VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います   作:久木タカムラ

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アーチャーらしくないアーチャーなんて珍しくもない。


038.鉄機

「……ごめんなさい。こういう時どんな顔すればいいか分からないの」

「……笑えばいいんじゃねぇか?」

「――あははははははっ!」

 

 大爆笑だった。

 仮想ながらも現実と遜色のない陽光の下に、ミザリーの笑い声が響く。

 普段の胸部露出が激しい法衣から淡い水色のパーカーに装いを変えた後輩が、『聖女』とやらの慎み深い振る舞いをかなぐり捨てて、文字通り抱腹絶倒を披露する――ここまで盛大に笑われると包帯を装備し直したヨメカワイイも怒りを通り越して呆れるしかない。

 見せろ見せろとせがむから見せたのにこの仕打ち。

 これで普段は聖母の如き微笑みの仮面を取り繕っているのだから、いやはや女とは恐ろしい。

 

「お気に召したようで何よりだ、ったく……」

「だ、だってだって、想像以上にロボロボしてるんだもん――ぷはははっ」

「いいじゃねぇか。ロボは男のロマンだろうがよぉ」

 

 聞き慣れた自分の声にも電子的な響きが混じり、嘆息すれば蒸気が漏れる。

 

「私は女ですもん。それで、何のスキル取ったらそうなっちゃったんでしたっけ?」

「……【機械化(フルメタル)】」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

機械化(フルメタル)

 このスキルの所持者の全身が機械に変化する。

 改造されたボディには状況に応じた様々な機能が搭載されている。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ミケの胸や身長が大きくなったりと色々あったが、あの廃棄場における一戦の結末はこうだ。

 ボス討伐後で気を抜いたヨメカワイイは不意を突かれ、破壊されずに潜んでいた蜘蛛女の左手に寄生された――掴まれた左腕から始まった侵食は瞬く間に全身に広がり、SF映画で地球外生命体に襲われる端役のようにパニックになってしまった。

 最後の最後にボスが繰り出した底意地の悪い道連れ攻撃かと思いきや、ダメージやデバフなどのステータス異常もなく数秒で治まり、代わりに出現したのは青いパネル。

 それが【機械化(フルメタル)】と、もう一つのスキルの取得通知だった。

 一方が任意発動(アクティブ)なのに対して【機械化(フルメタル)】は常時発動(パッシブ)であるため、ヨメカワイイの意思に関係なく近未来の人型兵器か超古代文明の遺産じみた外見に様変わりと相成ったのだ。

 

「まーた先輩の悪名が増えそうですねー。『都市伝説』とか『UMA』とか『むっつりスケベ』とか好き放題言われてるのに」

「ちょっと待て、最後のだけは断固拒否するぞ?」

「でも事実でしょ? 『女の身体なんか興味ありません』って顔しながら私の胸をいつもじっくり眺めてたじゃないですか。何なら今も見ようとしてますよね? やーいこのおっぱい星人」

「テメェ………………その通りだよ文句あっか」

 

 だって男の子だもの。

 大小問わず、そこに母性の塊があるのなら目で追うのが男――否、雄という生物の悲しき性。

 ましてやそれが、これ見よがしに誘惑してくる元カノな後輩の、甘酸っぱく発酵した汗の匂いも指が沈み込む揉み心地も隅々まで知り尽くしてしまっているお胸様ならば言うに及ばず。

 しかし、だがしかしである。

 今は嫁を愛しているのだから、一時の情欲に流されるなど許されるはずがない――【機械化(フルメタル)】の余計なギミックで両目から流れる血涙を拭い、理性と本能が格闘漫画の最終決戦ばりに殴る蹴るを繰り広げるのを感じながら、ヨメカワイイは鋼の意志で視線を逸らす。

 

「悪いが、今は嫁一筋なんでね」

「はいはい、そーゆーコトにしておきましょ。ところで先輩――」

 

 乳繰り合いもそこそこに、ミザリーは笑みを浮かべたまま双眸をさらに鋭く細める。

 

「――どっちだと思います(・・・・・・・・・)?」

「……さぁてな」

 

 先ほどから、湖畔で戯れる二人の様子を窺う輩がいた。

 気取られてこそいるが姿まで露見する稚拙な密偵ではなく、ミザリーとの後ろめたくない(・・・・・・・)間柄を秘匿したいヨメカワイイが偶然【反響】を使って探らなければ気付けなかった隠密性――暗殺者か斥候か、【気配遮断】などその手のスキルに長けた相当の実力者なのは明らかだ。

