VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います 作:久木タカムラ
「うーん……」
ダブルベッドの上で、パジャマの嫁が右に左に行き来する。
ベッド横に座るヨメカワイイの背にぶつかると反転してゴロゴロゴロ、反対側の壁にぶつかってまた反転してゴロゴロゴロ。
神妙な面持ちでスマホの画面と睨めっこして、逆に見辛いんじゃないかと思えるほど端から端へ往復し続ける様子は――職人が麺棒でうどんの生地を伸ばす光景と重なってしまい、思わず笑いが込み上げてくる。
第二回イベントに備えて実施されたメンテナンス、その内容が嫁を唸らせている原因だった。
一部スキルの修正およびモンスターのAI強化、さらには防御貫通スキルの実装と痛覚軽減。
「うぅーん……」
モンスターが利口になるのも、あからさまなメイプル対策の貫通スキル追加も別に構わない。
嫁が頭を悩ませているのは、テコ入れとも受け取れるスキルの修正についてだ。
どのような修正を受けたのかは対象のスキルを所持するプレイヤーしか分からない。しかし嫁の奇行を見た限りでは、どうやら弱体化の煽りを食らってしまった者の一人であるらしい。
裏を返せば、弱体化を受けるだけの強力なスキルを持っているという事だが。
「ぅぬーん……」
ベッドから離れる。
「ふにゃっ!?」
ストッパーがなくなり、勢い余ってベッドから転げ落ちる嫁。
そうなるとは思わなかった――と言えば嘘になる。
「諦めろって。弱体化されたのはお前のスキルだけじゃないんだから」
「んぅぅっ!」
床に敷かれた絨毯の上で両足をバタバタさせ、不平不満をこれでもかと主張する――その怒りはメンテナンスを行った運営へのものなのか、それとも受け止めようとしなかった夫へなのか。
ちなみにヨメカワイイのスキルは大半が弱体化を免れていた。
パッシブスキルの【狩人の執念】はともかく、【装填】か【施しの報酬】のどちらか、あるいは両方に回数制限でも設けられるものと覚悟していたが杞憂だったようだ。
アイテム頼りの戦術と軽視されたにせよ何にせよ、これまで通りで問題ないと判断されたのならこちらに文句はない――代わりに【反響】の範囲が半分に縮小されてしまったが。
泳ぎの練習が止まり、何かを期待するような嫁の瞳と、こちらに伸ばされる両腕。
「……愛するお嫁さんが傷心してるんですけどー?」
「その割にはものっすごく元気そうだけどな」
優しく抱き上げてベッドに放ると、今日はもう不貞寝するつもりなのか、愛するお嫁さんは枕に顔を埋めて動かなくなる。
こうなってしまうと今宵はログインして探し回る必要もなくなるので、嫁に薄手の毛布を被せてその隣で横になり――もそもそと右腕に抱き着いてきた嫁の体温を感じながら眠りに就いた。
◆ ◆ ◆
瞬く間に二週間が過ぎた。
第一層の町並みの特色がファンタジーでは定番の牧歌的な村々とするなら、第二層は古代文明を彷彿とさせる石造建築が軒を連ねる都市だ。
町を出れば砂漠や荒れ地、森林が広がり、一層では見られないモンスターが跋扈している。
実装からおよそ一月半――第二回イベント直前ともなると、相応の実力を持ったプレイヤー達の大半が二層の町を拠点として行動しているため、一層に負けず劣らずの賑わいであった。
特に今日は、町に集まる誰もが興奮と期待の色を隠そうともしない。
「お待たせ致しました! 第二回イベントの説明を始めます!」
広場が参加者の歓声で満たされる。
「今回のイベントは探索型となります! 皆さんに探し出してもらうのは、転移先のフィールドに散らばった三百枚の銀のメダルです! これを十枚集める事で金のメダルに、そして金のメダルはイベント終了後にスキルや装備品に交換出来ます!」
