VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います 作:久木タカムラ
再び大所帯にならないよう、召喚する数は慎重に制限しつつ。
手足として申し分ない多種多様なゴブリン達の貢献により、ミケのレベルはさしたる問題もなく順調に上がり続け、待ち望んだ【休眠】と【覚醒】、第五のスキルとなる【擬態】を覚えた。
説明欄にはこう記されている。
◆ ◆ ◆
【擬態】
周囲の風景に紛れ、同化する。
攻撃を受ける、または戦闘態勢になると解除される。
この効果は眷属にも適応される。
◆ ◆ ◆
相も変わらず直接攻撃を覚えないサポート一筋のスキルばかりだが、ここまで徹底しているならそれを突き詰めてくれた方が面白いし、何より戦略の幅が広がる。
非力なキャラは弱い――そんな前時代的な誤った方程式は決して成り立たないのだ。だからこそヨメカワイイはミケが役立たずなどとは毛ほども思わず、むしろ最高の相性だと考えている。
その真価が他のプレイヤーにとって恐ろしい形で発揮されるのは、もう少し先の話。
「誰とも遭遇しないなー」
「ニャー」
とうとう最終日となったイベント七日目。
六日目を利用したミケのスキルの検証とレベル上げがとりあえず一段落したため、一人と一匹は回転草が砂塵混じりの風に弄ばれる荒野を当てどもなく彷徨っていた。
前後を見ても左右も見ても、まるで干ばつにでも襲われたかのように、乾き切った倒木や獣骨が横たわる荒れ果てた大地が延々と続く。砂に足を取られてしまう砂漠地帯よりかは歩きやすいのがせめてもの救いか。
単に巡り合わせが悪いだけなのか、それとも目論見が外れたか、この荒野に足を踏み入れてからモンスターばかりで他のプレイヤーと一向に出会わない。
ミィやメイプルとサリーは、もうメダルを集め終わっただろうか――イベント終了の時刻まではまだ半日以上あると言っても、油断すればすぐにタイムアップだ。
せっかく九枚まで集めたのだから、どうせなら十枚揃えたいのが人情というもの。
「ミケ、【見様見真似】」
「ニャー!」
暇潰しにミケに指示を出す。
この【見様見真似】はヨメカワイイのスキルをミケがランダムに使用するもので、当たり外れは激しいが、ミケのステータスならば初級魔法でもそこそこのダメージが期待できる。
残念ながら、今回選ばれたスキルは【跳躍】だった。
「ニャァァァァァァァァァッ――!」
ロケット花火よろしく真上に射出される二頭身。
見上げる先で芥子粒サイズまで小さくなったと思えば、
「――ァァァァァァァァァ、ニャッ!」
ある程度の高さまで達したところで一気に急降下――地面直前で受け止めると、短い空中遊泳を楽しんだ本人は興奮に目を輝かせていた。そして何かを訴え掛けるように、指のない丸っこい手で荒野の先を指し示す。
折しも砂煙が吹き荒れたため、ヨメカワイイの目では判別がつかない。
「……? 面白そうなものでもあったか?」
「ニャーニャー!」
「なるほど分からん。なら……【跳躍】!」
はてさて、心強い相棒は一体何を見つけてくれたのやら。
距離にして一キロあるかないか――砂風を矢のように裂いて一直線に跳び進むと、ミケが上空で発見した『面白そうなもの』の詳細が次第に明らかとなる。
「お手柄だ、ミケ」
「ニャゥ」
ミケの顎の下をくすぐり、包帯の下に思わず笑みが浮かぶ。
眼下で繰り広げられていたのは、探し求めていた大規模な対人戦だった。
遮蔽物に乏しい乾き切った褐色大地で刃が交わり、魔法が咲き乱れ、負傷と回復のエフェクトがそこかしこで光り輝く――少なく見積もっても百人単位が参戦し入り乱れる鉄火場だがその流れの方向は一定で、円の外側から内側へ、プレイヤー達が我先にと殺到しているように見える。
こうなった原因は、おそらく中心部にいる誰かが知っているはず。
宙を滑る慣性そのままにレザーコートの裾をはためかせ、戦場へ着弾さながらに降り立つ。