 時期が時期だけに、十中八九、敵情査察が目的だろう。

 

「『炎帝ノ国(うち)』目当てならミィの方に行きますよねぇ」

「分からねぇよ? もしかすると巨乳の女体育教師が好きなのかも」

「だったら先輩と意気投合するんじゃないですか?」

 

 監視者も用心深い性格なのか、【反響】のソナーがギリギリ届く距離に身を潜めている。

 こちらの会話の内容まで拾われる可能性は低いが、逆を言えば、これだけ離れていても何らかの動きがあれば即応できる技術と自信の表れでもあった。

 

「意外と、先輩の浮気調査のために奥さんが雇ったプレイヤーだったりして」

「…………笑えねぇ冗談だな」

 

 一瞬、そうかもと身構えちまったじゃねぇか。

 どちらにせよ、ミィ達がいる湖の反対側まで馬鹿正直に案内する訳にもいかない。

 誰か何処で何の情報を得ようが関係ないし興味もないが、自分がその一因になるのは面倒だ。

 

「しゃーない、ここでケリつけちまうか」

「伏兵は?」

「今のところ一人だけだな。【反響】の範囲外に隠れてるなら分からんが、たかが偵察に何十人も雁首揃えたりはしないだろ」

 

 言って、ヨメカワイイは背後にある森に左腕を向ける。

 二人を見張る事ができる場所とは、つまりは視線を遮る物がなくこちらの攻撃も届く場所だ。

 

「【鉄蝗団(アバドン)】」

 

 音を立てて変形する左手。

 逆方向に折れ曲がった指先からライフリングが施された銃口が飛び出し、手首を掘削機のように回転させて弾丸蝗の大群を放つ――空薬莢が宙を舞い、機銃掃射の唸りが湖面を波立たせる。

 

「うおっとと、とっ!?」

 

 ガトリングガンで撃たれるとは予想だにしていなかったのか、覗き行為を働いていた不届き者が泡を食った様子で森から転がり出てきた。

 森の奥に逃げ去ってくれたら楽だったのだが、わざわざこちら側に来たという事は、向こうには少なからず戦闘の意思があると受け取るべきだろう。

 

「ふーっ、危ねぇ危ねぇ。蜂の巣にされちまうとこだ」

 

 髪を逆立てた特殊部隊風の男性プレイヤーだった。

 擬態効果を上げるためなのか額にはバンダナを巻き、深緑のマントで身体を隠している――何も背負っていない事から考えて、おそらく武器はサリーと同じく短剣。小型の杖や弓を忍ばせている遠距離職なら接近せずその場から撃ち返しているはずだ。

 

「悪ィな。デートの邪魔しちまったか?」

「いや、気にすんな。デートじゃねぇし」

 

 無粋なヨメカワイイの足を蹴り飛ばしつつ、ミザリーが敵の情報を口にする。

 

「……『集う聖剣』の主要メンバーの一人、通称『神速』のドレッド。第一回イベントでの順位は私よりも……ミィやあのメイプルよりも上です」

「へぇ? アンタみたいな美人にも顔を知られてるたぁ光栄だな」

 

 ドレッドは飄々とした態度を崩さぬまま、抜き身の短剣を右手で弄ぶ。

 どちらかと言えば指名手配犯など要注意人物系の覚えられ方だろうが、それを指摘してしまうと盛大なブーメランにしかならないのでヨメカワイイは言葉を腹の底に飲み込んだ。

 

「さて、バレちまった以上、俺はもう一つの仕事をしなきゃならねぇんだが……」

「仕事? 何のだ?」

「おいおい、んなもん決まってんだろ」

 

 刹那、ドレッドの姿が霧散した。

 

「お前を()れるかどうかだよ!」

 

 ――かと思えば、逆手に握られた短剣の先端が、ヨメカワイイの視界の端に現れた。

 狙われたのは首筋。

 頸動脈と喉笛を掻き裂く軌道で振るわれた斬撃は、しかしヨメカワイイが長身を逸らしたために空振りに終わり、マントの陰から放たれた二本目の短剣による刺突も腕ごと弾かれて失敗となる。

 身を捩ったヨメカワイイはミザリーを抱き寄せて保護しつつ、右の手刀でドレッドに反撃する。

 

「【ヒートチョッパー】」

 

