VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います 作:久木タカムラ
(何話してるんだろ……)
ミィは内心気が気ではなかった。
夫の事は信頼しているし、自分が嫁として一番愛されているという自負もある――しかし、だがしかし、万が一が起きかねないのが男と女であり、ティーン誌やレディースコミックでもその手の嘘のような実体験暴露とお悩み相談の投稿は枚挙に暇がない。
蜜の味に舌鼓を打てたのも、他人の不幸だからこそ。
オンラインゲームで知り合って実際に結婚までしてしまう時代なのだから、『ネトゲの友達』の一言で切り捨てて、それ以上の関係には発展しないという保証はないのだ。
「すみませんミィ、ただいま戻りました」
「……ああ」
闇の中の真実を見通す――かも知れない――ミィの研ぎ澄まされた心の目によれば、今のところ二人に怪しい雰囲気はない。本当に世間話をしただけのようだ。
ひとまず安心ではあるけれど、それでも予防線は張るべきだろう。
(旦那様とミザリーは別々にしないとね、うん!)
フンスッ、と鼻息も荒く心に決める。
乙女の本能、あるいは貞淑な妻の勘がワッショイワッショイとお祭り騒ぎな警告を発する未来を迎えたりしないように――こういう時にこそ使わずして何のためのギルドマスター権限か。
私利私欲に満ちた職権乱用だが、ダンナスキーで【盲目】の状態異常なミィはもう止まらない。
フハハフハハと高笑いで騎士と女僧侶の仲を裂こうとする炎の大魔王ミィ。
(……違う違う)
これでは自分が悪役だ――脳内イメージを修正。
トゲの生えた甲羅を背負い、黒いドレス姿で火を吐く大魔王ミザリーと。
赤い帽子に付けヒゲで、緑の
桃色のドレスを着て、某超能力バトル漫画のスタイリッシュ立ちする旦那様――髪型的には姫のお守り役のキノコ従者の方が似合っている気がするが、どちらにしても主人公そっちのけの火力を有しているのでもう誰が本当の大魔王なのやら。
気を取り直して。
「早速だがカワイ、貴方には攻撃役に回ってもらう」
「そりゃそのつもりで来てるから構わんが……大人数を狩るならともかく、大人数で狩るってのは俺には向いてねぇと思うぞ?」
「それはこちらも承知の上だ。いきなり『
思わず『私と』で声に力が入り、『二人で』で裏返り、『一緒に』で震えてしまったが、自然な流れで旦那様をミザリーから切り離すための提案ができた――そう思ったのに。
やはりと言うか、敵も一筋縄ではいかないらしく。
「あらミィ、でしたら私と彼とでペアを組んだ方がいいのでは?」
(ふぬぅぅぅぅぅっ!!)
おのれミザリー、またしても我の前に立ちはだかるかぁ!!
大切なギルドの仲間だとしても、それはそれ、これはこれ。
完全に要注意人物と認定したお胸の大きなヒーラーのお姉さんに対し、一度は全滅させたはずの勇者一行に野望を砕かれた邪神のような悪態を内心で吐く。表情こそ努めて冷静だが、その仮面を一枚剥ぎ取れば、両の拳を激しく上下に振って『ん゙ぅぅッ!!』と駄々をこねる子どもがいる。
構わずミザリーは続ける。
「彼と貴女が同じ場所では火力が一方に偏り過ぎてしまいますし、対人戦がメインのイベントならともかく、今回は戦力を分散して少しでも数を稼ぐべきではないかしら?」
「む……」
「貴女はここで指揮と殲滅に専念、彼は私と別働隊の援護と回復に向かう。そうすればバランスが取れて、より多くの成果を期待できると思います。私もAGIはそれほど高くありませんけど、彼に運んでもらえば移動も問題ないでしょう」
「確かに、ミザリーの言う通りだが……」
嫁として、夫と離れたくないのは当然ではある。
しかしギルド全体の効率を考えた提案をされてしまえば、もう何も言えない。
勢いに任せて口走ってしまったが、そもそもミィは、対象となる牛モンスターのリポップ状況や各自が目標とする個人報酬まで到達したかどうかなど、届いた情報を集積して人員交代、狩り場のローテーション変更の最終的な判断と指示を下さなければならないので、旦那様を独占したくてもおいそれとこの本拠点から離れる事はできない。
特に別働隊が周回する狩り場には気を付ける必要がある――運悪く他ギルドが狩っている範囲と重なって横狩りだ割り込みだと騒がれると、『炎帝ノ国』の悪評にも繋がりかねないからだ。
「……分かった。ではカワイはミザリーと行動を共にしてくれ」
反論の余地すら削り取られて、ミィは仕方なく、本当に仕方なく提案を受け入れた。
するとミザリーは、言質を取ったとばかりに微笑を湛えて長身アフロに向き直り、
「そんな訳で私と一緒にあちこち回る事になりました。よろしくお願いします」
「……仰せのままにぃ」
肩を竦め、億劫そうに返す旦那様。包帯の奥で小さく嘆息したのをミィは聞き逃さない。
もしかして旦那様も私と離れるの嫌だって思っているのかな、とミザリーに比べて慎ましやかな胸を喜びで躍らせるミィだが――夫がどうして、誰もが羨むであろうこの麗しい女僧侶とのペアに気乗りしていないのか、真意を知らずにいられるのは彼女にとって幸福な事だった。
「では参りましょうか。ふふっ、まるでちょっとした旅行みたいで楽しみですね♪」
(今、新婚旅行って言った!?)
