VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います 作:久木タカムラ
合流地点を見下ろせる崖に到着すると、揃いの装備に身を包んだ『炎帝ノ国』のプレイヤー達が陣形を組んで牛の群れを相手取っているのが確認できた。
俗に『トレイン』と呼ばれる大量のモンスターに追われる現象――ヘイトを一身に浴びた囮役が必死に仲間のいる地点まで逃げ走り、待ち構えていた攻撃役の横隊が魔法で次々に仕留めていく。
「おー、やってるやってる」
ソロ狩りとは異なり、プレイヤーもモンスターも、その規模は文字通り桁が違う。
あれだけの大部隊ともなれば近接武器を振り回す姿もちらほら見受けられるが、やはりと言うか主砲として飛び出す大半が火魔法なのがご愛嬌か。
対する牛も、それら全てが一個の生物であるかのように、土煙を上げて猛進する。
「まるで長篠だな」
各自の役割に徹する軍隊と、統率など押し流さんとする群体が激突する。
斜め上なメイプルともまた違う、大手ギルドならではの派手で正統派なイベント攻略――歴史の教科書の再現にも見える光景を観戦していたかったが、約束の時間までもうあまり余裕はない。
例えゲームだろうと、悠長に構えた挙句遅刻するなど社会人として言語道断。
ヨメカワイイは高みの見物を適当に切り上げると、戦線の後方に位置する本陣に向かって崖から軽く一歩を踏み出した。岩肌に生えた手頃な突起を足場に、【跳躍】で一気に距離を詰める。
『スキル【滑空】を取得しました』
◆ ◆ ◆
【滑空】
【跳躍】使用後に発動可能。空中をグライドできる。
取得条件
【跳躍Ⅹ】を取得した状態で、対象スキル使用による移動距離が合計五十キロを超える。
◆ ◆ ◆
移動を横着していただけなのに、どうやらまた変わり種のスキルを手に入れてしまったらしい。
「……【滑空】」
風にはためくロングレザーコートが、両袖部分を残してカーボンファイバーの蜘蛛脚を思わせる細く長い骨組みに変形すると、脚の間に翼膜を張りながら八方向に大きく広がった。
禍々しいハンググライダーにより、飛行能力を獲得したヨメカワイイ。
旋回や加減速――直進するだけの【跳躍】とは違い、飛ぶ方向や速度が調整可能となり、操作に慣れるために何度か蛇行しながら空を滑る。
「また変な噂が流れそうだなぁ……」
巨大なシロップの背に乗ってのんびり飛ぶメイプルの方がまだ可愛げがある。
他のプレイヤーにとっての悪夢を体現するように、気流に乗って『炎帝ノ国』の本陣の真上まで飛ぶと、悪魔の翼をレザーコートに戻し、目を見開き唖然とするプレイヤー達の中に着地した。
どよめきが瞬く間に伝播していく。
面倒そうな予感がする。
「あー……もしかして、話が通ってないっぽい? 参ったね……」
自分が来ると末端のメンバーまでは伝わっていなかったのか、手に手に武器を構えたり魔法陣を浮かべたりと臨戦態勢に入られてしまう。
これから協力する立場なので無闇に爆破で吹き飛ばす訳にもいかず、剣先槍先を向けられながらどう説明しようか考えていると、
「総員武器を下ろせ! 彼は敵ではない!」
今回の雇い主が姿を現した。
赤い髪に赤い装束、意志の強さと自信が窺い知れる柳眉と佇まい――声一つでモーゼさながらに人海を割るとは、相も変わらずの並外れたカリスマ性だ。実家で飼っている愛猫と遊ぼうとしたらネコパンチ一発で撃退された事がある嫁とはえらい違いである。
ミィが歩み寄り、右手を差し出す。
「よく来てくれた。協力感謝する」
「こちらこそ、役立たずと言われないよう頑張るよ」
小さな手を握り返すヨメカワイイ。
爆炎の姫は不敵な笑みを浮かべると深紅のマントを翻し、メンバー全員に届くよう声を張る。
「皆、聞け! 私が契約を結び、このカワイ殿がご助力してくれる事となった! 前回、前々回のイベントで刃を交えた因縁浅からぬ者もいるだろうが、だからこそ、彼がどれほどの実力者なのか語るまでもないはず! 過去を水に流して互いに手を取り合い、確固たる結束をもって共に高みを目指そうではないか! 全ては『炎帝ノ国』のために!」
「「「――『炎帝ノ国』のために!!!」」」
こういった体育会系のノリは苦手だが、芝居がかった演説の効果は絶大だったらしい。全体から大地よ割れろとばかりに鬨の声が上がる。これから戦う相手は牛なのに。
本当に、合戦場にでもタイムスリップした気分だ。
ヨメカワイイは知る由もないが、ミィの現在の心の中を覗いてみると――
(ぁあぁぁあああうんわっはあにゃあああああぁっっっ!!!)
