VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います 作:久木タカムラ
森林の中に閃光の花が咲く。
大気中に散布されたオレンジ色の微粉末が極小規模の破裂を起こし、それが何万何億と連鎖して粉塵爆発を引き起こしているのだ。
(もうっ! 【炎帝】や【爆炎】が使えたらこんなモンスター倒すの簡単なのにー!)
木々の安らぎを脅かす犯人は、極彩色の羽を持つ巨大な蝶。
主食は花の蜜ではなく自分よりも小さく弱いモンスターの体液で、その艶やかながらも毒々しい虹羽から可燃性の鱗粉を振り撒いて獲物を仕留める、このエリア一帯では危険度第一位に君臨する爆音のハンターなのであった。
細長い触角が青白く帯電し、火花が散る。
「次来るぞー」
「はい!」
爆破攻撃の予備動作を見て彼が言う。
引火した鱗粉が導火線のように空中に炎の筋を描き、ミイの動きを追跡して一気に膨れ上がる。
「油断すんなよ」
「大丈夫です!」
爆発の範囲はおよそ直径三メートル。
装備の整った中堅プレイヤーでも油断すれば致命傷になる威力は驚異的だが、予兆さえ分かれば避けるのはさほど難しくはない。
標的の立つ位置に攻撃が決定するため、この爆羽蝶を相手にする時は、一瞬止まるフェイントを動きに混ぜ込んだ立ち回りがソロでもパーティーでも定石となっている。
「【ファイヤーボール】!」
バックステップで躱し、新調した黒曜杖からの火球で蝶の右羽を焼き飛ばす。
しかし気を抜いている暇はない。片羽を失って地面に落下したのは最初の一頭目――我が物顔で飛び回る厄介な火薬庫はまだ四頭も残っているのだ。
加えて、気を付けなければならない攻撃がもう一つある。
右側で羽ばたく二頭の複眼が輝き出す。それを合図にして鱗粉が複眼の光を乱反射させ、周囲の景色がぐにゃりと蜃気楼のように歪む。
うっかり見続けると【睡眠】の状態異常で行動不能に陥るため、ミイは両目を片手で覆い、
「【ファイアーボール】! 【ウォーターボール】!」
火球でまず一頭を焼き、矢継ぎ早に放った水弾でもう一頭の腹に風穴を開けて倒す――爆羽蝶は複数体で出現して攻撃も苛烈な反面、耐久やHPが低く設定されているため、初級魔法でも一撃で倒せるようになっている。
一度でも攻撃を当てさえすれば。
そのピーキーなステータス値がプレイヤーの油断を誘う精神的な罠となり、あと二頭、とミイが向き直った時には、二筋の導火線が目の前まで迫っていた。
(やばっ……)
回避は間に合わない。
一発目を避けたとしても、時間差で炸裂する二発目にやられてしまう。
「ああもう、だから言わんこっちゃない」
「ふきゅ!?」
わーい旦那様とお揃いだぁー、と一目惚れで衝動買いしてしまった黒コートのモフモコフードを後ろから引っ張られ、夫と位置が入れ替わる。
空気を震わせて二輪の大花が咲き、針金細工のような長身を飲み込んだ。
地面を抉りもうもうと立ち込める黒煙の中から、静かに声が飛ぶ。
「【スプレッドショット】」
まるで機関銃の一斉掃射。
点ではなく面で襲い掛かる射撃を浴びせられ、全身に風穴が開いた二頭の爆羽蝶が次の瞬間には光の粒となって消え去る。明らかにオーバーキルだった。
爆破を受けたはずの夫はHPこそ減少していたものの、まだまだ余裕そうで平然としている。
「ダメージは?」
「ないです。えっと……ありがとうございます……」
「気にすんな。これくらいのモンスター相手にお前さんを死に戻りなんぞさせたら、イズに今度はツルハシで殴られちまう」
「…………むぅ」
助けてくれたのは嬉しい。一緒にゲームで遊んでいるのも楽しい。
しかし依頼の形で夫を引っ張り出したためにデートではなく引率に見えてしまい、庇ってくれた理由さえ他の女の人に怒られてしまうからで、しかもその女性が自分より胸も大きくて美人なのが年下のお嫁さん的にはどうにもこうにもよろしくない。
