VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います   作:久木タカムラ

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腹筋がうっすら割れてる日焼けスポーツきょぬー女子高生に似合うのはセクシーなブラかスポーツブラか研究していたら遅れました。

どっちもごちそうさまですという結論になりました。


042.一日目:深夜 丑三つ時の百鬼夜行

 人間である以上、睡眠は必要だ。

 何が何でも勝利のために執念を燃やしているなら話は別だろうが、少なくとも、ヨメカワイイは眠気を押し殺してまで無理をするつもりなど毛頭なかった――社会人の経験上、徹夜したところで得られる成果は微々たるものであり、結局は集中力の欠如で非効率になると知っているからだ。

 なのでヨメカワイイは三大欲求の一つに素直に従う。

 無論、他プレイヤーが何処から現れるか分からないこの状況で、昨今の女子キャンパーよろしくテントでドキドキワクワク眠りこける訳にはいかないが、昼休憩じみた短時間でも、『目を閉じて気を休める』という行為は確実にストレスを軽減させていた。

 

「…………」

 

 そんな彼の様子を――いや、隙を窺う輩がいる。

 月明かりに照らされた荒野に、まるで高層ビル群のようにそびえる無数の巨大蟻塚。

 その中の一棟に背中を預け、コシューコシューと機械的な寝息を立てるヨメカワイイを、周囲に乱立する別の蟻塚の陰から狙うプレイヤー達。

 武器を握る人数は百を下らない。

 オーブを奪われた被害者の会一同、あるいは烏合の衆と言える彼らは、ひとまず共通の敵である怪人を討ち取るために協力関係を結んだのだ。

 

「……右から回り込め。後ろにもな」

「それと、飛ばれた時のために弓部隊も配置しときなさい」

「あいよ。徹底的に囲い込んで一気にケリつけようぜ」

 

 最低限の会話と手振りで人員を動かし、陣形を盤石なものにしていく。

 大量のオーブを保有し続けたまま拠点に持ち帰ろうとしない今のヨメカワイイは、言い換えれば倒すと宝の山を確定ドロップするレアモンスター。

 上位に食い込めるだけのポイントを獲得できる一攫千金のチャンスとあって、討伐戦に参加する誰もが緊張と興奮の面持ちで合図を待つ。

 包囲網が狭まる中、敵意を察知したのか、胡坐をかき腕を組む怪人にも変化が生まれる。

 

「何だ、ありゃ?」

「アフロが勝手に動いて……」

 

 ぼよん、ぼよん、と。

 それはあたかも孵化寸前の卵を思わせる暴れっぷりで、あまりの怪奇現象に誰もが動きを止めて視線を注いでいると、スチールウールのような卵鞘を掻き分けて中身が顔を出す。

 

「――ニャァァァ……」

 

 鳴き声は寝起きの猫そのもの。

 外見は目元が隠れた茶色のおかっぱ頭に緑の肌、シンプルなデザインの白い貫頭衣を身に纏ったずんぐりむっくりの二頭身――クレーンゲームの景品で並んでいれば人気を博しそうな愛くるしいモンスターだった。

 どうにかして地面に降り立とうと、丸っこい足先でおっかなびっくり確かめながら怪人の身体で逆ボルダリングに挑む小さなマスコットに、大多数の女性プレイヤーと何人かの男性プレイヤーが戦闘を忘れてほっこりと和む。

 だが、怪人が何時目覚めるとも分からない一分一秒を争うこの状況、どれだけ微笑ましかろうと射抜かれたハートを鬼にして、合図と同時に攻撃を仕掛けた。

 

「撃てええええっ!!」

 

 まずは手始め。

 隊列を組んだ後衛職チームによる魔法と矢がヨメカワイイの蟻塚に着弾し、目くらましも兼ねた大量の煙を巻き上げる。

 寝込みへの急襲に加え、視界を遮られ前後不覚に陥っているだろう怪人に、本命である前衛職の一団が身体から強化魔法やスキルのエフェクトを放ちながら迫る。

 

「ッシャオラァッ! 一番乗りもらった!」

「させるかよアホが!」

 

 寄せ集めだらけの即席同盟にしては、それなりに連携が取れているものの、その実、心の内ではどうやって他のギルドを出し抜こうかと考えているプレイヤーがほとんどだ。

 一斉攻撃が始まれば、あとは早い者勝ちの獲物の貪り合いとなる。

 オーブの奪還という目的で団結したが故に、結束は薄氷のように脆い――次の瞬間には隣にいる何処かの誰かに斬られるかも知れないと、気が付けば右も左も疑心暗鬼の眼差し。

 そんな連中に主人との憩いの一時を邪魔されて、彼女(・・)が怒りを覚えないはずがない。

 

