VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います 作:久木タカムラ
第三回イベントの期間は現実時間で一週間。
ともあれ目標は個人によって異なるため、丸々一週間みっちりと牛を追い回す者達と、頑張りもそこそこに別のクエストに向かう者達とで二極化された。
マイペースにちまちま狩っていた分と『炎帝ノ国』からの依頼で狩った分――それらを合わせて目的とするスキルに到達したヨメカワイイも、後者として牛追い祭りの参加者の背中を眺めながら未踏破のエリアを散歩する。
本日はイベント六日目。
依頼が完了した小さなギルドから昨日脱退して、再びギルドに所属可能になるまで傭兵は休業の束の間のフリータイムだ。
◆ ◆ ◆
ヨメカワイイ
Lv42
HP 1330/1330〈+530〉
MP 1220/1220〈+10〉
【STR 5〈-50〉】
【VIT 15】
【AGI 25〈+25〉】
【DEX 30〈+40〉】
【INT 25〈+30〉】
装備
頭 【不死病の束縛帯:鋭敏化】
体 【人面獣心の皮衣:獣性解放】
右手 【罪悪滔天:狩人の執念】
左手 【罪悪滔天:狩人の執念】
足 【人面獣心の皮衣:獣性解放】
靴 【不死病の束縛帯:鋭敏化】
装飾品 【アングレカムリング】【絆の架け橋】【技巧者の指輪】
スキル
【スプレッドショット】【フレシェットスコール】【ファイアボール】【ウォーターボール】
【ウィンドカッター】【リフレッシュ】【ヒール】
【弓の心得Ⅶ】【火魔法Ⅰ】【風魔法Ⅰ】【水魔法Ⅰ】【光魔法Ⅱ】【反響】【施しの報酬】
【毒耐性中】【麻痺耐性小】【HP強化小】【MP強化小】【装填】【
【血ノ取引】
◆ ◆ ◆
レベルアップで得たステータスポイントによるHPとMPの増加、NPCの店で買い替えた装飾品で申し訳程度にDEXを底上げ。INTも嫁に贈ったものと対になる指輪で多少上がっているが、STRは変わらずマイナス方向に振り切っていて、射手よりも、ゲームを始めて数週間の魔法使いにも似たステータスになっている。
にも関わらずメイプル率いる『楓の木』のメンバーや極一部のトッププレイヤーに並ぶ異常枠の一人として必ず名前が挙がるのは、防御度外視のHPと火力を支えるMP、近接戦闘にも即応可能なスキルの数々で対遠距離職の
だからこそ、早くも次の
「この辺だと牛もポップしなくなるのか」
まあ、それも結局は他人事。
ヨメカワイイはヨメカワイイのペースでこの仮想の世界を楽しんでいるだけだ。
そうして歩みを止め、右から左へぐるりと一周する視界に広がるのは、遠方にうっすらと山々の輪郭が浮かぶ広大な乾燥地帯。背の低い草木が茂り、イベント限定の牛こそいないが、野生動物を模したモンスターがいくつかの群れを作って肉を食み草を咀嚼している。
「マップを埋めるつもりで来てみたが、こうも似たような光景ばかりだと飽きるな流石に」
「ニャー」
強い日差しが嫌いなのか、ミケはアフロから顔を出さず鳴き声だけで同意する。
空を見上げれば、頭上を悠々と旋回するハゲタカ型モンスター。
射抜いたところで爆弾の原料になりそうな素材はドロップせず、NPCのクエストや生産職からの素材調達の依頼もないため放置している。
プレイヤーと比較してモンスターがあまりに弱い場合、こちらから手出ししない限りは向こうも襲ってはこない――この一帯に生息するモンスターもヨメカワイイよりレベルが低く、希少価値の高いアイテムをドロップする獲物か、AIが好戦的に設定されている不幸な命知らずでもない限りは大半が見逃されていた。
「【跳躍】と【滑空】を使っちまうと見落としも多いからなぁ……」
「ニャー」
例えばクエストを発生させるのに必要な人間のNPC程度なら、まだ上空からでもそれと判別して探し出せるが、さらに小さいサイズとなると難しい。小型のモンスター、何らかのオブジェクトに隠されたギミック、または木の根元に意味ありげに落ちているアイテムなどは、地道に自分の足で踏み締めて探索しなければ気付けない。
