なんやかんやあった南の島での出来事から、はや一週間が経過した。
あの皐月という少女をとっ捕まえてからは何事もなく過ごすことができ、南国でのバカンスは大いに楽しめたと思う。トマルもアホ毛をピコピコ動かして楽しんでいた。
まぁ弥生くんや寝子ちゃんといった俺の身内以外の人たちには、何かしらイベントが起きていたようだけど。
詳しくは知らないが、みんなそれぞれの物語を頑張っていたらしい。
特に
睦月くんのラブコメも中盤で盛り上がってきたところだが、あいにく彼のヒロインではない俺にはあんまり関係ないので、こっちへの影響はほとんどなかったけども。
それはさておき、いつもの学園都市に戻ってきてからは、周囲の環境に少しだけ変化が訪れた。
同じコンビニで働いているバイト仲間の
彼の取り巻きであるヒロインたちも学園内では見当たらないことから察するに、空斗先輩の物語もどうやら佳境に差し掛かっているようだ。きっと学園外のどこかで壮絶な戦いを繰り広げていることだろう。
それでちょっと困ったのが、バイトで空斗先輩がいない分を俺が補わなければならなくなっている、というとこだ。
魔法少女の水無月ユリ先輩も、続編の第二部やら劇場版やらが始まったのかは知らないが、最近見たことない女の子を連れ回していろいろ頑張っているようで、バイト先に費やす時間がほとんどないらしい。
なのでそんな二人の空いた分を、俺と最近入った新人の女の子の二人で補っている、というのが現状なのだ。
端的に言って大変です。
「……ふぅ、ようやく休める」
今日も今日とてバイト。ついさっき休憩時間になったので、今はバックヤードの休憩室でジュースを飲みながら一息ついているところ。
新人の子は中々見込みがある。バイト入りたての頃の俺と比べても、かなり要領が良くて正直めちゃくちゃ助かってる。
「ずいぶんお金も溜まってきたし、なんか新しいゲームでも買おうかなぁ……」
パイプ椅子に座ってポケーっと時計を眺めながら独りごちる。
トマルがウチに来てからは彼女とよくゲームをしているのだが、元々持っていたゲーム類はそろそろトマルが飽きてしまう恐れがあるため、なにかしら新たな娯楽を欲していたところだった。
元はといえば人の少ない土地でひっそりのんびり暮らすために、なによりなるべく目立たないように生きていこうと考えていた俺だ。自然と遊ぶゲームも一人プレイ用のものばかりになってしまって、トマルとの協力プレイなどはあまりできてない。
最近は寝子ちゃんもよく家に来るし、皆で遊べるマルチプレイ用の何かでも買おうか──
「せ、せっ、せんぱーいっ!!」
スマホで最近のゲームを調べようとした瞬間、休憩室のドアが開かれると共に女の子の声が響いた。
勢いよく部屋に入ってきたのは、最近入ってきたバイトの新人の少女こと小春ちゃんだった。
一体どうしたのだろうか。
「休憩中すいませんっ!」
「だ、大丈夫だよ。それより……どうかしたの?」
「あのっ、えと、なんか『如月くんを出しなさい。ここにいるんでしょ』ってレジで喚いてる女の人がいて……ど、どうしましょう!?」
あっ(察し)
「……うん。わかった。私が対応するから、小春ちゃんはレジに戻っててくれる?」
「は、はいっ!」
ワタワタと慌てふためいている小春ちゃんの言葉から察するに……十中八九
まさかバイト先まで追ってくるとは。
休憩室を出て店内に戻ると、そこには予想通りの──端的に言って苦手な人物が立っていた。
「あっ! 如月くん! やっぱりここにいたのねっ!!」
「……皐月。なんでここにいんの」
あの南の島で出会ったクレイジーでサイコパスな少女こと、皐月かなめ。
マジの危険人物ゆえに南の島に置いていったはずなのだが……どうしてかここに現れてしまった。
