主人公が多すぎる   作:バリ茶

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締めの回です


虚言癖クレイジーサイコレズ主人公ちゃん

 

 

 海岸から移動して数分。俺たちは旅館の建物内には入らず、その裏手に回った。

 

 リゾート旅館の裏手にある物置小屋──そこに男を拘束している。

 弥生くんも寝子ちゃんも呼ぶ暇はないため、俺たちだけでそこへ向かった。

 

 あの男がいるはずだったのだ。厳重な拘束もしていたし、小屋にもしっかり鍵もかけておいた。逃げ出せるはずがない。

 

 

 なのに──何故か肝心の物置小屋には()()がいた。

 

 

「ふひっ。ウヒヒ……っ」

 

 

 手首、足首、胴体や膝をロープで縛られた状態。

 あの男にしていた拘束と全く同じ状態で、少女は興奮したように頬を上気させながら、床を這いつくばっている。

 

 その少女の容姿は……なんというか、俺にそっくりだった。

 

「……お前、だれだ?」

 

 威圧する意味も含めて、あえて男の口調で問いかける。

 すると俺に瓜二つなその少女は、まるでイモムシの如く地面を這いながら、物置小屋の外にいる俺たちの足元までやってきた。

 

「かなめっ! ひひっ、私よかなめ! 覚えてないの!? ぐひっ」

 

 ぜんっぜん覚えてねぇわ。少なくともこんな挙動不審で、常に変な笑い方をする、俺と容姿がそっくりな少女の存在なんて知り合いにはいない。

 

「忘れてしまったの!? 私はあなたの唯一の味方だった皐月よ! 知っている筈でしょ思い出してッ!!」

「そんなこと言われてもな……」

 

 困惑だけが先に来る。相手の態度が迫真すぎてちょっと引いてる。

 あの男から聞いていた話を鵜呑みにするならば、いま目の前にいるこの少女は、俺と親しい関係にあったはずの少女『皐月かなめ』その人だ。

 彼女の口からもその話が出てきている。

 

 まさか、あの話は本当に──

 

 

かなめ、しっかりしろ。

 

 

「っ!」

 

 そうだ、今の俺にはシーさんがいる。ていうかついさっき正気に戻らされたばかりだ。この女の言葉を真に受けちゃいけない。

 

今の数秒のやり取りだけでも、能力の効果があった可能性がある。常に疑ってかかるんだ。

 

「……うん、わかった。トマル、おいで」

『YES』

 

 一応シーさんの後ろに避難させておいたトマルを呼び、俺に似た少女の前に立たせた。

 

「コイツが能力者ならトマルの力で、体の自由を能力ごと『停止』させることができるはず……トマル」

「っ……!」

 

 こくりと頷いたトマルが、改めて目を見開き鋭い眼光で少女を睨みつけた。

 すると──

 

「うぐぎぃっ!? おっぉ♥ う、動けないっ! なにこれ!? フヒッ」

 

 口以外の全ての箇所が、まるで電気を流されているかのように痙攣し、彼女の肉体の自由を奪った。

 トマルの力で四肢を動かせなくなったということは、コイツは能力者。

 そして今は能力を封じられた一般人だ。話を聞き出すなら今しかない。

 

 

 よし、順序だてて聞いていこう。

 

 

「聞きたいことがある。話してもらうぞ」

「らっ、乱暴しないでぇっ♥ かなめ! いや如月くん! 私たちあんなに仲良しだったじゃない! んひっ」

 

 真に受けないことが大切だ。そして何より質問しているのはこっち。

 俺に弥生くんのような拷問一歩手前の尋問はできないけど、やりようはある。

 シーさんの電気だと電圧が高すぎて死にかねないから、とりあえずほっぺを引っ張ることにしよう。

 

「ぐいー」

「ひははっ!? ひゃひっ! やめへぇっ! ひは(いた)いぃぃ」

「いいか、お前の能力はトマルによって封じられてる。俺を騙そうったってそうはいかないからな」

 

 念押ししつつ何回かグイグイと頬を揉みくちゃにしてから手を離し、改めて尋問を開始する。

 

「一個目の質問だぞ。ここにいた男は何処に行った?」

「ぉオ思い出して如月くん! こっここ、ここは上位存在の作った世界っ! 私たちそいつらに踊らされてるのよ!」

「わかったわかった。仮にそうだとして、今は関係ないだろ? 俺が聞いてるのはあの男の行方についてだって」

 

