前回のあらすじ:未来からきた娘が銃を向けてきた。
──違う。 |
ちがう、こんなはずじゃなかったんだ。 |
アタシは未来を変えたくて。あのクソったれな世界をどうにかしたかったからこそ、わざわざ無理を通してこの時代までタイムジャンプしてきたんだ。 |
魔王の支配も、時空獣による災害も、世界中に蔓延するゾンビウイルスの事だって、この時代に来たアタシがどうにかしなくちゃいけなかったんだ。 |
なのに、どうして。 |
ママに銃口を向けて、信頼を失うばかりかその場から逃げ出すなんて── |
──といった内容の吹き出しが、コンクリートの地面に落ちている。俺はいまそれを拾い上げて、自宅から去っていったコッコの内情を収集しながら彼女を探していた。
「どこに行ったんだ、アイツ……」
呟きは夜の街の喧騒に掻き消される。
時刻は夕方を過ぎて、すっかり暗くなった空の下には夜の住人たちが跋扈していた。
「……コッコ」
俯いて、後悔する。あの後放心して、娘をすぐ追いかけなかったことを。
彼女が弥生くんに銃を向けたあと、俺と彼は時間を止めて移動することで助かったのだが、コッコは『母親に向けて発砲した』という事実に狼狽し家から飛び出していったのだ。
少し遅れて追いかけたものの彼女の足取りはつかめず、こうして道端に落としていった吹き出しを拾い集めることしかできていない。母親が聞いて呆れるな。
「はぁー……ったく、マジでどんな未来から来たんだよ、あの子は」
歩きすぎて疲れたため、噴水がある広場のベンチに腰を下ろした。弥生くんや寝子ちゃんも必死になって探してくれているが、未だに彼らからも連絡は届いていない。
弥生くんも全盛期からかなり力が落ちているので、何回も連続で時を止めたり、永遠に時間停止をすることもできなくなっているらしい。やっぱり地道に探して見つけ出すしかないようだ。
「──ま、任せて! アタシが一緒に見つけてあげるからっ!」
「……んっ?」
聞き覚えのある声が耳に届いてきた。
ベンチから立ち上がって周囲を見回すと、少し離れた歩道にコッコを見つけた。
「あれは……迷子、か」
彼女は半泣きになっている見知らぬ少女の手を取り、大声で周囲に呼びかけながら親を探している。
「コッコのやつ、まさか探されてる立場で人探しをするとはな……」
ウチの娘が迷子を見捨てない優しい子で安心したが、それはそれとしてもう少しくらいは警戒心を持ってくれてもいいんじゃないかな、とも思ったりしつつ後をつける。
俺が顔を出したら事態を混乱させるだけだ。ひとまずコッコが迷子を解決するまで隠れつつ観察しよう。
「ままぁぁ……!」
「うぇぇ泣かないでぇ……あっ、そうだジュース! 何か飲も!」
ふむ、お菓子やジュースで一時的に恐怖心を和らげるのはいい判断だぞ。
「……やっば、現金持ってない……」
自販機の前で絶望している。前途多難だな。
「で、デバイスで支払いできるかな……? ──くっ、対応してない! これが未来に生きる者の宿命か……。すまほとやらを持っていれば……っ!」
現代の自販機に悪戦苦闘しつつ、変顔やら手持ちのパサパサな携帯食料やらで迷子の子のご機嫌を取るコッコ。
ていうか未来っつってもたった19年後でしょうに。……スマホってあと19年で廃れるのか……。
「あっ、ママさんですか!? よかったぁ見つかって。……いえいえお礼なんて結構です! アタシ急いでるので! ……うん、またね。もうママから離れちゃダメだよ? ──そ、それじゃっ!」
無事に迷子の母親を見つけ出し、お礼も受け取らず足早にその場を去っていくコッコ。遠目からでも分かるくらいには、あの迷子の子に対して穏やかな笑顔を浮かべていた。
十九年後の未来から来たとは言っていたけど、その未来では母親である俺は既に死んでいるらしいし、もしかしたらあの小さな子供にかつての自分を投影していたのかもしれない。
なんにせよ、迷子の面倒を最後まで見てやれる良い子だった。弥生くんに銃を向けたのだって、きっとやむにやまれぬ事情があったのだろう。あの程度じゃ彼も死なないし、何より弥生くんは別に怒っていないという事実を彼女に教えてあげないと。
コッコが人目を気にして路地裏に入っていった瞬間、俺もすぐさまそこへ飛び込んでいく。そこには床に座って一息ついている娘の姿があった。走り続けて相当疲れているのか肩で呼吸をしている状態で、これでもかと言わんばかりにお胸のメロンがゆさゆさ揺れている。すごい迫力だ。
「ふぅ、ふぅ……」
「見つけたぞ、コッコ」
「んうえぇっ! ママっ!?」
「おいコラ逃げんなって」
俺に見つかって早急に逃げ出そうとするコッコをとっ捕まえ、先ほどからずっと見張っていたことと、誰も呼ばないから一旦落ち着いてくれといった趣旨の言葉で彼女を説得する。
「ま、ママがそこまで言うなら……」
するとこんな感じでなんとか腰を落ち着かせてくれた。
