VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います 作:久木タカムラ
多数の戦闘職が行動拠点を二層に移せば、当然ながら、趣味が高じて一層で店を構えた職人達も客を逃すまいと大枚をはたいて二層に看板を掲げようとする――中央広場から伸びる道沿いにあるこのオープンカフェもまた、絶品の甘味に舌鼓を打てるとしてリピーターの胃袋を掴み、新天地に軒を連ねる事に成功した名店の一つだ。
だが今、店の前を通る人々の物珍しそうな視線は店長がオススメするスイーツの写真で彩られたメニュー看板ではなく、向かい合って座る一組の男女に向けられていた。
「お、美味しいですね……?」
「…………」
「……ぅぅ」
魔法使いの少女の前には、黄と橙が鮮やかな柑橘類のタルトと適温に保たれた紅茶。
美味しいと感想を述べる割に口調は弱々しく、腕を組み沈黙を続けるアフロの顔色を――包帯で見えないが――ちらちらと窺うばかり。そして何の返答も得られないと、握っていたフォークさえ皿に戻してついに閉口してしまう。
楽しそうな雰囲気は一切感じられず、別れ話を切り出す直前のカップルか、または万引き少女とそれを捕まえた店員のような、ギスギスとした緊張感が二人の間には漂っている。
そこに果敢に突撃する者が、一人だけ存在した。
「お待たせ致しましたー」
ワゴンを押す、ヴィクトリアンメイドスタイルののほほんとした女性店員だった。
サービス精神に溢れた女中姿のプレイヤーは針のむしろのような空気を物ともせず、営業妨害に近い存在となりつつあるヨメカワイイの前に注文の品を置く。
ふっくらと焼き上がった生地の上にチョコソースで目鼻が描かれ、生クリームと各種フルーツがこれでもかとふんだんにトッピングされたファンシーな一品。
「こちら『森のくまさんと可愛いなかまたちのにぎやかパンケーキセット』でございまーす」
――ぶふっ!?
半月眼鏡の魔法少女も、運悪く居合わせて戦々恐々としていた他の客達も、空気やらケーキやらコーヒーやら、口の中にあったものを危うく噴飯しそうになり、必死に歯を食い縛る。
「こちら紙エプロンですのでお使いください―」
聞き間違いか、それとも注文ミスか。
どちらにせよ、何らかのリアクションを起こして彼の視界や耳に入りでもしたら、フィールドでいきなり背後から撃ち抜かれるのは確実だ。最善の策はさっさと料金を支払ってこの場から足早に退散する事だが、怪人と同席の少女を残して逃げるのがとても罪深く思えてしまい、尻が座面から離れようとはしなかった。
そんな漢気のある勇者達の苦労など知りもせず、
「お飲み物はいかがなさいますかー?」
あろう事か、女中プレイヤーは機嫌が急降下中に違いない危険人物に対し、追加注文はないかと営業スマイルを微塵も崩さずに尋ねた。
もうPK禁止エリアだろうが関係ない。
誰もが怪人の手で血祭りに上げられるメイドの姿を想像して、いざとなれば全員で力を合わせて止めに入らなければと、互いに目配せして頷き合う客達の間に奇妙な結束が生まれる。
ヨメカワイイは差し出されたメニュー表を一瞥すると、
「…………これを」
怒りを押し殺したような声音で、とあるページを指差した。
やらかしメイドは黙って頷けばいいものを、そういう規則なのかも知れないが、よりにもよって大声で受けたオーダーを復唱してしまう。
「はいっ、『つのうさぎさんのしあわせフルーツコーヒー』ですねー? かしこまりましたー」
「……ぷぴゅっ」
魔法使いの少女の堰がついに決壊し、今度こそ男共は結束して逃げ出した。
◆ ◆ ◆
何故かいきなり客の大半が帰ってしまった。
まあ、リアルでもゲームでもじろじろと不躾な視線に晒される場合が多いので、店側には悪いが少し閑散としていた方がヨメカワイイは気分が落ち着いて好きだった。
それはさておき、今は目の前の少女が笑ってくれた事に安堵する。
「流石に狙い過ぎたか?」
「え……? あっ……!」