なんだか服装はボロボロで薄汚く、目の下にもずいぶんとクマがあって、外見そっくりなはずの俺とは似ても似つかない風貌に様変わりしている。
「愛に不可能はないわ! 貴方に会うためなら、あの程度の海を泳いで渡るなんて造作もないんだからっ!」
目がキラキラしてる。こわい。
「何しにきた?」
「
「さいですか」
頭が痛くなってきた。まともに相手をするだけ無駄なのかもしれない。
南の島でのコイツからの『お願い』を聞いて、頬にとはいえキスをしたのはマズかったか。皐月からの一方的な愛の思い込みがより重くなっている。
とりあえず魔王候補と戦うファンタジー系の主人公こと文月浩太くんに連絡をして、こいつを連れていってもらおう。
「もしもし浩太くん? うん、そう。あの前に話した皐月って子が来たの」
「あれっ? 誰に電話してるのかしら?」
「そうなんだよ。また魔王候補と協力してるかもしれないから、浩太くんに任せていいかな? ……うん、ありがとう。場所は商店街の前にあるコンビニね」
「もしもーし? 如月くーん? 一週間ぶりの再会なんだから、もうちょっとお話しても──ギャぁッ!? なっ何よアンタ!? 私と如月くんの仲を裂こうたってそうはいかなっアアアァァ゛ァ゛ッ!!」
電話で連絡してからすぐさま到着した浩太くんの手によって皐月は連行されていき、騒がしかったコンビニには平和が訪れたのであった。
◆
夕方頃。バイトが終わって帰路につく中、俺は最近の出来事を頭の中で反芻していた。
皐月かなめがロボットや催眠ガスを手に入れたルートの大本である(らしい)魔王候補のことや、最近少し物騒になりつつあるこの街でどう安全に過ごすか、なんてことを考えつつ缶ジュースを開ける。
「ゴクゴク……んっ、ぷは」
クソ暑い夏だと冷えたジュースが随分と美味い。後ろから差すオレンジ色の夕陽はいやに鬱陶しくて、クーラーが効いているであろう自宅へ帰る足が自然と早まった。
「……最近はいろいろあったなぁ」
額の汗を拭いながら小さく呟く。本当に最近は無駄に濃い日々を過ごしていた。学園に入学する前の『平々凡々にやっていこう』なんて考えていた頃が懐かしい。
いつの間にやら俺の周りには、改造人間のロリっ娘やら時間を止められる男の子やら、中々に個性あふれる濃いメンツが集まっている。予想していた高校生活とは大違いだ。
……ただ、まぁ。
「うん……楽しいかな、最近は」
そんな呟きが漏れる程度には、彼らに心を許している自分がいる。一人で細々と過ごしていたこの世界での幼少期とは大違いだ。
前世は大人になるまえに死んじゃったけど……こうして彼らに出会えたのなら、体が女になったとはいえ、転生できてよかったと思える。
誰だか知らないが、こうしてこの世界に転生させてくれた神様には、一言お礼を言いたい気分だ。
おーい、かなめー。 |
「んっ?」
足元に小さな箱みたいなものが落ちてきた。
拾い上げると、それが『吹き出し』であること理解する。
ふと上を見上げてみると──
「あぁ、シーさん。久しぶり」
大きなサメが体の半分を水に浸した状態で浮いていた。
どうやら海水を纏ってここまで飛んできたらしい。異様な光景だ。
元気そうで何よりだ、かなめ。 |
「シーさんこそ。空を飛べるなんて調子いいじゃんか」
すっかり砕けた男口調で話せるようになった、この世界では数少ない
軽く挨拶をするとシーさんは浮遊用の海水を蒸発させ、ドスンっと床に着地した。
そのまま跳ねて俺の隣を陣取るシーさん。海の守護神とはいえここまで陸で行動できると、このサメが本当に海洋生物なのか時たま疑わしく感じてしまう。
「海の警備のほうは? このまえ海底都市アトランティスから復活した巨大オクトパスとその配下が海で暴れまわってて大変だー、とか言ってなかったっけ?」
奴は無事に討伐したよ。昨日は近所の港でその倒したオクトパスを使ったタコフェスティバルに参加していたのだ。 |
