タコサメ海上大決戦のあったあの日からはや一週間。
シーさんは暫く海に残るとのことで、ここしばらくは単独行動が多かったのだが、意外にも結構平和だった。
トマルと遊びながら毎日ダラダラしていただけなので、事件続きで疲弊していた俺のメンタルも随分回復したように思える。
朝起きてご飯食って部屋でくつろいで、トマルとワチャワチャしたり家に遊びに来た寝子ちゃんと異世界料理をしたり──そんな普通の夏休みを過ごしていた。
しかし、本日は少々事情が違う。
「……あなたが、この世界の私……なんだ」
はぁ、どうも。
「進……ぁ、えっと、神無月進くんから事情は聞いてると思うけど──わっ、ちょ、なにっ?」
『YES』『YES』
トマルがゲーム機を持って
居間で正座をしている少女にトマルの世話を任せ、俺はお茶の準備でもしようとキッチンへ赴いた。アレでも一応客人だ。
本日の来客はもう一人の俺。
もっと簡単に言うと
「……はぁ。なんでこう、毎回トラブルが舞い込んでくるんだ……」
戸棚からコップやお菓子を取り出しつつ、小さい声で誰に愚痴るでもなく一人呟く。
この世界に転生して……いや、あの学園に入学してから、だいたい週一のペースで面倒事が降りかかってくるの、割とマジでつらい。
今回は神無月進──ループ主人公くんの物語であるらしく、なんかいろいろあって『神無月進と結ばれた世界線の如月かなめ』がこの世界にやってきたらしい。簡単に世界線超えて来るのおかしいね。
いやまぁ、原因は俺とシーさんにあるんだけど。
海上大決戦での余波で、平行世界との壁が薄くなったとかなんとか……よく分かんないけど。
ともかくこの如月かなめは『進くんと結ばれたがループによって彼がいなくなった世界線』──つまるところ”前回の俺”、というワケらしい。
進くんは今なんかヤベー奴と戦ってて、その敵は目の前にいる如月かなめを狙っている。
で、そいつを倒せばもう一人の俺はこの世界に残れて、恋人の進くんと一緒にハッピーエンド。
負ければもう一人の俺は命を落とし、彼はヒロインを失って絶望……あとよく分からんけどついでに
「……いやいや」
かぶりを振る。
なんじゃそりゃ。怖すぎる。とばっちりもいいところじゃねえか。
俺なんも悪い事してないのに。……してないよな? なんか自信なくなってきた。
「……怖いけど、まぁ大丈夫だろ」
多分俺は死なない。というか進くんは負けない。実のところ、戦ってるのは進くんだけではないから。
彼の戦いには弥生くんが手を貸してくれている。進くんが負けたら俺も死ぬと分かった瞬間、血相を変えて彼の戦いについていってくれた。
あんな顔をして俺の心配をしてくれるなんて……本当にいい友達を持ったなぁ、俺は。弥生くん良いヤツすぎる。泣きそう。
ともかく、弥生くんの強さは俺が一番よく分かってる。進くんの敵のことはよく知らないけど、彼が手を貸してくれるなら大丈夫だろう。
「お茶とお菓子持ってきたぞ~」
三人分をお盆の上に乗せて、居間のテーブルにそれを置いた。
どうやらもう一人の俺はゲームでトマルにボコボコにされているようだ。
「ぁ、ありがとう、もう一人の私」
「おう。ほら、トマルも休憩してお菓子たべな。今日はちょっとゲームやりすぎ」
『Yッ……YES』
まだゲームを続けようと粘るトマルからゲーム機を取り上げると、彼女はしぶしぶYESボタンを押してから正座をし、両手でコップを持ってお茶を啜り始めた。飲み食いの時の行儀は良いんだよなコイツ。
もう一人の俺も少々遠慮がちな手つきながら、クッキーを口に運んだ。生死が賭けられた状況だし落ち着かないのは分かるけど、できれば少しでもリラックスしてほしいところだ。
「そういえばもう一人の俺?」
「な、なに?」
「その口調どしたんだ? ここは俺たちしかいないし、女子高生モードは解いても……」
そこまで言いかけてハッとした。もう一人の俺がずっと女口調を使っている理由を、俺は勘づいてしまったのだ。
「わ、わるい、なんでもない。答えなくていいよ」
「そう……?」
「うん、変な事きいてゴメンな」
慌ててクッキーを貪ってお茶を濁す。相変わらず俺はデリカシーのない奴だ。
女口調を使ってる理由なんざ、十中八九あの進くんの影響に決まっている。
俺は好きな男子なんていないからわからないけど、目の前にいるこのもう一人の俺は、一人の女の子として進くんに恋をしている。
そうなれば男だった頃を否定して中身まで女の子になってしまっていても不思議ではないのだ。もう一人の自分という、この世で一番自分の事情に詳しい存在を前にしてもなお女の子口調を崩さないほどに変質していたとしても。
以前読んだ吹き出しの内容からしたって、もう一人の俺は進くんと既にキスまでしている仲だ。
いや明るみになっていないだけでセッ…………ぃ、いかがわしい行為だってしている可能性もある。
それで『墜ちた』んならそれでいいと思うし、そこを詮索するのは野暮ってもんだろう。もう一人の俺の女口調に関しては、もうそういうものだとして受け入れよう。こっから先はプライベートだ。別の世界の俺とはいえ、そこは踏み込んじゃいけない領域だろう。
「ともかく。戦いが終わるまではウチで匿うから、なんかあったら遠慮せず俺に言ってくれな」
「うん、ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうね」
とても柔らかい笑み。まるで天使のような笑顔。……コイツ本当に俺なのかしら。
浩太くんには連絡してあるし、あの皐月かなめは現在も彼と一緒に行動しているから、この少女があの変態レズ野郎じゃあないことは確実……なんだけど。
「トマルちゃん、続きやる?」
『YYYYYES』
闘争心剥き出しのトマルに対して、あの優しい親戚のお姉さんムーブ。
いやはや、まさか男の子に恋をするだけで自分があんなにも変わるだなんて、にわかには信じ難いけどなぁ。そもそももう一人の俺は何で進くんを好きになったんだろう。
というか、中身男でノンケの俺が仮にも男の子を好きになることなんて、あり得るのだろうか。
「……まぁ、いいか」
別世界の俺とはいえ、違う人生を辿った相手だ。あまり自分と重ねて考えるのはよそう。
一旦居間を離れ、二階に移動してからスマホで連絡アプリを起動する。
流石に自分の生死が左右される事態で何もしないわけにはいかない。
「シーさんはまだ治療中だし……ユリ先輩と空斗先輩に頼もうかな」
弥生くん&進くんの男子二人チームへの救援要請だ。仲間がいっぱいいた方が勝率も上がると思う。
というわけで俺はこれから物語が終了している先輩たち二人に助けを乞います。
うおおおおぉぉぉ死にたくない! センパイたすけてーっ!!
更新頻度ガバガバぁ! ゆるして