そうして俺はコッコの隣に座り込み、彼女の話を聞くことになった。大体のことは吹き出しの内容から把握できているけど、分からないこともまだまだあるのだ。
★
十数分後、買ってきた缶ジュースを片手に俺はコッコの話を聞き終えた。
一言でいえば、未来はヤバイ状態で。
もはや人類存続がどうたらとか、それほどまでにスケールのデカい話になっていたらしい。
「魔王、時空獣、ゾンビウイルスか……すげぇなぁ」
「……ママ、なんだか落ち着いてるね? というか、この話を信じられるの?」
「え? あぁ……それは、まぁ」
信じる信じないの話ではないというか、ゾンビウイルスはともかく『魔王』と『時空獣』に関しては既に実在をこの目で確認している。
魔王とは十中八九、現代ファンタジーバトル系主人公の文月浩太くんの物語に関連するものだろう。話を聞く限り浩太くんは未来でレジスタンスとして戦っているらしいので、もしかすればこの時代で他の魔王候補に一度敗北してしまったのかもしれない。
そして彼に勝った魔王候補が魔王となり、未来の世界で好き放題している……と。
時空獣のほうも大方予想はついている。奴らは寝子ちゃんの物語の敵だが、大抵の個体はロボットのロケットパンチで倒せるし、凶暴化して災害と化している時空獣にはきっと魔王が関わっているはずだ。
んで、未来で蔓延しているゾンビウイルスのことだけど……まぁ、コッコの物語の問題なんだろうな。吹き出しが見えるってことはこの子も主人公だ。彼女が解決すべき問題こそが件のウイルス。
それに俺の死がどう関わってくるのかはわからないけど、ともかく彼女の助けになれることなら何でもしてやらないといけない。なにせ人類の未来が懸けられているんだから。自分の娘が生きてる時代を救うためならなんだってやってやるつもりだ。
「……よーし、ここはお母さんに頼ってくれよな。俺の仲間たちも事情を話せば手を貸してくれるはずだ」
「ま、ママ……!」
目をウルウルさせて感涙するコッコ。よせやい照れるだろ。
とにかく、まずは一旦家に帰って作戦会議だ。こんなホコリ臭い路地裏からはさっさと去ろう。
「ほらコッコ立って。ウチに帰るぞ」
「う、うんっ」
俺の手を借りて立ち上がるコッコ。
うんうん、とりあえず未来から来た娘とはコレで和解できたかな──
「──光子っ!!」
と、思った矢先のことだった。
突然路地裏に走り込んできた”謎の少年”が、ウチの娘の名前を呼んだ。
……え、誰。
やはりこの時代の |
あ、吹き出しが見える。コッコと同年代くらいのこの男の子、風貌からしても間違いなく主人公だ。程よくイケメン。
……ていうかあの子、右腕にシャークブレスを装着してるな。俺がシーさんに貰ったやつと同じものだ。
「し、霜月……!?」
「ようやく見つけたぞ……! 過去の弥生さんの妨害をしようだなんてバカな考えはよせ!」
「うっ……で、でも! アイツはいずれママを殺すんだよ!? 今のうちになんとかしなきゃ……!」
ふむふむ、なるほど。
二人とも既に顔見知りで尚且つどっちにも吹き出しがあるってことは、未来の物語はコッコとこの少年のダブル主人公ってことなのかね。少年もずいぶん主人公っぽい顔立ちだし、ウチの娘はヒロインタイプの主人公なんだな。
そうか、お前は既にラブコメをしていたんだな……。お母さんまだ孫の顔なんて見たくないわよ……。
確かに弥生さんはかなめさんを殺した。でも、それはかなめさん自身が願ったことだ。まだワクチンや特効薬が無かった頃にウイルスに感染したあの人が自ら望んだんだ。ウイルス研究に携わっていたから感染した事実は情報規制されていたし、殺害するその瞬間をみていた光子が誤解するのは無理もないけど── |
「いやだ! 霜月の話なんて聞きたくない! アタシの友達を見捨てたアンタのことなんか──!」
「そ、それは……!」
感染していたからだ。既にゾンビとして覚醒して手遅れになっていた。あの子を倒さなければ僕と光子が殺されていた。なによりゾンビとなった彼女を殺すことこそが、あの子の最後の願いだったんだ。 |
……うん、ちょっと待ってね。急に情報量が増えてきたんだけど。
彼女と僕は時空獣に対抗できる特殊なロボットに搭乗できる、この世界でたった二人だけのパイロットだ。寝子師匠に操縦技術を叩き込まれて、全ての人々の願いを背負って戦っている。だからこんな場所で油を売ってる暇なんてない── |
待て待て。確かにある程度の情報はコッコから聞いている。でもちょっと待ってくれ。
魔王に支配された未来は、時空獣とゾンビたちで溢れかえっていて。
この二人はそれに対抗できるロボットのパイロットで。
俺は感染して弥生くんに殺されていて、寝子ちゃんは戦えなくなっていて、ついでに霜月くんとコッコは仲間というより因縁の相手みたいな感じで……うおおお何だこれ!?
