主人公が多すぎる   作:バリ茶

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真実を問う。というお話



お目覚めのビンタ

 深夜。みんなが寝静まった頃。

 

 予め買っておいた生肉のパックを片手に、俺は海岸まで来ていた。眠れないと言って引っ付いてきたトマルと一緒に。

 腕のサメ型のブレスレットを押すと、数分ほど経ってから水面が大きく揺れた。

 そこから大きな音を出して出現したのは、戦いで負った傷がほとんど回復しているサメさんの姿だった。

 

「サメさん」

「シャーク」

 

 声を掛けると、ノソノソと当然のように上陸して目の前までやってきた。彼へのお礼で生肉を持ってきたことは既に把握済みらしい。

 サメさんが怖いのかトマルは俺の後ろに隠れたものの、彼女の頭を撫でて大丈夫だと言い聞かせつつ、俺も座って生肉をパックから取り出した。

 

 ここに来たのはサメさんにお礼の生肉を渡すため──だけではない。

 先刻あの男から聞いた話を彼にも相談するためだ。

 

「はい、お肉」

「シャッック」

 

 俺が口の中に入れた肉をモグモグと咀嚼しながら、サメさんは小さく吹き出しを出し始めた。

 

 

……ブレスレットを通じてある程度の話は聞いていた。それの事だろう。

 

 

 話が早くて助かる。トマルを膝のうえに乗せつつ、周囲に人がいないことを確認してから話し始めた。

 

「あのさ……正直な話、サメさんはどう思ってる? 俺が合体人間だってこと……」

 

むっ? 我が予想していた質問とは違うが……まぁ、答えよう。

 

 聞こえるのは波のさざめきと、彼から発生する小さな吹き出しが砂浜に落ちる音だけだ。

 まるで石板のような持ちやすい形と文字が見やすい大きさで出てくる吹き出しを拾い上げ、目を通す。

 

お前の……君の出生などについては興味などない。我が信頼してシャークブレスを預けたのは、君に主人公だなんだといった大層な肩書きがあるからではなく、海上で我を助け共に戦ってくれた君の勇気に対しての敬意だ。

 

 ……まさか、興味ないなんてバッサリ切り捨てられるとは思わなかった。人とサメの違いってやつなのだろうか。

 まあ俺の勇気とやらを讃えてくれているのは嬉しい。

 サメさんが損得勘定を抜きにして接してくれているという事は、流石の俺でも分かっているつもりだ。

 

「ありがとう」

 

 感謝の言葉にサメさんは頷きで答える。

 他にも何か感謝の言葉を伝えたかったのだが、困った事に何も思いつかず黙ってしまった。

 

感謝は頻繁に受け取るものではない、それ以上はいらん。それよりも、我は君に言っておきたいことがある。

 

「え?」

 

 何だろうか。改まって。

 

 

君は自分を合体人間だと言っているが……本当に、信じているのか?

 

 

 それは。だって。

 

「俺たちと戦ったあの男が言ってたんだ。それに……受け止めづらいことは事実だけど、辻褄は合うっていうかさ」

 

 弥生くんが尋問して聞き出したことだ。パイロットの男も苦しそうに答えていたし、楽になりたくて真実を話したように見えた。

 それじゃあやっぱり事実だろう。信じるのが当たり前だ。

 嘘を言ったり黙り込んだりしたら痛い目に遭うと分かっているのだから、普通の人間は身の安全を守るために真実を告げるはずだろう。

 

だが、納得していないという顔だぞ。あの男が言っていた過去の自分の事を、君は思い出したのか?

 

「い、いや、思い出してはいないけど……」

 

 弥生くんと温泉に入っていた時にも思ったことだが、真実を聞かされた今でも()()やこの世界で生きてきた過去十六年間の記憶がしっくりくる。

 頭の中でソレを覚えているというよりも、()()()()()()()という実感を体が覚えている。

 

 だからこそ、混乱したのだ。これが嘘の記憶だと言われた時、自分の何もかもが否定されたような気がして。

 

そういったことはまず疑ってかかるべきではないのか? 敵の男から言われたことを鵜呑みにするなんて、些か純粋が過ぎるぞ。

 

「はっ?」

 

 いやでも……えぇ? 

 自分が追い詰められてる時に、そんな突拍子もない嘘つくか普通?

