VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います   作:久木タカムラ

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リアルのカスミを後輩の歴史教師にでもしようかと思いましたが、世間が狭すぎるので止めました。


015.イベント二日目・刀錨乱舞

「やーだー! 旦那様と一週間も離れ離れなんてやーだー!」

「やーだー言われても、俺が決めた訳じゃないしぃいぃい」

 

 これでもかと嫁が駄々をこねる。

 第二回イベントの内容が運営管理の掲示板で告示されてからずっとこの調子だ。

 虎柄の猫のぬいぐるみにヘッドロックを極めながら、職場から持ち帰った答案用紙の採点をするヨメカワイイに取り付いて前へ後ろへガックンガックン揺さ振る――手元が狂うので止めなさいと言いたいが、このアグレッシブな愛情表現を拒むともっと不貞腐れるのでされるがままだ。

 85点の『8』を書き損なった白峰理沙の答案を採点済みの箱に入れて、身体ごと嫁に向き直る。

 

「一週間ったってゲーム内の体感時間の話で、現実(リアル)じゃ二時間しか経過しないんだろ? そんなの遊んでればあっと言う間でしょうが」

「ぶー……」

 

 イベントには参加したい。しかし一週間も会えないのは嫌。

 そんな余所様にとって知った事ではない葛藤に苦悩する嫁――修学旅行の引率業務で家を空ける必要があった時も『一緒に行くぅ!』の一点張りで、準備済みのヨメカワイイの荷物を人質にして押し入れに籠城を決め込んだくらいなのだ。出発当日の朝には荷物を返してはくれたが。

 

「たかがゲームでこの調子じゃ、もし俺が入院とかしたらどうすんだよ……」

「ずっと一緒にいる」

「面会時間が終わったら?」

「忍び込む!」

 

 むふー、と息巻く愛しい奥さん。

 人見知りなのに、変に行動力があるから恐ろしい――ダンボールに入って病院に潜入する光景が妙にリアルに想像出来てしまうのだが、警察の厄介にならない事を切に願う。

 一昨日もコンビニ帰りに相合傘で歩いていたら、赴任したばかりで事情を知らない新米警察官に職務質問されたばかりなのだから。あれは帰り道にそういうホテルが建っているのが悪いと思う。

 

「あ……でも入院するのは旦那様より私が先かも」

「……身体の調子でも悪いのか?」

「そうじゃなくて、その、あにょ……あ、赤ちゃん、産んじゃう時とか、ね……?」

「…………」

 

 きゃー言っちゃった言っちゃった、と紅潮した顔を両手で隠して照れる嫁。

 二十歳にもならない新妻に『そろそろ家族を増やしませんか?』と言外に誘われた時、夫として社会人として一教師として、どう応えるのが正しい選択なのだろうか。

 思わず仕事道具が広がったままのローテーブルを見やるが、本条楓の答案用紙にヨメカワイイが今求める解答が記されているはずもなかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「んが……?」

 

 新緑の間から差し込む陽光で目が覚めた。

 身を起こそうとするが、腹部に何重にも巻かれたそれを許さない。

 

「……ああ、そうか……」

 

 何故そんな事になっているのか思い出す。

 寝床代わりにした太い木の枝から転がり落ちないように、錨弓の鎖で身体を固定してから仮眠を取ったのだ――時刻を確認すると十五時間も惰眠を貪っていたらしい。仮眠どころではなかった。

 鎖を解いて枝から降り、硬いベッドで凝り固まった身体を伸ばす。

 砂地の魔法陣から転移した先は、季節に関係なく多種多様な色彩が咲き乱れる花畑。その中心にぽつんと一本だけ立つ大樹の周囲がプレイヤーにとっての安全地帯であるらしく、花々を飛び回る昆虫型モンスター達も近寄ろうとはしない。

 

「さーて、今日はどうすっかなっと」

 

 錨弓を肩に担ぎ、今後の行動を考える。

 半日以上寝たおかげで昨日の激闘の疲労はない。とは言え、二日続けて大型モンスターと戯れる羽目に陥るのは避けたいところ。

 現在、銀のメダルの所持数はメッセージボトルとヤドカリ討伐で得た計三枚のみ。残り五日半で七枚も見つけ出すとなると、あまり悠長に構えていられないのも事実――本格的に対人戦も視野に入れなければならないだろう。

 

「ここを探索するか、それとも別の場所に移動するか……」

 

 初日の丘陵地帯も広大だったが、この花畑はさらに規模が大きい。赤から黄、白に紫、青と橙のコントラストが波のように、あるいは視覚に訴える暴力のように続く途方もない巨大絵画。

 探索するにしても見えるのは一面の花ばかりで怪しい建物の類はなく、逆に言えば、調べるべきオブジェクトが千紫万紅では収まらない範囲で敷き詰められている。

 例えば花弁の中にあるメダルを一輪一輪、目を皿にしてくまなく調べるとなれば、両手の指では足りない日数が必要――過ぎたるは及ばざるが如し、押し潰されそうな美しさに辟易する。