今すぐ彼の首根っこにぶら下がって不機嫌ですアピールをしたいところだが――まだ駄目だ。
このまま初心者のミイを演じておいて、頃合いを見て正体を明かし仰天させるまでは。
「この先に古びた井戸があるんだと。とりあえずそこまで行ってみよう」
「そうですね」
二人で並んで、奥へ奥へと進む。
歩きながら考える。
(本当は別キャラまで作るつもりはなかったんだけどなぁ)
旦那様が素直に『炎帝ノ国』に入ってくれていたら、こんな回りくどい真似をせずともギルドのリーダーであるミィとして職権乱用だろうと何だろうと一緒にいられたのに。
今はどのギルドも次のイベントに向けて勧誘勧誘また勧誘で、フリーで強いプレイヤーを仲間に引き込もうと躍起になっている。中にはレベルの高い容姿の女性プレイヤーをスカウト役に選んでハナカマキリのように男性プレイヤーを乱獲するギルドもあり、愛する旦那様もハニートラップに引っ掛かってしまうのではないかと思うと気が気ではないのだ。
(いっそミザリーやあの子達にも協力してもらう? でも旦那様が他の誰かとなんて……ぁぅぅ)
全年齢対象のゲームだとか関係ない。
ミイの頭の中では、自分も含めた『炎帝ノ国』の女性プレイヤー全員を侍らせて一大ハーレムを築き上げている旦那様の姿がぐーるぐる。だって多感な女の子だもん。
「おーいお嬢さん、何処まで行きなさるおつもりで?」
いけない妄想に夢中になって、曲がるべき道を通り過ぎてしまったらしい。
夫の立つ場所まで慌てて戻ると、それまで歩いてきた獣道よりもさらに細く見つけにくい横道が伸びていた。
この細道の最奥に目的地とする古井戸がある――第二層の実装直後に『炎帝ノ国』も人海戦術で探索を行い古井戸も発見していたが、特にギミックが発動する様子はなく、他のプレイヤーからも単なるオブジェクトとして扱われ見向きすらされずに放置されているものだった。
歩いて数分もせずに井戸に辿り着く。
「なるほど、確かにこりゃ井戸だな」
「周りに何かあるって訳でもないですしねー」
「……ちょっと降りてみるか」
「降りるって、この中にですか?」
石造りの井戸を指差す。
「二人で調べりゃ何か見つかるかもだろ?」
「それはそうかも知れないですけど……」
降りるまでもなく水が完全に干上がっている事は確認済みだ。しかしそれを教えると、どうして中を覗きこんでもいないのに枯れていると知っているのかも説明しなければならない。
仕方なく二人で井戸の中を降りていく。
内部はフラスコのような形状なのか存外に広く宝箱の一つもありそうだが、あったとしても前にこの場所を探索した誰かによって既に開けられてしまった後だろう。
「やっぱり何もありませんね……」
「そうでもないみたいだぜ?」
フラスコの中心、二人の足元に青い魔法陣が輝き出したかと思うと、井戸の底全体が音を立てて降下し始めた。反時計回りにゆっくりと捩じれるように一回転したところで、頭上の縦穴とは別の隠された道が壁の中から現れた。
「すごい、きっとまだ誰も見つけてないダンジョンですよ!」
「知らん間に何かの条件を満たしてたんだろうな――ミケ、散歩の時間だぞ」
夫はそう言うと、おかっぱ頭で二頭身の小鬼を召喚した。
あのメイプルが巨大な亀の背中に乗って空を飛んでいたというのは掲示板でもひとしきり話題になってはいたけれど、火山ダンジョンで手に入れた卵が孵化してこんなに可愛らしいパートナーが生まれたのだとすると、やっぱり自分もモンスターをテイムしたくなってくる。
「ニャー」
ミケは定位置なのかアフロに潜り込むと、顔と両手だけ出してご満悦そうに甘え声で鳴く。
それがどうにも旦那様との絆を自分に見せ付けているように感じられて、今は甘えられないから悔しいやら羨ましいやら。
