主人公が多すぎる   作:バリ茶

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お助けする、というお話。



チャプター3:主人公お助け隊・チーム如月
ハーレム主人公くんを助けよう


 トマルと一緒に買い物をした、その帰り道に。

 彼女の要望でちょっと公園に寄ってから帰宅しようとしたところで、俺はヤバめなものを目撃してしまった。

 

 ボロボロの服装。

 傷だらけで額から流血もしていて。

 全てに絶望してしまったかのような、光を灯さない茫々とした瞳で虚空を見つめながら、ベンチに座っている卯月空斗先輩──ハーレム主人公くんがそこにはいた。

 

 

──もう、おわりだ。

 

 

 なんか凄い量の吹き出しと共に。

 

 ……いや、ヤバいわね。

 見るからに『敵』に敗走して、仲間とも散り散りになってる感じだ。落っこちている吹き出しの内容から察するに相手はラスボス級の誰かなんだろう。

 負けて、仲間を奪われて。

 今の空斗先輩は完全に心が砕かれてしまっている。

 

 これ、割とマジで危ない状況だな。言うなれば闇落ちしていた弥生くん並みにヤバイ。あと一歩踏み外したら戻れなくなりそうな感じ。

 ……困った。本当ならトマルと公園でちょっとだけ遊んだら帰るつもりだったのに、無視できないものを目撃しちゃった。これをこのまま放っておくことはできない……よなぁ。

 いやだって、ホラ、もう知り合いだし。

 以前ループ主人公こと神無月進くんとの初対面の時に逃げることができたのは、俺から見て彼が他人だったからだ。

 でも空斗先輩はバイトですごいお世話になってるし、困ったら頼るようにって連絡先まで貰っているから、もう他人ではない。

 他人じゃない以上、面倒事だと分かったからって逃げるワケには……いやでもトマルもいるしな……。

 

「……?」

 

 隣にいるトマルが俺の袖を引く。

 

「ど、どしたのトマル」

「……んっ」

「へっ?」

 

 彼女が指差す方角には、ベンチに座りながら絶望して吹き出しを大量生産している空斗先輩がいる。

 ……なんか『助けに行かないの?』って顔してるな。心底不思議そうな表情だ。どうやら彼女の中で、俺は無条件に人へ手を差し伸べる良いヒトみたいな認識になっているらしい。

 そういうわけじゃないんだよなぁ。今回だってトマルがいるし、危険な状況にはなるべく巻き込ませたくない。

 ていうか単純に俺がヤだ。だって危ないし怖いもん。空斗先輩の物語って能力者バトルだし、わかりやすく危険度が高い。

 吹き出しとかいう意味不明な物体に触れることしかできない俺が参加したところで、完全に彼の物語が終盤で強さのインフレを起こしている今のこの状況じゃ、割とマジで秒殺されるかもしれんし。ヤダよ普通に死にたくないよ俺。

 

 ……でも。

 

 流石にいまさら知らんぷりはできない──うん、やっぱりこのまま見過ごしちゃダメだ。

 頼れるバイトの先輩である空斗先輩への感謝もあるけど、なによりこのまま逃げたら俺の心に後味のよくないモノを残してしまう。それを引きずったままこの街で生きていくのは無理だ。

 『助けなかった』って後悔に追われ続ける人生なんてまっぴらだぜ。

 

「──先輩っ」

 

 目の前まで行って俺が声を掛けると、空斗先輩はゾンビのようにスローな挙動で顔を上げた。

 そうして分かったのが、彼が俺の予想以上に疲弊してやつれているということだった。

 なんというか……このまま放っておいたら、餓死するまでこの場から動かなさそうな雰囲気すら感じる。やっぱり声かけて正解だった。

 

 

──如月、かなめ?

 

 

 信じられないものを見るように、大きく目を見開く先輩。

 しかしそれもほんの一瞬。

 すぐさま先輩は俯き、元の状態に戻ってしまった。

 

「……ごめんね、かなめちゃん。最近バイト行けてなくて」

「ば、バイトの件は大丈夫です。……それより」

 

 膝を折ってしゃがみ、彼と目線を合わせる。上から目線じゃきっと心は開いてくれない。

 

「せんぱい、血が出てます。これ……ハンカチ、使ってください」

「…………っ」

 

 先輩は歯軋りをするのみで、返事を返そうとはしない。顔を覗き込もうとすれば、プイッと首を逸らしてしまう。表情はまだうかがえない。

 

 

彼女には関係のない事だ。所属組織を壊滅させられたことも、いつも一緒に戦っていた少女たちが敵に捕らわれたことも──何もかも僕の力不足が原因なんだ。

 

 

 自己嫌悪に陥るターンに入っているようだが、ここは逆にグイグイいこう。

 時間が解決することもある、って言葉は聞いたことあるけど、彼のヒロインが敵に囚われているのなら一刻も早く助けに向かわないといけない。何かされてからじゃ遅いんだ。

 