「【マグマゲイザー】!」
「うわああああああぁぁっ!?」
魔法陣が浮かぶ右掌底を打ち込み、ヨメカワイイの正面、扇状の範囲から地を割って噴き出した赤熱の波濤が逃げ遅れた不運な一団を飲み込んでいく。
突如として空から現れた黒衣の闖入者に、ある者は獲物が増えたと喜び、ある者は慎重に武器を構え直し、ある者はその人物がヨメカワイイだと知ると青褪め叫ぶ。
「か、カワイだあああああああっ!!」
「はいその通り、ではさようなら。【装填】【火山弾】――【フレシェットスコール】」
神話の災害を模したような火球の礫が降り注ぐ。
戦闘の混乱に加えてこれだけ密集状態になると逃げるに逃げられず、魔法やスキルによる防御が間に合わなかったプレイヤーの死亡エフェクトが散る。
中心部には、助ける結果となったオーダーメイド装備の男の大盾使いと、パーティーメンバーと思しき三人が疲弊した様子で、それでも二本の足でしっかりと立っていた。
挨拶代わりに【ヒール】で彼らのHPを回復させると、大盾使いが油断なく構えながら、
「どうして俺達を助けてくれるんだ……?」
「聞いてる場合か? まだ助かってないだろうが」
「それもそうだ、なっ!」
大盾を背後に回して見事に奇襲を防ぐ。
体勢を崩した敵に追撃するかと思いきや、それは仲間に任せ、【カバームーブ】や【カバー】を駆使して堅実な壁役に徹する――この戦場のど真ん中で生き残っていられるのも、リーダーを担う彼の奮闘によるところが大きいに違いない。
「攻撃を止めるだけじゃなくて受け流してんのか。器用なもんだ」
「誰と比べたか想像はつくが、これが本来の大盾の戦い方だからな! 【シールドアタック】!」
「【ウィンドカッター】」
ノックバック効果の一撃で弾き飛ばされた斧使いを風の刃で両断する。
だが流石にこれだけの大人数ともなれば、戦意を削がれる以上に反撃に燃えるプレイヤーの方が大半を占めるようで、じりじりと距離を詰められて包囲網が狭まっていく。
人垣の向こうで襲撃者同士の怒号と剣戟が続いているのは、戦域が広くなり過ぎたために事態を把握できていないからか。
「どうしてこんな愉快な事になってんだ?」
「最初はパーティーが何組か、俺の持ってる金のメダルを! 狙って襲って来たんだけどな!」
敵意で彩られた魔法の数々を捌きつつ、大盾使いが言う。
「何をどう嗅ぎつけやがったのか、次から次へと新手が増えてこの大騒ぎだ! 漁夫とハイエナが殴り合っててもう誰が敵で味方か俺にも分からん!」
強者に奪われたのか、運に恵まれなかったのか。
最終日を迎えて焦りが頂点に達し、銀のメダルを見つけ出すのは残り時間的にも間に合わないと判断した連中ばかりなのだろう。だからこうも一様に宝を求めて殺気立っている。
しかしメダル狩りが目的なのはヨメカワイイも同じ。
羽虫を狙うのに夢中の蛙は、鎌首をもたげて見下ろす大蛇に気付けない。
大盾使いと背中合わせになり、爆弾を矢に【装填】する。
「改めて、クロムだ。噂の人物と共闘できるとは光栄の至りだが、頼むから後ろからズドンなんて真似は勘弁してくれよ!?」
「心配すんな、男の尻を狙う趣味はない。【スプレッドショット】!」
包囲網の一端を食い破るその爆撃が、蹂躙劇の始まりの合図となった。
「【ヒートチョッパー】」
溶鉄よりさらに熾熱を帯びる両の五指で、プレイヤー達を防具や武器諸共に焼き裂いていく。
ゲームの定石として、遠距離職は耐久力の低さと不得手な近接戦闘が短所とされるが――まさか弱点である白兵の間合いに猪突する怪人がいるとは想像していなかったのか、慌てて後退する者と前進しようとする者とで移動が阻害され、迎撃すら行えずに光の粒と化す。
「くそっ! 弓使いのはずだろ!? 接近戦も得意とかそんなんありかよ!?」
「おっと、こっちも忘れてもらっちゃ困るな! 【炎斬】!」
「ぐぁっ!?」
負けじと炎を纏う短刀で致命傷を与え、仲間の三人に檄を飛ばすクロム。
