VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います 作:久木タカムラ
朧月の光が複数の人影を頼りなく照らす。
ペイン、ドレッド、ドラグ、フレデリカ――戦の準備を万端に整えた『集う聖剣』の主力四人に加えて、暗闇を切り抜いたように月下に佇むヨメカワイイの計五名。
遊撃隊と呼ぶには過剰で敵対者が震え上がりそうな戦力も、これから攻め入るギルドの危険度を考えれば、ようやく互角以上に戦えるという最低条件を満たしただけに過ぎない。
それほど『楓の木』の強さは侮れず、未知数なのだ。
「助力感謝する。実のところ、受けてもらえるかどうか半分賭けのつもりだったんだ」
「賭けに勝ったかどうかは、まだ分からないけどな」
戦う相手が『楓の木』だとペインから聞かされた時、ヨメカワイイは驚かず、むしろ納得した。
抜きん出た実力者揃いの『集う聖剣』が苦戦を想定し、部外者である自分に助太刀を頼むようなラスボス級の相手など、それこそメイプル達か『炎帝ノ国』のどちらかだろう。
無論、ペイン達がもし『炎帝ノ国』をターゲットにしようものなら、今度こそ嫁の敵となる前に刺し違えてでもきっちり五回死亡させるつもりでいた。
可愛い嫁とかお馬鹿な嫁とか頑張る嫁とか怖がる嫁とか、何もないところで転ぶ嫁とか間違えて冷水のシャワーを被って叫ぶ嫁とか、あとは気が向いたら元カノとか――何にせよヨメカワイイの優先順位は愛妻に準拠しており、メイプルやサリーには悪いが、嫁のギルドに矛先が向かないよう見張る意味でもペイン達に同行する必要があった。
(勝敗に関係なくこいつらが戦いに満足すればそれで良し。でなけりゃ……)
勝てた勢い任せにしろ、勝てなかった腹いせにしろ、『炎帝ノ国』とも一戦交える決定がされた瞬間にヨメカワイイの裏切りも確定する。
「けどよカワイ、メイプルとも知り合いなんだろ? 俺らと一緒に来て平気なのかよ?」
「……別に? 戦う理由がないのと同じくらい、戦わない理由もないってだけだ」
それを聞いてドラグとドレッドが笑う。
「薄情な野郎だな」
「うるせぇ、ほっとけ。情がどうこうって話なら、か弱い女の子が作ったギルドをこれから本気で襲おうとしてるお前らだって非情だろうが」
「ハッ、違ぇねぇや」
女の子、という単語に敏感に反応したのは紅一点のフレデリカだ。
彼女は片手を挙げ、小柄な身体をぴょんぴょん弾ませながら自身の存在をアピールする。
「ちょいとお兄さん方、ここにもか弱い女の子が一人いるんですけどー?」
「か弱い? あんだけバカスカ魔法ぶっ放すお前がか?」
「何だとコラー!」
現在地は敵拠点の真正面。
せっかく雇われ者のヨメカワイイと面倒を嫌うドレッドが余計な騒ぎを起こすまいとコメントを控えたのに、フレデリカとコンビを組む事が多いドラグがやはり空気を読まなかった。
あるいは彼なりのユーモアで緊張を解こうとしたのだろうが、案の定フレデリカが噛み付かれて大型犬と子猫のようなじゃれ合いに発展する。
「そんな事より、そろそろ時間だ。皆、覚悟はいいかい?」
「そんな事より!?」
仲裁するのも諦めたのか、ペインのあしらい方も何気に酷い。
ともあれ、リーダーが言うように襲撃予定の時刻――日付が変わるまで残り十分となった。
「行こう」
ペインを先頭に、五人は洞窟に足を踏み入れる。
ぽっかりと口を開けた穴はさながら狡猾な食虫植物に近い。
「できれば、万全の状態のメイプルと戦いたかったが……」
「しっかたねぇだろ? それじゃうちの連中が納得しなかったんだからよぉ」
正直、ペイン達が『楓の木』と戦って得られるメリットはない。
メイプル達が集めたオーブの横取りという表面上の理由こそあるが、これまでの獲得ポイントは明らかに『集う聖剣』の方が勝る。ただでさえヨメカワイイが手放したオーブが戻って獲物となる各ギルドが息を吹き返した現状で、死のリスクを負う必要があるのかと言われたら論破は難しい。
それでも強敵に挑む道を選ぶのは、彼らが生粋の戦闘職プレイヤーだからだ。
