VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います 作:久木タカムラ
当然と言えば当然ながら、掲示板で『怪人』の通称が広まりつつあるヨメカワイイにも、
家庭を持つと世界が変わって見えるらしいが、勤続十二年目を迎えた身としてはそれほど変化があるようには思えない。強いて挙げるなら、帰りにスーパーで買う食材の量が一人分から二人分に増えたくらいだ。
終礼のチャイムが鳴り、授業から解放されて騒がしくなる教え子達に言う。
「今日出した課題は必ずやるように。もし期日までに持って来なかったら……まあ良いか。期末を問答無用で赤点にするだけだし」
「「「今さらっと怖い事言わなかった!?」」」
「嫌なら忘れずにやるこったな」
ブーイングを聞き流し、教卓の上を片付ける。
部活に急いだり、買い食いの相談をしたり――それぞれが放課後を満喫する中、二人の女生徒が机を挟んで楽しそうに談笑しているのが見えた。
「じゃあ理沙、今夜八時にね!」
「分かってるって! うー、夜が待ち遠しくて仕方がないよ!」
「……だったらそれまで勉強して時間を潰せ、阿呆」
「あたっ!?」
こちらに背を向けるポニーテールの少女の頭を、丸めたテキストでぽこりと叩く。
もう一人、短髪で小柄な生徒――本条楓があははは……と苦笑を浮かべるのに対し、白峯理沙が頭を擦りながら振り返り、口を尖らせて非難する。
「せんせぇ、体罰反対!」
「違う。担任からの愛の暴力だ」
「暴力って自分で言っちゃってるじゃないですか!」
もっとも、白峯も本気で体罰を訴えている訳ではない。
担任になった当初こそ、背丈やら眼力やらで露骨に距離を取られたものだが、今では軽い冗談を言い合える程度には生徒の信頼を得る事に成功していた。
しかしまあ、それはそれ、これはこれ。
「文句があるならまた親御さんを呼び出してやろうか?」
「それだけは止めてぇ!」
白峯が悲鳴を上げて縋り付く。
このポニーテール娘、勉強は出来るのにやる気に波があるようで、先々週の実力テストで結果が芳しくなかったために母親と緊急三者面談をする羽目になってしまったのだ。その後自宅でどんな家族会議が開かれたのかは知らないが、反応から察するに相当絞られたらしい。
「おねげぇしますだお代官様! ようやっとゲームを解禁してもらったんです! どうか、どうかおっ母さんに連絡するのだけはご勘弁下せぇましー!」
「ええい離さぬか無礼者め。本条、この者をひっ捕らえよ」
「ははっ! さあこっちに来るのじゃ!」
「お情けを、どうかお情けをー!」
残っていた他の生徒達が、三文芝居を見て笑いながら帰っていく。
本条と白峯も笑って手を振り、運動部の掛け声が届く教室には三人だけとなった。
「白峯、お前が頭が良いのは知ってるんだ。遊ぶなとは言わんがもう少し勉強にも力を入れろ」
「はぁい」
「本条も、今の成績から落とさないよう努力を怠るなよ? 白峰の二の舞になってみろ、お前にも三者面談が待ってるからな?」
「が、頑張りますお代官様!」
「楓、お代官様はもう良いってば」
教え子の未来の一端を支える者として。
遊びは遊び、勉強は勉強で頑張ってもらいたいものだ。
◆ ◆ ◆
「さぁて、今日はどうすっか……」
もうすっかり見慣れたファンタジーの町並みを、一番高い建物の屋根から見下ろして。
連続ログイン日数を更新中のヨメカワイイは相棒の黒弓を矯めつ眇めつしつつ、真っ白な予定を何で埋めようか考えていた。
相も変わらず、嫁とは家庭内別居ならぬVR内別プレイ中。
装備も充実して本格的に嫁探しを開始しようにも、大きなギルドに所属している事以外はまるで情報がなく――かと言って女性プレイヤーに手当たり次第に声を掛けたりなどしたら、軟派野郎か本物の不審者の仲間入りだ。
悩んでいても時間の無駄なので、本日は釣りでもして暇を潰そうと決めた。
「よ……っと、【跳躍】」
とーん、と大通りすら跳び越えて、屋根伝いに釣り道具を売っている店へ向かう。
途中、道を行き交う何人かが驚いた様子でヨメカワイイを指差すが、第一回イベント終了後から向けられる好奇と畏怖の視線が格段に多くなったので、もう気にしない事にした。
自分でこれなのだから、メイプルも含めランキング入りしたプレイヤーは動物園のパンダ並みの扱いをされているんだろうなぁ、と他人事のように思う。
最近ようやく使い慣れた【跳躍】のおかげもあって、道具屋にはすぐ到着し――ヨメカワイイが手を伸ばす前に、シックなデザインの扉が内側から押し開かれた。
「あっ」
「おやま」