「……グルルルル」

「ぷげっ!?」

 

 横薙ぎに振るわれる鉄拳が、先頭にいた不運なプレイヤー達を殴り飛ばす。

 立ち込める煙幕も打撃の余波で散り、今しがたまで小さな二頭身だったはずの鬼女の仁王立ちを襲撃者達は目の当たりにして――直後、自分達が狩る側から、昼と同じく再び狩られる側の立場に追いやられてしまった事を思い知る羽目となる。

 二メートル半近い長身、しかし均整の取れた美しい肢体を持つ一本角の鬼女。

 その背後に、それをさらに超える巨体の影が、月を背にのそりと浮かぶ。

 

「【ゴブリンチャンピオン】!?」

「レイド用のボス級モンスターじゃねぇか!」

 

 筋骨隆々とした体躯を獣の骨や毛皮で作られた鎧で覆い、腰には人間のものと思われる頭蓋骨を数珠つなぎにした悪趣味なアクセサリー。

 見てくれを刃の形に最低限整えただけの、太い柱のような石剣を右手に携え、おびただしい数の獲物を前にして空よ割れよとばかりに雄叫びを上げ、

 

「フシャアッ!」

「グガッ!?」

 

 そして鬼女に向こう脛を蹴られ、低くうめいて悶絶する巨漢。

 まるで『起きちゃうでしょ!!』とでも言いたげに口元で人差し指を立てる鬼女に対し、涙目のゴブリンチャンピオンは太い両眉を下げ、フガウガと新入社員のように平謝りする。

 どうやら背丈に関係なくヒエラルキーは鬼女の方が上らしい。

 

「一体何がどうなってんだ!?」

「知らねぇよ! とにかくカワイごとぶっ潰せ!」

 

 数の上では勝っている。

 その頼りない一文だけが、襲撃者達の砂の城同然の戦意をどうにか支えている要素。

 だが、そんな淡い希望を抱く事さえ鬼女は――ミケは許さない。

 この騒乱でも一向に目を覚ます様子がないヨメカワイイの周囲、溶岩魔法とは異なる紋様を描くいくつもの魔法陣が、見る者の不安を掻き立てる輝きを放つ。

 中心から生えるのは紛れもなくゴブリンの腕。

 人間のそれと変わらないサイズや、丸太並みの剛腕が、何本も何本も。

 

「…………冗談だろ?」

 

 誰かの口から、疑問や驚愕を超えて諦めに近い苦笑が漏れる。

 確かに数の上では勝っていた。ただし、つい数秒前までは。

 襲撃者達の眼前に広がる光景――ミケ自身の一時的な強化に伴い、アイテム生成ではなく本物の召喚術に昇華した【眷属召喚】が、乾いた大地を醜悪な緑の絨毯で覆い尽くす。

 骨の棍棒に打製石器、錆の浮いたナイフ。

 最弱のゴブリンらしく武器も防具も大半が粗末の一言だが、それを補うには十分な威圧感を持つ大軍勢であり、儀仗を携えた呪術師(シャーマン)や神官などの魔法職、良質な装備で固めた上位個体(ホブゴブリン)、さらには二体目、三体目のゴブリンチャンピオンに、オーガらしき双角の影まで見える。

 

「…………」

 

 先頭に立ち、軍勢を率いるミケ。

 後ずさる邪魔者の群れを一瞥した鬼女は、一体目のゴブリンチャンピオンから恭しく献上された特大の石剣を受け取ると、

 

「ガルァッ!!」

 

 軽々と片手で掲げ、全眷属に女帝として勅命を下す。

 つまりは『一人残らず狩り滅ぼせ』と。

 ゴブリン達は愚直なまでに忠実だった。

 

「おい、これ流石にヤバいんじゃないか!?」

「たかがゴブリンだろうが! ビビッてんじゃねぇよ!」

 

 そう、たかがゴブリンだ。

 冒険の序盤も序盤、剣の振り方(チュートリアル)の練習相手にしかならない、矮小で非力で低能な亜人種。

 だが、その下等種族が死すら恐れぬ群れを形成し、しかも自分達の五倍に迫ろうかという規模に膨れ上がっているとしたら――果たしてそれは、取るに足らない雑魚と呼べるだろうか。