スライムばかりではなくりゅ○おうやゾー○と戦いたいという気持ちは共感できる。
「ちょい待ち」
通路を進む一行を、ヨメカワイイが機械音声で止めた。
「【反響】」
超音波が洞窟内を透過して、侵入者用の物騒な仕掛けをあぶり出す。
イズが設置したらしい地雷原と、壁にはカナデのものと思しき魔法陣。
流石にどんなタイプなのかまでは判別できないが、知らずに通ろうとすれば、家主と出会う前に自軍拠点に叩き返されるだろう。
「罠か?」
「そのようだな。さて、どうする?」
ペインは顎に手をやって数秒考えた後、悪戯小僧のような笑みを浮かべた。
「呼び鈴があるのなら、まずは鳴らすのがマナーだろうね」
「了解。【装填】【火山弾】――【スプレッドショット】」
溶岩の熱を纏う拡散矢が洞窟内を蹂躙し、罠を次々に誘爆させていく。
煙が充満する坑内を駆け抜けて、五人は奥の広間へと到達した。
侵入者の一党の中にヨメカワイイの姿を認めたメイプルと双子が驚愕で目を見張り、その一方である程度予想していたらしいサリーやクロムなどは油断なく武器を構えてこちらの動きを待つ。
「気を抜かないでメイプル。今のカワイさんは敵だよ!」
「……うん、分かってる!」
親友の一言で戦う者の顔になるメイプル。
性格も戦法もカバーし合う、本当に良いコンビだと思う。
そんな二人には申し訳ないが、残念ながら今回自分は雇われ者の端役であり、主役は剣を抜いて一歩前に出た勇者のような色男の方だ。
「初めましてかな、メイプル。勝てると判断して……倒しに来たよ」
「私、負けませんから!」
宣戦布告と返答の一声が、開戦の合図となった。
散開する両陣営。
「【身捧ぐ慈愛】! 【捕食者】!」
まずはメイプルが天使の翼を生やして仲間を守り、二匹の化け物を召喚する。
しかし一見無敵に思えるその防御領域の弱点も、昼間に繰り広げられた『炎帝ノ国』との一戦を陰から観察していた『集う聖剣』の偵察部隊によって看破されていた。
「【土波】!」
ドラグが地面を抉り返して土石の散弾を放つ。
標的はマイとユイ。
双子への攻撃は【身捧ぐ慈愛】の効果によって自動的にメイプルが引き受ける事となり、同時にドラグの【ノックバック付与】をも肩代わりして後ろへと押し飛ばされてしまう。
メイプルを基点にする防御領域の範囲も目論み通りに後退し、最前線で防御手段を失った双子へ間髪入れず迫るドラグとドレッドの追撃。
「【カバームーブ】! 【カバー】!」
骸骨が彫り込まれた大盾が、二人の攻撃を受け止める。
「「クロムさん!」」
「すまん、もう一人は頼む!」
「「はい、分かりました!」」
ドラグの大斧とクロムの大盾が火花を散らし、マイとユイの前には鈍重な超攻撃力の封殺を担うドレッドが立つ。後衛のフレデリカ、そしてカナデとイズは、得意の魔法とアイテムで敵の妨害を互いに相殺しながら仲間のサポートに全力を注ぐ。
これで『楓の木』で自由に動けるのは三人となった。
ペインは言うまでもなくメイプルの大将首狙いだが、その進路にサリーとカスミが立ち塞がる。
――となれば。
「カワイ、任せた!」
「はいよ。まあ頑張りな」
白刃を鉄管弓で受け止めてペインを先に行かせるヨメカワイイ。
メイプルもサリーも、レベルは自分と同じく30から高くて40そこそこのはず――二人が手強く底知れないと言っても、倍近いレベルがあり基本ステータスでも勝っているペインならば、同時に相手取ってもすぐにやられたりはしないだろう。
改めて、カスミを見据える。
「第二回イベント以来か?」
「そうだな。あの時のようにはいかんぞ!」
ではお手並み拝見。
カスミは堅実な太刀筋で愛刀を振るう――【刀術】に内包された剣技を乱発しないのは、動作が決まっていて避けられた時に隙が生じやすいからか。
一撃一撃がサリーより重く、そのくせマイやユイより素早い。
周りのメンバーが強烈過ぎて印象が薄くなりがちだが、『楓の木』の中で一番バランスが取れたステータスとランカーとしての実力は侮っていいものではない。