「えっ。それって人間が主催の祭りじゃ……シーさんはよかったの?」
元は母親サメを人間に殺されて、その怒りで海の守護神パワーを得たサメさんだ。
うぬぼれているわけではないけど、共に死線を掻い潜った俺はともかく、他の人間たちとは交流しないと思っていた。
心配せずとも港の人間は弁えているさ。海に感謝して巨大オクトパスを料理していた。それに人間は海の生物を食べるが、サメもまた人間を喰らうことだってある。食べて食べられ……そういった自然界の法則に腹を立てるようでは、海の守護神など務まらないよ。 |
「人を……許せるのか?」
母を殺した人間は憎いとも。……だが、そろそろ前に踏み出してもいい頃だと思ったのだ。娯楽の為に母で解体ショーを行った人間もいれば、命をかけて我を守ってくれた人間もいる。……かなめ。君のおかげで我は人間たちの中に線引きを引くことができたのだ。礼を言う。 |
「……そっか」
人間嫌いの、怒りの守護神──だった。
しかし今のシーさんは、悪しきを罰し、善を守護する広い視野を持ったサメへと成長することができたようだ。
そのきっかけが俺だというのなら、礼の言葉は素直に受け取っておこう。
「……あっ」
そのままシーさんと歩いていると、自宅が見えてきた。
玄関の前には丁度同じタイミングで到着した弥生くんがいて、そこには彼を迎え入れようとしていたエプロン姿の寝子ちゃんとトマルもいた。
君の仲間が集まっているな。何かあるのか? |
「あー、うん。今日はトマルの誕生日だから、異世界料理で豪勢な食事にしようって話だったんだ。食材提供をしてくれた寝子ちゃんは当然として、いつも世話になってる弥生くんも呼んで、みんなで……って。シーさんも食べていくだろ?」
うむ。ご相伴に預からせていただこう。 |
シーさんも来ることになって、いよいよ大所帯だ。賑やかになりそう。
それに南の島での一件でトマルはシーさんとも仲を深めたようだし、彼女も喜んでくれることだろう。
「あっ。かなめサン! おかえりなさーい!」
『YES』『YES』
歩いてくる俺の姿を認めた寝子ちゃんとトマルがこっちに手を振っている。姉妹みたいでかわいいけど、トマルの頭のうえにおっぱい置くのはやめましょうね。トマル最近気にして育乳マッサージとかやり始めちゃってるから。
ちょっと小走りで向かうと、なにやら四角い箱を片手に持っている弥生くんも俺の方を向いた。
合体人間やら何やらの、皐月が植え付けようとしていた嘘はなんとか撤回できて、弥生くんから見た俺はまた普通の女の子へと戻った。
彼の前ではそんな普通の女の子でいる──そういった意識から、シーさんに使っていた男言葉は簡単に引っ込み、いつもの女口調がすんなり出てくる。
「弥生くん、バイトお疲れ様」
「んっ。如月もおつかれ」
「うんっ。……あれ、弥生くん、それ……?」
「あぁ、これか?」
俺が白い箱を指摘すると、彼は少し照れ臭そうにそれを軽く持ち上げて、トマルに手渡した。
「えっと、トマルの誕生日ケーキ。駅前で買ってきたんだけど……」
「ふぇっ。駅前って、あのお高いケーキ屋さんの?」
「ま、まぁ……」
白い箱に印字されている店の名前からも分かる通り、彼が買ってきたのは少々値が張るケーキ屋のモノだ。
……と、トマルのためにこんな……なんて良い子なんだ。涙が出そうだぜチクショウ。
「ありがとう弥生くん!」
「お……おう」
お礼を言われ慣れてないのか、弥生くんは少し照れつつ言葉を受け取ってくれた。
「ほら、トマルもお礼」
『YES』
コクっと頷いたトマルも弥生くんにお辞儀をして、ようやくこれで一段落。
三人と一体で家の中に入っていき、トマルの誕生日パーティを始めることとなった。
よーし、今日はパーッとやろう!