 答えは否だ。

 刃を交えた襲撃者達は食物連鎖の逆転を身をもって知る事となる。

 

「ちょっと何よこいつら……普通のゴブリンよりやたらタフなんだけど!?」

「魔法で強化されてんだよ! 後ろにいるバッファーをまず狙え!!」

 

 呪術師が惜しみなく振る舞う強化魔法に、邪神に祈りを捧げる神官(プリースト)の治癒。

 一匹ならば経験値にもならない。

 三匹ならば手頃な武器慣らしに。

 十匹でようやく『敵』となる。

 そんな最下級だったはずのモンスターが数えるのも億劫になる隊列で、バフにより一撃でHPを削り切れないだけの耐久力を持ってしまったのだ。

 単純な『敵』ではない――この場において、明確な『脅威』と化していた。

 

「このっ、離れろ!」

 

 剣を受けても怯まないゴブリンに腕の動きを封じられた剣士が、次の瞬間にはそのゴブリンごとチャンピオンの石剣に殴り飛ばされ光となる。

 複数のギルドが入り混じった同盟の場合、乱戦になるとフレンドリーファイアを恐れて大規模な攻撃魔法は控えなければならないが、ゴブリン達は女帝の命令ならば――敵を仕留めるためならば同胞の命も自分の命さえも天秤に掛けようとしない。

 生還など度外視の一匹一殺。

 狩れと命じられたなら狩り、死ねと命じられたなら死ぬ。

 徹底的な滅私もさる事ながら、もっと根本的な問題がプレイヤー達を苦しめていた。

 

「ああもうクソッタレ! 斬っても斬っても数が減るどころか増えてく一方じゃねぇか!」

「言われなくても見りゃ分かるわ! 喚いてる暇あったらテメェがあのリーダー潰してこい!」

 

 最前線で長髪と石剣を振り回して舞い踊るミケ。

 一歩踏み出すごとに足元に魔法陣が広がり、彼女が自ら切り開いた道は次から次へと湧き続ける新たな眷属達で緑色に塗り替えられる。

 

「【兜割り】!」

「【ブラストボム】!」

「【連続突き】!」

 

 負けじとスキルや魔法で応戦するが焼け石に水。

 大河の流れを素手で堰き止めようとする愚行に等しく、ゴブリンの数は確実に増え、味方の数は確実に減らされていく――多少の犠牲は致し方ないとしても、苦戦や敗北など想像だにしなかった勝ち戦が、何時の間にか自分達以上の物量で覆され撤退すらままならない状況に陥るとは。

 

「あ……ああ……」

 

 気付けば、襲撃者達の数は十分の一にまで落ち、死ぬ必要もなくなったゴブリン軍は反比例して今もなお規模が広がり続けている。

 踵を返して逃げようにも、後方もすでに不気味に波打つ緑で囲まれてしまった。

 こうなってしまえば、もうメイプルでもなければ生還は不可能。

 もはやミケは直接手を下そうともしない。

 つまらなさそうに鼻を鳴らして、しぶとく生き残っていたプレイヤー達から視線を外した鬼女は石剣を適当に投げ捨てると、今か今かと下知を待つ眷属達に向け、

 

「ニャ」

 

 最後の命令を下した。

 緑の奔流に飲み込まれる邪魔者共の末路など見向きもせず、取り戻した平穏を手土産に、ミケは静かに寝息を立てる己の主人の元へ弾む足取りで戻っていった。

 長い前髪から垣間見える整った顔で、満面の笑みを形作りながら。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 鋼鉄ペストマスクのレンズに、赤い光が灯る。

 体感で二時間くらいだろうか。

 両腕を突き上げて背筋を伸ばす。

 

「んぃー……っと。おや、おはようさん」

「ニャー」

 

 ミケが珍しくアフロの外に出て、棒切れで地面に絵を描いていた。

 四足歩行の動物のような、何かの家具のような。

 それはともかく、時刻はまだ深夜で頭上には星の海――軽い仮眠ですっきりしたヨメカワイイは立ち上がると、身体を左右に数回捻る。金属の軋む音やネジが数本落ちたのはご愛嬌。

 

「俺が寝てる間何かあった?」

「ンニャー」

 