右手に握った鉄管弓で刀を捌きつつ、左腕で顔を隠す。
カスミには頭部をガードしたように見えるだろうが、それは違う。
「【ヒートチョッパー】」
ヨメカワイイが【
故にカスミはこの身体に仕込まれたギミックの数々を知らないのだ。
「――っ!? 【六ノ太刀・焔】!」
赤熱化した鎌刃と炎を纏う刀身が交差する。
腕から伸びた凶器を弾いたカスミの反射神経は見事の一言。けれど、焦りと呆れが入り混じった彼女の表情からして、どうやらサプライズには成功したらしい。
「話には聞いていたが、いよいよ人間を辞めたか……」
「そいつは、メイプルにも言ってやるべきだろ。【ヒール】!」
斬り合いの片手間に、ダメージを受けているドラグを癒す。
「本当に芸達者な奴だな!」
「ついでに歌って踊ろうか?」
「見てみたい気もするが今は遠慮しよう!」
「【パラライズレーザー】!」
「おっと!」
カナデの魔法が直撃する。しかしヨメカワイイの歯車の動きは止まらない。
まだ初心者だった時分にメイプルのうっかりで手に入れた【麻痺耐性小】があり、さらに生身を捨てた金属製のボディに単純な毒や麻痺など効くものか。
カナデの周囲をふわふわと浮かぶ、本が入った無数の箱を観察する。
「……魔法を本の形でストックしてるのか。便利なスキルだな」
けれどストックしているのなら、使えば使うほど残数が少なくなるのは自明の理。
今使った麻痺魔法の本が消えて一冊分の空きが生まれたのがその証拠だ。
「カナデ、イズ、こっちは平気だ! メイプル達の援護を!」
「分かったわ!」
「了解だよ!」
本気で勝ちに来ている『集う聖剣』のメンバー達に比べ、足止め要員に過ぎないヨメカワイイとカスミの戦闘は、むしろ相手の一挙手一投足を窺う武士のように静かなものであった。
本命同士の戦闘は激化の一途を辿っていく。
「「【飛撃】!」」
「食らわねーよ」
「メイプルのところには行かせない!」
「押し通る!」
マイとユイの大槌から飛ぶ一撃必殺の衝撃波を苦もなく躱すドレッド。
ペインを先に行かせまいと、ヒットアンドアウェイで斬撃を浴びせるサリー。
「【多重炎弾】!」
「【パワーアックス】!」
「させるか! 【カバー】!」
現在最も忙しく、八面六臂の活躍しているのはクロムだろう。
人並み外れた回復力と打たれ強さでもって、大斧を振り回すドラグの相手をしつつフレデリカの魔法やドレッドの双剣からも双子を守る立ち回りで鉈と大盾を操っているのだから。
「よそ見とは余裕じゃないか!」
ヨメカワイイが駆使する左右の熱刃と鉄管弓を、カスミは一振りの刀で捌き続け、間隙を縫って斬撃や刺突を返してくる――以前戦った時より鋭さは格段に増しており、【
「ぬー……私だって! 【全武装展開】!」
メイプルも仲間達の奮闘を黙って傍観し続けているはずがなかった。
無用の長物となった【身捧ぐ慈愛】を解除して、ヨメカワイイのそれより数段凶悪な近代武装をハリネズミのように全身に生成。大小合わせて数十を超える砲口を前面に集中させる。
飛び散って地面に溜まった毒液など、副次的な現象でなければパーティーメンバー同士の攻撃でダメージは発生しない。
つまるところ、サリー達はメイプルの砲撃に巻き込まれても傷一つ負う事はなく、壊滅するのはペイン達とヨメカワイイだけとなる。
「やばっ!? 【多重障――」
「させないわよ!」
「うきゃあっ!?」
「フレデリカ!?」
その危険性を知るフレデリカが慌てて防御魔法を発動しようとするも、イズが【投擲】で放った爆弾がクリーンヒットして中断させられてしまう。
後衛の支援が間に合わない以上、雇い主を守る役目はヨメカワイイに引き継がれる。
「やれやれ……ペイン、下がれ!」
「どうするつもりだ!?」
「【攻撃開始】!」
可憐な少女を包む幾多の砲口に光が集まり、レーザーだか荷電粒子砲だかが発射された。
ペインの盾となるべく彼とサリーの間に長身をぬるりと滑り込ませたヨメカワイイは、殺到する熱光線の奔流に――メイプルに向かって左腕を向ける。
「【
それは【
