俺が吹き出しを使って包帯男に攻撃してから、約一時間後。
現在いる場所は俺の家のリビングだ。丸いテーブルを挟んで俺と弥生くんと進くんがそれぞれ三角に向かい合っている。
そして俺の膝の上には、眠っている状態の
事の顛末を説明しよう。
吹き出しアタックで包帯男に不意打ちをしたあと、俺はその隙に無表情ロリっ子ことトマルちゃんをとっ捕まえた。
それから彼女の頬っぺたをギューっと引っ張るとトマルちゃんは涙目になり、停止能力が解除されて主人公二人は自由の身に。
あとは二人が目にもとまらぬ速さであの魔王候補……名前なんだっけ。えっと……あの、あれ、ぁ……あぁっ、そう、カマセさん。
カマセさんをやっつけて拘束してくれたので、魔王候補の後始末を電話で連絡した文月くんに任せたことで、今回の騒動は一件落着となった。めでたし。
で、なんやかんやあってお店から出た俺たちは、保護者がいなくなったトマルちゃんをお持ち帰りしつつ我が自宅に集まることとなり──現在に至る。
巻き込んですまないだとか、怖い思いをさせて申し訳ないだとか、二人が言う必要のない謝罪の言葉は嫌というほど聞いて、最後に残った問題は俺の『謎の力』についてだけとなった……のだが。
「……えーと。見えない物体が触れるというか、なんというか……」
説明むっっずい。
いや、この力の説明に手間取っているのは『心が読める』という部分を伏せて説明しようとしているからだ。どうしても弥生くんにはこの事実を知ってほしくない。
「と、特別な(資質を持った)人の近くにいるときだけ使える力なの!」
──ッ!? |
わっ。同じ内容の吹き出しが二人同時に出てきた。なにごとだ。
「……かなめはその力、いつから使えるようになったんだ?」
「つ、つい最近。何でかは分からないけど……」
嘘です。本当は入学してからだな。初めて見た吹き出しは、たしか
でも正直に言うわけにはいかない。
ループしながら何度も俺と関わっていた進くんが
俺じゃない俺とはいえ、結局は俺だ。消えてしまったかつての俺の『隠し続ける』という意思は、他でもない如月かなめであるこの俺自身が受け継がなきゃならないんだ。
心が読まれているなんて知られたら──きっと想像もできない程に相手を傷つけてしまう。プライバシーもへったくれもないクソみたいな能力だ。俺はこの秘密を墓場まで持ってくぞっ!
「そっか……まぁ、わかった。……でもやっぱり無茶なことはしないで欲しいよ。今回助けられたオレが言えることじゃないけど、かなめの能力ってあまり使い勝手がいいものではないんだろう?」
「ぅ、うん」
大正解です。むしろ能力っていうより呪いに近いし。今回はうまく利用できたけど、いつもは牙をむいて俺に襲い掛かってくるからなアイツら。
かなめがこんな力を持っていたなんて……ループしていた時に発現しなかったのは、何か理由があるのだろうか。 |
ドンッ、と俺の頭のうえに吹き出しが落ちてきた。いたい。
まだ何か重要な事を隠しているような気もするが……やめよう。それを詮索していい権利はオレにはない。 |
うぐっ、す、鋭い……。流石に俺の言う事を全て鵜呑みにするほど単純ではないか。
進くんからの吹き出しがどんどん頭のうえに積み上がっていく中、突然彼のスマホから着信音が鳴り響いた。
「もしもし。……ん、あぁ、うん、かなめの……そう。わかったって、すぐ帰るよ」
会話を手短に済ませて通話を切った進くんはスマホをぽっけに入れて立ち上がった。
「腹減ったから帰ってこいって家族から。今日のところはもう帰るよ」
「あっ、もしかしてジスタちゃん?」
「…………ジスタのこと教えたっけ」
やべっ!!! なんか前にも同じミスしなかった!?
