「……」
茶化しても弥生くんは苦笑いすらせず、顔を逸らしたままだ。痛々しい俺の様子があまりにも目に毒なのかもしれない。なんか面倒くさい拗ね方しててゴメンね……。
あの謎のロボットも、搭乗していたパイロットも、上位存在が俺たちを修正しようとして送ってきた刺客だ。
俺たちが引き起こしているバグはもはや手動で直すしか手段がないらしく、このリゾート地のようにこうして俺たちを一ヵ所に集めて、一気にまとめて修正しようと企んでいたらしい。
だが、その計画には穴があった。
まず主人公たちを停止させる為の特殊な睡眠ガスは、トマルには効果がなかった。
外界から連れて来られて主人公の役割を与えられた人間ではなく、トマルはこの世界の住人だからだ。
同じ理由で効き目がない卯月先輩のハーレムや睦月くんのヒロインたちは、うまいこと誘導して別の場所に向かわせていたらしいけど、何があっても保護者たる寝子ちゃんや弥生くんの傍を離れないトマルはビーチに残り続けた。
そしてロボットが現れてからトマルが咄嗟に弥生くんを助けて俺のもとへ寄越してくれたおかげで、今回俺たちは奴らを退けるばかりか、拘束して情報を聞き出すことができたのだ。トマルはめちゃくちゃえらい。
あとバグの大本である俺には、特殊な催眠ガスといったシステム干渉が通用しないらしい。近くにいる存在もその影響を受けるため、サメさんも無事だったようだ。
とりあえず俺の傍にいれば上位存在のメタ攻撃には対抗できることが分かった。
「……はぁ」
だからといって、奴らに勝ってなんとかこの世界から早く脱出しよう──とはなれなかった。
頭の中を変に弄り回されて、仲が良かった(らしい)女の子の身体にされて、オマケにそれらに関する記憶は真実を聞いた今でも全く思い出せないときた。
なんというか……こう、多少はイライラしてしまってもしょうがないと思う。
むしろ植え付けられた前世の記憶の方がしっくりきている現状が、何とも言えない歯痒さを抱かせる。
まだ上位存在の手のひらで転がされているような……うぅ、せっかく温泉入ってんのに気が滅入ってきた。
風呂出たらうまいもん食ってトマルを抱き枕にしながら寝よう。そうしよう。
「そろそろ出よっか。なんか愚痴ばっかりでゴメンね」
「い、いや、別にいい。気にしないでくれ」
「そういうわけにもいかないよ! ……あ、そうだ。お風呂あがったら飲みもの奢らせて? ほんのお詫びってことで──」
「きっ、如月ッ!!」
突然、弥生くんが大声を挙げた。
驚いて肩をビクつかせると、彼は顔を真っ赤にしながら、か細い声で語り掛けてきた。
「ぁの……オレはこのままもう少し入ってるから、先に上がってくれ……っ」
「え? で、でも、顔真っ赤だよ? のぼせちゃったのなら弥生くんこそ先に上がらないと」
本当に大丈夫だろうか。見るからに耳まで真っ赤の限界状態だ。とてもこのまま湯舟で寛いでいていいような人間の顔色じゃない。
これは肩を貸した方がいいだろう。というか脱衣所のベンチにでも寝かせて、少し涼ませてあげないと危ないくらいだ。
「ほらっ、弥生くんちゃんと捕まって」
「ゃ、やめぇっ」
「よいっ、しょ……」
彼の腕を俺の肩に回し、多少重いながらも頑張って持ち上げた。
よし、これで──
「……ぅ、ううぅ……っ」
| ──終わった。見られた。 |
「ぁ……あら?」
無理やり立ち上がらせた弥生くん。
腰のタオルはしっかり巻いてある──けど。
あの、えっと。
……ごめんなさい。
| よりにもよって如月に見られた終わった人生終了はずかしい無理しにたい死ぬゥ── |
「わ、わァーっ! おちっ、おちついて弥生くん! ゴメン近すぎたよね弥生くんは悪くないよ! 私の配慮が足りなかった! ホント謝るから息止めてお湯の中に潜らないでぇ!」
どうやらこのちんまい身体でも興奮できるらしい男の子な弥生くんを必死に宥めつつ、俺はなんとか彼を冷静にさせようと温泉から引きずり出すのに奔走するのだった。