メイプルが戦って継承した【機械神】と因縁がある廃棄物達。その恨みと嘆きが左手首の包帯を突き破り、球体関節を無数に持つ第三の腕を作り出す。
ネジに釘、ブリキの切片など、残虐極まる鉤爪を五指に備えた機械腕が伸びてメイプルの右足を掴むのとほぼ同時に、無慈悲な砲撃がヨメカワイイを飲み込んだ。
轟音が洞窟全体を揺らす。
「…………ぷうっ!!」
ひとしきり撃ち込んだメイプルは、ガシャン、と武装を鳴らして息を吐いた。
「メイプル油断するな! カワイもペインもまだ生きてる!」
カスミが叫ぶ。
「……なるほど、VIT極振りってのはこんな感じなのか。そりゃ無敵にもなるわな」
黒煙の中、ヨメカワイイは健在だった。
第三の腕はメイプルの右足を掴んだままであり、【機械神】の圧倒的火力を正面から受けたにも関わらず、桁外れのHPバーに減少はない。
メイプルに近い位置で、さらに【
「おいおい、あれをまともに食らって無傷って、丸っきりメイプルじゃねーか……!」
「メイプル、その腕を切り落として! 多分それが原因!」
「うん!」
サリーの指示に従い、メイプルが剣と化した左腕で【
あくまでスキルの産物であるため、これもヨメカワイイはノーダメージだ。
「これでも奥の手だったんだがなぁ。あっさりバレちまったか」
頭の羊毛を燃やして片付け、ヨメカワイイは言う。
◆ ◆ ◆
【
左手首から機械仕掛けの第三の腕を出現させる。腕は自在に操作可能。
第三の腕が他のプレイヤーに触れている間、そのプレイヤーのHP、MP以外のステータスの中で一番数値が高いものと同じステータスを得る。
対象プレイヤーに他のスキルやアイテム効果、ダメージが発生した場合、その効果とダメージは自分にも適用される。
◆ ◆ ◆
メイプルのVITを、サリーのAGIを、マイとユイのSTRを。
対象プレイヤーに触れ続けるという条件を満たしている間に限り、自分のステータスに反映して活用できる。しかもヨメカワイイ本来のHPとMPも維持された状態で。
格下では意味のない、同等以上のプレイヤーに使ってこそ真価を発揮するスキル。
相手からすれば、懸命にレベルを上げてポイントをつぎ込んだ能力をコピーされた挙句、数倍の体力を蓄えたドッペルゲンガーが突如現れたようなものなのだから悪夢でしかない。
信じられない光景を見せられて、『楓の木』全員の動きが一瞬止まる。
その千載一遇のチャンスをペインは見逃さなかった。
「ドラグ、ドレッド!」
「【バーサーク】!」
「【神速】!」
呼び掛けに応じて二人が切り札を出す。
爆弾のダメージから立ち直ったフレデリカも同じだった。
「【多重全転移】!」
「【超加速】!」
仲間の全ての支援効果を託されたペインの姿が消え、跳ね上がった速度のままサリーを振り切りメイプルへと肉薄する。
これこそが打倒メイプルのために考え出された、四人の力を結集した勝利の鍵。
「【断罪ノ聖剣】!」
岡目八目、ではないが――『集う聖剣』のメンバーとは違い、心の何処かで他人事と考えていたヨメカワイイの目には、白銀の直剣を振り抜かんとするペインと、大盾を構えるメイプルの動きがゆっくりと緩慢なものに見えた。
攻撃前に溜めの動作を必要とする反面、その威力は折り紙付き。
黒鎧と大盾が真っ二つに叩き割られ、メイプルは壁まで飛ばされる。
「あっ…………ぅ……!」
一撃死を耐えるスキルがあるのか、HP1で呻く満身創痍のメイプル。
それも予想済みだったペインは【バーサーク】で大技発動の硬直を打ち消し、とどめを刺すべく大地を蹴る。
「メイプル!」
「メイプルちゃん!」
サリーが、カスミが、イズが、カナデが。
メイプルを救わんと四人も同時に動くが、生憎と、彼女達を阻むのも仕事に含まれている。
「【装填】【ファイアウォール】――【フレシェットスコール】」
矢の着弾地点から炎の壁が一斉に燃え上がり、サリー達の道を塞ぐ。
「……カワイさんっ!」
「悪いな。文句なら終わってから聞く」
