VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います   作:久木タカムラ

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018.灼竜シウコアトル

 突然始まった揺れは収まる素振りを見せず、それどころか、だんだんとこちらへ(・・・・)近付いている(・・・・・・)と五人の誰もが感じ取れるほどに強く、大きくなっていく。

 その地鳴りの激しさが誇示しているのは、即ちこれから現れる敵の強大な力。

 地獄の底より這い出てくるのは果たして鬼かうわばみか。

 どちらにせよ生半可な戦いでは済まないとヨメカワイイは――恐らくミィも予感していた。

 

「穴が……」

「光ってるッス」

「三人は私とカワイの後ろへ。油断するな」

 

 ミィが三人娘を背後に隠し、杖を構える。

 

「一体何が上がって来るんでしょうか……」

「アイドルグループじゃない事は確かだな」

 

 さして面白くもない冗談を吐き捨て、縦穴をせり上がる煌々とした光を睨む。

 それはキャンドルの炎光のような柔らかなものではなく、溶鉱炉の内部を思わせる灼熱と粘りを多分に含んだ、近寄る事を躊躇う暴力的な光源だった。

 火山ダンジョン、地鳴り、そして縦穴から溢れ出しそうになっている光となれば、もうこの後の展開は予想できてしまう。予想したくなくとも想像してしまう。

 つまりは――

 

溶岩(マグマ)ッスー!?」

 

 やはりと言うか、真っ先に叫んだのは体育娘だった。

 ついに縦穴の許容量を超えて、ドロドロに溶けて形を失った大量の岩石がヨメカワイイ達のいる大部屋にまで到達したのだ。

 想像に反して間欠泉のように勢い任せで一気に噴き出すのではなく、むしろ、緩慢とすら言える人間の駆け足程度の遅々とした速度ではあったが、しかし確実にこちらに迫るその光景は大自然に対する恐怖を喚起させるにはこれ以上ない演出となっていた。

 踵を返して逃げようにも、大部屋の出入り口は地鳴りと同時に塞がって使えない。

 このままではマグマは全体に広がって五人を足元から焼き尽くすだろう。

 

「ちっ、こうなったら――【跳躍】!」

 

 ヨメカワイイは即座に武器を錨弓に切り替えると跳び上がり、そのまま岩壁に投擲した。

 マグマに侵食されつつある地面よりもかなり上の位置に深々と突き刺さった錨弓――その柄頭の髑髏から伸びた鎖を引っ張って、ちょっとやそっとでは抜けない事を確かめると、ヨメカワイイは少女四人に叫ぶ。

 

「おい、早く俺に掴まれ!」

「掴まれって……そこから先はどうするんだ!?」

「知らん! 上に行ってから考える! いいから急げ!」

 

 マグマは着実にこちらへ押し寄せている。

 ミィと三人娘が左腕や腰にしがみ付くと同時に鎖を巻き上げ、スパイ映画さながらに窮地からの離脱を試みるヨメカワイイ。

 

「カワイさんってジョシチューガクセーに抱き締められて喜ぶ人なんスか!?」

「ロリコン?」

「ああそうだな! こんな状況じゃなけりゃ喜んでたかもな!!」

 

 投げやりに答えながら、鎖に引っ張られて上を目指す。

 何故かミィが杖の先で頬をぐりぐり突いてくるのだが、今は不機嫌な眼差しの彼女にその理由を尋ねている場合ではない――岩壁の錨弓に着いてしまえば、他に退路はなくなりそれまでなのだ。

 眼下に広がるのは溶岩の海。

 五人がさっきまで立っていた場所は立派な火口と化していた。

 

「それで、これから一体……」

「さーてどうしましょうね、と」

 

 錨弓の長柄を足場に、ヨメカワイイの右腕に巻き付いた鎖を握り締め、五人は下から突き上げる強烈な気流に耐え続ける。

 不安定な体勢に加え、身体に纏わり付く熱気だけでHPが削られていくこの状態では、何時まで持ち堪えられるか分からない。

 

「【炎上耐性】のスキルでもあれば、少しの間でも下に降りる事もできただろうが……」

「泳ぎ回ったところで、俺達が最初に来た時の横穴しか見つからないだろうし、そこももう溶岩に沈んじまってる。五人全員でとなると、もっと他の逃げ道を探さないと」

「そんな都合のいいものがあるんですか?」

「ずーっと上までよじ登る根性があるならな」

 

 残された脱出口ははるか遠く。

 あそこまで岩壁を登ろうにも、今もなお溢れ続ける溶岩に追いつかれてしまうだろう。

 もっと何か確実な、せめてミィと三人娘だけでも脱出させる事ができる方法はないかと考えても名案は浮かんでくれず、刻一刻と時間だけが過ぎていき――

 

「……おいでなすった」

 

