VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います 作:久木タカムラ
白兎を手厚く供養した後。
経験値を得て――意図的ではなかったにせよ――レベルアップしたというメイプルのステータスチェックやスキルポイントをVITに振るのも終えて、ヨメカワイイとメイプルは結局パーティーを組めないまま、引き続き二人でソロ狩りという奇妙な経験値稼ぎに精を出していた。
ちなみに最初の白兎の経験値はメイプル一人で戦ったとシステムに判断されたのか、当然ながらヨメカワイイには一切入らなかった。
場所が場所なだけに出て来るモンスターは大百足や蜘蛛など虫の姿がほとんどで、たまに獣型のモンスターが出て来ても猪や狼ばかりで白兎ほどの可愛げはない。
ゲームだと割り切ってしまえば、倒すのに抵抗がなくなるまでそう時間はかからなかった。
その慢心と油断が不味かったのだろうか――メイプルは言わずもがな、ヨメカワイイも白兎戦でHPポーションを全て使い切った状態で、この一帯で最も強いモンスターが生息する深部まで足を踏み入れてしまっていた。
「…………戦略的撤退!」
「異議なし」
鬱蒼と茂る森の中を逃げ惑うヨメカワイイとメイプル。
上空から羽音を立てて迫るのは、中型犬ほどもありそうな巨大な蜂型モンスター。
群れではなく二匹だけなのが不幸中の幸いだが、鉄パイプ並みの太さの針を見たらそんな安心も吹き飛んでしまう。
防御特化のメイプルなら仮に刺されたとしてもくすぐったいで済むかも知れないが、適当振りで武器補正もないヨメカワイイの【VIT 15】では最悪の場合一撃死だ。
加えて厄介な事に、巨大蜂達はメイプルに毒針が無効と判断するや否や、攻撃手段を毒液噴射に切り替え、物理ではなく毒による確実なダメージを狙い始めた。
「あわわわ、私が遅いせいでカワイさんが紫色のブロッコリーに……!」
「絶妙な表現をどうもありがとう」
圧倒的AGI差でメイプルは巨大蜂に翻弄され、見捨てて逃げるほど薄情ではないヨメカワイイももう一匹に毒液を浴びせられ続ける。
反撃の矢も当たるには当たるが、初心者用装備では装甲に阻まれて傷も微々たるもの。巨大蜂が倒れる前にこちらのHPが毒で尽きる方が早い。
「にしてもこりゃ焼け石に水、いや泣きっ面に蜂か?」
変則的な一対一の戦闘が二組のこの状況。
飛ぶ相手への攻撃手段が乏しいメイプルよりも、ヨメカワイイが確実に先に死ぬ――そうなれば二対一になり、メイプルの死へのカウントダウンは加速する。
せめて、せめて回復アイテムが一個でも残っていれば、メイプルを背負い逃げるなり隠れるなり出来るのだが、インベントリにあるのはMPポーションのみで――
「………………あ、そっか」
そこで、ポーションさえあれば良かったのだと気付く。
自分以外のプレイヤーに回復アイテムを使えば自分のHPとMPが回復する。しかも最大値増加のオマケ付きで――それがヨメカワイイが得た【施しの報酬】の効果。
「メイプル、まだ耐えられるか?」
「三十回くらいなら大丈夫ですー!」
「そいつぁすげぇな」
あれだけ毒液を被って、HPがまだ半分を切っていない事に驚くべきか呆れるべきか。
メイプルにMPポーションを使い、スキルの恩恵で自分を治癒する――不毛な虫捕りに終わりが見えたのは、メイプルのHPがようやく半分を下回った頃だった。
『スキル【毒耐性小】を取得しました』
その音声と同時に、毒によるHPの減少速度が目に見えて低下した。
ポーションを使う余裕しかなかった所へ、願ってもない毒への耐性スキルの取得。攻勢に転じるチャンスが突如訪れ、ヨメカワイイは毒に塗れながら一心不乱に矢を放つ。
ピリピリと皮膚を焼く痛みを堪え、狙うは装甲の少ない急所と思しき巨大蜂の頭部――狙いから外れた矢の一本が偶然にも羽を射抜き、巨大蜂が地面に墜ちた事でいよいよ狩る者と狩られる者の立場が逆転した。
「こ、のっ……いい加減倒れろ!!」
距離を詰め、壊れたスプリンクラーのように毒を撒き散らす巨大蜂を足で押さえ付け、真上からヘッドショットを何本も撃ち込む。
『スキル【毒耐性小】が【毒耐性中】に進化しました。レベルが7に上がりました』
巨大蜂が光となって砕け散るのを見届け、ヨメカワイイは弓弦から指を離す。
メイプルの方も、もう一匹の巨大蜂の口の中に短剣を捻じ込んで倒すのが見えた。
かなり、いや、とても疲れた。
けれども、強敵を打ち負かしたという久しく忘れていた達成感も確かにあり、大の字で仰向けに倒れて長く長く息を吐く。
「カワイさん、HP回復の指輪だって! それに【
「そりゃあ良かった。おじさんはもうヘロヘロだよ……」
「あれ? カワイさんの横にも何か落ちてますよ?」
「んー?」
手探りで引き寄せたそれは、小瓶に入った乳白色でクリーム状の液体だった。
◆ ◆ ◆
『フォレストローヤルゼリー』【レア】
フォレストクインビーから極稀に手に入る。非常に高価で栄養満点だが火気厳禁。
◆ ◆ ◆
この際モンスターからどんな戦利品がドロップしても嬉しく感じるが、説明文の最後の四文字がべらぼうに物騒だ。火に近付けたらどうなるのか想像がついてしまい余計に不安を煽る。
小瓶をインベントリに収納し、身を起こす。
どうにか巨大蜂は倒したが、何時また別のモンスターと遭遇するとも限らない。そして、本日のヨメカワイイにはそれらを相手にする気力も体力も残っていない。
そもそも、当初はここまで激しい戦闘をするつもりなどなかったのだ。
「……今日はもう、町に戻ってログアウトするかぁ……」
「あ、じゃあ私も。何だか疲れちゃいましたもんねー」
そう言うメイプルは、まだまだ体力が有り余っているように見える。
これが若さか。
今日はこれ以上モンスターと出会わない事を祈りつつ、フレンド登録をして他愛もない話に花を咲かせながら、ヨメカワイイとメイプルは現実世界への帰路に就いた。
◆ ◆ ◆
ハードの電源を落とすと、そこはもう見慣れた1LDKの自宅。
日付は既に今日から明日へと移り、カーテンの隙間から高く昇った月光が差し込む。
ソファに預けていた身体、その膝の上で、嫁がくぅくぅと寝息を立てている――自分がゲームで少女と遊んでいる間、寂しがり屋な新妻はさぞかし退屈だった事だろう。
白玉のような頬を突くと、仮想現実では決して有り得ない温かみが伝わって来る。
「こら、風邪引いちゃうから起きなさい。風呂は入ったか? 歯は磨いたか? ああもうメイクも落としてないし。ほらちゃんとパジャマに着替えて」
「にゃぁぁ……」
ゲームはまあ、あまり得意ではないけれど。
とりあえず、隣に立っても嫁が恥ずかしい思いをしないで済む程度にはなろうと決めた。