大体こんな感じである。
十四歳の時にノートにびっしりと書き記した設定の数々を、熱が引いて封印したはずの数年後に大声で読み上げたようなものなのだから無理もない。もっと単純な説明だとアレだ――お遊戯会の本番になって親に見られて急に恥ずかしがる園児そのもの。
「まずは幹部との顔合わせといこう……と言っても、今は別働で出払っていて一人しかいないが」
「りょーかい」
恥じらう乙女のクソ努力という名の仮面で表情を取り繕うミィ。
彼女の背中をヨメカワイイが追うと、本陣の奥側、ミィと幹部達が作戦や方針を話し合うために設けられたであろう場所に通された。守衛のつもりなのか十人ほどが周囲を警戒している。
中央に立っているのはミィと、もう一人。
露出度が少々高い、一教育者としてちょっとイカガナモノカな白の僧衣を纏う金髪の女性。
「紹介しよう。彼女はミザリー、他の幹部達と共に私と『炎帝ノ国』の屋台骨を支えてくれている回復魔法のスペシャリストだ」
「……ミザリー?」
頭をぶん殴られたような気がした。
全てを包み込む慈愛に満ちた微笑みにハートを撃ち抜かれて、年甲斐もなく訪れた青臭い初恋にときめいてしまった――からではない。
むしろその逆で、彼女には関わるな、早くこの場を離れろと直感が警鐘を鳴らしているのだ。
そして、そういった悪い予感は生ガキ並みに当たってしまう。
「お噂は聞いています。よろしくお願いしますね?」
「……おう」
ぎこちなく握手を交わし――見られてる。ものすごく見られてる。
包帯巻きなのが幸いして顔が強張っているのはまだ気付かれていないだろうが、さっさとミィに入団登録してもらい、ミザリーとは違う場所でイベント終了まで大人しく狩り続けるのが賢明か。
「……ミィ」
「うん?」
「彼と二人だけで話したいのですが、少し席を外しても?」
「それは構わないが…………知り合いだったのか?」
「まさか。ただ、面白そうな話が聞けそうな気がしただけです」
しまった、先手を打たれた。
ヨメカワイイが同意するかどうかも待たず、静かに本陣を出ていくミザリー。
何かを感じ取ったのか、ミィまで怪訝そうな視線をこちらに向けてくるので、ここで素直に後を追わなければ余計に変な噂話が広まってしまう。巡り巡って嫁の耳に届きでもしたら、間違いなく機嫌を損ねてヘソを曲げ、膨れ面になり、迂闊に触ろうとすると威嚇するくせに構ってほしそうに上目遣いで裾を引っ張ってくるのが目に見えている。
仕方なく、ミザリーと二人きりで周囲を散策する。
「…………」
「…………」
会話はない。
会話はないが、ヨメカワイイが口火を切るのを今かまだかと待っているのはミザリーの全身から発せられる気配と言うか、威圧感で手に取るように分かった。
念入りに【反響】で聞き耳を立てているプレイヤーがいないか確認し、ようやくヨメカワイイは重く閉ざした口を開く決意を固めた。
溜め息交じりに言葉を吐く。
「……どうしてお前までこのゲームやってんだよ……」
「それはこっちのセリフ。てっきり世界を救うために魔王を倒し続けてると思ってたのに」
ミザリーはヨメカワイイに向き直ると、
「お久し振り。貴方の可愛い可愛い彼女さんですよ、先輩?」
聖女には程遠い、チェシャ猫のような本来の彼女の笑顔でそう言った。
◆ ◆ ◆