 今度は右前腕部が変形を開始した。

 体表部分が左右にスライドし、刃渡り五十センチはある鎌刃が内部から瞬時に伸びると、空気を焦がす高熱を纏いながら切り結ぶ。

 熱刃と双刃が二合、三合と連続して交わり、一際甲高い金属音を奏でてドレッドが飛び退く。

 バックステップで五メートルほど間合いを取ると、両腕を胸の前で交差させ、無骨なデザインの大型ナイフを構えた。

 

「……よく気付いたな。大抵の奴は二本目でお陀仏だってのに」

「そんなヒラヒラ装備してたら、何か隠し持ってるって疑うに決まってんだろ」

「だからって初見で簡単に防ぐか普通よぉ? つーかどうなってんだその腕?」

「るっせぇ、ただの肉体改造だ」

「意味違ぇだろそれ……マジもんの改造じゃねぇか」

 

 互いにHPの減少はない――ヨメカワイイもドレッドも本気を出していないからだ。

 暗殺者は双剣を鞘に納めると、気だるげに息を吐く。

 

「ハァ……止めだ止めだ、面倒クセェ」

「……仕掛けてきやがったのはそっちだろうが。勝手におっ始めて勝手に賢者タイムか?」

「確実に勝てる喧嘩しかしない主義なんだよ、俺は。んな荷物抱えたまま武器も使わないで完璧に受け切りやがって、本当に弓使いかよ」

 

 言って、ドレッドはヨメカワイイとミザリーに背を向けた。

 一見無防備な背中に攻撃を放つのは簡単だが、こちらに戦闘を続ける理由はなく、もし背後から襲われても対処できる自信があるからこそ、ドレッドも偽りの隙を見せているに違いない。

 

「ま、お前の実力を測るっつー仕事はこなしたし、俺は逃げさせてもらうぜ? じゃあな」

 

 言うが早いか、ドレッドは【超加速】を発動させて森の中に消えた。

 逃げたように見せかけて襲ってくるのではとしばらく警戒していたが、死角から短剣が飛来する気配はなく、ようやっとヨメカワイイは一息ついた。役目の終わった熱刃もガシャガシャガシャと腕の中に収納される。

 

「あの、先輩? そろそろ下ろしてもらえませんか?」

「ああ悪い悪い」

 

 抱き締めたままだったミザリーを解放すると、彼女は少しばかり頬を紅潮させながらドレッドが消えた方向を見やる。

 

「……追わないんですか?」

「男の尻を見続ける趣味はないわい。それに、追って仕留めたところで奴は町に戻るだけだ。口が塞げないなら適当な情報持たせてときゃいいだろ」

 

 誤解しようが深読みしようが、それは『集う聖剣』のメリットにはならない。

 よしんば知られたとしてもヨメカワイイの戦闘スタイルや所持スキルの予想に留まり、何らかの対策を講じるには確定情報が少なく机上の空論の域を出ないだろう。

 結局のところドレッドが持ち帰った情報には何の価値もないのであった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 また別の襲撃者が現れないとも限らないため、ヨメカワイイとミザリーはミィ達の元へ戻った。

 ギルド対抗戦に向けて『炎帝ノ国』も大人数による各作戦の訓練に精を出しているのかと言えばそうではなく、湖畔でのんびりまったりするメンバー達は一様に水着姿である。

 英気を養う目的の集まりに、何故かヨメカワイイも誘われたのだ。

 

「うー……」

「あらミィ、まだそこにいたんですか?」

 

 岩陰でミィがしゃがみ込んで途方に暮れていた。

 彼女も赤色の装備からミザリーと色違いのパーカーに着替えていたが、その下に着用した水着を見せたくないのか、ヨメカワイイとミザリーが散策に出る前から岩に身を隠してばかりだった。

 普段の凛とした態度とは打って変わって、雨の日の捨て猫のように弱々しい――こうして見ると普通の女の子なんだなぁ、とヨメカワイイは彼女に嫁の面影を重ねた。

 

「私はミザリーと違ってスタイルが良くないんだ! な、なのにこんな破廉恥な……うぅ……」

「そうですか? でしたら殿方の意見も聞いてみましょうか」

 

 ミザリーはヨメカワイイにだけ見えるようにパーカーの前を開いた。

 唖然とした。唖然とするしかなかった。嫁の幻像も一気に吹っ飛んでしまった。

 最低限の女性的な部分だけを小さな布で隠し、肌色の圧倒的暴力で男の理性をぶん殴るV字型の過激極まりないデザイン――スタイルに自信があるか肝が据わっていなければ、一度手に取ってもすぐハンガーラックに戻してしまう、俗に言うスリングショット水着である。

