最近お財布の中身が寒くなってきたので、アルバイトを始めることにしました。
体が女になる前も接客業のバイトをやってた経験があるので、今回も無難にコンビニだ。家と学園、その両方からほどよく近い距離にあったため即決だった。バリバリ働くぞ~。
採用されたのは昨日で今日はバイト初日だ。店長からはとりあえず仕事の種類の把握と、軽くレジのやり方を覚えてくれればそれでいいからー、と言われた。ユルい。
時刻は16時過ぎ。あまり客が混む時間帯でもないし、レジの練習にはもってこいだ。
レジの練習は同じくアルバイトの人から教えてもらうことになっている。んで、ただいま絶賛レジ打ち中です。
「2416円になりますー」
お客さんがバーコードを表示させたスマホを見せてきた。
えーと、えーと。
| あっ、助け船を出した方がいいかな。 |
「かなめちゃん。ペイの読み取りはそこのボタンね」
「はっ、はいっ」
まだ機械に慣れてないせいであたふたしてしまったものの、先輩バイトの
| よかった。あの子、袋詰めも上手だ。 |
あっ、吹き出しがレジ袋の中に入っちゃった。
……まぁいっか。俺にしか見えないし。
「ありがとうございましたー。……ふぅ」
「ごめんねかなめちゃん、レジ入るの遅れちゃって。あのおじさんはいつも大量に買っていく常連さんなんだ。いきなりあの量は大変だったよね」
「あー、いえ。レジは初めてじゃないですし、へっちゃらです」
ふんすっと胸を張ると、少年は『心強いなぁ』と言ってわずかに微笑んだ。これが俗にいうイケメンスマイルとやらか。
──あ、いやなんか僅かに疲れも見て取れる。疲れてんのかな、せんぱい。
| 如月かなめちゃん……うん、物覚えが良いしレジも問題なさそうで安心したな。 |
| 前に『一緒に働く』って言ってアリサと玲奈の二人が来たときは、危うく大惨事になるところだったけど、彼女なら大丈夫そうだ。本当に心底安堵してる。 |
| ……いや、それが普通なのか? あれ、僕ってもしかして感覚麻痺してる……? |
主人公って大変ですね……。あの二人ってもしかしてお嬢様タイプなのかな。メロンパンとプリンも捨てようとしてたし。
まぁ安心してくださいよ先輩。少なくともこの俺は常識の範囲外にあるようなギャグはやらかしませんから。
気負うことなく仕事はじゃんじゃん任せちゃってください。ふふん。
「んー、お客さんもほとんどいないし、次は商品整理でもしようか。一緒にやろう」
「はい。お願いします、卯月さん」
「レジ代わる人呼んでくるね」
そういって卯月先輩は自動ドアを潜って、外で清掃をしているもう一人のバイトさんを呼びに向かった。
卯月。
またの名をハーレム主人公さん。ちょっと前のメロンパンとプリン騒動の際に屋上で見かけたあの人で、俺よりも半年ほど先にここのコンビニバイトを務めてる先輩でもある。
学年も二年生と俺より一つ上で、さっき彼から聞いた話だとあのツンデレっ娘とジト目っ娘も一応先輩だったらしい。ふえぇ~ふぇ~言ってた気弱そうな女の子だけは俺と同じ一年生だって。どうでもいいけど。
(卯月さん普通にいい人だったな)
バトルものっぽい雰囲気のハーレム主人公ということで、面接の日に見かけたときはバイト先を変えようかなってレベルで警戒していたのだが、一緒にバイトする分には頼れる先輩だということが判明した。
ヒロインの女の子たちがバイト先に突撃してくることもなさそうだし、職場が一緒なだけなら変なことに巻き込まれることはなさそうで安心だ。
「じゃあ水無月さん、レジお願いね」
「……うん」
卯月先輩に呼ばれて店内に戻ってきたのは、彼と同じくらいの身長の少女だ。
水無月さん、というらしい。下の名前は聞いてない。
今わかっていることは卯月先輩とタメ口なので二年生だろうってことだけだ。ここのバイト年上しかいねぇな。
「……如月さん、代わるから」
「ぁ、はい。お願いします」
水無月センパイ……なんというか、第一印象は『疲れてる』って感じの少女だ。
性格が暗いというより、なんか精神が摩耗しちゃってる印象を受ける。死んだ魚みたいに、目にハイライトがない。
コンビニバイトってそんなに過酷だったっけ。
| 如月かなめ──見た限りは、無垢な普通の少女だ。 |
あっ、吹き出しでてる。水無月ちゃん先輩も主人公なのか。
でもなんの主人公なんだろう。この世界で女の子の主人公を見たのはこれが初めてだ。
| だが、微量ながら魔法少女エネルギーを感じる。 |
魔法少女になった覚えはないのですが!