「ま、横着すんなって事だぁね。お前もたまには自分で歩いたらどうだ?」
「ニャーニャー」
アフロからミケの両手が突き出て『やーだー』と上下にぱたぱた。
どうやらこの鬼の姫様は、跳ねたり飛んだり爆撃したり燃える竜を召喚したりするボンドカーもびっくりな特別仕様車から降りる気はないらしい。他からすれば高級車と言うよりは霊柩車だが。
ひたり、ひたりと――黒い外見も相まって『てくてく』とか平和な足音は似合わない――歩みを進める一人と一匹。
「……ん?」
そこに接近する集団がある。
牛ではない。
正面から迫るのは四、五人の人影と、それを追って広がる黒い霧だ。
再び立ち止まったヨメカワイイと距離が縮まるにつれ、人影はいずれも剣やら槍やら携えている冒険者然としたパーティーだと分かり、同時に強力な振動音のような――テーブルに置いた携帯のバイブ音を、さらに何十倍にも増幅させたような怪音も耳に届く。
「クソッタレ! やってやれるかこんな仕事!!」
先頭を走る剣士風の男が叫ぶ。
最後尾を逃げていた鈍重な鎧の男が黒い霧に包まれたのはその直後。次から次へ足の遅い者から順に飲み込まれ、そこでようやく、ヨメカワイイも人を食らう霧の正体を知る。
「――飛蝗現象って奴か!」
蝗害。
現実世界でも一度起これば甚大な被害をもたらす、生物による大災害。
風景を塗り潰す暗闇を形成するバッタ型のモンスター。謎の音は万とも億とも分からない彼らが生み出す羽音だった。
「【インフェルノオーラ】!」
ヨメカワイイの全身から、対象を即座に焼き殺す熱波がドーム状に広がる。
MPが尽きない限り持続可能な攻防一体の煉獄のオーラに、あまり上等なAIではないバッタ達が無謀な突撃を敢行。片っ端から体液を沸騰させて光の粒となり散っていく。
「うわぁ……気持ち悪いなぁおい」
「ニャー……」
一匹一匹のHPは低く設定されているのか、オーラを突破される様子はない。しかし止まるでも避けるでもなく延々とひたすらに、本能以前に狂気すら感じる勢いで昆虫の大軍団に殺到されたら群体恐怖症でなくとも顔が引き攣る。横殴りの雨を傘で耐えるのとは訳が違う。
たっぷり三分は経ったところで、唐突に我慢比べは終わりを迎えた。
群れが消え去ったのだ。
嵐を思わせる
「下手すりゃ俺のHPでも死んでたぞ、ったく……」
メイプルならノーダメージで耐えられたに違いない――逆を言えば、メイプルに比肩する装甲かそれに代わる防御スキル、あるいは範囲攻撃の手段がなければ巻き添えでバッタに埋め尽くされて町に強制送還される可能性が高かった。
嫁と一緒に潜ったあの井戸底のダンジョンも不人気系の虫型ばかりで悪趣味だったが、こちらもこちらで余計なトラウマを生みそうだ。
「ぅ……ぅぅ……」
「おっと、生存者発見」
「ニャッ」
悪態を吐いていた剣士の男が、瀕死の重傷を負って倒れていた。パーティーの中で唯一彼だけが生き残ったようで、残りのメンバーは死体すらない。食い尽くされたか。
とりあえず回復を試みるものの、何の不具合なのか一向に傷が癒える気配はなく――その時点でやっとヨメカワイイは彼がプレイヤーではなくNPCである事に気付いた。
「畜生、俺もここまでか……。なあアンタ、巻き込んじまって悪いんだが、ゴホッ、迷惑ついでに俺の最期の頼みを、聞いちゃあくれねぇか……?」
ヨメカワイイの前に青いパネルが出現する。
『クエスト【虫の皇】が発生しました』
迷わず『YES』を押す。
剣士は苦しそうに笑みを浮かべて、ゆっくりと口を動かし始めた。
自分達がどれほど凄腕の冒険者だったかの身の上話など、胸や腹に穴開けて死にかけているのによくまあ長々と喋れるなぁと、割とどうでもいい事を考えつつ要約すると――バッタの群れを操る親玉がこの先の遺跡に巣食っていて、それを倒さなければならないとか何とか。
特に面倒な縛りもない典型的な討伐クエスト。
少なくともマップ埋めよりはこちらの方が面白そうだ。
「俺達の無念、アンタに託すぜ……」
そう言い残してついに剣士は事切れた。