 

「あらあら、見惚れてしまいましたか?」

 

 何を考えている。何を考えているのだこの後輩は。

 それ以前に、全年齢対象のはずのゲームにどうしてこんな際どい代物が存在するのか。

 言葉も出ないヨメカワイイの耳元に、ミザリーはそっと顔を近付けると、

 

「先輩にだけ……先輩だから、特別に見せてあげるんですからね?」

 

 悪戯が成功した小悪魔の笑顔を浮かべた。

 そしてすぐさまステータス画面を操作してモノキニと呼ばれる水着に着替え直し、

 

「さあミィ、あまり皆を待たせてはいけませんよ? ギルドマスターなら覚悟を決めましょう」

「ま、待ってくれミザリー! まだ心の準備が、ああぁぁぁぁぁ……」

 

 パーカーさえも剥ぎ取られたミィは岩陰から軽く押し出され、赤を基調としたオフショルダーのビキニを陽光の下でギルドメンバーに披露する羽目になった。

 肌に映えて、ミィのイメージにも合っているので恥ずかしがる必要もない気がするが――最初にこっそり見せられた時に美辞麗句を並び立てて過度に褒めたのが逆効果だったかも知れない。

 と言うか、どうしてミィも痴女後輩もまず自分にだけ水着姿を見せてくるのか。

 男女の区別なく上がる歓声を聞きながら、ミザリーはヨメカワイイにも水着を差し出す。

 

「はーい、ちゃんと先輩のもありますからねー♪」

「おい……これに着替えろってのか?」

「そーですよ?」

 

 ブーメランパンツである。

 もう一度言う、ブーメランパンツである。

 これまたウケ狙いのお調子者か豪胆な者でもなければ手に取らない一品だ。

 

「今の先輩なら恥ずかしくないし平気でしょ?」

 

 言われてみれば確かにそうだ。

 この包帯装備の下には、肌と言えるものがないのだから。

 

「……今回だけだからな」

 

 ヨメカワイイはロングレザーコートとレザーパンツ、包帯をインベントリに移して、用意された水着に着替える――先ほどミザリーに見せて大笑いされたその風貌は、完全に人間を辞めていた。

 筋肉の代替となる何本もの油圧シリンダーと歯車が躍る、特殊合金製の骨格。

 胸の中心で青い光を放つコアと、血管や神経さながらに張り巡らされた無数のケーブル。

 顔面は着脱不可能な黒鉄のペストマスクに覆われ、帯電したアフロに時折スパークが生じる。

 これこそが三層で廃棄物の女王を倒して得た新たな力。

 ただし現在はブーメランパンツ着用中のため変態アンドロイドにしか見えず台無しだった。

 

「何度見ても笑えるんですけど、感覚とか変になってたりしないんですか?」

「体重は知らんが、身長とか体格は生身と同じだし、特に違和感はないな。皮膚もないのに触った感覚があるってのはちょっと変な感じだけどな」

 

 全身が金属に変質したものの、各動作に遅延や不調などは感じられない。でなければドレッドの素早い連続攻撃にも身体がついていかず敗北していた可能性が高い。

 元々がVRなのだから、【暴虐】状態のメイプルのように巨大化でもして本来の肉体とあまりにかけ離れたシルエットにならない限りシステムの融通が利くのだろう――まず巨大なモンスターに変身するというのが一般プレイヤーからすればおかしい話なのだが。

 まあ何にせよ、思い通りに動けるのならヨメカワイイに不満はない。

 とりあえず今は束の間のバカンスを満喫するべく、ミザリーに手を引かれてロボな身体を周りに見せ付ける事にした。

 錆びたり漏電したりしないかだけが心配である。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 その日の晩。

 風呂に入っていると、何故か水着の嫁に乱入された。

 グラビア雑誌でも参考にしたのか、ボディソープを塗りたくって扇情的なポーズを取り、何かを期待する視線でヨメカワイイに感想を求めてくる。

 

「…………」

 

 嫁は終始無言。しかし無言であるが故に静かな圧力。

 これはあれか、ミザリーに対抗しての正妻アピールなのか。

 夫として嫁の頑張りに親指と息子を起立させたいところなのだが――彼女が勝負服に選んだのがよりにもよって学校指定の紺色の水着だったために、教師の立場上『うんっ、エロいね!!』とはとても言えず、さりとて否定的な言葉は嫁の気持ちを無下にしてしまうので選択肢から除外。

 

「……えーと」

「…………」

 