「先輩。実は私……少しだけ先輩の事情を知っています」

「……なに?」

「特殊な能力を持った人たちと戦ってるんですよね。その額の傷も敵にやられたのでしょう?」

 

 

なぜ、この少女が能力者たちのことを知っている。……いや、僕の所属していた組織が壊滅した今、世界の陰に潜む能力者たちの情報を公にさせないようにする機関は、もう存在しないんだったな。それなら今まで隠されていた能力者たちの情報がどこかから漏れて、こうして一般人が知ることになっても不思議ではない。

 

 ……情報を知っているのはキミの心を読んだからなんだけど、今は黙っておこう。彼の解釈に沿った方向で話を進めれば、話が余計に拗れる心配もない。

 

数年前から世界中でごく少数の人間のみが覚醒する能力。僕のいた組織はそういった能力者たちの保護や支援をしつつ、能力を悪用する犯罪組織とも戦う大きな組織だった。僕はそこで、玲奈や他二人の少女と共に、実行部隊としてこれまでずっと悪と戦ってきた。

 

 

……けど、それももう終わりだ。覚醒した敵の力は強大で、更には裏切り者も混じっていた組織は突然の襲撃でほぼ壊滅。僕は能力の半分を奪われ、チームの少女たちは皆連れていかれてしまった。もう誰もいない。ボクはひとりだ。

 

 

 うおぉ、マジの最終決戦をやってたのか……。聞いた限り敵はめちゃくちゃ強くて、先輩も味方はほとんどいなくなってしまった、と。

 なかなかに追い詰められた状況だ。これなら確かに心が折れかけてもしょうがない。

 

 それでも、やっぱり先輩には立ち上がってもらわないと。

 彼の物語に終止符を打てるのは、他でもない主人公である彼自身だ。

 

「……ダメだ。もう終わりなんだよ。僕は何もできなかったし、これからも何もできない。悪に負けた。屈したんだ」

「そんなことはありません。先輩ならきっと」

「──知ったような口をきくなッ!!」

 

 突然センパイが立ち上がった。めちゃくちゃビックリした。

 少し怯んだ俺を前に、激昂した先輩は声を荒らげて叫び散らす。

 

「やったんだよ! 必死にッ! その結果が今の僕なんだよ!! 全てを失ってこんな公園で一人無意味に項垂れている! 挫けてる暇なんてないってことなんか分かってるんだ! 助けに行かなきゃ、戦わなきゃいけないことなんてッ! でも無理じゃないか! どう足掻いても勝てないんだよ! もう何も──誰も残ってないんだよッ! これ以上なにをどうしろってんだ!?」

 

 うわわわ……慟哭だぁ。すごい剣幕で俺のこと怒ってる。

 ぁ、いや、自責の念もあるのかな? どちらにせよ、少し俺の言葉は無神経すぎたかもしれない。反省しないと。

 でも慰め慣れてないんだよ俺。こういう状態の男の子ってどう対応したらいいんだ……。

 

「っ゛、……ッ! きっ、キミには関係ない話だ……もう、消えてくれ」

 

 叫んだことで少しだけ冷静になったのか、俺に当たることはやめてベンチに座り、前髪をクシャクシャにしながら手で顔を覆ってしまった。

 どうやら彼の慰めは一筋縄ではいかぬ様子。下手に説得しようとすれば、こうして舌鋒で掻き消されてしまう。

 

 ……どうしよう。

 

 

 ……と、とりあえず抱きしめとくか? あの、ほら、多少無理やりでも抱擁には安心感を与える作用があるとかネットで見たし。

 

「せん、ぱい」

「──っ」

 

 座っている先輩の頭を抱きしめて、俺の膨らみかけでとても豊かとは言えない胸の間に埋めた。

 

 挫折した主人公を再起させるシチュって、信頼してる大人からの説得とか、ヒロインの支えとかライバルからの叱咤とかだよな。

 でもこの場には大人もライバルもいないし──

 

 ──うん、挫折した時に感情の吐露に付き合うヒロイン(仮)は、今ここにいるこの俺が引き受けよう。一応見た目は女の子だし何とかなるでしょ。

 拘束されてるハーレムメンバーを助けたあとに、そのうちの誰かにヒロイン役をバトンタッチすればいい。

 

「関係なく、ないです。バイト始めたての頃、空斗先輩はユリ先輩と一緒に、私を守ろうとしてくれましたよね」

「っ……」

「アレ、すごく嬉しかったんです。どんくさくて要領の悪い私を、後輩だからって理由だけであんなに必死になって守ってくれたことが」

 

 嘘は言ってない。彼と水無月ユリ先輩が俺を守ってくれるようになった理由は吹き出しによる勘違いだったけれど、それでも俺の為に何かをしようしてくれるのは純粋に嬉しかった。

