VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います 作:久木タカムラ
この場を借りて読んでくださっている方々に感謝を。
たかがゲーム、されどゲーム。
一番の最善手だったとは言え、自分の教え子と変わらない年齢の少女達に助けられたとあっては何が何でもこの怪物を倒さなければならない。
己に対する冷たい怒りに身を任せ、ヨメカワイイは弓を引く。
「【スプレッドショット】」
爆撃、爆撃、また爆撃からの水弾と風刃の嵐。
イベントがあと何日残っているかなどもう知った事ではない――ポーション類も爆弾も今ここで使い切るつもりで、持てる全力最大の攻撃を叩き込み続ける。
無論、灼竜もただ茫然と的になっている訳ではない。
つんざくような咆哮を発し、火山弾を吐き出す。直後に双角からも火山弾の追射。
「ぐっ、ぅ……!」
レザーコートを翻してガードするが、ダメージと炎上効果でHPが削られる。
メイプルのように無傷とはいかない。
『スキル【炎上耐性小】が【炎上耐性中】に進化しました』
ヨメカワイイにとって幸いだったのは、【焦熱牢】に囚われたままであるミィ達が攻撃の対象と見なされなかった事だろう。
放っておいてもいずれはHPが尽きるかごの鳥よりも、怒涛の反撃を繰り出す厄介者を最優先に始末しようとする――実にAIらしい合理主義な思考ルーチンと判断が、この状況において彼女達のステータスも気に掛けねばならないヨメカワイイに有利に働く形となっていた。
少なくとも、自分が生きている間はミィ達が狙われる心配はないのだから。
「だっ……カワイ! そろそろHPが!」
「っ! あいよ」
……『だっ』て何だと思いながら、牢獄内のミィの合図で彼女と三人娘に【ヒール】を施す。
他者の傷を癒した事により【施しの報酬】が発動し、ヨメカワイイのHPとMPも小回復と同時に最大値が一割増加する。
ミィ達がいる限りヨメカワイイは無制限に回復し、ヨメカワイイがいる限りミィ達も死なないし死なせない。
灼竜が一党の全滅に執念を燃やすと言うのなら、こちらは徹底的にその思惑に抗うのみ。
「……もう少しだけ時間が掛かりそうだが、それまで頑張れるか?」
「当たり前だ」
「平気ッス! 女子ソフトボール部ッスから!」
「文芸部ですけど!」
「お昼寝同好会」
一人の教師として最後のものは部活に認定すべきではない気がするが、とにかくミィも三人娘もまだまだ気力は十二分のようだ。
そんな少女達の気概の強さを頼もしく感じながら、邪眼のレーザー照射で崩れ落ちる岩の大塊を飛び移りつつインベントリ内のアイテムを矢にぶち込む。
「【装填】『毒薬』」
毒や麻痺を使えるのはメイプルだけではない。
あの難攻不落のアホ毛要塞が使役する【
灼竜にどれだけ撃ち込めば効果があるのか定かではない。そもそも有効かも分からない。
しかし、どうせ何もかも消費するつもりなのだ――当ててダメージになるのなら、毒薬だろうが空のペットボトルだろうが尽きるまで撃ち放つ。
怪物のHP、残り七割。
「【フレシェットスコール】!」
毒々しい紫の液体を滴らせた矢を灼竜に浴びせ掛ける。
大半は高熱を誇る体表部分で蒸発してしまうが、微細な状態異常攻撃でも積み重なれば何時かは巨体をも蝕む脅威となるはず。そう信じているからこそ、ヨメカワイイも形振り構わず攻勢の手を緩めようとはしない。
羽虫の如く鬱陶しい黒衣の怪人を脅威と認定したのか、灼竜の攻撃パターンにも変化が起こる。
「カワイさん、下! 下から来ます!」
「うおっ!?」
新たな蛇影が溶岩湖を突き破って姿を現し、鞭のようにしなるその極太の尻尾がヨメカワイイを岩壁に叩き付けた。
さらに壁を角で抉りながら、がぱりと大きく口を開けた灼竜の頭部が右側から迫る。
「おおおおおああぁぁぁっ!!」
ヨメカワイイも黙って食われるつもりはない。
ダメージで軋む身体を強引に動かして黒弓から錨弓に切り替え、飲み込まんとする蛇頭の鼻先に突き刺して体格差の勢いに押されていく。
