VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います 作:久木タカムラ
「【毛刈り】」
一層の草原が広がるエリアに、凛とした声と白刃が閃く。
刃文の美しい刀身が鞘に納まるのと同時、このファンタジーな世界にしては珍しく翼も牙もない一般的な羊がその雲を思わせる体毛を刈り取られ、つるりとした表皮を晒しながら逃げ去る。
代わりにスキルの使用者――カスミのインベントリ内に一匹分の羊毛が追加されたはず。
「おー!」
「お見事お見事」
それを一歩下がって見ていたメイプルが声を上げ、ヨメカワイイも小さく拍手する。
日本刀だからか、羊毛の刈り取りでもかろうじて居合の試し斬りか曲芸の類に見える――これが巨大な両手剣や戦斧が武器のプレイヤーならさぞかし珍妙な光景になるのだろう。
「で、一匹だけで足りるのか?」
短期メンテナンスで実装された無害な羊の群れ。
イズが言うには素材として優秀らしく、周囲一帯は同じく羊毛が目的の他のプレイヤーによって刈り尽くされた後のようだ。レアドロップもなければ経験値も少ないため、丸裸にされて用済みの羊が倒されもせずにそこかしこでのんびり草を食んでいる状況だ。
「何を作るのかまではイズさんから聞いてないけど、一匹じゃ多分……」
「間違いなく足りないだろうな」
三人の中で【毛刈り】を使えるのはカスミのみ。
必須ステータスに届いていないメイプルは勿論、羊毛が不要だったヨメカワイイも【毛刈り】を修得していない――ならばどうして『楓の木』のギルドメンバーでもないのに同行しているのかと言えば、暇を持て余していたところを誘われたからだったりする。
二人とは顔見知りという事に加え、イズにも『メイプルちゃん達を手伝ってあげてねぇー?』と依頼として営業スマイルを向けられてしまえば断る理由もない。
「うーん、いないですねぇ羊さん」
草原を見渡してメイプルが言う。
羊が見つからないのではない。見つかる羊のことごとくが毛を刈られた個体ばかりなのだ。
「【スプレッドショット】」
ヨメカワイイが【反響】を【装填】した拡散矢を適当に放つ。
目視と比べて断然高効率なのだが、羊の反応があっても毛の有無まで判別できない――それでも当てずっぽうに探し回るよりは楽な事に変わりはない。
一番肝心な【毛刈り】こそ使えないが、それを補って余りある『耳』を使えるからこそ、イズもヨメカワイイに二人を手伝うよう依頼を寄越したのだろう。
「こっちに何匹か固まってるっぽいな。行ってみよう」
「ほぇ~」
「……相変わらず、とんでもない索敵能力だな」
余談だが、同じ草原エリアにいたプレイヤーは三人を視認した途端足早に逃げ出していた。
小規模ギルドながら曲者揃いの『楓の木』――そのラスボスと名高い絶対無敵要塞と、異名こそまだないものの確かな実力を持つカスミ。それに加えて爆破と溶岩を操り、最近ではゴブリンまで召喚するようになったスレンダーマンまで一緒となれば逃げの一択になるのも無理はなかった。
そんな事など露知らず。
反応があった地点に三人が向かうと、まだ毛が無事な羊が十匹ほどいた。
近くに生えた大岩の陰から様子を窺う。
「さてどうするか。私の【毛刈り】は一度に一匹しか刈れないぞ」
「うーん、また【パラライズシャウト】で麻痺させる? 何匹か逃げちゃうかもだけど……」
「それよりもっと確実な方法があるぞ」
言って、ヨメカワイイは【
「【フレシェットスコール】」
羊達の上空から矢を撃ち降らせた。
サポート型スキルの【
「あぁ、逃げちゃう逃げちゃう!」
「慌てなさんな。【
羊達には赤い磁力を、そして今度は大岩に触れて青の磁力を付与させる。
対象の質量が大きいほど磁力も強まる性質により、赤いオーラを浴びた羊達は一匹残らず大岩に吸着させられ、草原にメェメェと鳴いて揺れ震える巨大な羊毛の塊が出来あがった。
「これなら刈り逃しもないだろ」
「うわぁ……」
「言葉も出ないな。だがまあ、遠慮なく……」
呆れつつ毛を刈っていくカスミ。