年齢はヨメカワイイの一つ下。
高校から大学卒業まで付き合っていた後輩で、つまりは元カノだ。
盆や正月など、親戚が集まる時しか顔を合わせる機会がなかった嫁と比べると、実は一緒にいた時間の合計はまだミザリーの方が圧倒的に多い。
しかしヨメカワイイは高校、ミザリーは中学の教員免許を取得したため、大学卒業を機に関係は自然消滅し、互いに何処の学校に赴任したかも知らないまま現在に至る。
「……よく俺だって分かったな」
「それはもう一目でビビッと。私が先輩を見間違えるはずないでしょう? そう言う先輩は名前を聞いてようやく私の正体に気付いてくれたみたいですけど」
「まだその名前を使ってるとは思ってなかったよ……」
彼女は名前が変更可能なキャラに『ミザリー』と名付ける癖があった。
しかも一人だけでなくキャラを全てその名で統一してしまうので、一時期ヨメカワイイが貸して返ってきた某有名RPGではミザリーがメラを唱え、ミザリーがギガスラッシュを放ち、ミザリーがハッスルダンスを踊り、ミザリーがあまいいきを吐き、ミザリーがアストロンを唱え、ミザリーがぱふぱふをして、ミザリーがなめまわし、ミザリーがメガンテを唱える――という訳の分からないパーティーが結成されていた。
余談だが、ちょっとした好奇心で別のゲームも貸してみると、ボールから飛び出したミザリーがかたくなり、ミザリーが舌で舐め、みだれづきを受けたミザリーがしおふきしていたが、あくまで全年齢対象の国民的モンスター育成ゲームの話である。
「こうして話すのも何年振りかしら。思い出すなぁ、私と先輩しか所属してないサークルの部室で毎日汗だくになりながら遊んでましたよね。先輩ったら『私がイクまでイッちゃダメェ!!』って何度もお願いしてるのに意地悪して先にイッちゃって……」
嘘ではない。
嘘ではないが……。
「……それ、エアコンぶっ壊れた部屋で二人で桃鉄してた時の話だよな?」
「あら、いただきス○リートじゃなかったかしら? あと他にも『そんなハメハメパンパンしたららめぇっ!』って時もありましたよね」
格闘ゲームでミザリー愛用のキャラを小パンチのハメ技で完封した時の話である。
ちなみに、教育学部のヴィーナスと呼び声が高く、ミスキャンパスでも圧倒的獲得票数で優勝を掻っ攫ったミザリーとあわよくばお近付きになろうとして、サークル『現代娯楽文化研究会』には入会希望者(当然ながら男性)が殺到したが、もれなくヨメカワイイともお友達になれると知ると全員逃げ去ってしまった。
大学に残してきたあの何台もの旧世代型ハードと大量のソフトは、学生寮に持ち込まれて今でも現役で働いていると聞く。
「そうだ、近いうちに二人で飲み行きません? 地酒と焼き鳥が美味しいお店見つけたんです♪」
「あー……」
確かに地酒と焼き鳥のコンビは魅力的だ。
しかし、飲酒メインの店に嫁を連れて行くのも法律的に気が引けるし、留守番させたらさせたで理由を説明しなければならず、他の女性と二人で飲みに行くと馬鹿正直に説明すれば、ほろ酔いで帰宅した時には真っ暗な部屋の中ですすり泣く体育座りの嫁が出迎えるだろう。
うん、ホラーだ。
「……すまん。誘ってくれたのは嬉しいが、嫁さんをほっとけないから行けねぇや」
「……………………オヨメ酸?」
そんなアミノ酸みたいに言われても。