霜月くんも何故かシーさんのシャークブレス付けてるし、俺とも何かしら関係あるんだろうけど……そろそろ脳のキャパが限界ですね。一回帰ろう? というか二人はまず一度話し合いをしよ?
「と、とにかくタイムジャンプはダメなんだよ! 僕たちパイロットは常に魔王が操る時空獣に目を付けられてる! もしジャンプの瞬間に奴らが付いてきて、この時代にでも来てしまったらもっと大変なことに──」
……あ、はい、フラグ。
『■■■■■■──ッ!!!』
遠くからドでかい咆哮が聞こえてきました。ここからでも既に見えてますけどアレ時空獣ですね。普段から寝子ちゃんが戦ってたやつらより圧倒的にサイズがデカいですね、一度も見たことがないタイプです。
…………。
「ッ!? や、ヤツは魔王が操る未来の時空獣──魔王獣ッ! やはり僕たちのタイムジャンプに紛れ込んで……っ!」
「そ、そんな……アタシが、この時代にきたせいで……?」
くっ、ゾンビウイルスは魔王獣が放つ破壊光線から生じる未来の物質! しかもここは十九年前でウイルス研究もまだまだ未発展な時代だ! ここでヤツを止めなければ世界が終わる……っ! |
「光子! 一緒に戦うぞ! ペンダントで自分の機体を呼ぶんだ!」
「ち、ちがう、アタシのせいじゃない……アタシは悪くない! 全部ママを殺したあいつのせいだッ!」
「おい待てっ! どこに行くつもりだ!?」
「ほっといてよ! この人殺しっ!!」
友達を殺した霜月のことなんて信用できない。それに弥生守を殺せばママは助かるんだ、アタシはママを救いたい! 世界のことなんて知ったことじゃない! ママ、まま、ママッ!! |
あぁもうっ! なんでこの女はここまで聞き分けが悪いんだ!? 世界を守る使命を背負ってる自覚あんのか!? くっそ、こうなったら仕方がない。僕の |
「エマージェンシー! マークⅡ要請!」
「ちょ、ちょっと霜月!? あんたマークⅡはまだ使いこなせないんじゃ!? あんな強すぎる機体を使いこなせない状態でこの街で使ったら……!」
「だまれ光子! もうお前なんかの手は借りない! たとえこの街が壊れることになってもこの世界は僕が守らなくちゃいけないんだ──」
あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!!
いい加減にしろよこのガキどもッ!!?
「フンッ!!」
「ぷぎゃっ!?」
「あぅゥっ!?」
ゲンコツ。
二人の頭に鉄拳を振り下ろし、まったくヒトの話を聞かねぇバカ娘と、使命感に燃えるあまり周囲を蔑ろにする未熟な少年を気絶させ、黙らせた。
いい加減巨大な吹き出しでボコボコにされるのは我慢ならん。
それに、俺の知り合いにいる主人公たちと違って、この二人はまだ成長過程にある序盤の主人公だ。しかも暴走しがちな状態の彼らにこの街を任せることは出来ない。
ここは一発、世界を救った実績のある俺たちに任せといてもらおう。街をぶっ壊されたら元も子もないしな。
話し合いはあのバケモン倒して、家に帰ってからだ。
「もしもし寝子ちゃん? ……あ、もう戦ってる? 弥生くんやユリ先輩たちとも一緒? オッケわかった、すぐ加勢に向かうね」
街の危機に対しての対応がもはやプロと化している彼らに感心しつつ、俺も共に戦うべく久方ぶりに右腕のシャークブレスを起動した。
「シーさんっ!」
『むっ。かなめか、久しぶりだな。実はいま砂浜で大学生の若者たちとビーチボールを──』
「その話はあとで聞くから! とにかく街がヤバいんだ、手を貸してくれ!」
『なんと!』
言うが早いか、路地裏から出た俺の目に前に、ドスンっと空からサメが落ちてきた。
「シャーク!!」
「うぉっ、シーさん!?」
「シャッ!」
さすがシーさん、予想よりもめちゃくちゃ速い。……ていうかシーさんさっき普通に喋ってなかった?
「シャーク! シャッシャ!」
やぁかなめ。……おや、トマルはいないのかい? |
「家でおとなしく晩御飯を待ってるよ! だから早くアイツを倒そう!」
了解だ。──往くぞ、かなめっ! |
「おう! 合体だッ!!」
そこから俺はシーさんとバディ・ゴーして巨大なサメとなり、主人公チームと結託して未来の魔王獣と激突。
なんやかんやあって街には被害を出さず普通に勝利をおさめたので、気絶した未来の主人公二人を引きずってそのまま帰路についたのだった。