珍しく目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
楽しかった昨日を振り返ると仕事が憂鬱になるが、これもまたサラリーマン。
レンタルショップの雇われ店長2年目。出世は遠い。
のそのそと洗面所に歩くと、やはり雑に顔を洗う。
「そういえば」
「今日は夢観なかったな」
いつも走る国道の道中、コウタはずっと考えていた。
なぜ今日は夢を観なかったのか。たまたま?疲れていた?
今まで一日たりともそんな事なかったのに。
救世主の登場で展開が変わった?暁美ほむらと呼ばれた女の子は、勝つことができたのだろうか。
「今日は観られるかなぁ」
赤信号につかまる。今日は朝からついてない。
ギアをニュートラルに入れると、クラッチから手を離して道路を見つめた。この信号は長い。
じっと道路を見ていると、一瞬、視界に黒いモヤがかかったような気がした。
シールドを開けて瞬きを繰り返すと、黒いモヤは見えなくなった。
「何だ?お、やっと青になった」
ギアをローに入れ、赤いバイクは走り出した。
その瞬間、視界が一気に黒く染まる。
「あっぶねぇ!」
慌ててブレーキを握る。たった今まで明るかった景色が黒に変わり、 カラフルな何かが宙に浮いている。
ペンキをぶちまけたような色彩の物を見て、コウタはそれが何なのかわかった。
「あれ、DVDか?それとビデオテープ......まだあったのか」
わけのわからない状況に遭遇すると、変に冷静になってしまう。
そんなことより、ここから出て仕事に行かなければ。でもどうやって?
「あなた、どうしてここにいるの?」
「え?」
不意に声がして、コウタは声のする方に振り返る。
得体の知れない何かに巻き込まれたのは自分だけじゃなかったと、少し安心したはずだった。
「君は......」
目線の先にいたのは何度も夢に観たあの姿。
どこまでも黒く、つやのある長い髪。
どれほどの絶望を見てきたのか、冷たい輝きを持つ紫の瞳。
左手に埋め込まれた宝石と、携えた盾。
「暁美、ほむら......」
名前を呼んだ瞬間、暁美ほむらの目は動揺したように見開かれた。
「どうして私の名前を知っているの?」
「えっと、それは」
夢で観た、なんて言って良いのか。そもそも今見ているものが夢じゃないのか。コウタは答えに詰まった。
「答えなさい」
いつの間にか、ほむらの手には拳銃が握られていた。
あぁ、それも何度も観たよ。でも向けられるとは思ってなかったな。
「夢で観たんだ、君の戦いをずっと、繰り返してるのもずっと、観てた......」
精一杯、自分の言葉を紡いだ。
「そう」
拳銃を盾にしまい込むと、ほむらは髪をなびかせた。
本来入れないはずの場所に男が居る。
今までのループには無かったシーン。
偶然か必然か、男は自分の名前を知っている。
ほむらは少しだけ興味が湧いた。このループに終止符を打てるなら、何だって利用してやる。
「あなた、ここが何なのかわかる?」
「これと似たような景色なら、夢で観たことがあるよ。確か、君たちが戦っている相手の......」
「そう、魔女の結界。そして、あなたはここから出られない」
「それはちょっと、困るかな......」
何度も夢に観た存在が、今目の前に居る。
これが夢なのか現実なのかわからないが、何とかしなきゃいけないと強く感じた。
暁美ほむらがずっと戦ってきたことを、知っているのだから。
「この先、あそこの扉が見えるかしら」
「あれ?うちの店の自動ドアだ」
「あの向こうに魔女がいる。そいつを倒さないと、ここから出られないわ」
毎日出入りする見慣れた自動ドア、あの先にいるのは部下と韓流マダムくらいだと思うが、ほむらが言うならそうなのだろう。
「乗せなさい、あのドア遠いのよ」
「あぁ、良いよ。メットは......いらないか」
二人を乗せたバイクは、いつもの自動ドアに向かって走り出した。