 それこそ、メダルの表裏に進退を委ねようか悩む程度には。

 しかし探索よりも何よりも先に、どうやら寝起きの軽い運動をしなければならないようだ。

 花を極力踏まないように気を遣った足取りで、何者かがこちらにやって来るのが見えた。

 

「……メイプルよりは幸運と考えるべきか、何にせよ悪い予感とは当たるものだな」

「この状況で『会いたくない相手』と認識されている事を誇った方が良いのか?」

 

 長い黒髪、桜色の和服に紫の袴。

 腰に一振りの刀を帯びた、凛とした佇まいの女剣士。

 

「名乗りはいるか、前回六位のカスミさん?」

「いや、必要ない。第一回イベントの映像は私も目を通してある。得物は違っているが黒い装備に顔や手足の包帯、見上げるほどの背丈と鳥の巣のような頭髪――前回十一位の……ヨメカワイイ」

 

 多少の照れを残しつつも、カスミは律儀に名前を略さず呼んでくれた。

 ヨメカワイイが弾こうとした右手のメダルに視線を注ぎ、彼女は静かに刀の鯉口を切る。

 

「……問答無用か」

「その手に握る物を見てしまっては、このまま黙って通り過ぎる訳にもいくまい。それに私が背を向けたところで、そちらが見逃してくれる保証などないだろう?」

「女を後ろから撃つ趣味なんてないんだがなぁ」

 

 メダルを親指で高く弾く。

 くるくる回転しながらメダルは緩やかな弧を描いてヨメカワイイのアフロを越え――背後にある大樹の根に当たり、キンッ、と音を立てると同時に。

 

「【超加速】!」

「【反響】!」

 

 鋼と鋼が激突した。

 目にも止まらぬ速度で距離を詰め、横薙ぎに振るわれるカスミの白刃を、縦に構えた錨弓の柄で受け止めるヨメカワイイ。

 防がれるとは思っていなかったのか、カスミの顔に驚愕の色が浮かぶ。

 

「まさか、初手で見切るとは……」

「少し焦ったけどな。音速より遅いならどうにか捕捉は出来るさ」

「なるほど、流石に一筋縄ではいかないな。だが!」

 

 カスミの姿が再び見えなくなり、高速移動する彼女を追って花弁がそこかしこで飛び散る。

 どうやら【超加速】は一瞬の速度向上ではなく、持続的なAGI強化の効果があるらしい。しかし任意発動のアクティブスキルならば制限時間があるはず。

 おそらくは一分くらいだろうと当たりをつけ錨弓を構え直す――花弁の散る音が、何時の間にか止んでいた。

 

「【七ノ太刀・破砕】!」

 

 花畑から大樹に飛び移っていたカスミが枝葉を破ってヨメカワイイの頭上に現れ、気迫を纏った大上段の振り下ろしを放つ。

 それを読んでいたヨメカワイイも錨弓の柄で刃を滑らせて受け流すが、【超加速】が切れる前に勝負を着けるつもりなのか、カスミの猛攻はさらに鋭さを増していく。

 さて、どうしたものか。

 嫁ではないという確証を得られないまま、ヨメカワイイは錨弓を振るう。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「【四ノ太刀・旋風】! 【六ノ太刀・焔】!」

 

 上下四閃の連撃に、炎を宿した刃の一閃。

 スキル【刀術】に内包された剣技を矢継ぎ早に発動させながら、カスミは内心焦っていた。

 金のメダルを狙われながらもイベント初日を特に問題なく生き抜き、ペインやメイプルといった自分よりも上位ランクのプレイヤーに遭遇する事もなく二日目を迎えたまでは良かった。

 だが、小休止のつもりで立ち寄った大樹――その下でばったり出くわした十一位の怪人にこうも苦戦を強いられるとは。

 

「これも防がれるか。ならば【一ノ太刀・陽炎】!」

 

 相手の眼前まで瞬時に移動して切り伏せる――並大抵の相手ならこれだけで一撃とはいかずとも相当のダメージを受けるはずなのに、長身痩躯の怪人は傷を負うどころか、巨大な錨を巧みに操りその長柄で、あるい柄頭から伸びた鎖で全ての斬撃をいとも容易く防いでしまう。

 掲示板ではもっぱら『カワイ』の通称で呼ばれる弓、いや爆撃使い。

 第一回イベントのダイジェスト映像を見て、てっきり接近戦は不得手だと思っていたのに。

 距離を取るための牽制さえもカスミにとっては致命傷になりかねない重量感があり、銀のメダル一枚のために勝負を挑んでしまった事を後悔するには十分な強敵だった。

 

「っと、危ない危ない。気を抜くとバッサリいかれそうだな」

「……どの口が言うのやら」

 

