VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います 作:久木タカムラ
結果から言えば、ダンジョンの先には未踏のボス部屋が存在した。
そこに到るに欠かせない【水泳Ⅹ】と【潜水Ⅹ】を取得したサリーは、四十分という制限時間の中で入り組んだ水中トンネルを進み、なおかつボスを討伐しなければならなかった。
一度戻り、呼吸と準備を万全に整え――そうして潜り始めて、既に三十分が経過している。
フレンド欄に死亡通知が届いてないので現在も戦闘の最中なのだろうが、仮に酸素のない完全な水中で戦っているのであれば、残り時間はあと十分もない。
そして、倒せても水が引いて呼吸が出来るという保証もない。
「なのに、のんびり釣りをしてる俺って何なんだろうな」
メイプルは時間が合わずログアウト済み。
地底湖は時折魚が水面を叩く音以外何も聞こえず、静寂そのもの――紺碧の奥底で少女が懸命に戦っているとはとても思えないほどに平和な光景が続く。
可能であるならボス部屋の前まで迎えに行ってあげたい所だが、この世界には酸素ボンベの類は存在せず、あったとしても今から調達しに行って間に合うばずもない。
そもそも、ボス部屋へ続く迷路のルートはサリーしか知らないのだ。
「……っと」
浮きが沈み、釣り竿が激しく暴れ回る。
白い魚の手応えとはまた異なる重々しい振動。
腰を浮かせ、両足で踏ん張り、力任せに釣り竿を振り上げると――
「――げほっ、けほっ!」
後ろ襟に針が引っ掛かったサリーが見事に釣り上げられた。
「よう、おかえり。何時から魚に転職したんだ?」
「そんな訳ないでしょ。早く針外して……」
水揚げされたサリーは、疲弊こそしていたがダメージは受けていないようだった。
始めて一月かそこらで未知のダンジョン、挙句ボスを無傷で攻略するとは――彼女のPSは自分やメイプルなど足元にも及ばないほど鍛え抜かれているのかも知れない。
初心者装備のままのサリーに尋ねる。
「せっかくのユニークシリーズだろ? 装備しないのか?」
「明日、メイプルと一緒の時にお披露目しようかなぁって思って」
「…………そうか」
用済みとなった釣り竿を片付ける。
熟練のゲーマーだとしても、強敵討伐後の達成感に酔った状態となれば話は別だ。
爆弾を【装填】した矢を、完全に気を抜いているサリーに向けた。
「えっ……?」
驚愕と困惑が大半だったその瞳が、状況を理解するにつれて険しいものに変わっていく。
腰の短剣を引き抜き、逆手に構えるサリー。
「サリー……」
「……何ですか?」
「――屈め!!」
驚異的な反射速度でサリーはその場に伏せる。
ヨメカワイイが放った矢が一瞬前までサリーの頭があった場所を通過し、その背後――人間など一飲みに出来る巨大な口の中に吸い込まれた。
直後、爆発。
真っ赤な口腔内へ大ダメージを受け、透明な身体で景色に溶け込むトカゲ型モンスターは四肢と尻尾を暴れさせてのたうち回り、やがてピクリとも動かなくなって光の粒に変わる。
モンスターのデータを確認してサリーが呟く。
「ホロウ、サラマンダー? こんなモンスター今まで出なかったのに……」
「お前さんがボスに挑み始めたくらいからそっちこっちで数匹単位で湧き出した。どうやら誰かが一度でもボス部屋の扉を開けると出現する仕組みみたいだな。口の中じゃないと攻撃ぶち込んでもダメージを受けないらしい。爆弾で一発だからHPはそんなに高くないな」
たまたま【反響】で地底湖周辺を索敵しなければ、ヨメカワイイも餌食になっていた。
脈動する心臓と大きく開けた口以外は不可視の魔獣は、何も知らずに釣りに来た者達にとっては最悪の捕食者となる。
「これ、ボス部屋から戻ってきて油断した所を狙うトラップですよね。もしかして、カワイさんがログアウトしないで待っててくれたのって……」
「まあ、何か面白そうな素材が取れないか調べるついでだけどな。ああそうだ、明日もメイプルと会うならこれ渡しといてくれるか?」
インベントリから白鱗を取り出し、隣に積み上げる。
ホロウサラマンダーを狩っては釣りに戻る――その繰り返しで貯まった副産物だ。
その量を見てサリーは目を丸くする。
「そりゃメイプルも喜ぶだろうけど……良いんですか?」
「俺が持ってても換金するくらいしか使い道ないしな」
新たな爆弾の原料になるなら少量でも確保したい所だが、掲示板で調べた限り現状では装備品やアクセサリーの素材にしかならないとあり、装備一式の作成のために大量に必要なメイプルの方が有効活用出来るだろう。
座りっぱなしで痛む――ような気がする腰を叩き、強張った筋肉を解放する。
「メイプルが信頼してる理由が分かった気がします」
「あのお嬢ちゃんは他人を簡単に信用し過ぎな気もするがね。さてと、ブツも手に入ったようだし町に戻るか。ちょいと面倒な帰り道になっちまったが」
「……そうですね」
外へ続く洞窟に潜む無数の気配――【反響】を使わずとも感じるホロウサラマンダーの群れ。
ヨメカワイイが爆弾の残量を確認し、隣に立つサリーも短剣を構え直す。