 柔らかい頬をぷるぷる振動させつつ首を横に振るミケ。

 オーブの位置は常にマップに表示されているのだから、てっきり夜襲でも仕掛けてくるだろうと心構えくらいはしていたと言うのに。良い子は皆寝ている時間だからだろうか。

 自軍オーブも拠点で絶賛放置プレイ中。

 まあ平穏無事に過ごせたのなら御の字。しかし正直拍子抜け感は否めない。

 掲示板を元にして襲撃予定のギルドはリストアップ済みだが、とある理由から半数は残しておく必要があるため、初日が順調過ぎた今、少なくとも陽が高くなるまで狩りは小休止の状況だ。

 

「……んー?」

 

 このまま、のんびり星でも眺めて時間を潰そうかと天を仰いだところ、宝石を散りばめた夜空を駆け抜ける一条の光を見つけた。

 流れ星、にしては描く軌道が不自然。

 よく見ようと目を凝らすと、ペストマスクのレンズ部分が望遠鏡のように変形、伸長し、視界が一気に拡大される――【機械化(フルメタル)】の元々のギミックなのか、それとも【鋭敏化】と組み合わさった結果なのか、どちらにせよ、また人外扱いの噂が立ちそうな機能を作動させてしまったらしい。

 ともあれせっかくの望遠機能、別に女露天風呂を覗こうとしている訳でもないので、これ幸いと光の筋の先端に視線を向ける。

 

「俺も他人の事は言えないが……一人だけ世界観おかしくないか?」

 

 赤い尾を引く未確認飛行物体の正体は、全身を明らかな近未来兵器で武装したメイプルだった。

 予想通りと言えば予想通り。

 まさか、単なる夜の遊覧飛行ではあるまい――メイプルの場合、絶対にないと断言できないのが恐ろしいところだが、であれば巨大化したシロップに乗っていないのは何故なのか。

 何より、彼女の険しい表情が、一刻を争う緊急事態にあると物語っている。

 

「……ふむ?」

 

 カタツムリ状態の両目を元に戻したヨメカワイイは【跳躍】を発動させて一番高い蟻塚の頂点に移動し、再び望遠機能で、ひたすら直進するメイプルが目指しているであろう方角に目をやる。

 

「ふむ……」

 

 メイプルが急ぐ理由を遠方に確認したヨメカワイイは、おもむろに武器を構えた。

 鉄管弓『愚連』のスキル、【身削る一矢】でHPが減少していく――代償を払って得られるのは放たれる矢の威力、飛距離、弾速の強化。

 流石に今回のイベントフィールド全土が射程範囲内とはいかないが、並大抵の弓使いと比較して文字通り桁違いの射撃能力なのは間違いない。

 

「――――」

 

 アイテムを【装填】した矢を一射、続けざまに別のアイテムを【装填】してもう一射。

 そして真逆の方向に向き直り、今度はスキルとアイテムをそれぞれ【装填】して同じく二射。

 夜空を新たな流星が飛ぶ。

 

「……こんなもんかね。ま、時間稼ぎにはなるだろ」

 

 たった四射でHPの大半を使い果たしたヨメカワイイ。

 一見無意味に思える奇行に満足した怪人は蟻塚から飛び降り、下で待っていたミケをアフロ内に回収すると、鉄管弓を枕代わりに夜明けまで二度寝を決め込むのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 フレデリカは安堵していた。

 一対百という戦力差、しかも周りを取り囲まれた絶望の中、予想外の連続と驚異的な戦闘技術で三十人以上を討ち取ったサリーに、ようやく体力の限界が見えたのだ。

 未来を予知しているのではと背筋が冷たくなる回避能力も、足に力が入らず地面に転がっている今となっては牙と爪を失った虎を狩るようなもの。

 

「……次は負けないから」

 

 眼光鋭く言うサリーに、できれば戦いたくないなぁとフレデリカは冷や汗混じりに思う。

 このイベント中に因縁の再戦となれば、ステータス減少のペナルティなどものともせず、むしろ腕にさらなる磨きをかけた彼女と戦う羽目になるだろう。

 念のため自身や他のメンバー全員に魔法の障壁を張りながら、【攻撃誘導】というありもしない偽の情報を掴ませてくれた強敵に対し、フレデリカは杖を向けてとどめの一撃を放とうとする。

 

「【多重炎――ぴゃっ!?」

 

 だが、言い切る前に、突如炸裂した強烈な閃光がその場にいた者達の目を焼いた。

 

「うおっ!? 何だぁ!?」

「くそっ、目が……!」

 

 フレデリカが施した障壁はメイプルの鉄壁の防御とは比ぶべくもないが、それでも大概の攻撃を無効とまではいかなくとも大幅にカットする性能がある――だからこそデメリットとして、直接のダメージが目的ではない閃光弾による【盲目(ブラインド)】の状態異常は防げなかった。

 閃光弾。

 戦闘中に使用する事で、モンスターや他プレイヤーの視覚を一定時間遮断するアイテム(・・・・)

 

「これって……」

 

 サリーにだけは『集う聖剣』のプレイヤー達が慌てふためく光景が見えていた。

 その理由は単純であり、第一の矢の閃光がサリーの目を眩ませた直後に、第二の矢で届けられた状態異常回復のポーションを浴びて【盲目(ブラインド)】が解除されたからだ。

 あの人が? 