言ってません。
言ってはいないが、幻聴が聞こえて愕然とするミィの目の前で、ミザリーは旦那様のしなやかな両腕の中にすっぽり収まる。
運んでもらうためとは言え、なんと、お姫様抱っこである。
最初はそれこそ荷物のように小脇に抱えられていたのに、不服そうな顔のミザリーがこちらには聞こえない声で耳打ちした途端、旦那様が彼女の両膝の裏と背中に腕を回して抱き上げたのだ。
(あーっ! あーあーあーあーっ!!)
表情を必死に取り繕い過ぎて、そろそろ顔面の筋肉が過労死するかも知れない。
もうキャラもカリスマもかなぐり捨てて、涙目であーあー喚きながら投げっぱなしジャーマンでミザリーを夫から引き剥がし、黒いレザーコートの背中に白い文字で大きく『これミィの!!』と書き殴りたい。いや書く。今夜ログアウトしたら寝ている隙に油性ペンで書いてやる。カラフルに観音様とか昇り龍とかも描いてやるぅ。
「……はぁ。【跳躍】」
旦那様はミザリーを抱えて跳び上がり、悪魔のような滑空翼まで生やしてどんどん小さくなる。
「………………」
そこからミィの行動は迅速だった。
「【フレアアクセル】!」
炎が噴き出す両足で地面を後方に蹴り飛ばし、突然の事に呆気に取られるギルドメンバー達など目もくれずに間を通り抜け、ただひたすら真っ直ぐ――火炎のアシストもあって数十秒も経たずに赤い牛型モンスターがひしめく戦いの最前線へ躍り出たミィは、両腕を大きく広げて、
「――【炎帝】!!」
出現した火球二つを牛の群れに叩き込み、ギルドの名を冠する炎熱で一気に殲滅していく。
攻撃はそれだけでは収まらない。
「【爆炎】!! 【炎槍】!! 【噴火】!! 【炎帝】!!」
ミィのステータスはINTよりもMPを重視した
「おお、ミィ様が燃えている……!」
「俺達が不甲斐ないばかりに自ら手本になろうとしてくれるなんて……流石はミィ様だ!」
新たな誤解が生まれて後ろが騒がしいが、ミィはそれどころではない。
一分でも早く、一秒でも早く、旦那様とミザリーに離れ離れになってもらうにはどうすべきか。
(牛さん倒しまくって、ドロップアイテム集めまくって! さっさとギルド報酬を最高ランクまで上げちゃうしかないよね!?)
そうすれば、ミィからの依頼として手伝う理由も消えて、旦那様が『炎帝ノ国』に留まる時間も限りなく短くなり、必然的にあんな風にミザリーに独占されてしまう時間も減る。
これ以上自分も幼児退行したくはないし、ギルドの利益にも繋がる一石二鳥。
第三回イベントもまだ一日目だと言うのに。
遊び倒したいがために夏休みの初日に――初日どころか、学校で配布されたその日の夜に課題を根こそぎ片付けてしまおうとするお馬鹿な小学生のような企みだが、それを咎める者はいない。
「諸君!!」
振り返り、居並ぶ配下に向けて声を張り上げる。
「これはただ獣を狩り競うだけの遊びではない! これは『炎帝ノ国』の初陣である! この蒼く気高い天空に、雄々しい大地に、母たる海原に! 山川草木、有象無象のことごとくに我らが力を知らしめんとする聖戦である! さあ私の誇る千軍万馬の戦士達よ、未来永劫絶える事なき覇道を成さんがため、剣を取り、槍を構え、弓を引き、杖を掲げろ! 今こそ、この広き世界に諸君らの武勲と共に轟かせようではないか――『炎帝ノ国』ここに在りと!!」
一拍遅れて、割れんばかりの歓声で戦場が沸く。
男女を問わず気を昂ぶらせ、感動さえしている『炎帝ノ国』メンバーを見て満足そうに頷いて。
(ふふふ、旦那様もミザリーも見ているがいい。この私を本気にさせたらどうなるか、たっぷりと思い知らせてやろうではないか! 頑張っちゃうもんねー! フハハハハハハッ!!)