それを聞いてヨメカワイイがまず思い浮かべたのは、銀の天使を五枚、あるいは金の天使一枚で景品と交換出来るチョコ菓子だった。ヨメカワイイはキャラメル派で嫁はイチゴ派である。
二種類のメダルの画像が切り替わり、武器や防具、装飾品の一覧が流れていく――現状の武器で満足しているヨメカワイイにとっては、スロットに空きのある装飾品探しが中心となる。
「第一回イベントで十位以内に入賞された方には金のメダルを既に一枚贈呈しています! 倒して奪い取るも良し、我関せずと探索に励むも良しです!」
説明は続く。
現実では同じソファに座る嫁も、この広場の何処かでこれを聞いているのだろうか。
「死亡しても落とすのはメダルだけ! 装備品は落とさないのでご安心を! メダルを落とすのはプレイヤーに倒された時のみなので、モンスターを恐れずどうぞ探索に励んで下さい! 死亡後はそれぞれの転移時初期地点にリスポーンします!」
つまり、前回三位だったメイプルも金のメダルを一枚持っていて、それを狙う他プレイヤーから襲われやすくなったという事だが、誰かに倒される光景が全くと言って良いほど想像出来ないのがあの少女の恐ろしいところである。
メイプルと、そしてゲーム熟練者のサリーのパーティーを狙うなど、それこそ
女性プレイヤーには攻撃出来ない――攻撃したくない自縛の有無に関わらず、二人と顔見知りで出会い頭に即戦闘とならないのが幸いだ。
「今回のイベント期間はゲーム内時間で一週間、時間加速を適応させているためゲーム外での時間経過はたったの二時間です! フィールド内にはモンスターが入れない安全地帯を数多く用意してありますのでそれを活用して下さい!」
一週間ともなれば、確かに休息は必要か。
初日はほとんどのプレイヤーがフィールドをほじくり返すのに夢中になるだろうが、残り日数が少なくなるほど対人戦が頻発するのは想像に難くない。当てもなく、草の根分けて小さなメダルを探し回るより、自分以外のプレイヤーを見つけて奪取した方が効率的にも楽なのだから。
最後に、一度ログアウトするとイベントに再参加出来ないという注意事項を確認して、いよいよ壮大な宝探しの幕が上がる。
ノルマはひとまず十枚。
「それでは第二回イベント、スタァートッ!!」
第一回イベントと同様に、ヨメカワイイを含めた広場の参加者達が光に包まれた。
一瞬の浮遊感の後に訪れる、地面を踏み締める感触。
「……っと」
ヨメカワイイが立っているのは、新緑のカーペットが広がるなだらかな丘陵地帯だった。
およそ戦闘とは無縁と思える平和そのものの光景――西には噴煙が昇る山岳、南には森林、東は凪いだ海と白い砂浜、そして北は低い石垣が散見する草原だ。
顔を上に向けると、空中をのんびり泳ぐ巨大なイトマキエイのようなモンスターが見えた。
「ファンタジーだねぇ……」
さて。
メダルを探せと簡単に言うが、この広い世界でまずはどうすれば良いのやら――某勇者よろしく適当な民家に押し入ってタンスを漁り、壺を叩き割れば出てくるのか。立派な犯罪行為である。
丘の上でそよ風を浴びていると、下から何かが向かって来るのが見えた。
それは、艶やかな羽毛で飾った大型の鳥類の群れで――飛ぶのではなく健脚で大地を蹴り、牙が生え揃ったクチバシを開いて人語にも似た鳴き声でこちらを威嚇する。
「あらやだ、熱烈大歓迎?」
爆弾ではなく【ファイアボール】を矢に【装填】する。
これから七日間もこのフィールドに閉じ込められるのだ。念には念を入れてイズお手製の爆弾もポーションも十分な数がインベントリで眠っているが、消耗品の類は節約するに越した事はない。
「晩飯は焼き鳥の盛り合わせだな。ビールがありゃ申し分なしだ」
好物を思い浮かべ、顔面を覆う包帯の隙間から仄暗い光を目に宿すヨメカワイイ。
数分後――丘陵を支配していたコカトリスは絶滅の憂き目を見る事となる。