 何のために?

 そんな疑問が浮かぶ前に、本命の救いの女神が、爆音と共にサリーの正面に着弾した。

 閃光は時間稼ぎ。

 魔法や手持ちのポーションで【盲目(ブラインド)】から回復したフレデリカ達が最初に目にしたのは、息も絶え絶えな親友を守るため降臨した、純白の翼を持つ天使のような魔王(メイプル)の姿。

 

「サリーはやらせないよ。絶対に!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 メイプルがサリーの救援に現れたのと、ほぼ同時刻。

 どうにかなりそうもない番狂わせに本気で総員撤退を考え始めたフレデリカと同じく、彼女からメッセージを受けてメイプル不在の『楓の木』を急襲しようとしていたドレッドもまた、想定外の事態に小さく舌打ちをしていた。

 

「ったく、面倒くせぇ!」

 

 彼の前に立ちはだかるのは、全身鎧を着て円盾と長剣を携えた五匹のゴブリン種。

 一般的に【ゴブリンナイト】と呼ばれる中堅プレイヤー向けのモンスターは、迂闊にドレッドに攻め込む真似はせず、『楓の木』の拠点がある洞窟の前で陣形を組み待ち構える。

 

「どうしてモンスターが『楓の木』の味方してんだ? おまけにこの魚も鬱陶しいったらねぇ!」

 

 ゴブリンナイトもさる事ながら、空中を回遊する魚群が一帯に吐き散らしている液体が厄介だ。

 触れるとAGIが10%減少してしまう、それこそドレッドのような回避特化型プレイヤーにとって相性最悪なトラップ――【古代ノ海】の効果で召喚された頭上の魚群に注意しながら、専守防衛を崩さないゴブリンナイト達を相手にするのは、不可能ではないにしても骨が折れる仕事だった。

 洞窟の入口の上に刺さった二本の矢がこちらを嘲笑っている気さえする。

 

「だからって無視して洞窟に入っちまえば挟み撃ちだろうしな」

 

 ゴブリン達と液体の範囲から距離を取り、ドレッドは独りごちる。

 メイプルが出ているのは確かだろうが、逃げ場が限られた狭い洞窟内で何人待ち構えているかも分からない曲者揃いの『楓の木』のメンバーと、確実に後を追ってくるであろうゴブリンと魚群を同時に相手取るなど、ペインじゃあるまいし御免こうむりたい。

 しかし、だからとおめおめ引き下がってしまってはフレデリカに何を言われる事やら。

 

「ハァ……、やるだけやるしかねぇか」

 

 愛用の短剣を握り、ドレッドは覚悟を決めた。

 ここで一つ、『楓の木』の拠点を襲うにあたり、フレデリカもドレッドも計算に入れるどころか想像だにしなかった要素がある。

 それは、メイプルの移動速度だ。

 防御極振りである素の移動力は言うに及ばず、多くのプレイヤーが目を疑った巨大亀での飛行もそこまで速くはない。

 その前情報があったからこそ、メイプルと遭遇したフレデリカは拠点に戻るまで時間が掛かると判断してドレッドにメッセージを飛ばした。

 しかし。

 

「……おい、おいおいおい! 恨むぞフレデリカ!」

 

 二人は知らなかった。

 メイプルが全身に生み出した大口径の砲身をブースター代わりにして、自爆も同然の高速飛行を可能にしたなど――親友の破天荒具合を間近で見てきたサリーですら、そんな方法で移動するとは思わなかったのだから無理もない。

 

「何とか……間に合ったね!」

 

 フレデリカが相手にしているはずの。

 到着するまでまだ時間が必要なはずの。

 ペインと並んで戦いたくないプレイヤーとして名前が挙がるメイプルが、サリーを伴って見事に大返しを成功させたのだ。

 これで、ドレッドが『集う聖剣』の幹部で初の死亡者になるのは確定となった。




ようやく一日目終了。
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