 嫁が恥ずかしさでぷるぷる震え始めた。

 コメントに困ったヨメカワイイは長湯以外の理由で茹った頭で考えて、最終的にスクール水着を桃の皮のように丁寧に剥き、生まれたままの姿になった嫁をギブアップするまで存分に愛でる事で夫と教師両方の矜持を守った。

 要するに、嫁のスク水ではなく、嫁自身の魅力に興奮すれば万事解決なのだ。

 やはりうちの嫁が世界で一番可愛い。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 次の日。

 ヨメカワイイは『楓の木』のギルドホーム――イズの工房を訪れていた。

 爆弾の定期購入ではなく、依頼していた新装備が完成したとの連絡を受けての来店だ。

 

「最初に言っておくけど、クレームは一切受け付けないわよぉ?」

「言わねーよ。こっちは承知の上で製作を頼んでたんだから」

 

 二人で話していると扉が開く音が聞こえ、メイプルが工房までやって来た。

 見間違いようのない長身アフロの背中を視認すると、はしゃぐ子犬の幻影を背負ったアホ毛娘はいつものように元気な挨拶で駆け寄る。

 

「カワイさん! こんにち……」

 

 しかし振り返ったヨメカワイイのペストマスクを目の当たりにして、闇色の脚部鎧で包んだ足をぴたりと止め、慌てた様子で後ろに向かって声を投げた。

 

「……サリーサリーサリー! カワイさんがロボットになっちゃってるよー!?」

 

 こらこら、人を指差すんじゃありません。

 

「なーに言ってんのメイプル。そんな訳…………うわ、ホントだ」

 

 湖で戯れていた時とは違いレザーコートも包帯も装備済みだが、【機械化(フルメタル)】の外見変化の仕様が優先的に反映されているのか、青く輝く胸部のコアとケーブル、歯車などの金属部品が狩人装備をあちこち突き破って存在を主張する――遅れて現れたサリーがそれを見て、何とも言えない表情で半目になるのも仕方がなかった。

 

「メイプルで慣れてたつもりだったけど、何をどうしたらそうなっちゃうんですか?」

「機械の悪霊っぽい隠しボス倒したらこうなった。……お前こそ何してんだ?」

「いや、余計な情報を漏らす前にメイプルの口を塞いでおこうかなーと。ほら、一応カワイさんは部外者で、敵になるかもだし」

「もげもがー」

 

 確かにメイプルはヨメカワイイに対して口が軽くなる事が多い。

 ただでさえ大きな戦いを控えているのだから、情報の流出を可能な限り避けようとするサリーの行動は正しく、むしろこの場合、秘匿の意識が低いメイプルの方に問題がある。

 ギルドマスターであり最大の切り札、そして注目の的である彼女の情報を一端でも欲しがる輩は数え切れない。

 事実、ヨメカワイイが蹴った依頼には、メイプルの所持スキルの調査も多数存在したのだから。

 

「安心しろよ、誰かに言い触らすようなつまらん真似はしない」

「そこは信用してるんですけど、正直、プレイヤー五十人を一度に相手するよりカワイさん一人と戦う方が難易度高い気がするんですよね。ただでさえ強いのにこっちの手の内知られてるし」

「だったら私達もこの人の手の内を知っちゃいましょう。よいしょ、っと!」

 

 イズがカウンターに何かを置く。

 

「鉄パイプ?」

「……に見えるわよね、やっぱり」

 

 横棒部分が極端に短い変形コの字型とでも言うべきか。

 短辺は親指ほど、長辺はヨメカワイイの二メートル超えの背丈とほぼ同じ長さ。

 内部を通ってパイプの両端を結ぶ輪状のワイヤーが、射撃の際には弓弦の役目を担うのだろう。

 

「イズさん、これは?」

「彼の新しい武器……なんだけど、こんなデザインになるとは私も予想外だったわ」

「使えるならどんな見てくれでも俺は構わんがね」

 

 そう、重要なのは見た目よりも中身。

 交際相手を選ぶ基準における綺麗事のようだが、武器に関してはこの一言に尽きる――ましてや目の前で手に取られるのを待っている鉄管弓には、今後二度と手に入らないであろう希少な素材(・・・・・・)が成功率を上げるために使用されている。