ようやくヨメカワイイのちょっとした悪戯心に気付いたらしい。
赤いフードの魔法使いは一瞬呆けると、
「もう、からかうなんて酷い、酷いですよ! 私のワガママに付き合わせちゃって……もしかして怒らせたんじゃないかってすっごく不安だったんですよ!?」
目を三角にして抗議の声を上げ、タルトに行儀悪くフォークを突き刺し口いっぱいに頬張った。
もむもむもむ……と憤懣やるかたない様子で顎を上下させる光景は、さしずめ大好物を前にして理性を失ったハムスターである。
「美味しいか?」
「美味しいでふ!」
とにかく緊張が解けて良かった。
イズの店に来た時の彼女は何と言おうか――ヨメカワイイの目にはどうにも礼儀正しくあろうと無理をしているように見えたのだ。理想のキャラになりきるのは個人の勝手だし、それを重んじるプレイヤーが多いのも認めるが、ゲームの中でくらい素の自分を解放してもいいのではと思う。
(ストレスなく遊べるなら、それに越した事はないもんな)
残すのも職人に失礼なので、ヨメカワイイもウケ狙いで注文したメルヘンチックなパンケーキにナイフを入れる――なるほど確かに客足が途絶えないだけはある味だった。遅れて来たコーヒーもブラックながらフルーツの酸味が絶妙にマッチして飲みやすい。
指輪で【休眠】中のミケ用にもテイクアウトしようと決め、
「さて、次は装備の新調だったっけか」
「はい!」
コーヒーカップをソーサーに戻し、少女に確認する。
正式な契約を結んだ依頼内容は、便利なアイテムの入手場所や効率の良い狩り場の案内、厄介な生態やスキルを持つモンスターへの対策のレクチャー。
なので、本当なら二人で甘味を堪能する必要はないのだが、生産職が手ずから作り出す料理には一時的にステータス上昇や状態異常の耐性を付与する品が多く、この名店のスイーツも例に漏れず優秀なバフ効果がある――女の子だからとがっつり肉料理の大衆食堂系ではなくカフェにしたのは正解だったようだ。
「ありがとう、美味しかった」
「ご馳走さまでした」
「はいー、またのご来店お待ちしておりますー」
二人分と持ち帰り用の代金をメイド服のプレイヤーに支払い、席を立つ。
去り際に店主らしき女性が胸を撫で下ろしていたのは……味に自信でもなかったのだろうか。
「イズに教えてもらった店は……」
「こっちです! 早く行きましょう!」
少女に右手を引かれ、誰かとすれ違う度に変な目で見られながら次の店に向かう。
「そんな走らなくても店はなくならないぞ――ミイ」
そう、少女のキャラクターネームは『ミイ』であった。
最初に聞いた時は真っ先にあの『炎帝ノ国』のリーダーの爆炎娘を連想したが、その名に決めた本人曰く『全っ然違います! ちっちゃい「ィ」じゃなくておっきな「イ」でミイなんです!』と完全な別人である事を強調されてしまった。
けれど全く無関係でもなく、一時期は『炎帝ノ国』にも所属していて、彼女の装備が赤色なのもその名残なのだそうだ。
「……なあ、どうして『炎帝ノ国』を脱退したんだ? あそこなら人数も多いし、それこそ二層の情報収集なんて簡単だったろ」
「そうなんですけど……私って【火魔法】をメインで取ってるじゃないですか。名前も似てるからつい弱い自分とミィさんを比べちゃって、それが嫌になっちゃって……」
「なるほどねぇ」
自分と同じような名前で、しかもステータスも身に着けている装備も覚えているスキルも実力も格段に上のプレイヤーが、ゲーム内でも一、二を争う大手ギルドの長として何十人ものメンバーをカリスマで束ねているのだから、ふとした拍子に比較してしまうのも無理はない。
そう考えると、ミイが名前の違いをムキになって強調したのも分かる気がする。
「あ、でも誤解しないでくださいね? ミィさんもメンバーも優しい人達ばっかりですから!」
「それは俺も知ってるよ。……と、ここだここだ」
話していると、目的の店に着いた。
それなりの利用者が出入りするNPC経営の武器屋。