この世界じゃ総合的に見てモブに等しいこの俺がなんでそんなエネルギー持ってるんですかね。
| エネルギーを持っているという事は、彼女にも魔法少女の素質があるということだ。 |
あぁそういうこと──って、カゴの中に吹き出しがどんどん積まれてる。あの水無月ちゃんって主人公の独白が止まらねぇ。なんで?
ていうかレジ打ちしながら完全に別の事を思考してんのスゲェな。
| そして素質があるということは……つまり怪物どもに狙われる危険性もあるということ |
うせやろ……(´;ω;` )
え? なに俺、バケモノに襲われんの?
意味わかんねぇよなんだそりゃ……。
やだやだ死にたくない! 誰か助けてー!!
| 全ての元凶である魔女をアタシは倒した。 |
| 仲間も、家族も、友達も──すべて失ってようやく勝つことができた。そのおかげで魔女の支配下にあった怪物たちはほとんど消滅した。 |
| だが |
| おそらくこの如月かなめという少女は、最終決戦の際に生じた戦いの余波を受けて、つい最近素質に目覚めたのだろう。でなければこうして生きている理由が説明できない。この街に元からいた素質ある少女たちは……みんな魔女復活の生贄にされてしまったのだから── |
──あ゛あ゛あ゛ぁぁ゛ぁ゛っ!! 独白が長い多いしつこいッ!!
アンタは見えてないだろうけど、俺いまアンタが大量に生成した吹き出しの山に埋もれてるんだからな!!? 身動きとれねぇよ! 加減しろバカッ! いつまで独白してんだよもういいよ!
本編終了後の主人公なのね? わかったわかったよもう。この前まで命を懸けた戦いしてたのね、本当にお疲れ様。バイト終わりにジュース奢ってあげます。
でも流石にもう独白はやめて……。水無月ちゃんの吹き出しめっちゃサイズがデカいし重いの……潰れちゃうぅ……。
「か、かなめちゃん? 床に這いつくばって……どうしたの?」
「攻撃を受けてます」
「えぇっ!?」
| まっ、まさか組織の能力者がこの近くに……ッ!? かなめちゃんの様子を見るに、これは重量操作か!? まずいッ! |
いやそういうわけじゃないんだけどね。逆に俺が吹き出しを認識できる能力者ってだけかもしれないんだけども。
「かなめちゃんっ、一旦裏に戻ろう……!」
「はぁい……」
心の中じゃ焦りまくりの卯月先輩だが、店内に店長もいるってことで大っぴらに警戒することはできず、とりあえずバレないように俺を抱えて(結果的には吹き出しの山から引っ張り出して)、バックヤードに戻っていった。
| むっ? 卯月空斗が如月かなめを……もしや怪物の遠距離攻撃か? |
似た者同士だねキミたち。原因はきみの独白なんだけどね。
| 卯月空斗はアタシたち魔法少女とは関係ないが、おそらくは何か別の敵と戦っている特異な存在だ。彼が察知したということは……敵がいるということか! |
「いだっ!?」
「かなめちゃん!?」
休憩室に戻ったかと思ったらレジの方から吹き出しが飛んできたぁ! 俺の後頭部に直撃してきたぁ! もうやだぁ……。
このバイト先クソすぎる。辞めようかな。
◆
時刻は夜の九時。なんとか初日のバイトは乗り切ったので、現在は卯月先輩と水無月先輩の二人と一緒に歩いて帰ってる。
あのあとは敵が見つからなかったこともあって(元々存在しないが)、一時間後に仕事を再開してそのまま普通に終わりまで働いた。なんとか店長には奇行の数々を隠し通せたぜ。