 その素材とは、錨弓の残骸、機械の女王討伐で得たパーツ、さらに黒弓『罪悪滔天』の三つ。

 ドレッド戦にてヨメカワイイが武器を出さなかったのは余裕の表れなどではなく、使える武器がそもそも手元になかったのだ。

 イズの腕もあって無事に完成しただけでも僥倖。

 残る懸念は実用に足り得る性能かどうか。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

『愚連』

【STR+100】【破壊再生】

 スキル【身削る一矢】

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「おっ、STRがプラスになってる」

「逆に今までプラスじゃなかったのにあの強さなのが不思議なんだけど」

「メイプルだって【STR 0】だろ。それより試し撃ちに行きたいんだが」

「だったら隣に『訓練場』に行ける魔法陣があるわ。構わないわよね、メイプルちゃん?」

「大丈夫ですよ! サリーもいいよね?」

「まあ、うん、カワイさんの武器がどんなのか見られるなら……」

 

 そういう流れになり、四人は魔法陣に乗って『訓練場』に転移した。

 スキルの検証や戦闘スタイルを練習する場所だけあって空間はだだっ広く、モンスターの代用で小型のドローンや案山子が配置されていて、新たな武器の調子を確かめるには申し分ない。

 メイプルとサリー、イズが見守る中、ヨメカワイイは構える。

 鉄だけあって黒弓よりも重いが、その重さが心強くもある。

 

「まずは一当て」

 

 ワイヤーを引き絞り、直線だった鉄管弓が弾性を備えながら曲線に変わる。

 放った矢はHPが設定された案山子の眉間を正確に撃ち抜いた。

 続けざまにワイヤーを引き、今度はたっぷり二十秒は溜めてから弾く。

 第二の矢は案山子のHPを削り取って綺麗に頭部を貫通し、後ろに並んでいた二体目の案山子の胴体を破砕した――速度と威力、飛距離も、第一の矢など足元に及ばないほど強化されている。

 

「おおー! カワイさん凄い!」

「何、今の……」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

【身削る一矢】

 射撃体勢にある間、HPが減少し続ける。

 矢の威力、速度、飛距離はその間減少したHPに比例して上昇する。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「弦を引いて溜めた分だけ矢が強くなるんだと。代わりにHPが減少するがな」

「それってつまり、カワイさんのためにあるようなスキルって事ですよね」

 

 矢を番える度にHPが減少するなど通常なら呪いの武器であり、防御力に乏しい遠距離職ならば避けるべきデメリットだが、HPとMPにばかりポイントを振り続けているヨメカワイイからすれば取るに足らない代償だ。

 加えて、この鉄管弓はただ矢を放つだけの凡庸な武器ではない。

 

「よ……っと!」

 

 ヨメカワイイは案山子の隊列に突っ込み、鉄管弓を横薙ぎに振るって首から上を弾き飛ばす。

 バトンのように回転させながら頭上のドローンを撃墜し、そこから派生する大上段の叩き込みで最後に残った案山子を脳天から両断した。

 錨弓のスキルと比べればSTRは低くなったが、それも連続攻撃と技量で補える。

 

「ん。これなら接近戦も大丈夫だな。ありがとなイズ」

「ご満足いただけたのなら何よりだわ」

 

 素晴らしい武器を作ってくれた礼に、少しばかりの情報を提供する。

 

「昨日な、『集う聖剣』のドレッドって奴に勝負挑まれたぞ」

「カワイさんもですか?」

「サリーもこの前、フレデリカって人と決闘したんですよ!」

「ふーん? まあ敵情視察だわな」

「でしょうね。フレデリカは私達を同い年くらいの金髪で、MPの高そうな魔法使いでした」

「ドレッドはお前さんと同じ短剣の二刀流で、ぶかぶかのマントで身体隠してる。あの動き方から考えて【超加速】と、それ以外にも隠し玉がいくつもあるだろうな」

 

 向こうも手の内を全てバラすような間抜けの集まりではあるまい。

 

「最強ギルドの噂は伊達じゃないって事ですか……」

「それは俺もお前さん達も同じだろ。祭りじゃ精々暴れるとしようぜ」

 

 ギルドホームに戻ると、ヨメカワイイに触発されたらしいサリーとメイプルはイベントに向けて万全を期すべくフィールドへ飛び出し、イズも工房で大量のアイテムを作り始めた。

 邪魔しては悪いと考えたヨメカワイイはそっと『楓の木』を後にする。

 途中、彼女達に伝えなければならない事がもう一つあったと思い出したのだが、

 

「……あ、俺もギルド作ったって教えるの忘れてた」

 

 火急の用件でもないしこの次でいいか、と鉄管弓を肩に担ぎながら狩りに向かうのだった。




弓とは殴るもの。
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