「カワイに続くぞ!! 一人残らず初期地点に叩き返して、くれてやるメダルなんざ一枚もないと教えてやろうじゃねぇか!!」
「「「おう!!」」」
どれだけ数が集まろうとも、所詮は統率など皆無の烏合の衆。
各自がそれぞれの思惑で武器を振るっているが故に、ヨメカワイイとクロム達が反撃に転ずると途端に保身を優先する――たかが五人の抵抗など、最低限の連携さえ取れていれば人数差で圧倒し押し潰せただろうに、仲間意識の薄さが命取りとなっているのだった。
「【パワーブレイド】!」
「【サイクロンカッター】!」
「【ダークジャベリン】!」
「【氷剣】! ……くそっ、意気込んでみたはいいが、やっぱり手が足りないな!」
「じゃあ手を増やそう」
ご要望にお応えして、ヨメカワイイはインベントリ内にストックしていた『小鬼族の召喚旗』を一掴み分取り出し、紙吹雪のように正面にばら撒いた。
旗が触れた地点で無数の魔法陣が輝く。
「骨も残すな、【ゴブリンカーペンター】!」
現れた人型のモンスターは、通常のゴブリンよりも背が高く、引き締まった体躯をしていた。
その数、およそ十五。
右手には鮫の牙を思わせる刃が並ぶ巨大な鋸、左手には赤黒い血脂で腐食した大金鎚――職人と呼ぶにはあまりに凶々しい風体の集団に、クロム達ですら顔を引き攣らせる。
「おいおい、今から砦でも建てようってのか?」
「まさか。こいつらは建築じゃなく
左右の凶器を高く掲げて打ち鳴らし、肉と骨を裂き砕く感触に飢えたゴブリンカーペンター達が視界に入ったプレイヤーを手当たり次第に攻撃し始めた。
「ぎゃあ!?」
「な、何だこのモンスターは!? 何処から出てきやがった!?」
「結構強いぞ! 気を付けろ!」
今現在ヨメカワイイが召喚可能なゴブリン種の中では中の下程度の強さだが、死を全く恐れない彼らはこの戦場では実力以上の脅威となる。
事実、レベルやステータス、装備でも勝っているはずなのに、雑魚と侮っていた緑の肌の魔物に気圧された臆病者達が順番に餌食となり、赤いエフェクトを散らして姿を消す。
ゴブリンカーペンターの参戦に気を取られたその隙をヨメカワイイが見逃すはずもなかった。
「ミケ、【見様見真似】!」
「ニャー!」
「【
幸運にも――そして敵にとっては不運にも――今回のミケは大当たりを引いた。
阿鼻叫喚の地獄に目覚めしは、単眼双角を持つ
大地を揺らす咆哮のアンサンブルが眼球を焼き、肌を刺し、喉を焦がす――灼熱を全身に浴びた哀れなプレイヤーの一人が、最期に小さく口を開き、
「化物……」
その言葉と共に、荒れ狂う竜体になす術もなく焼き尽くされた。
竜の顕現を目の当たりにして、欲に眩んだ全ての者が本能で理解する。
ああ、自分達はここで絶滅させられるのだ、と。
◆ ◆ ◆
半日後。
「お前が来てくれて本当に助かったよ。俺達だけじゃメダルを奪われてた」
「気にすんな。俺は俺の狙いがあって喧嘩に首突っ込んだだけだ」
あの荒野にいた敵を全滅させて。
ついに十枚目となる銀のメダルを手に入れたヨメカワイイは、九死に一生を得たクロム達と共に終了時間まで身を隠し続け、イベント開始前にプレイヤー大集結していた第二層の町に無事帰還を果たした。
金のメダルも守り通したクロムやパーティーメンバーに何度も礼を言われていると、三十分後にメダル交換のための転送が行われると運営からアナウンスがあった。
「さて、ようやくお待ちかねの時間か」
「そうだな。どんなスキルがあるのか楽しみだ」
クロム達ともフレンド登録して別れ、適当なベンチに腰を下ろし――そこではたと気付く。
「……嫁いたらどうしよ」
思わずテンションが上がって男も女も片っ端からぶちのめしてしまった。
嫁も参戦していた場合は、ヨメカワイイが原因でメダルを失っている事になる――もしかすると死ぬ前に逃げ出して生き残った可能性もあるが、浮かぶのは悪い想像ばかりだ。
沈んだ気分になっていようとアナウンス通りに転送は始まり、出口のない部屋に飛ばされる。