 これは俺からの恩返しだ。

 

「だから──今度は私に先輩を助けさせてください」

「……かなめ、ちゃん」

()()()()()()()、私も戦えます」

「っ……!」

 

 センパイの吹き出しでね。防御くらいなら任せてくれ。

 

「頼ってください。先輩はひとりじゃありませんから。……私が、ついてますから」

 

 どうにかこうにか言葉を選んで説得しつつ、ぎゅーっと頭を抱きしめ続ける。

 誰もいないって話なら、味方がいれば奮起できるという事だと思うし、そうでなくとも俺は先輩がもう一度立ち上がれるって信じてる。

 

 だって、卯月空斗先輩は主人公だから。

 

 

「……ぅっ、ぐ」

 

 急にしゃくりあげて肩を震わせる空斗先輩。

 ふっふっふ、どうやらこの俺の言葉に感激したらしいな。……だよね? あの、まさか俺への怒りで打ち震えてるとかじゃないよね……?

 

「ううぅぅぅ……! ぼ、ぼくはっ……ああぁ゛っ……!」

 

 センパイはそのまま俺の胸の中で大泣きを始めた。

 よかった、どうやらアプローチは間違っていなかったようだ。

 俺の辞書には挫折した主人公が誰かに泣きついたあとは、必ず悲しみを嚥下して再び立ち上がってくれると書いてある。

 

 ということなので、いまはたっぷりと泣かせてあげよう。ここはお兄さん……もといお姉さんが胸を貸してあげるぜ。

 

 

 

 

 かなり疲弊していた空斗先輩は、泣き疲れてそのまま眠ってしまった。いまはベンチで俺が膝枕をしている。 

 それからなんやかんやあって、公園には俺が招集をかけたメンバーたちが集結していた。

 バッドエンド一歩手前の物語を救うために俺が立てた作戦は『火力でゴリ押し』だ。

 

「弥生くん、寝子ちゃん、シーさん。来てくれてありがとう」

 

 夜にもかかわらず集まってくれた皆に頭を下げた。進くんやユリ先輩、浩太くんには連絡がつかなかったので、これが現状での最高戦力である。

 まぁ、なんというか……いつもの面子。

 もはやトマルを含めたこの五名の集まりに、何かしらのチーム名を与えてもいいくらいだ。アベンジャーズとか。

 

「如月……本当にお前も来るのか? 話を聞いた限りじゃ、今回の敵は今までの奴らよりもずっと規模がデカい相手だぞ」

「だいじょうぶ。それに先輩にも助けるって言っちゃったあとだし、今更逃げたりはしないよ」

「……そっか。如月が大丈夫って言うなら、オレも信じるよ」

「うん! ありがと、弥生くん」

 

 弥生くんは心配してくれているが、このチームの中でもこと生存戦略においては俺がずば抜けていると思うので問題ない。

 闇落ち弥生くんやシーさんと出会った海上大決戦でもほぼ無傷でやり過ごしたくらいだ。戦闘は無理でもハーレムメンバーの救出や敵の撹乱くらいなら十分にできるはずだ。

 

「あ、寝子ちゃんとシーさんも──」

「おっと。お礼は不要ですよ、かなめサン」

「ふぇっ?」

 

葉月寝子の言う通りだ。我らは既に一蓮托生。どうしてもというのなら、礼は全てが終わった後にすればいい。

 

 シーさん……寝子ちゃん……うぉぉ、泣きそう。俺は本当に良い仲間たちに恵まれたんだなぁ……。

 そんな感じでホロリと感涙していると、トマルが俺の前に来て、先輩の頭を撫でている手を握ってきた。

 

「トマル……一緒に、戦ってくれるの?」

『YES』

 

 ふんすっ、と意気込むトマル。彼女も自分をチームメンバーだと認識しており、いまさら一人でお留守番をするつもりはないようだ。

 ここで、普通の保護者であればトマルを置いていく選択肢を取ることだろう。

 しかし俺はトマルの『一緒に戦いたい』という気持ちを知っている。だから俺はそれを汲んで、彼女に頼る。

 背中に隠して守るのではなく、俺はトマルの隣に立って一緒に歩く。それが俺の保護者としての在り方だ。

 

 

「……ぁれ?」

 

 

 丁度よく空斗先輩も目を覚ました。

 彼に軽く状況説明をしつつ、俺の自慢の仲間たちの強さを紹介し、情報の共有をした。

 

 これで万全だ。

 俺たちは卯月空斗先輩のハーレム異能力物語にハッピーエンドを齎すべく、今ここに集結した。

 時間止めたり、ロケットパンチ打てるロボットだったり、いろんなことができるサメもいるし鬼に金棒だ。

 

 さぁ、開戦のとき──!

 

 

「よーしっ! チーム如月、出発だーっ!!」

 

 

 




そしてかなめ一行は巨大化したサメに搭乗し、出発したのだった──

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