 現に最初はふざけてると思われて電気を流された後も、あの男は半泣きになりながら本当だと叫んでいた。疑う余地なんてないでしょ。

 

 だいたい、この世界でのおかしな現象や吹き出しについても、それで説明がつく。

 ここは上位存在の作った箱庭で、そのシステムがバグった結果がこの吹き出しなんだ。

 

待て。少しは冷静になるんだ。

 

「冷静だよ。何言ってんの?」

 

いいや、よく考えてもみろ。その男の言葉が真実だという確証がどこにある。

 

 そっちこそよく考えろよ。俺の吹き出しのことはもう知ってるじゃないか。

 

「この俺が持ってる吹き出しが。……そっちからすりゃあ見えないだろうけど、アンタの意志を読み取れるコレこそが何よりの証拠だろ。この世界が作り物だって言われなきゃ説明がつかねぇよ」

 

ならば我のことはどう説明する? なぜサメである我が上位存在とやらのゲームに参加している? 人間ではないのだぞ?

 

「それはっ……ほら、元々は人間で、サメの姿に変えただけだよ。俺と皐月かなめって子を融合させたんだし、それくらいできるだろ」

 

まず君が皐月かなめという少女と合体した人間だという確証がそもそもない。

 

 

 

 何だよ。

 なんなんだよ。どうしてそんな突っかかってくるんだ。

 弥生くんにも相談して、頭ん中でも必死に考えてちゃんと飲み込もうとしてるんだ。邪魔すんな。

 

 

 

「んだよ……」

 

お、おい、人間……?

 

「どうして信じないんだ……本当の事なのに!」

 

 激昂し、立ち上がる。

 そうして気がついたことは、いつの間にかトマルがサメさんの後ろに隠れていた、ということだった。 

 

「おい、何してんだトマル。こっちに来なさい」

「っ……」

 

『No』『No』『No』

 

 何故かトマルに拒否されてしまう。首を横に振ってNoボタンを押しまくっている。

 どうして? トマルの保護者は俺だ。なんでサメさんの方に隠れているんだ。

 

落ち着くんだ人間。いや、かなめ……この少女を怖がらせてどうする?

 

 話をこじらせているのはアンタの方だ。

 俺は事実だけを言っている。

 あの男に言われたこの世界の真実を話してるだけだ!

 

「どうして分かってくれないんだ! あぁ!?」

 

 

 

こ、これは……。

 

 

 頭の中が熱暴走したかのようだ。

 俺の言っている言葉を、疑いようのない真実を否定されると無性に腹が立つ。正しいことを言っているだけなのにどうして否定されなきゃいけないんだ。

 

 俺は、おれは──

 

 

「俺はまちがってないっ!!」

 

 

 そう叫んだ瞬間──サメさんが俺に飛びかかってきた。

 砂浜に仰向けの態勢で押し倒され、彼の巨体でそのまま押さえつけられる。

 

 いきなり何すんだ!?

 

「シャーク! シャッシャ!」

 

 

                 

 

 ダメだ、吹き出しが俺の足の方に落っこちてきてて、サメさんの意志が読み取れない。

 

「っ……!」

 

 力づくで拘束してくるサメさんに抵抗していると、なぜかトマルが俺の顔の方に寄ってきて、座った。

 

「トマル! サメさんを退かしてくれ!」

『No』

「何でだよ!?」

 

 意味が解らない。反抗期か? トマルは俺に愛想を尽かして、サメさんの方を選んでしまったのか?

 訳も分からず狼狽したまま何もできずにいると、トマルが右腕を大きく振り上げた。

 

「と、トマル?」

 

 そして、そのまま開いた手のひらを俺の顔に──

 

 

 

「ちょっ、ちょっとま──ヘブっ!!?」

 

 

 

 初めて、妹のようにかわいがっていた存在から、全身全霊のビンタを喰らったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから五分。

 その間ずっとトマルに無言でビンタされ続けた俺は現在、頬を赤く腫らしつつもトマルを抱きしめていた。

 プルプルと震えながら泣いているトマルの様子をみるに、どうやら本当に俺は彼女を怖がらせてしまっていたらしい。

 

 

 そして。

 

どうだかなめ。気分のほどは。

 

 コツンっと頭にぶつかって落ちた吹き出しを拾い上げ、俺は苦笑いをしながらサメさんの──シーさんの方を向いた。

 

「あぁ……まぁ、うん。さすがに()()()()()()よ。自分でもわかる」

 

 力づくで俺を目覚めさせてくれたシーさんとトマルに申し訳なさを感じながら、ため息を吐きながらもう一度砂浜に座った。

 

 

 さっきまでの俺のおかしいところ。

 それはロボットパイロットの男から聞いたあの話を、いつの間にか完全に()()()()()()()()()()()ことだ。

 そしてその真実(ことば)を否定されると、狂ったように感情が爆発して怒りに支配される状態に陥っていた。

 

 

まさか洗脳や精神干渉ができる類の敵が現れるとはな。

 