「あの、あのっ、バイト先! 働いてるコンビニに来たの! その時に進くんのこと聞いたっていうか!」
「そうなのか」
「そうなのです」
ジスタが一人で買い物……? 妙だな……。 |
名探偵かこの人。もうバレそう。
やばい、アホな自分に嫌気が差してきた。しにたい。
……まぁ、今はいいか。かなめを疑うようなことなんてしたくないし、ループを隠しているオレと同じように彼女にも秘密の一つや二つあるだろう。引き際を弁えないと。 |
なんとか引いてくれたようだ。助かった。
これ以上何も聞かないことを決めた進くんは玄関に移動し、靴を履いてこちらへ振り返った。
「それじゃあ。二人とも、また学園で」
「うん、また」
「……気をつけてな」
俺と弥生くんに見送られながらウチを去っていく進くん。
今回の事を踏まえると、彼とはまたひと悶着ありそうな気がしてならない。主に俺のミスで。
◆
「れっつッ、ぱーりぃ。フンッフフーン」
エプロンを装着し、鼻歌を歌いながら料理をしている。いまフライパンで焼いてるのはハンバーグだ。かなめクッキング!
あんな事件があった後だから流石に買い物をする雰囲気ではなく、俺が言った『何か奢る』という約束を何とかすべく、とりあえず話し合いで家に来てもらったついでにそのまま夕飯をご馳走することになった。本当は進くんにも作るつもりだったんだけど……まぁあとでお菓子でもプレゼントしよう。
両親不在の一人暮らしで暇を持て余していたせいか、いろいろ経験があるので料理の腕はそこそこ自慢できる。一杯バイトしてお疲れの弥生くんに美味しいハンバーグを振舞ってあげようと思うぞ!
「盛り付けてっと……うし、完成だぁ~」
なかなか良い出来栄えだ。テンションが上がってついつい男口調にも戻ってしまう。冷静にならねば。
盛り付けた三つの皿をお盆に乗せ、台所からリビングへと移動する。
ま、まさか如月の手料理を食べる日がくるなんて……。 |
テーブルの前では少し緊張ぎみの弥生くんと、無表情の黒髪ロリっ子がお箸や飲み物などを用意しつつ待機していた。お手伝いたすかる。
ていうかトマルちゃん、髪めっちゃ長いな。これから食事だし軽く縛ってあげよう。
「トマルちゃん、おいで」
『Yes』
お盆をテーブルに置いてから手招きすると、トマルちゃんは首にかけているボタンのついたペンダントを押して返事をした。あのロケットペンダントを押すと『Yes』か『No』の、どちらかの機械音声を流せるようで、それで意思疎通を図っているらしい。イェス(ネイティブ発音)
喋れないのか喋らないだけなのかはわからないが、ともかくトマルちゃんを保護することになったのは俺だ。沈黙な彼女との距離の詰め方もこれから模索していけばいい。
「~っ」
ぽてぽて、と効果音が鳴ってそうな歩き方で寄ってきて、俺の膝の上に座るトマルちゃん。なにこれかわいい。
組織で作られた改造人間とはいえ、黒髪ロング無表情ロリっ子を匿うのって犯罪臭すげぇわ。
「はい、ポニーテール」
「……っ♪」
無表情だけど頭のてっぺんにあるアホ毛が別の生き物みたいにピコピコ動くので、喜怒哀楽は分かりやすい。
「……なんか姉妹みたいだな、如月とその子」
「そうかな?」
「あぁ。如月にも懐いてるみたいだし」
穏やかな表情でこっちを見る弥生くん、なんだか爽やかイケメンっぽい雰囲気を感じる。俺は中身が男なんでときめくとかはしないけど。
ていうかトマルちゃんのこれって俺に限った話ではないと思うけどな。
カマセさんの命令にだって顔色一つ変えずにきちんと従ってたし、この子は自分の保護者だと認識した人間なら誰の言うことでも聞くタイプの改造人間なんでしょ。
でも、俺が保護者になったからには悪いことはさせないぞ。ちゃんとした引き取り先が見つかるまでは、俺がしっかり面倒見てやるんだ。
「それはおいといて、冷めるまえにご飯食べちゃお」
「あ、あぁ」
よし、トマルちゃんも席についたな。では。
「せーの、いただきまーす」
「いただきます」
『Yes』
バラバラだぁ……。
「んむっ」
俺の作ったハンバーグを口に運ぶ弥生くん。
お味の方はどうですかな?