邪悪なんだか幼稚なんだか分からない女魔王は、炎を背負いながら真っ赤なマントを翻した。
◆ ◆ ◆
ほぼ同時刻。
上空にて。
「ぶぇっくしょい!」
「へっぷちっ」
ヨメカワイイとミザリーは同時にくしゃみをした。
溶岩の滝が流れる地の奥底や氷雪が吹き荒ぶ大山脈の中でさえ、プレイヤーの体感温度は一定に保たれる仕様になっているので、まさか二人仲良く仮想現実内で風邪を引いた訳ではあるまい。
「誰かが噂でもしてるのかしら……」
「女抱えて空飛んでりゃ噂したくもなるだろうよ。魔界村の敵キャラか俺は」
「とすると私はさらわれたお姫様役ですか? だったら騎士様に助けてもらうより――」
ミザリーは包帯で隠れたヨメカワイイの頬を撫でて、
「こちらの悪魔さんに好き放題メチャクチャにされる方が、私としては嬉しいんですけど?」
「んなエロゲ展開はお呼びじゃないっての。それより、まぁだ着かないのか?」
「もうじきのはずですが……あ、あそこです!」
細く綺麗な指が示す通り、同じ意匠の装備で揃えた『炎帝ノ国』の別働隊がいた。
人数は多く、中規模ギルドにも匹敵する。
しかし何やら様子が変に思えるのは、外様であるヨメカワイイの気のせいだろうか――狩り場を移すために行軍しているのではなく、誰もが一目散に逃げているように見える。
「……お取り込み中ってか?」
「おかしいですねぇ。あれだけ人がいて苦戦するモンスターなんてこの辺にはいないのに……」
だとするなら、よほど好戦的で高レベルなプレイヤーにでも出くわしたのか。
ヨメカワイイが知る中で心当たりを挙げるとするならば、防御力と回避術では右に出る者はないメイプルとサリーの凶悪コンビ――あの二人が獲物を横取りする性格とは思えないし、メイプルの代名詞とも言える毒の竜も空飛ぶ大亀の影もない。
「とにかく下で彼らから事情を聞きましょう」
ミザリーの言葉に従って、逃げる一団の先に急降下。
地面着弾の寸前で滑空翼を元のレザーコートに戻し、くるりと体勢を直して両足から着地する。
空よりの突然の長躯に逃走者達は面食らったようだが、その腕に抱かれ、静かに降ろされたのが神々しい純白の(ただし腹黒の)女僧侶だと認識すると、一様に安堵の表情を浮かべた。
「ミザリーさん! それに……カワイさん!? どうしてここにいるッスか!?」
聞き覚えのある口調。
第二回イベントでほんの少しの間だけ大冒険を共にした三人娘――元気の塊の体育娘と、続けて令嬢娘と不思議娘も一団の先頭を割って顔を出す。
「お前さんらのマスターに雇われたんだよ。傭兵としてな」
「その話は後にしましょう。まずは状況の説明を」
「了解ッス!」
ダメージを負った者をミザリーと手分けして回復させつつ、現状の把握に努める。
直立姿勢で敬礼する体育娘によると、彼女達はこのエリアで事前に取り決めていたミィの指示でモンスターを狩り続け、順調にイベントアイテムの収集を進めていたらしい。レベル上げも兼ねた大人数のおかげで下手な面倒事を吹っ掛けるギルドも現れず、それぞれのノルマを消化するだけで気楽そのものだった。
「けど、倒した牛の数が全員合わせて一万を超えた頃ッスかね、いきなしボスっぽいモンスターがポップして、そっからは皆で逃げモード全開だったッス」
「私達も迎撃してはみたのですが……」
「……命あっての物種」
三人娘もしょんぼり。
ギルド規模の人数がいても歯が立たないモンスターとは。
イベント限定のボスか、あるいは元から実装されてはいたものの、出現条件が満たされず今まで眠っていた不遇の存在が目覚めたのか。
「見た目はイベントの牛と同じなんスけど、その大きさが――」
地面が揺れた。
断続的な振動は瞬く間に強くなり、蜘蛛の巣状の亀裂が走ったかと思えば、地表を砕いて巨大な柱が二本突き出した――よくよく見れば、それは柱ではない。先端が鋭く尖り、緩やかな弧を描く謎のオブジェの正体は、人間の胴周りの三倍はありそうな太さの角だった。