他の店舗と異なるのは、生産職のプレイヤーが作成した武具や装飾品も取り扱っている点か。
プレイヤー同士で直接交渉するまでもない出来の品々を生産職がこの店に預け、店側はそれらを製作者の名を載せて陳列し、来店した戦闘職に販売する。
「俺は利用した事ないが、イズの話じゃ戦闘と生産、どっちの間でも結構好評らしいな」
「売上金から手数料が引かれちゃうそうですけど、生産職の人にとっては買ってもらえなくて埃を被らせておくより少しでもお金になった方が嬉しいですもんね」
ログイン時間のほとんどを工房や鍛冶場で過ごす生産職は客を相手にしなくとも作品を売る事ができて、あわよくば名前も勝手に広めてもらえる。戦闘職は普通にオーダーメイドするより価格も性能も手頃な装備を買える。
双方に利点のある取引代行のシステムだ。
「いらっしゃいませ」
中に入るとNPCの店員が二人に挨拶した。
入口から見て右半分が『鋼の剣』やら『木製の盾』やら、通常のNPCの店でも売っている定番も定番の安かろう弱かろうの入門用とその一歩先の装備品で占め、残る左半分のスペースに生産職がそれなりに頑張ったデザインやカラーリングも豊富な作品が所狭しと並ぶ。
「おい、あれ……」
「カワイじゃねぇか。隣の子は見ない顔だな」
店内でもヨメカワイイは注目の的だった。
こんな機会でもなければ足を運ぶ事もない場所に、しかも見慣れない少女のプレイヤーを伴って訪れたのだから、変な目で見られるのも納得だ。
鬱陶しい外野を包帯の奥から睨んで黙らせ、玩具売り場の幼児よろしく左の委託販売のエリアに突撃するミイの後を追う。
「予算は足りるのか?」
「平気です。頑張って貯めましたから!」
先端の水晶内部で魔力が渦巻いていたり、儀礼用に金銀宝飾が施されていたり――魔法使いには重要な杖を取っ換え引っ換え矯めつ眇めつ、真剣な眼差しで吟味していく。
「これはちょっと長過ぎ……これは握り辛い……これは、デザインがいまいち……」
弓ならともかく、ヨメカワイイも魔法こそ使うが杖の良し悪しは分からないので、ミイの後ろで守護霊と化して陳列棚を眺めるしかない。
店中の在庫を引っくり返す勢いで杖を試し続け、それからたっぷり一時間は経ったか。
「これ、これにします!」
「お、決まった?」
解脱しかけていたヨメカワイイの意識をミイの声が呼び戻す。
厳選の末にお眼鏡に適ったのは、黒曜石製でしっとり落ち着いた輝きを放つ、指揮棒を思わせる短杖だった――眼球にでも突き刺さないと物理攻撃力は低そうだが、魔法の武器で切った張ったのチャンバラをする訳がないし、そうならないためにINTを上げて遠距離から敵を仕留めるのだ。
「それじゃあ買うもん買ったし、慣らしがてらモンスター狩りに行くか」
ヨメカワイイが店を出ようとする。しかし後ろから足音が聞こえてこない。
何か買い忘れでもあったのかと店内を振り返ると、ミイは彼女の背丈ほどのショーケースの前で立ち止まり、中に飾ってある商品を食い入るように見つめている。
買うまで梃子でも動かない雰囲気にまた一時間待つのかと思いきや、今度は即断即決だった。
「すみません、お待たせしました!」
「そのセリフは杖買った時に言ってほしかったなぁ」
頭を下げるNPCに見送られ、二人は町を東へ進む。
痩身長躯の黒アフロが少女を連れ立って歩く光景は、やはりと言うか他のプレイヤーにとっては奇妙に映るようで、男女を問わず視線が突き刺さる。
「杖の他に何買ったんだ?」
「えっと、どうしても気になった衣装があって……」
目の前にばさりと広がる墨染色のフード付きロングコート。
ミイは自身のステータスパネルを操作して着替えると、その場でくるりと一回転。フード全体に過剰なまでの黒色ファーが縫い付けられていて、それを被った姿はライオンかあるいは――
「えへへ、お揃いですね♪」
「……うん、そうね」
悪の怪人アフロ一号の新たな仲間、喜悦満面の偽アフロ二号が誕生した瞬間だった。
次回は隠しダンジョン行きます。