「うん、すっげぇウマい。好みの味付けだわ」
「ホント! よかったぁ」
お口に合ったようでなによりだ。
「~~っ♪」
トマルちゃんもハンバーグがお気に召したのか、人形みたいに無表情ながらも代わりにアホ毛がピコピコしてる。どういう仕組みなんだろうアレ。
『Yes』『Yes』『YYYYYes』
めっちゃボタン押すじゃん。
そんなに美味しかったのかな? 照れるぜ。
「トマルちゃん、美味しい?」
『No』
「えぇ……」
そこでツンデレをやるのか……。
この子を理解するにはまだまだ時間がかかりそうだけど、子供の喜びそうな料理がちゃんと舌に合ってくれてよかった。これなら料理も大して苦労しなさそうだ。
……こうしてだれかと一緒に食卓を囲んだのは、いつぶりだろうか。 |
おっと、吹き出しくんはお皿の上に乗っちゃダメよ。
テーブルに落ちる直前でキャッチして、そーっと俺の隣においた。
あっぶねぇぜ。たとえ今日活躍してくれた吹き出しくんでもご飯の邪魔はさせんぞ。
「……なぁ、如月」
「ん?」
「オマエもしかして心が読めたりするのか?」
「んぶっ!!」
突然ドストレートな正解をぶつけられてお米吹き出した。ティッシュティッシュ。
と、というかいきなり何を言い出すんだ弥生くんは。何の根拠があってそんなことを。
俺の秘密をバレるわけにはいかぬ。ここは上手に誤魔化して乗り切るのだ。それくらい造作もない──!
「……そ、ソンナワケナイデショー。ヤダナー……ヤヨイクンッタラ。アハハッ」
よし、完璧だ──
「……嘘がヘタだな」
「あぇっ!?」
なぜバレたし!? いみわかんねぇ……! 俺の演技は完璧だったはずなのに……。
アレか。弥生くんも実は心が読めるってオチだろ。そうでなきゃ説明がつかん。
「オレのこととか、ジスタって子のことだったりとか、本来なら知らないことをキミはたくさん知ってる」
「そ、それは」
「あと、話すときにいつも何かに気がついたような顔をしてるの、気がついてるか? あれって考えてることを知った時のリアクションだろ」
「さっ、察しがよすぎる……」
名探偵はこっちの方だったか。……まさか、自分でも表情に出てるとは思わなかった。
ていうか秘密が明るみに出たの控えめに言ってめちゃくちゃマズくないか? 一番知ってほしくない人に知られちゃったよどうしよう。
「……本当に、すまなかった」
「えっ?」
ご飯の手を止めた弥生くんは、座ったまま俺に頭を下げた。
その声音は暗く、先ほどの『姉妹みたいだな』と言ったときのような穏やかな色は感じない。
「如月には見たくもないモノをたくさん見せてしまった。今日のファミレスだって……初対面のときなんか特に酷かったよな。おまえに……あんな、薄汚れた気持ち悪い感情を……」
「ま、まって。弥生くん、あたまを上げて?」
マズい。このままだと彼は自己嫌悪に陥って罪の意識に苛まれてしまう。
せっかく取り戻した人間らしい心に、再び負の風呂敷を覆いかぶせてしまう。
ダメでしょ、それは。
弥生くんはもう戦い終わったあとの主人公だぞ。
もう十分すぎるくらい苦しんだんだ。これ以上いじめたらマゾだって喜ばないぜ。
──なので、顔は上げてもらいます。
無理やりにでもね。
「よいしょっ」
「ぅぉっ」
彼の隣に座り、頭を両手で掴んでグイっと持ち上げた。
ようやく見えた弥生くんの表情は『困惑』だ。まぁ当然だけど。
けど俺には言葉だけで相手を諭したり元気づけたりするような器用さはない。
だからこうして強硬手段に出るのだ。
元気出せ~といった感じで、モニュモニュと弥生くんのほっぺを両手で揉みしだいてみる。
「んふぁっ、き、きしゃらぎっ……?」
「それ以上あやまっちゃダメ」
「で、でも……」
納得いかない雰囲気の弥生くんから手を離し、正座をして改めて彼と向き直る。
「わたしが”いい”って言ったんだから、それで終わり。本当なら勝手に心を読んじゃった私の方が謝りたいくらいだよ」
「そ、そんな。如月には謝ってほしくなんか……」
ピンっ、と人差し指を立てる。
「それだよ。私も同じ。弥生くんにはもう謝ってほしくないって、私も思ってるの。お互い様ってことにして、終わりにできない?」
「……きみに向けた感情は、そんな簡単に許されていいものじゃないだろ」
「許されていいものなの。私が許したんだから、それ以上の許しはいらないでしょ。……それでも納得できないなら──」
お箸を手に取って、ハンバーグをひと切れ取って彼の前に差し出す。
「あーん」
「へっ……?」
「私のハンバーグを食べてくれたら許してあげます」
「そ、そんなことで……」
「食べてくれなかったら許さないし泣いちゃいます。ご近所さんに聞こえるくらい大泣きします」
「えぇっ!?」
ふっふっふ。見たか弥生少年。
こういう時にこそ『泣いちゃうぞ?(泣)』とかいう面倒くさい女ムーブが役に立つのだ。
時と場所を選べば一撃必殺の言葉になるのです。べんきょうになったね!