部屋の中心には青いパネルが一つ浮かび、聞いた事のないスキル名がずらりと並ぶ。
「いざ一つだけってなると悩むな……」
強いて挙げるなら、MP回復係のスキルか。
新たな主力である【
百はあるスキル一覧を指でスクロールしつつ考えていると、とあるスキルに直感が囁いた。
「……これにするか」
スキルを決定し終えるとヨメカワイイの身体が光に包まれ、部屋は再び無人となった。
◆ ◆ ◆
「やっと終わった……」
「いやいやハードだったなぁ」
「海皇がメイプルとサリーとカワイのトリオにやられた時はどうなるかと思ったけどな……」
プレイヤー達の長かった七日間は、当然それを見守る運営達にとっても長い七日間だった。
メダルを十枚以上持つプレイヤー全員がスキル交換を終えた事を確認して、運営チームの面々は精も根も尽き果てたとばかりにモニターの前でだらりと力を抜く。
「あ゙ー……そう言や、そのメイプルは何のスキル取ったんだ?」
「…………」
メンバーの一人が黙って一つの映像を指差す。
そこは砂漠の上空で、要監視人物リストの最上位に君臨する黒鎧の少女が、宙を浮く巨大な亀の背中に乗って楽しそうに毒の雨を降らせる異様な光景が流れていた。
何だあれは。何なのだ、あれは。
「…………」
「……見なかった事にしとけ」
「チェックは入れた、考えられる限りの修正もした。それであの結果です」
「サリーは無難な戦闘スキルだったのに、どうしてメイプルだと予想の斜め上になるんだ?」
「もう俺達の常識が通用する領域じゃねぇのは確かだろ……」
「こうなると、カワイの選んだスキルを聞くのが怖いな」
「ああ、それなら【修羅道】を取ってたぞ」
「【修羅道】ぉ? あんなの、モンスターハウスにでも迷い込まない限り役に立たない――」
そこまで言ったところで、疲れ切った声が止まる。
黒衣の怪人がこの第二回イベントで何を、いや、
あの純真無垢で可愛らしい緑の魔王の存在を思い出してしまった。
◆ ◆ ◆
【修羅道】
自分の半径十メートル以内にモンスターが十五体以上存在する時に自動発動する。
発動中、与ダメージ五割増。
HPが0になっても一度だけ全回復で蘇生し、十分間HP、MP以外のステータスが二倍になる。
蘇生効果およびステータス倍加効果は、一日に一度だけ発動する。
◆ ◆ ◆
「「「「…………やっべぇじゃねぇかぁぁぁっ!!」」」」
やはり運営の苦労は終わらないのだった。
◆ ◆ ◆
ログアウトして時計を確認すると、本当に二時間しか経っていなかった。
あれだけ濃密な七日間だったにも関わらず、現実では日付すら変わっていないのだから、改めて最近のテクノロジーには驚かされてばかりだ。
座りっぱなしで強張った身体をストレッチで解していると、
「……ぷぁー」
ソファに並んで座っていた嫁もどうやらログアウトを選んだらしく、気の抜けた声を出しながら二代目ハードを取り外した――かと思えば、こちらの顔を見てほんの少し硬直して、次の瞬間には肉食獣のような俊敏さで床に押し倒されていた。勢いで後頭部をぶつけてかなり痛い。
「んぅんぅんぅんぅんぅんぅっ!」
「何なにナニ? どした?」
馬乗りになった嫁は胸板に顔を押し付け、ひたすら左右にぐりぐりぐり。
怒っているとも、喜んでいるとも、恥ずかしがっているとも取れるその様子に、ヨメカワイイもどうしたら最適解なのか分からず、されるがままだ。
やがてマーキングにも飽きたのか嫁は顔を上げると、熱い吐息を漏らしながら、柔らかな肢体を全て使ってヨメカワイイの頭部を抱き締める。
ずっと隣にいたのだから『おかえり』も『ただいま』もいらない。
胸から伝わる心音の中、嫁の声が届く。
「ずっとゲームして……汗、かいちゃったね」
「……そうだねぇ」
「もっと……汗かいちゃうかもね」
「……だったら風呂に入らないとな」
このあと滅茶苦茶一緒に風呂に入った。
二巻目、第二回イベントもこれにて終了。