NPCの店で売ってさえいるポピュラーな防御魔法も、使い方次第で敵を妨害する簡易的な迷宮を建造可能となる――【インフェルノオーラ】と違って攻撃力はないが、曲がりなりにも障壁なので真っ向から突き破るには相応の力と時間が必要だ。
少なくとも、ペインの剣はその前にメイプルの首に届く。
「【壊壁ノ聖剣】!」
ペインが防御貫通スキルを発動させ、剣を振り被る。
対してメイプルが取った最後の行動は、再生したばかりの大盾を自ら手放す事だった。
ただし、自由になった左手を砲身に変えた状態で。
「【カウンター】!」
最強の盾を砕くほどの斬撃は、メイプルに一度限りの最強の矛を授けてしまった。
刻まれた痛みをそのまま上乗せした報復の砲撃が、今度こそ白き鎧に叩き込まれる――他ならぬメイプルさえ防ぎ切れなかった一撃など、一体誰が止められると言うのか。
因果応報の致命傷を受け、それでも宿敵同様にHPが1だけ残ったペインは剣を握り、走る。
「まだ……まだだっ!!」
最早どちらが倒れてもおかしくないこの状況。
個人的にはメイプルに勝ってほしいところだが、どのような結果になるにせよ、せめて報酬分は働かなければヨメカワイイの気が済まない。
「【跳躍】! 【
サリー達の頭上を一息に跳び越え、メイプル目掛けて投げ縄のように第三の腕を飛ばす。
事前に装備やアイテムで耐性を上げている『集う聖剣』メンバーに毒は効かず、極振りのVITを再度コピーして純粋な物理ダメージのみを食らう肉壁になればいい。
「【暴虐】!」
メイプルの身体を黒い靄が包み込む。
二層ボス討伐の際に一度見た事があるので、ペイン達と違ってヨメカワイイは驚かない。
だが変身シーンが始まると同時に、メイプルに触れていた【
靄が確かな輪郭を作り、衆目の前に巨体をまざまざと見せつける怪物。
サリー達も驚きと困惑で固まったのは、現れた怪物が
「…………ほぇ?」
「……えーと……?」
一匹は漆黒の怪物。
見慣れた……と言うのも変な話だが、とにかく禍々しい図体に似つかわしくないノイズ混じりの少女の声で、腹の中身がメイプルだと分かる。
問題はもう一匹。
双角単眼、流動するマグマの身体は
正体は【
「か……怪獣大戦争?」
かろうじて出たフレデリカの言葉が、目撃者達の総意だった。
その場にいる誰も彼もが――イベントフィールド外のエリアで観戦している大勢のプレイヤーも運営すらもあんぐりと口を開けて唖然とする中、破天荒な親友を一番間近で見続けてきたサリーが真っ先に我を取り戻す。
「メイプル! そのままカワイさんを押し倒して!」
あらやだ大胆。
「えぇーい!!」
全幅の信頼を寄せる相方の指示を聞き、漆黒の大魔獣がマグマの化身に飛び掛かる。
人間の姿ならともかく、今のメイプルとヨメカワイイの体格はほぼ同じであり、馬乗りになった元少女に互角の膂力と体重で動きを封じられてしまう。
両者の決定的な違いは、メイプルは特大サイズの着ぐるみの操作に慣れていて、ヨメカワイイは慣れていなかった事だ。いきなり増えた手足が腐るほどあるのに手も足も出せないとは。
縦に割れた瞳孔でペインを見やる。
「……悪いな色男。しくじった」
地鳴りのような声で自分の判断ミスを詫びる。
一度や二度のヒールでは間に合わない。まずはペインを全快させるべきだったのだ。
「いや、十分働いてくれた……次は勝つさ」
敗北を認めた直後、メイプルが吐いた炎によって最強の男は焼き尽くされた。
火炎ブレスは洞窟内を薙ぎ払い、まずは足の遅いドラグが飲み込まれ、続いてあまりに広範囲な攻撃を避け切れなかったドレッドが命を散らす。
「ああもう、こうなったら私だけでも逃げてやるんだから! 【多重加速】!」
「「えい!」」
唯一生き残ったフレデリカもその足が出口に向かうより早く、マイとユイが【投擲】した揃いのクリスタルハンマーを背中と後頭部に受けて、「ふびゃっ!?」と吹き飛びながら光となる。
ヨメカワイイはそれを天地逆転した視界で見届けて。
ここに『集う聖剣』と『楓の木』の闘争は完全決着がついたのだった。
第四回イベント終了まであと一話。
嫁が出ます。