一瞬真顔になるミザリーだが、すぐに柔らかな笑みに戻ると、爪先立ちになってヨメカワイイの肩に手を置き、優しく諭すように、
「先輩……フィギュアやポスターやアニメの女の子とは結婚できないんですよ?」
「三次元のリアル嫁だわコンニャロウ」
「三次元……じゃあダッチな奥様?」
「はっ倒すぞ」
入籍した事を教えると、ミザリーはこの世の終わりとばかりに顔に影を落として後ずさる。
「嘘……だって私、結婚式の招待状もらってない……」
「役所に婚姻届提出しただけだからな。式も家族や親族だけの小さいのにするつもりだし」
「じゃあ、昔みたいにご休憩メインのホテルで先輩と、ってのも……」
「当然なしで」
「そんなぁ。だったら……だったら食べ頃な青い果実を前にしてドロドロに煮え滾った私の性欲はどうやって発散したらいいの!?」
青い果実なのに食べ頃なのか。
親御さんから預かった教え子をどんな目で見ているのだこの体育教師は。
「聖女が聞いて呆れるな。欲望の塊じゃねぇか」
「聖女である前に一人の女ですぅー。それに周りが勝手にそんなアダ名で呼んでるだけで私は全然清らかじゃありませんー。て言うか、私の色んな初めて全部奪ったの先輩でしょー? 『ここなら誰も来ない』とか言って廊下の隅で私のおっぱい好き放題に弄り倒したりとかしたくせに」
「その節は大変お世話になりました。けど九対一くらいでほとんどお前が誘ってきてたよな?」
「違いますぅー、八対二で先輩の方が多く襲ってきましたぁー」
「……百歩譲って七対三だ。絶対お前からの方が多い」
他者から見ればとてつもなくくだらない痴話喧嘩なのだろう。
実際、絶対嫁には聞かせられない痴話喧嘩だ。
「PTAや教育委員会に首突っ込まれても知らんぞ? ただでさえ最近は目が厳しいってのに」
「ご心配なく。こう見えて私って結構な人気者なんですよ? 水泳の授業で私が水着に着替えると他のクラスの男子とか先生とか見学に来るくらいにはね」
「でもって男子が全員前屈みになったりプールから出てこなくなったりするんだろ?」
そうなんですよどうしてでしょうね、と首を傾げるミザリーに、その理由が痛いほど理解できるヨメカワイイは不思議だねー、と同じく首を傾げて面倒な説明を放棄した。
柔軟体操のパートナーを募ると男子生徒達が全員挙手して終いには殴り合いを始めるとか近況を報告されても知らん。体育祭で父親達が息子や娘そっちのけで汗に濡れたTシャツ姿のミザリーの写真ばかり取って隣に座る奥さんにしばかれるとか聞かされてどうしろと言うのか。
「あとは……『どうしたら先生みたいな胸になれますか』って女子生徒に相談されて、『男の人に揉んでもらうと効果あるわよー』ってアドバイスしたり?」
「多感な思春期の女子中学生を何唆してんだお前は」
「え、だって私のが大きくなったのって先輩と付き合い始めてからですもん」
「…………」
ぐぅの音も出ないとはこの事か。
「お前はホントに……俺を困らせる天才だよな」
「勝手知ったる彼女ですから♪」
こうして。
ヨメカワイイの第三回イベントは、元カノとの予期せぬ再会で幕を開けたのだった。
紆余曲折の末、こんな性格のミザリーになりました。
あれです、実際にいたらけしからん感じの女体育教師です。保健の実技もバッチコイです。