 あの男が居なくて、この女がいた理由。

 それを聞いているのだが、コイツは話をはぐらかすばかりだ。

 こまったな。どうすりゃ口を割るんだろうか。

 

 

「……ん?」

 

 

 少女はいまうつ伏せの体勢で目の前にいるのだが、お腹の下にチラリと何かが見えた。

 もし武器か何かを隠し持っていたらマズい。

 俺は即座に少女の身体を転がして、お腹の下に隠し持っていたであろう『何か』を確認した。

 

 そこには──

 

 

 

 

やっばい誤算だった、まさかここまで強くロープで縛られるとは思ってなかったから縄抜けがうまくいかなくて逃げ出せないなんて大失敗だ。

 

 

うわっ本物の如月かなめだやっぱり私に似てかわいい。まぁ私が可愛いんだからそれにそっくりな如月くんだってかわいくない理由がないよな。

 

えっ、あれ、なんで洗脳解けてんの。ちゃんと能力で精神干渉したはず……ていうか後ろにいるサメ誰?

 

あ゛っ!? 身体が動かない!? 改造人間の停止能力ってこんな強力だったの!?

パイロットの男って……私が変装してたんだから他の場所にいるワケないでしょうが……。

きゃー!! 如月くんにほっぺ触ってもらっちゃった~~!!!

 

 

 

 

 ……大量の吹き出しが隠されていた。

 

 

 

 

 

 

 簡単に説明すると、俺たちが捕まえた少女──皐月かなめは『主人公』だった。

 

 

 何だろう。なんというか、頭のネジがぶっ飛んでるタイプの主人公だ。

 ヒトを簡単に殺めることの出来る力を手に入れたら、犯罪者を皆殺しにして新世界を創るとか言い出しそうなタイプのやつ。

 

 皐月の場合は執着の対象が俺……というよりは、()()()()()()()()()なんだろうってことが、話してて段々と浮き彫りになってきた。

 

 

「思い出して如月くん! 夢を見たでしょう!? あの私とあなたが放課後に和風月名の勉強をする夢っ! アレは本当にあった事実なの! 上位存在にリセットされる前の……私とあなたが最後に触れあった時間がアレなのよ! 私たちが友達だった何よりの証ッ!!」

「ごめん、覚えてないわ」

 

なんで覚えてねぇのよ!? せっかく後で思い出してわたし(ヒロイン)との絆を感じられるような記憶を捏造して脳に受信させたのにっ!?

 

 

 あとコイツめちゃくちゃ嘘つきだ。

 

 

「うん……なるほどな。大体わかった」

「シャーク……」

『YES』

 

 俺もシーさんもトマルも呆れたように肩をすくめ、小さく嘆息を吐いた。

 

 まず、この皐月かなめという少女には、相手に自分の言った言葉を真実だと認識させる能力がある。

 しかしそれは何でも信じ込ませることができるというわけではなく、能力を受けた本人が彼女の嘘を『そうかもしれない』と僅かにでも信じなければ発動しないタイプの能力のようだ。

 

 そして吹き出しを通して彼女の嘘を暴けるようになった今、皐月かなめの能力は俺に対して完全に効力を失った。

 

 ただ厄介なことに、もしこの能力の効果を受けた状態になると、皐月の吹き出しが認識できなくなってしまうらしい。

 皐月が男に変装しているときに弥生くんと尋問していたあの時がいい例だ。

 なぜそうなるのかは分からないが、とにかくそうなってしまうのでコイツと関わる際はトマルの存在が必須になる。

 

 

「なぁ、皐月……ちゃん? もう君の嘘は見抜けるようになったし、そろそろ正直に話してくれない?」

「うひゅっ! ぅ、嘘なんて言ってないし……! 全部ホントのことだし……っ!」

 

バレてるゥ! もしかして私の吹き出し、認識されちゃってんの……!?