「――とにかく、馬鹿みたいにデッカいんッス!!」
地中より現れた巨牛の全貌が明らかになり、ヨメカワイイもミザリーも、誰もが首を痛めそうな角度まで見上げるしかなかった。陽光を隠す影に全員が入ってしまう。
確かに馬鹿みたいな大きさ。
灼竜――シウコアトルも竜族の名に恥じない巨体だったが、この立派な雄牛も蹄から背中までの体高がちょっとしたビルくらいはある。
鳴き声は大型船の汽笛、鼻息はさながら突風だ。
「……なるほど、こりゃ逃げたくもなるわな」
「けど逃げないんでしょ?」
「こんな時のための雇われ者だからなぁ……」
右前足を振り下ろさんとする巨牛を前に、ヨメカワイイは黒弓を構える。
別働隊はミザリーを残してとっくに逃げ出していた。
「半端にHP削って攻撃パターンが変化しても厄介だ。一気に倒しちまおう」
「簡単に言いますねぇ。何か手はあるの?」
「なかったらお前担いであいつらの一番前を走ってるよ」
矢に【装填】した場合、当然の仕組みながら、射掛ける矢と同じ数だけアイテムやMPが追加で消費される――【スプレッドショット】で十数本同時で射るとするなら一度に爆弾十数個、MPも魔法十数回分が一度に消え失せる。ヨメカワイイの
そして今は他プレイヤーを回復して【施しの報酬】が発動、MPは潤沢にある。
あまりに消費が激しいために控えていたが、これだけの大物なら景気付けに使ってみるべきか。
「……【装填】【
大概のモンスターやプレイヤーには一発で十分な高位魔法。
そんな代物が、例えば矢に宿って降り注いだとしたら。
「わくわくするねぇ。【フレシェットスコール】!」
放った一条の矢が無数に分かれて天より折り返す。
巨牛の背中と足元の地面――鏃が触れた場所から魔法陣が乱発して輝き、縦に割れた瞳孔を持つ太陽の単眼とねじれた双角が禍々しいマグマの竜が、何頭も、何頭も、何頭も。
咆哮を上げ、君臨する。
ミザリーが息を飲み、逃げる者達の足さえ止まる。
「……まるで竜の巣ね」
「探しても、空に浮かぶ宝の城なんざないけどな」
雄牛が馬鹿げた巨体と言うなら、こちらは馬鹿げた火力と状態異常【炎上】の継続ダメージ。
別働隊だとしても、戦力も規模も一、二を争う『炎帝ノ国』――そのメンバーが大勢で挑んでも匙を投げるしかなかったイベントボスを、灼竜の群れは容易く丸焼きの肉塊に変えた。
通常サイズの牛に換算すると……計算も面倒なので省くが、大当たりのスロットマシンのようにドロップする大量のイベントアイテムを獲得して。
「さ、お仕事始めようか?」
本日一番の大物を仕留めて、長身痩躯の狩人は強欲にもさらなる獲物を求めた。
◆ ◆ ◆
「本日はご苦労だった! 諸君らの奮闘により、これ以上ない成果を上げる事ができた!」
ギルド報酬も最高ランクまでもう目前。ギルド対抗ランキングも上位に食い込み、残りの期間をまだ目当ての個人報酬に届かないメンバーのために割いても盤石で揺るがない。
大収穫と言える結果。そしてこれでヨメカワイイもお役御免だ。
「思いの外あっさり済んだな」
「たった一人で初見のボス級モンスターを、しかも一撃で倒した一番の功労者が言うと嫌味にしか聞こえませんよ? イベントアイテムの獲得数だって二割近く先輩が稼いだものじゃないですか」
「それが俺の役目だもの。こういう
「相変わらず、先輩の頭の中では真面目と不真面目がシーソーしてるんですねぇ」
枯れた倒木に座るヨメカワイイ。隣には肩が触れ合う近さでミザリーもいる。
一日目お疲れ様の打ち上げ、と言うよりも、興奮冷めやらぬまま何かの決起集会じみてきた謎の集まりから少し離れてのんびりする二人――泥酔者ばかりの飲み会で、付き合ってられない素面が喫煙やトイレの名目で避難したようなものだ。
「それで、今回の報酬って何なんです?」
「特に珍しいもんでもねぇよ。そっちのギルド資金からいくらかと、人数いないと集めるの面倒な素材アイテムが何点か。駄賃としちゃ妥当だろ」