 マグマの上昇が止まったかと思えば中心部分が高く盛り上がり、とある形に凝縮されていく。

 それはぐらぐらと煮え滾る灼熱の身体を持つ単眼双角の大蛇だった――胴回りは長い年月を経た大木より何倍も太く、獲物の品定めのつもりなのか、縦に割れた瞳孔が五人を見据える。

 灼竜シウコアトル――大きく裂けた口が開き、展開されるのは深紅の魔法陣。

 

「【ウィンドカッター】! 【ウォーターボール】!」

「【爆炎】!」

 

 射出された乗用車サイズの火山弾を、ヨメカワイイとミィの三つの魔法が迎え撃つ。かろうじて相殺できたものの、その余波は凄まじく、灼竜の戦闘能力の高さを如実に物語っていた。

 おそらくだがこのボスは、最初の溶岩流のギミックを生き延びたプレイヤーに対する運営からの嬉しくないプレゼントなのだろう。

 二段構えの確死のイベント。

 これまで出会ったどのモンスターとも一線を画す、ひしひしと伝わる圧倒的な存在感。

 

「こんなの、どうやって倒せって言うんスか……」

「分からん。分からんが――」

「どうにかして倒さなきゃ、俺達は溶岩で溺れ死ぬかあの怪物に焼き殺されるしかないぞ」

「どっちも嫌ッスー!」

「来るぞっ!!」

 

 鎌首をもたげた灼熱の蛇竜が咆哮し、血走った単眼に魔法陣が浮かぶ。

 対するヨメカワイイは錨弓から自ら飛び降りると、じゃらりじゃらりと鎖を伸ばしながら垂直の岩壁を走り出した――いや、鎖を命綱にしてどうにか速度を殺しつつ、壁に沿って落下していると言い換えた方が正しいか。

 残された少女四人を邪眼で狙う灼竜の頭部に、

 

「【ウィンドカッター】! もう一丁!」

 

 自由な左手で、下手投げに風刃の連撃を放つ。

 ダメージを与えた事を示す深紅のエフェクトが火の粉のように散るが、灼竜の長大なHPバーの減少値は微々たるもの。それでも怪物の注意をこちらに引き付ける事はできた。

 

「【炎帝】!!」

 

 視線を逸らした灼竜に、ミィお得意の炎魔法が炸裂する。

 溶岩から生まれた蛇身に火魔法がどれだけ効くのかは不明だったが、鬱陶しそうに首を二、三度振るうだけで【炎帝】を打ち消した灼竜の様子から察するに、まあ攻撃しないよりかは……程度の効果しか望めないようだ。

 

「くっ、やはり私とは相性最悪か!」

 

 再びミィ達の方へ敵意を向ける蛇頭が、今度は無数の爆発に包まれる。

 

「おら、こっちだウナギの大将」

 

 時計の振り子状態からの【跳躍】で岩壁を蹴り、錨弓を支点に綺麗な半円の軌道を描いて灼竜の頭上へ移動、さらに大量の爆弾を投下する――そんじょそこらのモンスター共ならば欠片も残さず消し飛ばせる破壊力にも関わらず、火山の主は体力を一割削られただけで怯む様子を見せない。

 お返しとばかりに単眼の魔法陣が再展開され、ビーム状に超圧縮されたマグマが空中で身動きの取れないヨメカワイイを撃ち貫かんとする。

 

「引っ張って」

「おりゃあッスー!」

「おおおっ!? っと、ついでだ【ウォーターボール】!」

 

 不思議娘の号令で鎖が引かれた事でヨメカワイイの位置がずれ、極太のレーザーはコートの裾を焦がして射線上の岩壁を穿った。崩れた大小の岩塊が音を立てて溶岩湖に落ちていく。

 本当に、設定を間違えたとしか思えない威力だ。

 

「悪い、助かった」

「こんくらいお安い御用ッス!」

 

 九死に一生を得て四人のところに帰還したヨメカワイイ。

 灼竜もAIが高性能で賢いのか、無闇に攻撃を連発して視界を狭める真似はせず、こちらの出方を窺うように蛇体をくねらせて威嚇を繰り返す。四人を守りながら戦わなければならない身としては助かる用心深さだった。

 だが、怪物も活きの良い獲物を前にして何もしないままでいるはずがない。

 

「角の先に魔法陣が出ました!」

「ああ見えてる!」

「【爆炎】! 【炎槍】!」

 

 前に突き出た双角の先端に魔法陣。

 攻撃動作キャンセルを狙ってミィが魔法を浴びせるも止まらない。

 単眼から放たれるのがレーザーならば双角はマシンガンだ。連射される拳大の火山弾が、蛇行の軌道で弾痕を刻みながら下方より迫る。

 その弾雨が目指す終着点に、咄嗟に少女達を抱き寄せて庇うヨメカワイイの背中があった。

 

「イデデデデデッ!?」

「カワイさん!!」

 

『スキル【炎上耐性小】を取得しました』

 