ほどなくして羊毛を回収し終え、後に残ったのはあられもない姿にされた羊が大岩に貼り付いた奇怪なオブジェのみ。悪魔召喚の儀式か何かと思われても否定できない。
これで、ある程度まとまった数の素材が手に入った。
「余裕もできたし、手分けして探してみようと思うのだが……」
インベントリの中身を確認して、カスミが言う。
「リポップを待つ時間ももったいないし俺は別に構わんが、足止めの手立てはあるのか?」
「ない事もない。私の【超加速】なら逃げた羊も追えるだろう」
「じゃあ近くで羊さんが湧いたら私とカワイさんで動きを止めておくね!」
「ああ、そっちは任せた。三十分後、この大岩で落ち合おう。……嫌でも目立つからな」
さらなる羊毛を求めて、カスミが草原の向こうへ駆け出す。
小さくなっていく彼女の背中を見送るメイプルとヨメカワイイ――ただぼんやりと新たな獲物が姿を見せるのを待っているだけの二人は、どちらから言い出したでもなく、【
綺麗に毛を剃り落された羊の肉は、とても柔らかそうだ。
「私、羊って食べた事ないんですよね……」
「……飲み会でジンギスカンを食った事あるが、牛や豚とも違う美味さだったな……」
「…………」
「…………」
ジュルリ、とそんな音が零れたのはどちらの口からだったのだろうか。
それからきっかり三十分後。
時間通りに戻ってきたカスミが目撃したものは、羊がいなくなった大岩と、その隣にもっさりと鎮座する二つの羊毛の塊だった。
数瞬だけ思考を巡らせて、刀の柄に手を伸ばす。
「……【毛刈り】」
とりあえず毛を刈り飛ばすと、中から桃太郎よろしくメイプルが現れた。
地面に大の字に落ちたメイプルとカスミの間に微妙な空気が流れる。
「えぇと……深くは聞かないでね?」
「分かってる。もっと気になるのが横にいるしな」
「……うん」
二人が視線を移す。
「カスミ、こっちも散髪頼む……」
全身余さずすっぽりと羊毛に包まれていたメイプルと違って、ヨメカワイイの場合は首から下が平時と同じく外に出ている。
しかしトレードマークのアフロは白く変色し、毛量も十数倍に膨れ上がり足元まで垂れ下がってしまっているので、後ろから見ればメイプルの羊毛団子と大差ない状態となっていた。
笑ってはいけない。笑ってはいけないけれど肩が震えるのは止められない。
「【毛刈り】!」
一閃。
日本刀を振るう美容師に本来のアフロに戻してもらったヨメカワイイはやれやれと首を振る。
「いやー、ずっとあの頭のままかと思って焦った焦った」
「でも、これで羊さんを探さなくても羊毛が手に入るようになったから結果オーライですよね!」
「羊の毛と言うかメイプルとカワイの毛だがな……」
そう考えると、そんなものでイズに装備を作ってもらうのが申し訳なくなってくる。
今日はもう終わりにしようという流れになり、三人で帰路に就く。
最後にメイプルとヨメカワイイは自分のスキルリストを確認した――【
◆ ◆ ◆
イズから羊毛装備のお披露目に誘われたのは、ヨメカワイイが白アフロフォームを修得してからおよそ二週間後。第三回イベントが始まった当日の事だった。
隠れ家のような『楓の木』のギルドホームに赴くと、メイプルとサリー、イズ、そしてカナデと名乗る中性的な赤毛の少年がエントランスに集まっていた。クロムとカスミの姿はない。
「うふふ、皆が頑張って羊毛を集めてくれたおかげで良い装備が作れたのよー? メイプルちゃんサリーちゃん、早速着てみてくれるー?」
「「はーい」」
イズが渡した装備に二人が着替える。
羊毛のもこもこ具合を全面に押し出したファンシーな全身装備。二人の得物である大盾や短剣はそのままなので多少ミスマッチなのは否めないが、それを差し引いても十分に可愛らしい。
試しに脳内で同じ衣装を着た嫁を思い浮かべてみると――魔性のもこもこに捕らわれてベッドでグースカ眠りこける光景しか想像できなかった。
小声でイズに言う。
「実は二人に女の子らしい服を着せたかっただけだったり?」
「……当たり♪」
案の定、着せ替え人形扱いだった。
でも、とイズは前置きして、
「ただもこもこで可愛いだけの装備じゃないわよー? 使った羊毛の量によって今回のイベントのアイテムドロップ数が上昇するんだから」