店内から出て来たのは誰あろう、巷で話題沸騰中のメイプルだった。
メイプルは目の前にヌボォッと立つ人影がヨメカワイイだと理解すると、目をキラキラ輝かせて満面の笑みを浮かべる。
「カワイさん! こんにちは!」
「はいこんにちは。二週間振りくらいか? 遅くなったけどイベント三位おめでとう」
「えっへへぇ、ありがとうございます!」
照れ臭そうなメイプル。
これで戦闘になると毒の竜を召喚して暴れ回るのだから恐ろしい。
「……えっとメイプル、この人? は知り合い?」
「うん、初めてログインした時からのお友達なんだぁ」
陰になっていて見えなかったが、メイプルの後ろにはもう一人、見知らぬ少女が。
懐かしさすら感じる初心者装備。腰に差した短剣以外に武器を所持していない。
メイプルから以前聞いていた、諸事情があって『NewWorld Online』にログイン出来なかった友人とやらが彼女なのだろう。
「は、初めまして、サリーって言います」
「ヨメカワイイだ。よろしく」
「うわ、すっごい名前。だからメイプルがカワイさんって呼んでるんですね……」
店の前で立ち話も邪魔になるため、さっさと釣り竿を買って静かな場所に移動する。
奇しくもメイプルとサリーの目的も釣りであり、地底湖に生息する魚から得られる白鱗を求めて何日も前から通い詰めているのだそうだ。
ならばと暇潰しも兼ねて協力を申し出たのだが、快諾したメイプルはともかく、サリーの表情がほんの少し強張ったのが気になった。
黒の重装備と怪人装備に両脇を固められ、真ん中を歩くサリーが居心地悪そうに言う。
「……二人と見た目の差があり過ぎて辛いんですけど」
「気にし過ぎだよー。サリーだってもうすぐユニークシリーズが手に入るかも知れないんだし」
「ユニークシリーズ?」
「ちょっ、メイプルその話は……!」
サリーが慌てて親友の口を押さえ、キョロキョロと周囲を警戒する。
町を出てから既に十五分は経つ――聞き耳を立てていそうな者がいない事を確認し、ほっと息を吐いてメイプルの両頬をパン生地のようにこねくり回すサリー。
「もうっ、どうしてそう簡単に言っちゃうかなこの口は! カワイさんもいるのに!」
「らってー、カワイひゃん手伝ってくれるんひゃし、言っておかないと悪いかにゃぁって……」
「……ああ、だからさっきサリーは良い顔しなかったのか」
ユニークシリーズは一つのダンジョンに一つだけ。
加えて、サリーはヨメカワイイと今日知り合ったばかりの間柄――未発見のダンジョンがあると教えたら、早い者勝ちのレアアイテムを奪われるかも知れないと考えるのは仕方がない。
メイプルは赤くなった頬のまま、
「大丈夫だよサリー、カワイさんは横取りとかする人じゃないから」
「まあ、メイプルがそこまで言うなら……人じゃなさそうなのも確かだし……」
「それ意味違ってないか?」
誤解が解けたのは何よりだが、モンスター扱いされる偏見は残ったままらしい。
しかし、地底湖のダンジョンとは――
「水中戦だよな、明らかに」
「そうなんですよー。だから釣りはメイプルに任せちゃって、私は今【水泳】と【潜水】スキルのレベル上げをしてる所なんです」
「でもでも、潜る時にサリーが魚を狩ってくれるから、素材はいっぱい集まってるんですよ!」
「仲良しなんだねぇ」
地底湖の入口が見えてきた。
なるほど、確かにダンジョンに続いていても不思議ではない程度には怪しい。今の今まで発見に至らなかったのは単に探索が甘かったか、あるいは何らかの条件を満たしていなかったからか。
「どっちにしろ、ユニークシリーズを狙うなら単独でボスに挑まないとな」
「パーティーを組めたとしてもメイプルの【AGI 0】じゃ泳げなくて、ボス部屋まで辿り着く前に溺れ死んじゃってただろうけどね」
「私が戦ったのが
青に輝く神秘めいた地底湖に出迎えられ、メイプルとヨメカワイイはインベントリから釣り竿を取り出して湖面に針を投げ込む。
その横でサリーが準備体操を始め、最後に大きく深呼吸。
「じゃあメイプル、ちょっと行ってくる!」
「うん、頑張ってねサリー!」
「カワイさんも、私がいないからってメイプルに変な事しちゃダメだからね!?」
「……この中で一番変な事しそうなのはメイプルだと思うが?」
サリーは綺麗なフォームで水面に飛び込むと、そのまま広い湖底へと姿を消した。
現実ならば一、二分程度しか呼吸は止められないが、果たして【潜水】のスキルを持っているとどれだけの時間水に潜っていられるのやら。
「さあカワイさん、私達もどんどん釣りましょう!」
「ウナギとかアナゴとかタコとか釣れないかなー」
「釣れても鱗取れないです!?」