凄まじい突進の圧力に、おろし金よりも粗い岩肌でガリガリと身体とHPを削られる中、
「こ、のぉっ!!」
刺さったままの錨弓の
流石の灼竜も零距離の砲撃でHPを約六割にまで減らされてたじろぎ、顔面にしぶとく貼り付く害虫を払おうと首を振り回す。
弾き飛ばされた先の壁に錨弓の爪を引っ掛け、ヨメカワイイは息を整える。
「【ヒール】……【ヒール】……【ヒール】」
何回目かの【ヒール】でHPゲージの色が赤から平常時の色へ戻ったのを確認し、三度放たれた単眼のレーザーを、今度は避けるでも防ぐでもなく真正面から受け止めた。
岩盤をも貫く熱光線の中に姿を消したヨメカワイイに、思わず悲鳴を上げる三人娘。
しかしミィだけは、じっと黙ってレーザーが穿った壁の穴を見つめている。
「……【スプレッドショット】」
煙の立ち込める壁穴より吐き出される球形砲弾の一斉掃射。
反射的に尾で防いだ灼竜だが――もしこの巨大なボスに戦意以外の感情があったとしたら、何故大魔法を食らったのに生きているのか不思議に、あるいは不気味に思うだろう。
『スキル【炎上耐性中】が【炎上耐性大】に進化しました』
そのアナウンスは、火山の主たる灼竜シウコアトルにも聞こえない。
強力な毒や麻痺、炎上などの状態異常への耐性取得と進化の確率は、受けた攻撃の回数、またはその危険度によって変化する。
自身の体表や使う魔法全てに炎上効果が付与された灼竜の攻撃は、裏を返せばその全てが耐性を得るチャンスでもあり――メイプルの鉄壁の防御力でもなければ不可能な芸当を、ヨメカワイイは常軌を逸したHPと回復で耐える事で強引に成し遂げようとしているのだ。
事実、【炎上耐性大】を獲得したヨメカワイイは、真っ赤に溶けた穴の縁に触れてもダメージを一切受けなかった。
「カワイさん、【ヒール】!」
体育娘に呼ばれ、錨弓と鎖を使って飛ぶように移動して再び【焦熱牢】の鳥かごへ。
檻の中の四人を回復させて己のHPとMPの最大値も底上げし、改めて灼竜に向き直る。
灼熱の奥底より生まれ出た単眼双角の大蛇は、自分の熱獄を受けて生き延びた者が存在する事に激怒しているようだった。
プライドをいたく傷付けられた蛇身が、地表で冷やされた溶岩さながらに黒く硬質化していく。
「……動きが止まったか。どう思う?」
「どう思うも何もお約束の第二形態だろ。とにかく今は回復だ。俺のHPポーションも分けるから今はできるだけでHPを全快に近い状態にしておいてくれ。何が起こるか分からん」
「了解ッス!」
戦闘音が消え、溶岩が地底を流れる音だけが響く。
灼竜のHPゲージはまだ半分以上も残っているので死んだなどとは思わない。何より、ミィ達を封じる【焦熱牢】もまだ消えていない。
だがともあれ、相手が行動を起こさないのなら絶好の攻撃チャンスなのは確かだ。
黒弓に【ウォーターボール】を【装填】し、今や禍々しい蛇神像と化した灼竜を狙う。
「【スプレッドショット】」
拡散式水弾はさしたる妨害もなく標的に当たるとヨメカワイイは考えていた――蛇神像の全身に亀裂が入り、隙間から漏れ出た超高熱の膜が水弾を全て蒸発させるのを目の当たりにするまでは。
「全員、防御姿勢!!」
その叫びは間に合ったのか。それとも遅きに失したのか。
黒染めの巨像の外殻が内部からの圧力で吹き飛び、人間の背丈を優に超えるサイズの破片の嵐が全方位に襲い掛かる――【焦熱牢】にも押し寄せるそれらを錨弓を振り回して打ち砕き、あるいは叩き落とし、変貌を遂げた蛇竜と相対する。
赤橙に輝いていた体色は白に変わり、荘厳な眩さに息を呑む。
「見てください、周りの壁が……!」
令嬢娘が指し示した岩壁――かなりの強度と鋭さを持っているはずのそれが、灼竜のレーザーが当たった訳でもないのにシュウシュウと嫌な音を立てて形を失い始めた。
急激に上昇した灼竜の体熱によって溶解している。
そう理解するのに時間は必要なかった。
「武器も、溶けちゃった……」