 

 驚くことにこの少女、俺が『吹き出し』というこの世界に存在する謎の法則に干渉できるという事実を知っている。

 

「何で吹き出しのこと知ってんの? ていうか君も見えるの?」

「見える!! 見えるよっ! 他の奴らと違って私は吹き出しが見えるの! 如月くんの唯一の理解者だからねっ! それくらい当たり前だよ!」

 

本当は見えないけど。

 

「見えねえんじゃねぇか」

「みっ、見えるし!?」

「だから心が読めるんだって。もう嘘つかなくていいから……」

「違うの! これは上位存在の罠よォ!」

 

吹き出しについては、家に仕掛けた盗聴器で聞いた独り言から知りえたのだ。

 

 めっちゃ的確に心の声漏らすじゃん。わざとかお前。

 

 

 ……にしても、面倒くさいな。虚言にまみれた相手と接するのがこんなに難しい事だったなんて知らんかった。

 心が読めるって言ってんのに嘘ばっかりで無意味な押し問答だ。

 直接喋ってもらわないと聞き出せないことだってあるし、そろそろ観念してほしい。

 

「シャーク」

「ん、シーさん?」

 

 ぽんぽん、と肩を叩いてくるシーさん。 

 何かいい考えがあるのだろうか。

 

交換条件とか提示すれば従うのではないか? 少なくともこの人間がかなめに執着しているのは事実。彼女にとって都合のいいように君がふるまえば、相手も油断して口を滑らせるだろう。

 

 おぉ、なるほど。

 理由は分かんないけど、確かに皐月はなんとか俺に取り入ろうと企んでいるし、俺がデレたら嘘つきな態度も軟化するかもしれないな。さすがシーさん。

 

 

「皐月ちゃん……正直に話してくれたら、君の命令をなんでも一つだけ聞いてあげようと思うんだけど、どうかな?」

 

 

えっ。マジ?

 

「何でも聞いて! 全部答えるよっ!」

 

 こんなことある? 少しチョロすぎんかキミ。

 ……まぁいいや。ともかくこれでまともな質疑応答が可能になった。

 モヤモヤしてた部分を洗いざらい話してもらおう。

 

「今回は何が目的だった?」

「私の考えた世界観と設定を如月くんに植え付けたかった」

 

 こわ……。

 

「トマルを殺さなかったのは何故?」

「その子殺しちゃったら、如月くんの精神がぶっ壊れて廃人になっちゃうと思ったから。追いかけっこしてたのは、如月くんに戦う意思を持ってもらうため」

 

 解せないな。

 まず俺に設定を植え付けることに何の意味がある?

 

「だって、そうすれば如月くんは主人公になれるでしょ。そんでもって私があなたのヒロインになれる。フヒッ」

「なんで俺のヒロインに? ていうかどうして俺の中身の性別知ってるんだ」

「それは……」

 

ストーキングしてたので。家でもちょくちょく男口調で話してたから。まぁ半信半疑ではあったけど。外れてたらまた別の設定を考えるつもりだった。

 

 マジでストーカーだったのか。つか家にまで盗聴器とか仕掛けてるらしいし、この女本当にクレイジーだ。あとで盗聴器云々も探し出しておかなきゃ。

 

 

「で、ヒロインになりたい理由は?」

「一目惚れ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 迫真。

 

「学園で見かけた時からずっと気になってたの! 容姿は私とそっくりでめちゃくちゃ可愛いし、下の名前も同じかなめだし、これはもう運命だってッ! 世界に三人はいるそっくりさん説とか、そういうレベルじゃなく最早あなたはもう一人の私っ! すごい! しかも中身は男の子とかこれは完全に私との恋物語をしろっていう神様からのお告げよ!!」

 

 めちゃくちゃ早口捲し立ててる。興奮した様子で目がなんかヤバイことにもなってて怖い。

 コイツこんなこと思いながら俺たちのこと襲ってたのかぁ……。

 

「……和風月名の苗字を持つ人間が主人公ってやつは?」

「あー、なんか強そうな人たちとか、女の子にモテてる子がそんな感じだったから、そういうことにしといたら丁度いいかなって。もしかしたら本当に主人公かもしれないし」

 

 最後の部分に関しては俺も同じことを考えている。

 ていうかあいつら完全に主人公だろう。

 このワケわからんサイコ女以外はしっかりとした主役だ。

 

 

 ……いや、でも考えてもみれば一概に主役とは言っても、ヒーロータイプの人間ばかりではないのかもしれない。

 俺は知らないけれど、こういった頭のネジが外れたような女の子が活躍するような物語も、どこかに存在している可能性はある。

 

 

 

 それにしたって、だ。

 

 

「どうして合体人間だなんて回りくどいことを? ヒロインになりたいんだったら、わざと人質になるとか、いろいろあったでしょ」

「えっ。だって肉体が融合して一つになっちゃうのセックスよりえっちじゃない?」

 

 おまえは何を言っているんだ……。

 

 

 




チャプター2は次回で終わりです~

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