──それからもう一つ。
「なるほど……怪物は人間に擬態することもできるってワケか」
「そうなの。でも必ず共通してる特徴があるわ。それで普通の人間との区別ができる。まずは──」
なんか先輩二人は仲良くなってる。
いや、そんなホンワカした表現だと語弊があるかな。協力関係を結んだというか、仲間になったというか、距離が縮まったというか。
謎の敵に狙われてる(と二人は思っている)俺を見かねて、先輩方は今までお互いに隠していた秘密をさらけ出し、情報共有をして敵の予想を立てつつこの俺を守ることに決めたらしい。
卯月先輩は特殊能力者たちの特徴を教え、水無月ちゃんは怪物の生態について解説している。
二人とも俺より数歩後ろの、少し離れた場所で。
本人たちは俺に隠れてコソコソ話してるつもりなんだろうけど、なんというか……丸聞こえだ。二人ともそういうのに鈍感なところが妙に主人公っぽい。
……あっ、俺の家みえた。
「あの、せんぱいがた!」
「「っ!?」」
俺が声を掛けると、二人してビクッと肩を跳ねさせた。よほど話し合いに熱中していたのだろう。
「か、かなめちゃんどうしたの?」
「えっと、もう家の前なので。お二人とも、今日はありがとうございました」
玄関の前に立ってペコリと頭を下げると、二人はポケットからスマホを取り出して俺に詰め寄ってきた。ちょっと顔が”マジ”で怖い。
| 水無月ユリの話によれば、この街の脅威は能力者だけではなかったらしい。かなめちゃんが狙われる理由が分からない以上、アリサや玲奈にもこの事を話してより一層警戒を強めなければ……! |
「いてっ……」
| 卯月空斗の話は興味深いものだった。もしも如月さんが能力者と怪物の両方に狙われているとすれば、アタシはもう一度魔法少女として戦わねばならない。もう二度と目の前で誰かを死なせたりはしないために──! |
「うぐっ。ぉ、おも……っ」
二人分の吹き出しが襲ってくるぞ! あとこれなんかヤベェ具合に思い違いが発生してるけど、二人ともめっちゃ真剣な雰囲気すぎて、なんかいろいろと言い出しづらいぞ!
「これ僕の連絡先。なにか困った事があったらすぐに電話かけてね。怪しい人とか見かけたら、特に早く」
「は、はい」
「こっちはアタシの番号。メッセージでもいいけど、急を要するようなら電話をかけて。なるべくすぐに出るから。それから唇の下にホクロが二つあって全然まばたきをしない人に出会ったらすぐに逃げて、かまわずアタシに電話してね」
「わかりました……」
言うだけ言ったら二人はまた密会をしながら、俺の家を離れていった。
……どーしよ。
気がついたら誤解の嵐だ。本当は二人の吹き出しに俺が負けてただけの話なんだけど。
「……まぁ、あとでしっかり話せばいいか」
呟きながら家の中へと入っていく。今日はバイトで疲れたのであんまり考え事はしたくない。
まぁ、ついに『吹き出しが見える』という俺の秘密を他人に話す機会がやってきた──というだけの話だろう。
二人にはちゃんと秘密を明かして誤解を解いてあげないと、余計な気苦労を背負わせてしまって可哀想だ。いずれ必ずやろう。
でも今日はなにもしない。疲れたので風呂入って眠るのだ。
面倒な事はぜんぶ明日の俺に任せた! たのむぞオレ! 信じてるからなっ!
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