「ふぅん、それだけなんだ。だったら……」
――ぐにゃり。
豊かな双丘の形が歪むほどヨメカワイイの腕に肢体を密着させると、
「ボス討伐の
官能的な声と吐息で耳を直接くすぐる。破壊力が過ぎるASMRだった。
しかしながら、こちらにも嫁への愛と社会人の倫理と先輩の威厳と元カレの意地がある。
どう言って丁重にお断りしてやろうかと考えるヨメカワイイの前に、コールアンドレスポンスを終えたミィが立つ。ミザリーは素早く身体を離して聖女の毛皮を被り直していた。
ミィが言う。
「ミザリーや部下からの報告は聞いている。やはり、貴方に依頼して正解だった。『炎帝ノ国』を代表して礼を言わせてもらう」
「こちらこそ、お役に立てたようで何より。またのご利用をお待ちしてますってな」
「ああ……実はその件についてなのだが、我々としては、次回のイベントでも貴方の力を是非とも貸してほしいと考えている」
「それは……イベントの内容次第だな」
再雇用の誘いに対し、ヨメカワイイはその場での返答を控えた。
ミィも予想していたのか、軽く頷く。
「無論、そちらの意思に合わせるつもりで提案している。まだ推測の域を出ないが、次回の祭りは十中八九ギルド同士による大規模戦争だ。貴方への依頼も勧誘も今以上に激化するだろうな」
「でしたらミィ、彼が心変わりする前に正式に入団してもらったらいかがです?」
両手を合わせて真っ当な意見を言うミザリーだが、油断は禁物。
彼女が着る法衣の尻部分で、悪魔の尻尾が楽しそうに揺れ動いているのが幻視できる。承諾して入団したが最後、何やかんやと理由を作って四六時中べったり貼り付かれるに違いない。
普段ログインしている嫁のキャラが『炎帝ノ国』の所属なのは確実――他の女と一緒にいるのを目撃された日には、まあ、嫁の性格から考えると、嫉妬の勢いに任せて正体を露呈してくれるかも知れないが、その後で損ねた機嫌を回復させるため尽力するのは結局夫である自分だ。
何より嫁が名乗り出たら名乗り出たで、ゲームの中だからとミザリーが面白半分に略奪宣言なぞぶちかまそうものなら超局所的な嫁ハリケーンが吹き荒れる。
リスクとリターンを天秤に掛けて、悩む。
けれどミィやヨメカワイイが口を開く前に、
「ニャー!!」
眠りこけていたミケが沈黙とアフロを突き破り、元気いっぱいに存在を主張した。
ずんぐりむっくりの二頭身は、そのまま指のない丸っこい手足で己のご主人たるヨメカワイイの顔面にへばり付くと、首を右に向けてミィを見て、左に向けてミザリーを見て。
「……ニャッ」
口の片端だけ吊り上げ、『……ヘッ』と、自分こそが勝者だと言わんばかりの笑みを作った。
ぷよぷに柔らかい矮躯に視界を塞がれ、ヨメカワイイには見えなかったが。
「……ほっほぅ?」
「……一番手強そうなモンスターが残っていたようですねぇ?」
イベントなどそっちのけで。
嫉妬の正妻女神と、狡猾な聖職淫魔と、無垢な小鬼女帝が織り成す三竦みの間に、稲妻にも似た火花が確かに迸った。
「おっふ、もんのすごいバッチバチ言ってるっス」
「女同士の戦い……大人の世界ですわ」
「四角関係」
幸いなのは、それをうっかり目撃したのが三人娘だけだった事か。
◆ ◆ ◆
翌朝。
目が覚めて横を見ると、何があったのか、嫁が黒やら赤やら黄やら緑やら、色とりどりのペンのセットを握ったままグースカ寝息を立てていた。寝巻きの裾がめくれ上がり、小さく窪んだヘソと背伸び気味な際どいランジェリーの端が見える。
「……ふむ」
白いキャンバスを前にちょっとした悪戯心が芽吹く。
赤と、それに紫のペンを手に取り、静かに上下する下腹部にインクの線を走らせる――ハートとコウモリの羽を組み合わせた紋様が一分ほどで完成した。
入浴の時分になってそれぞれが腹と背中を確認して大騒ぎになり、しばらくは人目のある場所で着替えられなくなったのはまた別の話。
美少女のヘソは正義だと思います。