「むぅぅ……早く行きましょう!」
「おいおい、そんな引っ張んなって」
自然の洞穴ではなく石で組まれた人工の通路を進む。
「罠に気を付けないとですね」
「それよか、もうちっと高い天井にしてくれると助かるんだけどなぁ」
「ニ゙ャア゙ァア゙ァア゙ァ……」
背がちょっとばかり高い旦那様には狭いらしく、ミケに至っては乗っている頭と天井に挟まれて平べったい動物スリッパになってしまっている。
通路は右に左に蛇行しながらの一本道。
道中、生理的嫌悪を催す節足動物型のモンスターの群れが何度か襲って来たが、夫が中腰のまま片っ端からマグマで燃やし尽くしていくので障害にすらならない。
「不気味なくらい順調だな。腰が痛くなりそうだが」
「見つけられてなかっただけで、ダンジョンの難易度はそんなに高くないのかも」
「そーゆーのに限ってボスだけは面倒な奴だったりするけどな」
◆ ◆ ◆
運営ルーム。
またの名を『胃痛に悩む者達の集い』にて。
「おっ、【蠱毒の底】を開けたプレイヤーがいるぞ」
ユーザーに楽しくプレイして頂くためにバグや不具合、トラブルが発生していないかモニターと睨み合って監視していた一人が声を上げた。
イベント開催時と比べて常駐するメンバーは少ないが、それでも今まで噂にすら上がらなかったダンジョン発見と挑戦者が現れた報告に、残りの面々も興味深そうに視線を向ける。
「確か、同じスキルをいくつか覚えていてフレンド登録してから三時間以内で、しかも性別の違うプレイヤーが二人同時に入口の井戸に入らないと出現しないとか、設定した俺らでもワケワカラン条件になってなかったっけ?」
「ああ、別名【リア充殺し】」
「中のモンスターもキモ虫系で統一して、これでもかってくらい毒やら麻痺やら状態異常スキルで完全武装してるしな。んで、その気の毒なカップルって誰と誰よ」
「今映像を出します」
皆が注目する大型モニターに映し出される、狭い通路を四苦八苦しながら進むアフロの姿。
仕事が忙しく恋人なぞ作る暇もない運営メンバーの黒い笑みが、あの『要塞』メイプルと並んでバランスブレイカーに分類されつつある『戦艦』ヨメカワイイを見てあっさり吹き飛んだ。
「……やっぱりか、やっぱりカワイか! メイプルとどっちだろうなとは思ったけど!」
「って事は隣にいる子が彼女か!? いや嫁か!? 顔見せろ顔!」
「ああクソ隠れてて見えん! てか何だあのアフロみたいなフードは!?」
「ペアルックか? ペアルックなのか!? 俺らに対する自慢か畜生めえええっ!」
完全に冤罪の被害妄想なのだが、それを冷静にツッコむ者はこの場におらず。
モニターの向こうでマグマに焼かれるモンスター達がどうにか一矢報いてくれるよう、血の涙を流してドロドロとした妬み嫉みの念を送るのだった。
◆ ◆ ◆
「……ボス部屋の扉か。開けるぞ?」
「どんなボスなのかあんまり想像したくないなぁ……」
「ニャー」
一体どういう趣味をしているのか、ここのモンスターは鳥肌が立つ造詣の虫型ばかりだった。
おかげでミイはHPよりも精神にダメージが蓄積されつつある――ついうっかり検索して画像を表示させたら想像以上に不気味で、ひぃひぃと悲鳴を上げつつどうにか画像を消した時の疲労感にとてもよく似ていた。
そんなゲテモノ虫がわんさかいるダンジョンのボスなのだから、どのような外見なのかも大体は想像できる――いやでも想像してしまう訳で。
「そら、おいでなすった」
広い空間の奥で巨大な影が蠢く。それも一つではなく二つ。
何十対もある節足を動かし、甲殻が擦り合って音を立てるその巨体の先には、クワガタのような大顎と宝石よりも輝く複眼がある。
小さな山ならばとぐろを巻いて隠してしまいそうな二匹の大百足が、赤いオーラと青いオーラをそれぞれ纏いながら二人を出迎えたのだった。
誤字脱字あればご報告よろしくお願いします。