ログアウトすれば簡単に町に帰還出来るが、ここまであからさまに喧嘩を売られたら何が何でも突破したくなるのは、世代は違えどゲーマーとしての性なのだ。
「メイプルがいれば
「洞窟が劇毒で沈んでメイプル以外出られなくなっちゃいますけどね」
「違いない」
不敵な笑みを浮かべ、どちらともなく二人は歩き出す。
天井で、地面で、岩壁で。
ドクン、ドクンと激しく鳴動する心臓を、一つ残らず狩り尽くすために。
◆ ◆ ◆
三日後。
マップ北端に新実装されたダンジョン――最奥の大扉の前にヨメカワイイはいた。
この向こうで隠棲するボスを倒せば、数週間前の大規模アップデートでスキルやアイテムと共に最大の目玉として追加された第二層に進む事が出来る。
新しい物好きの嫁の性格から考えても、まず間違いなく実装直後に二層を目指したはず。一層で出会う可能性が低くなった以上、自分も新天地に向かわなければならない。
「……問題は、俺一人でやれるボスかどうかって事なんだけどな」
掲示板では続々と二層到達の報告が上がっている。
別マップへの門番的なボスのためか苦戦したというプレイヤーは少数だが、その反面、確実性を重視してパーティーを組んで挑んだという意見が大多数だ。
理想を言えば、ヨメカワイイもパーティーを組むべきである――しかし、この世界の知り合いはメイプルとサリーだけで、マイペースに楽しむ二人をこちらの都合に巻き込むのも気が引ける。
「ま、なるようになるか」
手も足も出なければ、その時はその時である。
◆ ◆ ◆
ヨメカワイイ
Lv31
HP 930/930〈+530〉
MP 920/920〈+10〉
【STR 5〈-50〉】
【VIT 15】
【AGI 25〈+25〉】
【DEX 30〈+25〉】
【INT 25〈+10〉】
装備
頭 【不死病の束縛帯:鋭敏化】
体 【人面獣心の皮衣:獣性解放】
右手 【罪悪滔天:狩人の執念】
左手 【罪悪滔天:狩人の執念】
足 【人面獣心の皮衣:獣性解放】
靴 【不死病の束縛帯:鋭敏化】
装飾品 【奇術師の指輪】【空欄】【空欄】
スキル
【スプレッドショット】【フレシェットスコール】【ファイアボール】【ウォーターボール】
【ウィンドカッター】【リフレッシュ】【ヒール】
【弓の心得Ⅵ】【火魔法Ⅰ】【風魔法Ⅰ】【水魔法Ⅰ】【光魔法Ⅱ】【反響】【施しの報酬】
【毒耐性中】【麻痺耐性小】【HP強化小】【MP強化小】【装填】【
◆ ◆ ◆
レベルも上がり、攻撃スキルも【スプレッドショット】と【フレシェットスコール】に進化して魔法の種類も増やした。ショップでINT増加の装飾品も購入済み。
当然、万全を期してインベントリのほとんどを爆弾とMP回復アイテムが占めている――道中のモンスターは一撃で倒せる個体ばかりで、あまり消費しなかったのが幸いだった。
「オープン・セサミっと」
天井が高く奥行きのある部屋で、一本の大樹がヨメカワイイを出迎える。
背後で大扉が閉まると同時――大樹が音を立ててその形を変え、枝分かれした角に青々しい葉を生い茂らせ、紅玉のような林檎を実らせる巨大な鹿の王が姿を現した。
虎落笛にも似た嘶きが大気を震わせ、展開される緑色の魔法陣。
「【装填】【ファイアボール】――【スプレッドショット】!」
散弾の如く拡散する火矢が、襲い来る巨大な蔓の奔流を焼き尽くす。
不測の事態に備えて【
「【装填】『七星爆弾』」
爆弾を【装填】し攻勢に移る。
蔓の隙間を縫って飛ぶ爆弾矢は、しかし鹿に当たる直前に緑の障壁に阻まれ爆発した。その際に角部分が爆発の余波を受けてダメージを負った事を、ヨメカワイイは見逃さなかった。
「【装填】【ウォーターボール】――【フレシェットスコール】!」
水の凶弾を内包した矢の豪雨が角の葉と林檎を撃ち落とし、障壁を失った本体を穿ち貫く。
HPが減少して行動パターンが変化する鹿の王。
風刃が飛び交い、蔓が暴れ狂い、極めつけとばかりに大地が隆起する――【鋭敏化】で紙一重で回避し、時には【ウィンドカッター】を【装填】した矢で相殺しつつヨメカワイイは機会を窺う。
そして、その好機は存外早く訪れた。
HPが残り一割となったところで鹿の王の足元に魔法陣が広がり、HPが回復し始めたのだ。
「【装填】『七星爆弾』――【魔弓の極技】」
一日一回の限定スキルを惜しみなく発動させ、【跳躍Ⅹ】で一気に距離を詰める。
「【フレシェットスコール】!」
広範囲攻撃スキルを一つの的に収束させるとどうなるのか、という好奇心。
結果、数十を超える矢の全てが一点に降り注ぐ事になる。
爆発が爆発を呼び、激痛と灼熱に身悶えする鹿の王――しかしそれだけでは終わらせない。
「【装填】『七星爆弾』――【スプレッドショット】!」
頭上と正面から、防ぐ手立てを失った相手への過剰爆撃。
容赦のない猛襲がHPバーを完全に削り切り、鹿の王は一際高く嘶くとその雄姿を散らした。
「……何だ、思ったほどでもなかったな」
ダンジョンの主の最期を見届け、第二層へ続く魔法陣の出現を確認して。
拍子抜けな感想を零すヨメカワイイだった。