さぁ、選べ少年!!
「どうする?」
「……ど、どうって……っ」
「制限時間は三秒です」
「はぁっ!? ちょ、ま」
「さーんにーいーち」
「たっ、たべっ、たべる! あむっ!!」
差し出していていたハンバーグを、焦燥しながらパクっと食べてくれた弥生くん。
フン、それでいいのだ少年。貴様に女の子を泣かせる度胸はあるまい。
……いや、復讐のときはいろんな女の子たちを鳴かせてたんだっけ。
わぁ、えっちな子だなぁ。みつを。
「はい、食べたね。じゃあ許すのでこの件はおわり!」
「……如月」
「むっ。まだ文句がおありです?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら顔に迫ると、困惑していた弥生くんは──次第に、観念したように小さく笑みをこぼした。
「……いや、終わりで。……許してくれて、ありがとう」
「んっ。じゃあ私も……勝手に心を読んで、ごめんなさい。許してくれますか?」
「あぁ、許すよ」
「やった、許してくれてありがとーございますっ。……ふふっ」
思わず笑ってしまった俺につられて、弥生くんも軽く微笑んだ。
やっぱり彼は暗い顔よりもコッチのほうが似合ってる。なにより笑ってくれている方が、俺も安心できるし嬉しい。
これにて一件落着……かな?
『No』
なんでだよ。
「……んッ」
テーブルの上のハンバーグを指差すトマルちゃん。
その顔は無表情ながらも、なんだか若干不機嫌なようにも見える。
──あぁ、そうか。
「まだちゃんとご馳走様してないもんね、私も弥生くんも」
「トマルはそろそろ食べ終わりそうだな」
「じゃあ私たちも早く食べちゃお。トマルちゃんに怒られる前に」
そうだな、と返事をしてくれた弥生くんと一緒に、改めて”いただきます”。
途中で席を立ってお話したり、残したりとかすると怒っちゃうような、食事中のマナーに厳しいトマル先生に怒られないようきっちり食べないと。
「……やっぱり、おいしいよ。如月」
「フフフ~。私は料理上手だからねっ!」
褒められるととっても気分が良い。自分で作った事もあってかハンバーグがより美味しく感じる。
もっと褒めてもらいたいところだが、ここで大事な事を一つ、彼に伝えておこう。
「弥生くん」
「っ?」
一人の食卓が寂しいなら。
俺の料理がお好みならば。
「ご飯、いつでも食べに来ていいからね」
『Yes』
「──……っ」
一瞬驚嘆したように言葉を詰まらせる弥生くん。
そして、彼は一拍置いて、口を開いた。
「……うん。また食べにくるよ。……あの、明日も、いいかな?」
『Yes』
俺より先に言うんじゃないよ、このロリっ子。話してるの俺でしょうが。
食べに来るのは別にいいんですけども。
「ははっ」
「もう、トマルちゃんったら。家主の私に許可なく勝手に決めたらめーでしょ」
『No』
「な、生意気な……」
こんのロリめ。どうやら一から教育し直さないとダメなようだな。
……と、こんな感じで夕食の一幕は過ぎていって。
俺とトマルちゃんに見送られながらウチを後にしていった弥生くんは、こんな吹き出しを一つ残していった。
あぁ──本当に。ほんとうに楽しい食事だった。 |
「……それならよかったよ、少年」
「っ♪」
黒髪を撫でられて目を細めて喜んでいるロリっ子の傍らで、俺は小さく呟いた。
こんなモノローグがなくたって、顔を見れば分かることだ。
……無論、俺も楽しかった。
きょうこの日をもってようやく、弥生くんとちゃんとした友達になれたような、そんな気がする。
次回は新キャラ回です~