 突けば槍、薙げば大鎌、下ろせば戦斧、振るえば鉄鞭。

 最初に見た時はイロモノ武器としか思えなかった鉄の塊が、近接戦闘には自信があったカスミを完封に近い形で追い詰めている――【超加速】の補正効果も切れてしまい、速度で翻弄する戦法も不可能となってしまっていた。

 何より、自分はここまで手の内を明らかにしているのに、相手は一合目の【反響】以外スキルを使った様子がない。その事実がカスミの焦躁を加速させる。

 何が『メイプルよりは幸運だった』だ。

 相手はまだ、弓を弓としてすら使っていないと言うのに。

 

「っ! 【十ノ太刀・金剛】!」

 

 風を切って縦横無尽に暴れ狂う鎖鞭を弾き、愛刀を正眼に構えたまま調息――どうにか気持ちを落ち着かせるものの、肝心の起死回生の一手は思い浮かばない。

 互いに無傷、しかし技量の差は絶望的。

 逆に諦めもついて金のメダルなどくれてやっても良いとすら思えるが、六位の意地としてせめて一太刀だけでも届かせたい。

 あくまで防御に徹する怪人に言う。

 

「次の攻撃で最後だ。この技が貴方に通用しなかったその時は……私の負けで構わない。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「良いのか? こっちは所詮付け焼刃だ。攻め続ければそっちが勝つかも知れないぜ?」

「貴方が気にする必要はない。実力を見誤った挙句、嘗めてかかってしまった私なりのけじめでもあるからな――いざ、参る!!」

 

 黒髪を純白に染め上げ、瞳は黒から緋色へ。

 桜色の煙霞のエフェクトを全身に漂わせながらカスミは放つ。

 今の自分が有する最強の技を、全身全霊の剣を。

 

「【終ワリノ太刀・朧月】!」

 

 その名の通り、刀身が朧の如く曖昧になるほどの神速の斬撃、それが合わせて十二回。

 目で見てから反応する事など不可能な連撃のそのほとんど全てを、ヨメカワイイは錨弓の長柄と鎖でもって見事に防いでみせた――そう、ほとんど(・・・・)全てを、だ。

 

「ぐっ!?」

 

 十一度目の刃が、ヨメカワイイの手から錨弓を弾き飛ばす。

 必殺はあと一撃だけ残っている。

 もらった、とカスミが勝利を確信し、逆袈裟に振り抜いた最後の一刀は――しかし上体を後ろに大きく反らして紙一重で躱し、冷静に黒弓に持ち替えた怪人を斬り裂く事はなかった。

 自分の桜色のオーラが消えるのを視界の端に捉えながら、こちらに狙いを定める怪人を見る。

 

「…………完敗だな」

 

 包帯の隙間から覗く、仄暗い光を湛えた眼。

 不安定な体勢から放たれた一矢が、カスミの額を正確に撃ち貫いた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……面倒を掛けてしまったな。申し訳ない」

「いやいや面倒だなんて。こっちも良い経験になったよ」

 

 納刀してペコリと頭を下げるカスミ。その身体にダメージはない。

 それはそうだろう――ヨメカワイイが最後に一度だけ撃った矢に【装填】されていたのは爆弾や攻撃魔法ではなく【ヒール】なのだから。

 アンデットであれば苦痛に感じるかも知れないが、どう見てもカスミは人間である。

 

「私の全身全霊を出し切ってそれでも手も足も出なかった。本当ならこの金のメダルも勝者である貴方が持つべき物なのだが……」

「本気で奪うつもりならとっくにそうしてる。俺にとってはメダルよりお前さんと戦えた事の方が有益だった。だからそれは受け取れない」

「……そうか」

 

 接近戦において、自分の腕がどこまで通用するのか知る必要があった。

 そういう意味ではカスミとの邂逅は渡りに船。そして結果は申し分ないものだった。六位相手にあれだけ持ち堪えられるなら、少なくともその辺の雑魚モンスターには苦戦しないだろう。

 今後の課題としては近接攻撃スキルの取得と、黒弓『罪悪滔天』と錨弓『一天四海悪逆無道』を状況に応じて素早く持ち替えられるようにする事か。

 戦闘で滅茶苦茶になった花畑も、時間経過と共に元の姿を取り戻している。

 

「じゃあ、俺はそろそろ別のエリアに向かうとするよ」

「ああ、私ももっと精進する。機会があればまた手合わせをお願い出来るだろうか?」

「構わんさ。その時は俺も胸を借りる事になるだろうけどな」

「……ご武運を」

「そっちもな」

 

 怪人と武人は握手を交わし、互いに別々の方角へ進み始める。

 もう背中を狙われる心配をする必要はなかった。

 

「ひとまずは、東か……」

 

 進む先にはもうもうと煙を吐き続ける活火山。

 そこでは予期せぬ再会が待ち受けているのだった。




次回は嫁と絡みます(健全な意味で)
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