「ふーん?」
運営からのメッセージを改めて読み返す。
第三回イベントの内容は、期間限定モンスターが落とす特定アイテムの収集――その数に応じてギルドとプレイヤー個人で達成報酬を得る事ができる。
まだ無所属ソロプレイヤーのヨメカワイイにギルド報酬など縁のない話だが、個人報酬は中々に魅力的なラインナップだった。
「僕はよく知らないんだけど、カワイさんって基本的にソロで参加してるの?」
赤いキャスケットを被ったカナデが、小首を傾げてヨメカワイイに問う。
「まあ、たまたま一緒にでもならない限りはソロだな。今回は依頼があるけど」
「依頼?」
「知り合いのギルドからイベントを手伝ってくれってメッセージが二、三日前に届いてな。今からそこの応援に行かにゃならん」
形としては一時的な入団になるのだろう。
ギルドへの加入と脱退、そして再加入が可能になるまでには日数的な制限があるが、逆にそれが適度な休みになるので、傭兵業のヨメカワイイにとっては助かる仕様になっていたりする。
最悪の場合、対象のモンスターの奪い合いになる可能性を考えたのだろう――サリーが少しだけ警戒した様子で、
「……それって私達も知ってるギルドですか?」
「ああ、名前くらいは聞いた事あると思うぞ?」
少女の憂慮に気付きつつ、別に隠す必要もないのでヨメカワイイは雇い主の名前を口にする。
「――『炎帝ノ国』だよ」
◆ ◆ ◆
同時刻、ギルド『炎帝ノ国』にて。
その類稀なるカリスマ性で大勢のギルドメンバーを隙なく統率するミィは、開始五時間で大量の牛型モンスターを討伐してドロップアイテムを集めていた。
ギルド報酬は別として、自分だけが個人報酬の利益を独占するのではなく、別働隊も含めた他のメンバーも可能な限り討伐数が平等になるよう心掛けているからこそ、誰も不平不満を漏らさずに指示に従ってくれているのだとミィ自身は考えている。
「皆、今回のイベントでは前回以上にチームワークが重要となる! 討伐数が目標まで達した者はミザリーかマルクスに報告、後衛の者と交代するように!」
大きなアクシデントもなく討伐数は着々と増えている。このペースを維持できればギルド報酬は最高ランク確実だ。
それにもうすぐ――
(旦那様も来てくれるもんねー♪)
小躍りしそうになるのを堪える。
三人娘を経由してダメ元でメッセージを送ったところ、『いいよー』とあっさり快諾。
あまりのあっけなさにこちらのミィの正体も実はバレているんじゃないかと焦るが、それよりも夫に会える喜びが勝ってしまいどうでもよくなってしまった――
「ミィ」
背後から声を掛けられる。
声の主は金の長髪を流し、白い法衣を纏う女性のプレイヤーだった。
回復魔法や光魔法の使い手で、柔らかな物腰が人気でギルド内外にファンが多く、身体の起伏がとんでもないのが特徴か。具体的には胸。ばいんばいんで羨ましい。
「ミザリー、別働隊の様子は?」
「予定の頭数を討伐し終えてもうすぐ帰還するそうです。それを待ってマルクスが再度トラップを仕掛けに出る手はずになってます」
「……順調だな」
「全てはミィの手腕と人望の賜物ですよ。ところで、貴女が助っ人を頼んだという件の殿方はまだこちらに来ていないのですか?」
「ああ。だが間もなく合流すると返信があった。……気になるか?」
「ええ、それはもう」
ミザリーが聖女の微笑みで返す。
「ミィが太鼓判を押すほどの実力者で、しかも第一回イベントで因縁のあるプレイヤーともなれば気にならない方が変ですよ。私も掲示板にあった情報だけで、直にお会いした事はありませんし」
「……そうか」
ちらりとミザリーの格好を窺う。
過剰気味に開いた胸元からは谷間が深々と見えて、キュッとくびれた腰や肉付きの良い太ももが素肌を覗かせている――正直、旦那様には見せたくない、と言うか会わせたくない。並んで立つと色々比較されてしまいそうだからだ。主に胸部装甲とか。
(……大丈夫だよね? 旦那様、私くらいのサイズが一番好きだって言ってたもんね!?)
約束の時間はすぐそこまで迫っていた。