天高く昇る剣士の光の残滓を見送り、改めて彼らが逃げてきた方向に視線を移す。
さほど遠くはない、肉眼でも視認できる距離に、それまで影も形もなかったはずの遺跡が確かな存在感を放ちながら出現していた――おそらく【虫の皇】のクエストを受諾したプレイヤーにのみ見つけられる代物で、知らずに付近を通った場合は進入禁止エリアとして隠されているのだろう。
「【跳躍】、からの【滑空】!」
目的地さえ決まれば、あとは飛ぶだけ。
反則級に便利な悪魔の滑空翼で、一気に最短距離を詰める。眼下のアイテムなど後回し。
遺跡はかつて難攻不落を極めた城塞の名残のようで、矢や魔法による歓迎もないまま見張り塔の三角錐の屋根に着地する――四方の見張り塔を繋げる城壁はあちこちが崩れていて、人影はおろかバッタも他のモンスターの姿もない。
「……こういう場所なら、秘密の地下室とか探すのが定番だよな」
「ニャッフー」
屋根から飛び降り、小部屋や通路を覗き込むヨメカワイイは知らなかった。
仮に【超加速】や【フレアアクセル】を取得していたとしても、通常のプレイヤーがこの遺跡に辿り着くためには陸を進む以外に方法がなく、一定距離、一定時間で必ず発生するバッタの群れの襲撃を何度も切り抜けなければならなかった事を。
向き不向きはあれど、モンスターが数に任せて押し寄せる点でクリアまでの難易度が中の上から上の下に分類されている事を。
現状、運営が把握する中で長時間空を飛べる異常枠はヨメカワイイとメイプルのみ。
それ故にたった二人の可能性に合わせた空中での襲撃は無意味との判断で設定されず、上空から来訪するプレイヤーには完全に無防備となっていたのだ。慢心と言えばその通り。
「ニャニャ!」
「ああ、こっから下に行けそうだな」
第一ステージを文字通り飛び越えて、第二ステージの舞台へ。
運営が後悔で頭を抱えるだろうシステムの抜け穴によって、敵のボスの根城に大きな消耗もなく到達してしまったヨメカワイイ。
インベントリから使い捨て松明を取り出して火を点け、発見した石造りの螺旋階段を下る。
光源なしでも【反響】で遺跡内部のマッピングはできるが、そこはそれ、MP節約と、たまには正々堂々の探検気分を味わいたい。男の子だもの。
「……火には触るなよ?」
「ニャー」
ゆらゆら揺れる松明の炎に興味津々なミケに釘を刺す。
戦闘時、【
明かりを持った腕を前に伸ばし、慎重に踏み締める。
槍衾や大玉転がし、状態異常ガスなどの並大抵の罠ならともかく、確定で即死ダメージを与える底意地の悪い罠はヨメカワイイでも普通に死ぬ。大掛かりなコントのように階段がスロープになるギミックなら、むしろ楽に滑り降りられるのでバッチコーイと歓迎するくらいだ。
「ここが終点か……まだ下がありそうだな」
等間隔に円柱が並ぶ空間が一人と一匹を出迎えた。
右を見ても扉と通路、左を見ても扉と通路――兵士の詰め所か、武器食糧の貯蔵庫か、はたまた牢獄か、どの部屋から探すかの選択肢がこれでもかと腕を広げて待ち構えている。
問題があるとすれば、
「……この音だよなぁ」
「ニャァァ……」
ギチギチ、ギチギチ、ギチギチギチギチ――と。
金属を擦り合せたような、それでいて肉質的な、羽音ともまた違う不快音。
階段を下りている途中から聞こえ始めていたそれは、一段、また一段と地下へ進むほどに大きく力強くなり、夏場の網戸に止まった蝉よろしく大騒音を奏でる。
そして最も厄介な事に、音は今、ヨメカワイイのアフロの上から聞こえている。
「…………」
「…………」
黙って、松明の炎を上に掲げた。
天井はなかった。
いや、高かろうが低かろうが、地下なのだからないはずはない。だが見えない。
何故なら天井一面にバッタがびっしりと、そりゃもう満員電車もコミケの行列も比較にならない密度で隙間なくびっしりとひしめき合い、真っ赤な複眼を輝かせて威嚇していたからだ。
……見なきゃよかった。
ヨメカワイイは素直にそう思った。
読み終わった方への注意。
虫嫌いな方はあまり想像しないでください。