 乱射による広範囲攻撃のためか一発のダメージはそこまで高くはないが、それでも【鋭敏化】のデメリットも加わってHPが全力疾走で減っていく――HPポーションと【ヒール】のわんこそばで命の残量の増減を繰り返しながらどうにか乗り切った時には、周囲の岩壁は数えるのも面倒なほど穴だらけになってしまっていた。

 

「お、おい、大丈夫なのか!?」

 

 ミィがやけに狼狽えながらこちらの様子を聞いてくる。

 しかし灼竜は、彼女に返事をする暇さえも与えてはくれない――溶岩を激しく波立たせる咆哮と同時に、魔法陣が五人を押し潰すように降ってきたのだ。

 躱そうにも下は灼熱の海。

 他に飛び移れる足場も見当たらず、かと言って苦肉の策で五人仲良く鎖のバンジージャンプなど洒落込もうものなら、それこそ次の攻撃で狙い撃ちにされてしまう。

 さてどうしよう。

 どうすればこの状況を打破できる?

 その最適解を真っ先に導き出したのは、ヨメカワイイではなかった。

 

「……これを使え」

 

 ミィから唐突に手渡された魔力増強(インテリジェンス)ポーション。

 行動の意味が分からず彼女の顔を見ると、大きな覚悟を決めた表情をしていた。それは三人娘も同じであり、少女達が何を考えているのか直感で理解したヨメカワイイは、けれど止めようと声を発する前に身体を押され、錨弓から突き落とされる。

 そして、仰向けに落下する最中に。

 怪物の魔法陣が発動し、自分を逃がした少女達が赤く燃える濁流に飲まれるのを見た。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「【火炎牢】……いや、その上位スキルか」

 

 ミィは冷静に、自分達を囲む溶融物質で構築された牢獄を観察する。

 彼女の使う【火炎牢】も対象の動きを封じた上で継続的なダメージを与えるスキルだが、灼竜が発動した【焦熱牢】とでも呼ぶべきこの流体の鳥かごは、それよりも数段上のスリップダメージと優れた拘束力を併せ持っているようだ。

 一応、魔法で攻撃して解除できるか試してはみたものの、案の定、ミィの炎は縦横に走る格子にあっさり吸収されてそれまでだった。

 こうも手も足も出ないと、逆に気持ちが落ち着いて意識がはっきりしていくから不思議だ。

 みるみる減少する自身のHPバーを一瞥して、ミィは三人娘に頭を垂れる。

 

「すまなかったな。お前達までこんな目に遭わせてしまって」

 

 心の底からの謝罪だった。

 自分の力が足りなかったばかりにモンスターに追い立てられて閉じ込められ、今だってこうして愛玩動物よろしくケージの中――もう戦いの行く末を見守る事しかできない。

 それでも三人娘はミィへの敬意を崩そうとはしなかった。

 

「ミィ様が謝る必要はありません! 私達だって、もっと色んなスキルを覚えていれば……」

「そうッスよ! それにまだウチらは負けた訳じゃないッス!」

「一発逆転ホームラン」

 

 彼女達が言うようにパーティー全員がまだ存命であり、希望も残されている。

 

「――【フレシェットスコール】」

 

 火山内部に雨が降る。

 殺人的な速度の水弾が降り注ぎ、穴を穿たれたマグマの身体からダメージエフェクトと水蒸気を撒き散らしながら、灼竜は初めて苦痛を感じ取れるだけの叫びを上げた。

 攻撃も体力も完全無欠に思える怪物が一つだけミスをしたとするならば――それは【焦熱牢】でミィ達を捕らえてしまった事だろう。

 

「【スプレッドショット】」

 

 追撃の風刃が蛇身に幾筋もの傷を負わせる。

 火炎スキルのエキスパートであるミィだからこそ分かる。

 この【焦熱牢】も【火炎牢】と同様に発動地点の座標を正確に設定する必要がある。だからこそミィも【火炎牢】を使用する場合にはメンバーとの連携で対象プレイヤーやモンスターの足止めが必須となるのだが――この手のスキルは基本的に、幽閉した対象をその位置に固定させるのだ。

 滅多にない事ではあるが、それが仮に空中だったとしても。

 つまり。

 それまでミィ達の足場として命を繋いでくれた錨弓が突然消えたとしても、減少し続けるHPと引き換えに、【焦熱牢】が彼女達の落下を防いでくれる形となる。

 その事実が一体何を意味するのか。

 

「【魔弓の極技】――【フレシェットスコール】」

 

 灼竜の単眼に撃ち込まれる夥しい爆弾矢。

 文字通り、矢継ぎ早の猛攻が巨体を襲う。

 

「……お前は、首輪を外してしまったんだ」

 

 悶え狂う火山の神に、囚われの身であるはずのミィは憐憫の情を送った。

 内と外を完璧に隔絶した灼熱の鳥かご――その上で、守るように立ち黒弓を構える者。

 

「ぶっ(ツブ)す」

 

 ――ほら、この世で一番信頼(あい)する(ひと)が怒ってる。

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