「うぅ……思い返してみても、本当にビビるよ」

 

 トマルをより深くぎゅうーっとしながら項垂れる。まんまと術中に嵌っていた自分が情けない。

 

 

 確かに、俺はあの男の話を信じようとはしていた。

 ソレを信じれば、いくつもの事情に説明がつくから。なによりあの男の喋っている様子から、嘘をついているとは考えなかったから。

 

 しかし、俺の認識はいつの間にか彼の言葉を『信じたい』から『信じている』にすげ替えられていた。

 それを否定されたら、たとえ信頼している相棒が相手であっても激昂してしまうほどに『盲信』していたのだ。

 

「考えてもみれば、おかしな話だよ。トマルを追いかけ回すようなクソ野郎の言葉を鵜呑みにして、味方であるシーさんの説得にあそこまで反目するなんて」

 

 無論男の言葉に信憑性があればその限りではない。

 一応、状況だけ考えればロボットが襲ってきて、主人公専用の催眠ガスでトマルが眠らなかったのは事実──

 

 

 ……なんだ、主人公専用の催眠ガスって?

 

 

「普通の人間には効かない催眠ガスなんて使うか……? ていうか、ビーチにいた連中を襲うなら、トマルのことだって確実に見えてたはずだ。寝子ちゃんや弥生くんのそばにいたんだから」

 

ふむ……この地に訪れた男の取り巻きの女たちを別の場所へ誘導するくらい慎重なやつだ。たかだか少女一人とはいえ、リスクを冒してまで作戦をゴリ押しするとは考えにくい。

 

「うん。それに……」

 

 大切な事をひとつ忘れていた。

 トマルは『改造人間』だ。主人公と呼ばれていた和風月名を苗字に持つ彼ら彼女は、特別な力や血筋を引いてはいるがあくまでも純粋な生命体。

 あの催眠ガスが普通の人間を眠らせるものだと仮定すると、肉体を改造されているトマルはその効果範囲外だ。

 

 この島に訪れた『学園の人間』たちの情報を事前に調べていなければこんな作戦は決行しない。

 逆に言えば情報を調べ上げているはずなのだから、俺や寝子と関わりが深いトマルのことを知らない筈がないのだ。

 

 だったらトマルが普通の人間じゃないことだって知ってるはず。

 知っているなら主人公たちから離す算段も考えていなきゃおかしいだろう。

 なのに実際引き離したのは主人公たちのヒロインだけで、肝心のトマルは放置。

 しかも戦闘能力が皆無なはずのトマルには傷一つ付けられず、簡単に捕まえられるはずなのに俺とシーさんが助けに来るまで悠長に鬼ごっこをしてやがった。

 

 仕留めることができたはずだ。贔屓目に見ても、能力者以外の相手に対してトマルはめちゃくちゃ弱い。

 そんな彼女を瞬く間に殺せるほどの戦闘能力をあのロボットが持っていることなど、直接戦った俺たちが何より理解しているのだ。

 ()()()()()()()()。なのに──

 

 

 ……わからない。

 敵は何が目的なんだ? 本当に上位存在という連中の刺客なのか?

 

 

……もし、敵の狙いがキミに上位存在云々……なにより『皐月かなめとの合体人間』だという設定を、認識させる事だとすれば? そういった能力があるのならば可能だ。

 

 なんだそりゃ……まるで意味が分からん。

 んな回りくどいことをして、俺にそれを認識させることに何の意味があるってんだ。

 

だが、事実キミは認識()()()()()。我とトマルが何もしていなければ、あの男の言葉を信じ込んでしまうほどに。

 

「うっ……悪かったって」

『No』

 

 ごめんってトマル。許して……。

 

 

「……でも、やるべきことはハッキリした。拘束してるあの男にもう一度接触するんだ」

 

 

 懊悩している暇はない。

 俺が曲解した事実を認識させられていたという事は、同じようにその場にいた弥生くんと寝子ちゃんも同じ症状に陥っている可能性がある。だとしたらトマルのお目覚め往復ビンタで目覚めさせなければ。

 

 ……なにより、合体人間やら上位存在やらの話が、本当なのか嘘なのか。

 それをハッキリさせるためにも、あの男との再接触は必須だ。今度は人間じゃないシーさんも付いてきてくれてるし、また同じ術中に嵌ることは無いはず。

 

「事態は一刻を争う。とにかく行こう、二人とも」

「OK」

『YES』

 

 目的を定めた瞬間、二人と一匹で旅館の方へと駆け出して行った。急がねばならない。

 

 

 




かなめ:走る
トマル:走る
 シー:跳ねる

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