「HPの減りも早くなってるっス!」
「……どうやら、それは向こうも同じらしいがな」
垂れ流れる溶岩の滝の中央、羽化とも思える再誕を果たし、大気を歪めるほどの純白のオーラを立ち昇らせながら減少していく灼竜のHPゲージ。
フィールドすら容易に作り変えてしまうあまりにも強大な熱は、灼竜自身の命をも削ってしまう諸刃の剣、正真正銘の奥の手なのだとパーティーの誰もが本能で悟る。
「正念場、か」
水弾も風刃も、爆弾も砲弾も、巨体に届く前に掻き消されるか誘爆して意味がない――あの白い気炎のエフェクトはありとあらゆる遠距離攻撃を無効にするらしい。
全てが溶岩に覆われた戦場で、確固たる足場などもう【焦熱牢】の上しか残されてはいないのに接近しなければ攻撃も不能とは、追い詰めているのか追い詰められているのか。
敵が自滅するまで回復で耐え凌ぐ選択肢はない。
単純に体力の差なのかミィと三人娘のHP減少は灼竜のそれより格段に速く、どう見積もってもその時が来る前に彼女達に渡したポーションもMPも尽きてしまう。
ならば――どうする。
「上等だ。最後くらいは殴り合いといこうか!!」
短期決戦。
ヨメカワイイは【跳躍】で灼竜の頭部に飛び移り、武器固有の【破壊耐性】により獄熱の中でも形を保つ鎖を操って幾重にも蛇身に巻き付け、錨弓を楔として突き刺し、あらん限りの力を両腕に込めて締め上げていく。
灼竜も鉄鎖に束縛されながらも身をくねらせ、溶岩壁に自らの肉体をぶつける事で死力を尽くす羽虫を骨も残さず溶滅せんとする。
「ご……おおっ!!」
『スキル【炎上耐性大】が【炎上無効】に進化しました』
ヨメカワイイを苛んでいた忌々しい炎上ダメージが停止する。
しかし熱による継続的なスリップダメージは無効にできても、純粋な攻撃までは防げない。
自傷も厭わず暴れ回る灼竜の長大な身体は、それそのものが太陽さながらの圧倒的な質量を持つ武器であり災害の具現だ。
何度も何度も灼竜と壁に挟まれながら、ミィから託された魔力増強ポーションを飲み干し、鎖と包帯の巻かれた両腕を怪物にねじ込む。
「【ウォーターボール】! 【ウィンドカッター】!」
遠距離が駄目なら零距離はどうか。
死に物狂いで試した結果は、確かな手応えと飛び散る赤色のダメージエフェクト、苦痛に満ちた叫びが教えてくれた。
もう回復は考えない。
相手が怪物ならば、こちらは獣で構わない。
「おぉらぁっ!!」
傷口に突っ込んだ爆弾を炸裂させる。
拳で殴り、魔法で切り刻み、果てには口元の包帯を乱雑に取り去って噛り付き、口内を焼く熱を無視してその歯で強引に咀嚼し嚥下する――『実はモンスターって食べられるんですよ』と何故かメイプルのドヤ顔が頭に浮かんだが、ゴムが溶け込んだ麻婆豆腐に似た食感と舌が破裂しかねない刺激ですぐ消え去ってしまった。
満腹の概念が設けられていないゲーム世界で、魔法と爆弾をスパイス代わりに、流動する蛇体を延々と飲み続けていく。
そして。
数時間とも、ほんの数分とも思える時が経ち。
「――っはああああぁぁぁぁぁ……」
長く長く息を吐く。
羽虫が叩き潰されるのが先か。巨竜が食い殺されるのが先か。
おそらくは運営が思い描いていたであろう戦闘光景から遠くかけ離れた食物連鎖の末、一際高く断末魔の咆哮を上げ、轟音を立てて溶岩湖に横たわったのは灼竜の方だった。
熱源でもあった灼竜が息絶えた事で火山内部も一気に冷却され、死闘を繰り広げたフィールドは最初に訪れた時の岩窟風景を取り戻していた。
『スキル【
『レベルが36に上がりました』
「あ゙ー……しんど」
精も根も尽き果て、冷え固まった地面に大の字に倒れたヨメカワイイは、自分の力として宿った灼竜の残滓が天に昇っていくのを見届けて――
「きゃあああああっ!?」
「あわわわわわっ、カワイさんどいてどいてーッス!!」
「ごっふぅっ!?」
灼竜が霧散して【焦熱牢】の効果も消失したのだろう――悲鳴を響かせながら上から落ちてきた少女四人に押し潰された。